入船亭 扇白(いりふねてい せんぱく、1988年3月18日 … 入船亭 扇白(いりふねてい せんぱく、1988年3月18日 - )は、愛媛県松山市出身の落語家。入船亭扇遊門下の真打。本名:亀井 祐一郎。出囃子は「団子売」。 愛媛大学教育学部附属中学校、愛媛県立松山東高等学校を経て、京都大学農学部を卒業。 2010年10月、入船亭扇遊に入門。2011年5月に前座となる。前座名は「ゆう京」。 2015年11月1日に林家つる子、金原亭馬久、林家扇兵衛と共に二ツ目昇進、「遊京」と改名する。遊京の「京」は、京都大学の「京」である。2017年より中国縦断の旅に出る。 2025年9月21日より、柳家やなぎ、林家なな子、吉原馬雀、金原亭馬久改め六代目金原亭馬好と共に真打に昇進し、「入船亭扇白」に改名した。
快楽亭 ブラ坊(かいらくてい ぶらぼう、1986年1月31日… 快楽亭 ブラ坊(かいらくてい ぶらぼう、1986年1月31日 - 、本名:和田 正樹)は、日本の元落語家である。 愛媛県松山市出身で、松山大学経営学部卒業。血液型はO型。2010年5月、2代目快楽亭ブラックに入門。同年6月27日に初高座。松山出身のため、同地を舞台にした夏目漱石の小説『坊つちやん』に因んで命名された。ブラックが落語立川流を退会しフリーランスとなった後の入門であるため、ブラ坊もまたフリーランスである。2016年4月、二ツ目昇進。昇進後より、神田連雀亭(二ツ目、あるいはそれに相当する芸歴の落語家・講談師・浪曲師専門の演芸場)に出演していた。 前述の通り、5つある落語家の団体に所属したことがない立場であり、定席を持たないが、前述の連雀亭など団体の縛りがない劇場などで活動している。
立川 志ら門(たてかわ しらもん、1984年7月24日 - … 立川 志ら門(たてかわ しらもん、1984年7月24日 - )は、落語立川流に所属する落語家。立川志らく15番目の弟子。落語家で唯一のトミー・ジョン手術経験者。 当初は桂米助に入門志願するが断られ、文治を紹介される。前座名のしゃも治は米助の名物番組が由来。しかし、師匠に内緒で行った早朝野球で右膝を骨折。師匠から自宅謹慎処分を命じられる。足も治りようやく歩けるようになった矢先、パチンコ屋に入って同じく師匠もそのパチンコ屋に居合わせて、破門される。それでもまだ、落語をやりたいと協会を変える。 乳幼児期にミルク性中耳炎になり、人工鼓膜への手術を受けており、耳に少し障害が残っているが生活に支障は無い。小学校時代はプロ野球選手になることを夢見ていたが、断念。
柳家 勧之助(やなぎや かんのすけ、1981年12月18日 … 柳家 勧之助(やなぎや かんのすけ、1981年12月18日 - )は、落語協会所属の落語家。愛媛県八幡浜市出身。本名∶柏木 雅博。 愛媛大学在学中、柳家花緑の高座に感動し、2003年4月に大学を中退し柳家花緑に入門する。同年8月 前座となる。前座名「緑太」。2007年2月 二ツ目昇進。「花ん謝」に改名。 2003年入門の同期、古今亭文菊・柳家小八・三遊亭ときん・鈴々舎馬るこ・桂三木助・柳亭こみち・古今亭志ん五・古今亭駒治・柳家小平太との10人で、「TEN」というユニットを組んでいた。2016年、第15回さがみはら若手落語家選手権優勝。2017年 、第28回北とぴあ若手落語家競演会大賞。 2018年9月に柳家小平太、古今亭駒治、林家たこ蔵、古今亭駒子と共に真打に昇進し、高座名を柳家勧之助と改めた。
桂 三幸(かつら さんこう、1979年7月2日 - )は、愛… 桂 三幸(かつら さんこう、1979年7月2日 - )は、愛媛県出身の落語家。本名 井上 幸浩。桂三輔一座に所属。吉本興業所属。出囃子は『春藤』。 愛媛県立松山東高等学校、愛媛大学工学部卒業。大学時代は落語研究会に属し、高座名は「寿亭うまみ」。大学3年のとき、らくさぶろうから桂三枝(後の桂文枝)の住所を渡されたことから手紙をやり取りするようになり、実際になんばグランド花月まで足を運んだりもしたが、一方で大学院への進学も考えるなど(実際に合格もしている)、進路に揺れていた。 2001年にはM-1グランプリに挑戦し2回戦まで突破するが、中川家の漫才を見て「自分には一人のほうが向いている」と感じ、一から落語の勉強をしようと決める。
