スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
渡辺 文嘉(わたなべ ぶんか、1979年11月3日 - )は… 渡辺 文嘉(わたなべ ぶんか、1979年11月3日 - )は、テレビユー福島のアナウンサー兼記者。過去には渡邊 文嘉(読み同じ)名義で活動していた。 新潟県新発田市出身。新発田市立本丸中学校、新潟県立新発田高等学校、立教大学文学部日本文学科卒業。 大学を卒業後、2003年にテレビユー福島に入社。報道部に配属され、同期の佐藤明日香とともに同局のアナウンサーになる。入社2年目から記者兼務となり、県警社会記者クラブで3年近く活動。その後は県政記者クラブに所属していた。 2010年3月に報道部から制作部へ異動。異動後しばらくは平日午前の情報番組『グーテン』でMCを務めたり、テレビユー福島と新潟放送が共同制作したDVD『福島!新潟!ラーメン街道』にも出演したりしていたが、2011年3月に東日本大震災が発生。
清野幹(せいの もとき、1979年2月22日 - )は、日本… 清野幹(せいの もとき、1979年2月22日 - )は、日本のラジオパーソナリティ、リポーター、ナレーター、ローカルタレント。 新潟県阿賀野市(旧水原町)出身。YAN'S FACTORYに2014年(平成26年)3月まで在籍。その以前は新潟のお笑い集団NAMARAに2002年(平成14年)12月まで在籍していて、丸山誠也とピッコロタンバリンというコンビを結成していた。その後はヤンの事務所であるYAN'S FACTORYに2014年(平成26年)3月まで在籍し最後はヤンと大げんかはしないで、スッキリしない辞め方はせず、2014年(平成26年)4月よりMOTO'S FACTORY(仮)を立ち上げた。
高山 景子(たかやま けいこ、1976年12月4日 - )は… 高山 景子(たかやま けいこ、1976年12月4日 - )は、フリーアナウンサー。元新潟総合テレビ(NST)、元テレビ愛媛(EBC)アナウンサー。
山田 剛志(やまだ つよし、1965年 - )は、日本の法学… 山田 剛志(やまだ つよし、1965年 - )は、日本の法学者・弁護士。成城大学法学部教授。学位は、博士(法学)(青山学院大学・論文博士・2011年)(学位論文『金融自由化と顧客保護法制』)。専門は商法。トップカルチャー監査役、日本瓦斯監査役。 新潟県生まれ。村上市立岩船小学校、新潟県立新発田高等学校を経て、1989年新潟大学法学部卒業、第四銀行入行。1993年新潟大学大学院法学研究科修士課程修了。1996年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は商法の特に会社法及び金融法。 1996年新潟大学法学部助教授。1997年チュービンゲン大学在外研究。1999年アルバータ大学客員教授。
茂野 雅道(しげの まさみち、1961年8月22日 -)は新… 茂野 雅道(しげの まさみち、1961年8月22日 -)は新潟県新発田市出身の作曲家である。日本大学藝術学部映画学科卒業。1981年の在学中に結成したバンド『VIZION(ビジョン)』に有賀啓雄、石山仁、生乃久法、大竹徹夫、崎谷健次郎、松本晃彦とともに在籍。
天野 市栄(あまの いちえい、1958年(昭和33年)6月2… 天野 市栄(あまの いちえい、1958年(昭和33年)6月26日 - )は、日本の政治家。元新潟県阿賀野市長(1期)。阿賀野市議会議員(2期)。 新潟県北蒲原郡水原町(現・阿賀野市)榎船渡出身。新潟県立新発田高等学校を経て、1982年に新潟大学法文学部法学科を卒業。同年、新潟県庁に入る。総合政策部統計課、農林水産部経営普及課各副参事を務めた。2007年に退職、翌年の阿賀野市長選挙に立候補し、当選する。2012年に落選。2016年と2020年の市長選挙に続けて立候補したが落選した。2020年の市長選挙に落選してから半年後の阿賀野市議会議員選挙に立候補して最下位(16位)で当選した。地域政党日本新生の代表を務め、行政書士として活動している。
