大村 早和(おおむら さわ、2000年11月22日 - )は… 大村 早和(おおむら さわ、2000年11月22日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。 長崎県出身。佐々町バスケットボールクラブでプレーをはじめ、佐々町立佐々中学校を卒業した。長崎女子高等学校2年時にウインターカップ、3年時にはインターハイとウインターカップに出場した。2019年白鷗大学教育学部に進学した。全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)では2019年(1年)から2022年(4年)まで4年続けて準優勝であった。 2023年1月、アーリーエントリーでアイシン ウィングスに加入した。得意なプレーは3Pシュート。 2023-24シーズン、アイシンはレギュラーシーズンで8位となりプレーオフに進出した。
片山 菜々(かたやま なな、1999年1月14日 - )は、… 片山 菜々(かたやま なな、1999年1月14日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。Wリーグの山梨クィーンビーズ所属。 長崎西高校から福岡大学に進み、インカレベスト16。 卒業後は地域リーグの滋賀銀行に加入し、西日本地域リーグ準優勝。 2022年、山梨クィーンビーズに移籍。
永田 萌絵(ながた もえ、1997年6月20日 - )は、日… 永田 萌絵(ながた もえ、1997年6月20日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。長崎県佐世保市出身。 佐世保市立春日小学校から競技を始め、佐世保市立清水中学校で長崎県ベスト4。長崎商業高校 に進学し、2015年の3年時に女子U-18日本代表候補に選出。高校では2、3年時に国体出場を果たしたが、全国高校総体や全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会には出場できなかった。東京医療保健大学に進学すると、3年時にはアジア大会に出場する日本B代表に選ばれ銅メダルを獲得した。4年時にはキャプテンとしてインカレ3連覇を果たすとともに2年連続してMVPに選出された。
田中 大貴(たなか だいき、1991年〈平成3年〉9月3日 … 田中 大貴(たなか だいき、1991年〈平成3年〉9月3日 - )は、長崎県出身のプロバスケットボール選手。ポジションはシューティングガード。B.LEAGUEのサンロッカーズ渋谷に所属している。 小学校2年生の時に仲のいい友人と共にバスケットボールを始めた。 中学校進学後もバスケットボールを続け、3年生の時にキャプテンとしてチームを率いて春の九州大会で3位を経験している。 2007年4月、長崎西高校に進学。1年生ながら長崎県高等学校時より長崎県高等学校春季大会の出場メンバーとしてエントリーし、優勝を果たしている。 全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)県予選大会の出場メンバーとして名を連ね、決勝リーグまで駒を進めるも3位となり全国大会の出場を逃す結果となった。
川上 聖子(かわかみ さとこ、1988年6月20日 - )は… 川上 聖子(かわかみ さとこ、1988年6月20日 - )は、長崎県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「サトコ」。ポジションはガード。 長崎西高から拓殖大学を経て、2011年に新潟アルビレックスBBラビッツ入団。2014年に現役引退。。
中川 聴乃(なかがわ あきの、1987年4月26日 - )は… 中川 聴乃(なかがわ あきの、1987年4月26日 - )は元女子バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 長崎県出身。長崎市立仁田小学校の小学4年の時からバスケットボールを開始し、純心中学校・純心女子高等学校に進学。中学2年時には全国大会3位でレギュラーも務める。更に中学校3年時にはU-15代表にも選出。中高一貫校で高校に進学し、高校1年時U-18代表に選出されたが、日本一になりたい思いを抱き、高校1年時の冬に桜花学園高校に転入。翌年には全国制覇を達成する。高校3年時に日本代表候補に選出される。2006年3月、同高校卒業し、シャンソン化粧品に入社。2006年ドーハアジア大会の日本代表に選出される。