林家 染太(はやしや そめた、1975年〈昭和50年〉10月… 林家 染太(はやしや そめた、1975年〈昭和50年〉10月5日 - )は、愛媛県松山市出身の落語家である。本名は荻山 志行(おぎやま しこう)。出囃子は『野球拳』。上方落語協会会員。 松山市立北久米小学校、松山市立久米中学校、愛媛県立松山北高等学校、関西大学文学部国文学科「夜間部」卒業。高校卒業後に高松高等予備校へ通っている。 小学校・中学校では相撲部に所属。中学1年生の頃に友人に桂枝雀の落語会に誘われて、カルチャーショックを受ける。その後図書館に通い、落語のテープやCDを借りたり、本を読んだり、ホームルームで落語を披露する。 高校では応援団で活動。落語家になりたくて大阪に行きたい気持ちはあったが両親には言えず、「先生になる」という名目で大阪の大学へ入学をする。
露の紫(つゆの むらさき、1974年4月6日 - )は、愛媛… 露の紫(つゆの むらさき、1974年4月6日 - )は、愛媛県今治市出身の上方噺家。本名は宮口(旧姓:矢野) ゆかり。露の都事務所、クリエイティブワンズ所属。上方落語協会会員。 姫路学院女子短期大学児童教育科を卒業し、1994年に神戸ポートピアホテルに就職。就職後に大阪にあるアナウンサー学校に通い、プロダクションのオーディションに合格し退職。関西のテレビ局やケーブルテレビ、ラジオ局の番組に出演した。番組で共演していた山本量子と組んでM-1グランプリに出場したり、個人でR-1グランプリに出場したこともある。 2008年4月、「話術の上達やしゃべりの幅を広げたいくらい」という気持ちから繁昌亭落語家入門講座に参加した。
林家 きく姫(はやしや きくひめ、1970年5月8日 - )… 林家 きく姫(はやしや きくひめ、1970年5月8日 - )は、落語協会・トヨタアート所属の真打落語家。本名は松本 恋由姫(まつもと こゆき)。愛媛県松山市出身。 幼い頃に、松山市から東京に家族とともに転居した。母が音楽好きで、幼い頃からクラシックやジャズが流れる家で育つ。東京都中野区立第八中学校卒業後、ジャズヴォーカリストを目指し日本音楽高等学校声楽科に進学した。 テレビで『笑点』を観たのがきっかけで、1987年に高校を中退し16歳で初代林家木久蔵(現在は林家木久扇)に入門し、惣領弟子となる。弟子入りするまで木久蔵が落語家であると知らなかったとの話もある。 1991年に二ツ目、2001年秋に東京の女性落語家としては4人目、落語協会所属の女性落語家としては3人目となる真打に昇進した。
瀧川 鯉太(たきがわ こいた、1968年(昭和43年)4月2… 瀧川 鯉太(たきがわ こいた、1968年(昭和43年)4月21日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶大西 洋士。
林家 源平(はやしや げんぺい、1950年9月3日 - )は… 林家 源平(はやしや げんぺい、1950年9月3日 - )は、日本の落語家・俳優・タレントである。本名∶富永 久三男。愛媛県宇和島市(旧:三間町地域)出身。出囃子∶「供奴」。紋∶「花菱」。落語協会所属の真打。 愛媛県立三間高等学校中退。かつて二所ノ関部屋に所属する力士であったが、同部屋の麒麟児和春に簡単に投げ飛ばされて相撲の道を諦め廃業した[要出典]。 1969年1月に初代林家三平に入門し、1972年に前座となる。前座名は「げん平」。1974年5月に二ツ目に昇進し「源平」と改名。それと並行して俳優としても活動する。1980年に三平が急死し、兄弟子の林家こん平の預かり弟子となる。 1983年9月に柳家小里ん、蝶花楼花蝶、林家正雀と共に真打昇進する。