加藤 博幸(かとう ひろゆき、1957年(昭和32年)2月1… 加藤 博幸(かとう ひろゆき、1957年(昭和32年)2月13日 - )は、日本の政治家。新潟県阿賀野市長(1期)。元阿賀野市議会議員(1期)。獣医師。 1957年阿賀野市(旧水原町)生まれ。1975年新潟県立新発田高等学校卒業。1979年麻布獣医科大学(現在の麻布大学)獣医学部卒業。獣医師となり、JA全農新潟県本部畜産部長を経て、2020年の阿賀野市議会議員選挙に無所属で立候補し、当選する。 阿賀野市議を1期務め、2023年12月、2024年4月に行われる阿賀野市長選挙への立候補を表明。 4月の市長選挙では元市長の天野市栄ら4人の争いとなり(現職の田中清善は不出馬)、元市長らを破って初当選した。
藤野 浩一(ふじの こういち、1955年9月13日 - )は… 藤野 浩一(ふじの こういち、1955年9月13日 - )は、新潟県水原町出身の日本の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、指揮者。
圓山 重直(まるやま しげなお、1954年11月 - )は、… 圓山 重直(まるやま しげなお、1954年11月 - )は、日本の工学者。熱工学と流体工学を専門とし、東北大学名誉教授、八戸工業高等専門学校校長。学位は工学博士(東北大学・1983年)。東北大学流体科学研究所教授、ディスティングイッシュトプロフェッサー、副理事、日本伝熱学会理事副会長などを歴任した。紫綬褒章受章者(2012年)。 1954年11月に新潟県新潟市に生まれ、幼稚園から高校まで新潟県新発田市で育つ。新潟県立新発田高等学校を卒業後、東北大学工学部に入学した。大学1年生の時、リリエンタール型の複葉ハンググライダーを友人たちと設計製作し、大学2年生の時に試験飛行を行った。卒業論文で、村井等東北大学流体科学研究所教授に師事し、博士論文までセイルウイングの研究を行った。
西脇 道夫(にしわき みちお、1954年11月 - )は、日… 西脇 道夫(にしわき みちお、1954年11月 - )は、日本の政治家。新潟県聖籠町長(2期)。 新潟県北蒲原郡聖籠町大夫に生まれる。新潟県立新発田高等学校卒業。1978年(昭和53年)3月、國學院大學経済学部卒業。1981年(昭和56年)1月、聖籠町役場に入庁。保健福祉課長、産業観光課長、税務財政課長、総務課長などを歴任。2014年(平成26年)4月、副町長に就任。 2018年(平成30年)6月13日、新聞社の取材に対し、任期満了に伴う聖籠町長選挙に立候補する意向を明らかにした。同月、副町長を辞職。現職の渡辺広吉も7期目を目指して出馬し、ともに町政を進めてきた二人が対決する構図となった。町長選挙は8月26日に行われ、西脇が渡辺を小差で破り初当選した。
三田村 邦彦(、1953年〈昭和28年〉10月22日 -)は… 三田村 邦彦(、1953年〈昭和28年〉10月22日 -)は、日本の男優・タレント・歌手。血液型はB型。所属事務所は有限会社M・P・T。 元妻である元女優の中山麻理との間に3子。長男三田村瞬と三男中山麻聖は俳優。二男は一般人。現在の妻との間に1子(長女)。 新潟県新発田市[要出典]出身。映画館で石原裕次郎のアクション系の映画をよく観ていた影響で小学4・5年生のころには男優になりたいと漠然と思っていたといい、中学や高校でも強くなる一方で、男優になるために東京へ出るには、戦争中に軍隊へ行っていた昔気質の父親を説得しなければならなかったが、それでも強引に上京したという。 新潟県立新発田高等学校卒業、予備校に進学すると偽り上京。
