島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は… 島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の女流棋士。高知県南国市出身。土佐高校卒業。森雞二九段門下。LPSA番号13。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧39。
高知県:3人
島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は… 島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の女流棋士。高知県南国市出身。土佐高校卒業。森雞二九段門下。LPSA番号13。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧39。
森 雞二(もり けいじ、1946年4月6日 - )は、将棋棋… 森 雞二(もり けいじ、1946年4月6日 - )は、将棋棋士。棋士番号100。高知県中村市(現:四万十市)出身。大友昇門下。棋聖、王位のタイトルを獲得。竜王戦1組通算5期。名人戦A級通算10期。2017年に引退。元大相撲幕内力士玉海力は甥。 大阪に幼少期を過ごし、父親の死後、中学2年で母親と上京。 晩学で知られる。将棋を覚えたのが16歳の頃と遅かったが、近所の将棋クラブでひたすら将棋を指し続け、僅か半年でアマ三段の実力にまで上達する。森自身は「この期間は夜の11時まで夕食もとらずに将棋を指し続けた」と後年に述懐した。戦前はいざ知らず、森以降の世代で、これほどの「晩学」で名人位挑戦、タイトル保持まで進んだ棋士は他にいない[要出典]。
大崎 熊雄(おおさき くまお、1884年〈明治17年〉 - … 大崎 熊雄(おおさき くまお、1884年〈明治17年〉 - 1939年〈昭和14年〉4月25日)は、将棋棋士。贈九段。当初は関根金次郎十三世名人門下であったが、後に井上義雄八段門下に転じる。高知県高知市出身。本名は大崎熊吉。日本将棋連盟の創設時(創設当時は東京将棋連盟)の参加棋士20人のうちの一人。 若い頃には坂本龍馬を尊敬し、政治家を志したこともあるという。 日露戦争に従軍し旅順包囲軍に参加。奉天での戦いで負傷に依り右腕の自由を失う。この負傷で伍長となり金鵄勲章を受ける。 帰還した後に関根金次郎十三世名人門下として将棋界に入り、その後井上義雄八段門下に「師匠替え」する。のちに井上の名から「雄」の字を貰い「熊雄」と改名することになる。