野瀬 清喜(のせ せいき、1952年8月10日 - )は、日… 野瀬 清喜(のせ せいき、1952年8月10日 - )は、日本の柔道家(講道館8段)。 選手としてロサンゼルス五輪や世界選手権でメダルを獲得したほか、日本国内においては全日本選抜体重別選手権5連覇等の実績が光る。身長176cmで現役時代の階級は86kg級。引退後は埼玉大学で教鞭を執る傍ら、全日本女子のヘッドコーチ・強化部長を歴任して多くのメダリストを輩出した名伯楽としても知られる。 新潟県は北蒲原郡京ヶ瀬村(現・阿賀野市)の出身。小学校時代は野球少年で、村立京ヶ瀬中学校時代に柔道と出会った。県立新発田高校へ進学して柔道部に入部するも、1年生の終わりには同級生が1人もいなくなるという憂き目に。それでも黙々とウェイトトレーニングに取り組むなどして才能を開花させた野瀬は、高校時代はインターハイや国体等に出場した。
星野 茂夫(ほしの しげお、1950年11月20日 - 20… 星野 茂夫(ほしの しげお、1950年11月20日 - 2024年5月16日)は、日本の国土交通官僚。国土交通省航空局次長や海事局長を務めたのちに退官し、社団法人全国通運連盟理事長、JR東日本常勤監査役、JR東日本情報システム取締役会長等を歴任。 新潟県新発田市出身。1969年新潟県立新発田高等学校卒業。1973年一橋大学経済学部を卒業し、運輸省(のち国土交通省)に入省。 2000年国土交通省航空局監理部長に就任。2001年成田国際空港、関西国際空港、中部国際空港の三航空会社に対し示された、空港の建設・整備を特殊法人に、利益の得やすい管理・運営を民間会社に、それぞれ分離するという「上下分離案」につき、航空局監理部長として調整にあたり、同案は「関西国際空港の救済案ではない」との説明を行った。
鹿島 恵子(かしまけいこ、1948年5月16日 - )は、新… 鹿島 恵子(かしまけいこ、1948年5月16日 - )は、新潟県新発田市出身のアルト歌手。東京藝術大学声楽科及び同大学院修了。血液型はA型。 新発田工芸併設中学校・高等学校(現新発田中央高等学校)卒業後、東京芸術大学声楽科に入学、同大学大学院修了。日伊声楽コンクール第1位を受賞した後、イタリア政府給費生として、ミラノ・ヴェルディ音楽院に留学する。そこでカゾーニ、カンポガリアーニに師事し、ティチネッリのもとでイタリア古典音楽も学ぶ。ミラノのテアトロ・アンジェリクムでデビューしたのを皮切りに、スカラ座やルツェルン音楽祭など、ヨーロッパ各地で音楽活動を行う。 1994年にイタリアから帰国し、フェリス女学院大学や活水女子大学で教鞭を執った。
佐々木 剛(ささき たけし、1947年5月7日 - )は、日… 佐々木 剛(ささき たけし、1947年5月7日 - )は、日本の俳優。本名:福井 憲雄()、旧芸名:八代 悠()。 新潟県新発田市出身。新潟県立新発田高等学校卒業。身長172cm(1972年3月)。 高校卒業後に俳優を目指して上京。東宝芸能学校に入るが、劇団民芸の舞台『セールスマンの死』の滝沢修の演技に影響され、新劇に転向。劇団NLT俳優教室1期生、劇団俳優小劇場付属養成所を経て、高垣葵の紹介により、新国劇の研究生となる。同期には石橋正次がいる。 1968年、養成所時代に八代 悠の芸名でテレビドラマ『開化探偵帳』(NHK総合)で俳優デビュー、以後もNHKのドラマに端役で出演。 1970年、『柔道一直線』(東映、TBS)出演を機に芸名を「佐々木 剛」に改める。
田邊徹美(たねべ てつみ 1940年1月生まれ)新発田市五十… 田邊徹美(たねべ てつみ 1940年1月生まれ)新発田市五十公野出身。新発田高卒(第10回)→東京大学理学部(院も)卒。専門「物性」。京大理学博士。1993年高エネルギー加速器科学研究奨励賞、1994年仁科記念賞、受賞。
小川 竹二(おがわ たけじ、1937年(昭和12年)6月17… 小川 竹二(おがわ たけじ、1937年(昭和12年)6月17日 - 2014年(平成26年)2月18日)は、日本の政治家。元新潟県豊栄市(現・新潟市)長(5期)。位階は従四位。旭日中綬章。 新潟県北蒲原郡葛塚町(現・新潟市北区葛塚)出身。葛塚町立葛塚中学校(現・新潟市立葛塚中学校)、新潟県立新発田高等学校を経て、1960年立命館大学経済学部卒。卒業後は帰郷し、農業に従事した。1966年の下越水害で被災。1971年、豊栄市議会議員に当選し、4期務める。1987年、豊栄市長に当選し、2005年に新潟市に合併するまで5期務めた。新潟県市長会長、北信越市長会長、全国市長会副会長を歴任した。2002年に新潟市長選挙に立候補した篠田昭を支援した。
長谷川 彰(はせがわ あきら、1937年5月 - )は、日本… 長谷川 彰(はせがわ あきら、1937年5月 - )は、日本の物理学者。前国立大学法人新潟大学学長。現新潟工科大学学長。専門は重い電子系のバンド計算。
松浪 志保(まつなみ しほ、1935年1月1日 - )は、日… 松浪 志保(まつなみ しほ、1935年1月1日 - )は、日本の女優。本名は長谷川 万里子。 新潟県出身。新潟県立新発田高等学校卒業。虹の会、東京映画、劇団現代劇場を経て、東京俳優生活協同組合に所属。 特技は華道、小唄、三味線。 テレビドラマでは、松本清張作品に多数出演している。
たか たかし(1934年10月27日 - )は、新潟県新発田… たか たかし(1934年10月27日 - )は、新潟県新発田市出身の作詞家。本名は高橋 広雄。 新潟県立新発田高等学校在学中に若山牧水の「白鳥は哀しからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ」に出会い、身の震えるような感動を覚える。立教大学文学部中退後は北海道に渡り、業界新聞記者、セールスマン、興信所調査員、ルポライターなどを経験。青島幸男と知り合ったことが契機となり、以後放送作家として各種音楽番組を手がけるが、仕事上「昭和歌謡全集」(新興楽譜出版社)を隅々まで目を通したことで、歌謡詩に興味を持つようになる。 作詞活動は1967年から美川憲一の「ネオン化粧」でデビューし、西城秀樹「情熱の嵐」、松崎しげる「愛のメモリー」等、ヒット曲を世に送り出す。
高橋 宏(たかはし ひろし、1933年12月21日 - )は… 高橋 宏(たかはし ひろし、1933年12月21日 - )は日本の実業家。日本郵船副社長、郵船航空サービス社長、公立大学法人首都大学東京理事長、特定非営利活動法人一橋総合研究所理事長等を歴任。
杉山 義法(すぎやま ぎほう、1932年1月17日 - 20… 杉山 義法(すぎやま ぎほう、1932年1月17日 - 2004年8月3日)は、新潟県新発田市出身の脚本家。新潟県立新発田高等学校を経て、日本大学芸術学部映画学科卒業。 代表作は、日本テレビ系列の「年末時代劇スペシャル」シリーズ。本名をそのまま筆名にしているが、読み方は、筆名が「すぎやま・ぎほう」、本名が「すぎやま・よしのり」。 日本放送作家協会、脚本家連盟、各会員。 生家は映画館で、本人も少年時代は映画少年だったと話す。映画監督を志すも、映画会社の入社試験には次々に失敗。「そんなに映画が僕を嫌うなら映画の敵になってやる」として、まず映画とは違う方向へ行ってみようと、フリーでラジオ界入り。野坂昭如と知り合い、野坂が回してくれた伝手を頼って紹介してくれたNHKディレクターの安江泰雅との出会いが大きな転機となる。
寺田 ヒロオ(てらだ ヒロオ、本名:寺田 博雄、1931年(… 寺田 ヒロオ(てらだ ヒロオ、本名:寺田 博雄、1931年(昭和6年)8月4日 - 1992年(平成4年)9月24日)は、日本の漫画家。新潟県西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)生まれ、同県新発田市育ち。男性。新漫画党総裁。愛称は「テラ(寺)さん」。 伝説的な「トキワ荘」でのリーダー格で、特に藤子不二雄Ⓐの自伝的漫画『まんが道』で、頼もしくて理想的な先輩として描かれた。妻は作曲家・中村八大の実妹。 父親は軍人で、5人兄弟の3男だった。新潟県立新発田高等学校時代に野球部に所属する。同時期に少年漫画雑誌『漫画少年』と出会い、漫画投稿を始める。卒業後は知人の紹介で地元警察の事務職へ就職するが、電電公社(現:NTT)の電報電話局に転職。
森田 桐郎(もりた きりろう、1931年4月24日 - 19… 森田 桐郎(もりた きりろう、1931年4月24日 - 1996年4月24日)は、日本の国際経済学者。元東京大学経済学部教授・東京大学名誉教授。
木暮 山人(こぐれ やまと、1928年3月7日‐1998年5… 木暮 山人(こぐれ やまと、1928年3月7日‐1998年5月26日)は、日本の歯科医・政治家。参議院議員(2期)。 新潟県新発田市出身。旧制新発田中を経て日本歯科医学専門学校を1949年に卒業。更に法政大学法学部に進学し、1951年に卒業した。その後、日本歯科大学歯科薬理学教室研究生として在学,歯学博士の学位を取得する。 政治に早くから関心を持ち、法政大学在学中に亜細亜青年連盟を結成して1953年の総選挙に立候補。この時は得票が法定得票数にも満たず泡沫候補に終わるが、その後5回も総選挙に出馬し続けて得票を伸ばし続けた。その一方で歯科医として歯友会歯科技術専門学校の創設に関わり、歯科技工から実業界にも進出。
岩村 卯一郎(いわむら ういちろう、1927年9月8日 - … 岩村 卯一郎(いわむら ういちろう、1927年9月8日 - 2004年8月28日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。新潟県議会議員(6期)。新潟県議会議長。長男は、新潟県議会議員の岩村良一。 新潟県北蒲原郡(現在の新発田市)出身で、新発田中学校を経て17歳の時に予科練に志願。1953年、法政大学法学部卒業。渡邊良夫衆議院議員の秘書を務め、第2次岸内閣で厚生大臣に任命されたときは、大臣秘書官を務めた。 1967年から新潟県議会議員を6期務め、副議長と議長を各1年務めた。自民党新潟県連の幹事長だった1989年には、君健男が癌のため新潟県知事を辞職したのに伴って多数の同党県議から推されて知事選への立候補の意思を表明したが、後に金子清への候補者一本化に同意した。
相馬 庸郎(そうま つねお、1926年8月30日 - )はの… 相馬 庸郎(そうま つねお、1926年8月30日 - )はの日本の日本文学研究者。元神戸大学教授。専門は日本近代文学。 新潟県中条町(現・胎内市)に生まれる。1942年に新潟県立新発田中学を卒業し、1945年に海軍経理学校を卒業する。戦後、法政大学文学部日本文学科(通信教育課程)を卒業し、1961年に東京都立大学大学院博士課程を修了する。1962年から東京都立大学附属高等学校の国語科教諭、1967年から神戸大学教育学部助教授、1975年から神戸大学文学部教授を務め、1987年に退職する。主に自然主義や正岡子規、高浜虚子、柳田國男、深沢七郎など明治期から現代に架けての日本近代文学の研究に努めた。2001年に『深沢七郎』でやまなし文学賞(研究評論部門)を受賞。
森田 梧郎(もりた ごろう、1896年〈明治29年〉2月15… 森田 梧郎(もりた ごろう、1896年〈明治29年〉2月15日 - 1950年〈昭和25年〉4月13日)は、朝鮮総督府の学務官僚。編修官として国語(日本語)教科書の編纂や、朝鮮における日本語普及政策に携わった。国際経済学者の森田桐郎(元東京大学経済学部教授)は長男。 1896年(明治29年)、新潟県北蒲原郡乙村(現・胎内市)にて生まれた。1915年、新潟県立新発田中学校を卒業。朝鮮半島に渡り、1918年3月に京城中学校附属臨時小学校教員養成所を卒業。 卒業後は朝鮮公立小学校訓導に任じられ、釜山第二尋常小学校に赴任した。1920年、金海公立尋常高等小学校訓導に転任後、同年中に京城櫻井公立尋常小学校訓導に異動。
小柳 冨次(こやなぎ とみじ、1893年(明治26年)7月1… 小柳 冨次(こやなぎ とみじ、1893年(明治26年)7月16日 - 1978年(昭和53年)4月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。 新潟県豊栄市(現・新潟市北区)出身。小柳杢次の長男として生れる。新発田中学校を経て、1914年(大正3年)12月、海軍兵学校(42期)を卒業し、1915年(大正4年)12月、海軍少尉に任官。海軍水雷学校高等科で学ぶ。「槇」乗組、「第7号駆逐艦」(松風)水雷長などを歴任し、1926年(大正15年)11月、海軍大学校(甲種24期)を卒業。 第3戦隊参謀、「若竹」艦長、海兵教官、第2水雷戦隊参謀、海軍水雷学校教官、海軍省教育局第2課局員、第1駆逐隊司令、海大教官、「磐手」艦長、第8駆逐隊司令、水雷学校教頭、「愛宕」艦長などを歴任し、「金剛」艦長として太平洋戦争を迎えた。
井伊 誠一(いい せいいち、1892年(明治25年)10月5… 井伊 誠一(いい せいいち、1892年(明治25年)10月5日 - 1985年(昭和60年)1月5日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(7期)。 新潟県北蒲原郡板山村(現新発田市)で、弁護士の井伊小平太の長男として生まれた。新発田中学校(現新潟県立新発田高等学校)、第二高等学校を経て、1919年、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。神戸海上保険勤務を経て、1922年、弁護士を開業し、農民事件の弁護を数多く担当した。 1926年、労働農民党新潟県連合会執行委員に就任。1927年、労働農民党と日本労農党の共同推薦を受けて新潟県会議員に当選。さらに、新潟県参事会員、新発田町会議員、金銭債務調停委員、県地方事務所参与、借地借家調停委員、新発田中学校講師などを務めた。
松下 芳男(まつした よしお、1892年〈明治25年〉5月4… 松下 芳男(まつした よしお、1892年〈明治25年〉5月4日 - 1983年〈昭和58年〉4月9日)は、日本陸軍の軍人(陸軍中尉)・軍事評論家・軍事史家。「明治軍制史論」で法学博士(東京大学)。新潟県新発田町(新発田市)出身。 祖父は越後長岡藩藩士、父は陸軍少佐松下亀蔵である。松下はその長男として生まれる。松下の長男は東京大学教授。小学校時代の友人の兄に大杉栄がおり、大杉の死の直前まで交友があった。新発田中学、仙台陸軍地方幼年学校、陸軍中央幼年学校を経て、大正2年(1913年)に陸軍士官学校を卒業(25期)。士官学校の同期には武藤章・富永恭次・田中新一らがいる。 同年、陸軍歩兵少尉となり、弘前の歩兵第52連隊に配属される。
田口運蔵(たぐち うんぞう、1892年(明治25年)5月1日… 田口運蔵(たぐち うんぞう、1892年(明治25年)5月1日 - 1933年(昭和8年)10月26日)は、日本の社会主義運動家。コミンテルン初期の日本人代表として知られる。
登坂 良作(とさか りょうさく、1891年(明治24年)1月… 登坂 良作(とさか りょうさく、1891年(明治24年)1月4日 - 1982年(昭和57年)11月11日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員、官選函館市長。 新潟県北蒲原郡新発田町(現在の新発田市)立売町で登坂岩内の四男として生まれる。新潟県立新発田中学校、第二高等学校を経て、1917年4月、東京帝国大学法科大学(英法)を卒業。義兄堤清六が経営する堤商会(後のニチロ)に入って北洋漁業に携わりロシア帝国カムチャツカ州、千島列島に渡航した。 1918年12月、函館区で弁護士を開業。以後、函館市会議員、同議長、北海道会議員、同参事会員、(財) 相馬報恩会理事長、全国人権擁護委員会連合会理事などを務めた。
原 久一郎(はら ひさいちろう、1890年4月10日 - 1… 原 久一郎(はら ひさいちろう、1890年4月10日 - 1971年10月19日)は、ロシア文学者。
青山 杉作(あおやま すぎさく、1889年7月22日 - 1… 青山 杉作(あおやま すぎさく、1889年7月22日 - 1956年12月26日)は、日本の俳優、演出家、映画監督である。本名は青山 達美(あおやま たつみ)。 新潟県北蒲原郡紫雲寺村(紫雲寺町を経て、現在の新発田市米子)にある浄土真宗大谷派紫雲寺に、父・宣と母・綱の長男として生まれる。12歳下の弟に青山敏美 がいる。旧制新発田中学校(現在の新潟県立新発田高等学校)を卒業した。 1909年(明治42年)、旧制早稲田大学哲学科に入学した。在学中から演劇活動に参加し、同大学創立記念祭の野外公演で、青山杉作を名乗り初舞台を踏む。しかし、僧籍を拒み演劇活動に熱中しすぎたため、実家から送金を絶たれてしまい、英文科に転じた後大学を中退する。
今村 均(いまむら ひとし、1886年〈明治19年〉6月28… 今村 均(いまむら ひとし、1886年〈明治19年〉6月28日 - 1968年〈昭和43年〉10月4日)は、日本の陸軍軍人。陸士19期、陸大27期首席。最終階級は陸軍大将。 1886年(明治19年)6月28日、宮城県仙台区に父・今村虎尾と母・今村きよみの二男として生まれる。今村家は仙台藩上士の家柄であった。均の祖父は戊辰戦争の際に仙台藩参謀を務めた今村鷲之助。鷲之助は進駐してきた新政府軍に対して融和的な態度をとったため藩内の強行派から非難を浴び、財産を家来にほとんど分け与え、新政府からの官職への呼びかけにも応じることなく隠遁した。その後、妻を亡くすと名家から後妻を押しつけられるなどしたため酒に溺れる生活を送った。
大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉… 大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉1月17日 - 1923年〈大正12年〉9月16日)は、日本の無政府主義者、思想家、作家、ジャーナリスト、翻訳家、社会運動家。エスペランティスト、自由恋愛主義者でもあった。 愛媛県那珂郡丸亀(現・香川県丸亀市)で生まれた。父親の大杉東(おおすぎ あずま)は愛知県海東郡越治村(現・愛知県津島市)出身の大日本帝国陸軍近衛師団の前身である常時陸軍の軍人で、代々庄屋の家系で親戚にも軍人が多数いる家庭環境だった。その後、東は東京に移って近衛少尉として勤務し、大隊長の仲介によって母・とよ(豊)と結婚した。栄は次男で、はる、きく、伸、まつゑ、勇、進、あき、あやめの兄弟姉妹がいる大家族だった。
小柳 牧衛(小柳 牧衞、こやなぎ まきえ、1884年7月13… 小柳 牧衛(小柳 牧衞、こやなぎ まきえ、1884年7月13日 - 1981年12月21日)は、日本の内務官僚、政治家。官選県知事、新潟市長、衆議院議員、参議院議員。幼名は畋之助。 新潟県北蒲原郡川東村大字上楠川(現:新発田市)に生まれる。新発田中学、第一高等学校を経て、1909年に東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1910年、内務省に入り北海道属となり、1913年、北海道庁理事官に就任。 その後、青島守備軍民政部事務官、臨時震災救護事務局事務官兼総務課長、青森県内務部長、山口県書記官・内務部長、神奈川県書記官・内務部長などを歴任。1926年9月、青森県知事に就任。
関口 和之 は、日本の男性ミュージシャン、シンガーソングライ… 関口 和之 は、日本の男性ミュージシャン、シンガーソングライター、ウクレリアン。ロックバンドサザンオールスターズでベースを担当。愛称は、ムクちゃん、カズ坊。