出岐 奏(でき かなで、1986年4月11日 - )は、長崎… 出岐 奏(でき かなで、1986年4月11日 - )は、長崎県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「メロ」。ポジションはガード。 西浦上小学校でバスケを始め、純心中学校・純心女子高等学校に進み、高校1年でインターハイ・ウィンターカップ、2年でインターハイに出場。 その後は鹿屋体育大学に進み、1年でインカレ準優勝に貢献。2007年ユニバーシアードにも出場。4年で主将を務める。チャレンジ!おおいた国体には長崎県代表として高校の大先輩永田睦子らと出場し3位。 卒業後、日本航空に入社。 日本航空廃部にともない、チーム譲渡先である新潟アルビレックスBBラビッツに移籍。 2012-13シーズンベスト5に選出。
林田 明佳(はやしだ あすか、1986年1月28日 - )は… 林田 明佳(はやしだ あすか、1986年1月28日 - )は、長崎県大村市出身の元バスケットボール選手である。シャンソンVマジックに所属していた。ポジションはフォワード。 地元の中学を卒業後、長崎女子高等学校に進学。1年と3年の時にインターハイ、国体、ウインターカップと「国内3大大会」に出場し、3年時には地元・長崎県で開催されたインターハイとウインターカップとも3位に輝いた。拓殖大学卒業後、シャンソン化粧品に入社。 2004年に中国で開催されたアジアジュニア選手権日本代表も経験した。2012年引退。
庄司 亮介(しょうじ りょうすけ、1984年10月22日 -… 庄司 亮介(しょうじ りょうすけ、1984年10月22日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード/センター。 長崎東高校を卒業後、愛知学泉大学に進学。 卒業後、アイシン・エィ・ダブリュ アレイオンズ安城に入団。
酒井 泰滋(さかい たいじ、1984年8月28日 - )は、… 酒井 泰滋(さかい たいじ、1984年8月28日 - )は、長崎県諫早市出身の元男子バスケットボール選手。背番号は28。 身長190cm、体重88kg、血液型A型、ポジションはフォワード。 福大大濠高、慶大では主将を務めた。慶大へは一般入試により入学している。実弟・祐典も福大大濠高に進み主将を務め、その後慶大を経て、現在は九州電力で活躍している。 大学時代のチームメイトに竹内公輔がいる。 2009年には東アジア競技大会で初のA代表入りを果たす。 2013年、日立東京の主将に就任。 2016年オフ引退とチームアンバサダー就任を発表。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。
藤原 岳志(ふじわら たけし、1983年6月17日 - )は… 藤原 岳志(ふじわら たけし、1983年6月17日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。身長183cm、体重77kg。現在はラ・サール学園寮舎監として同学園に勤務している。 鹿屋体育大学を卒業後、2008年にレノヴァ鹿児島に入団。 その後、2012年に兵庫ストークスに移籍。 2017年よりラ・サール学園寮の舎監として勤務している。→2025より高校寮
小久保 眞(こくぼ しん、1982年11月18日 - )は、… 小久保 眞(こくぼ しん、1982年11月18日 - )は、長崎県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。190cm、84kg。アースフレンズ東京Z所属。 私立瓊浦高校でインターハイに出場。1年先輩に元レラカムイ北海道の御手洗貴暁、富山グラウジーズACの高岡大輔がいる。 卒業後は上京してクラブチームを転々とし、ストリートボールの横濱TEAM-Sに加入。北米独立リーグのABAサマーリーグにも参加した。 2008年、JBL2に参加するレノヴァ鹿児島にプロ契約選手として加入。 2009年は主将に就任。 2013年のNBDLオールスターに選出されている。 2016年オフ、アースフレンズ東京Zへ移籍。
高岡 大輔(たかおか だいすけ、1981年10月14日 - … 高岡 大輔(たかおか だいすけ、1981年10月14日 - )は、長崎県出身の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。選手としては主にフォワードのポジションを務め、仙台89ERSなど5チームでプレーし、2016年に引退した。現役最後のシーズンとなったbjリーグ 2015-16シーズン時点の身長は192cm、体重95kgだった。引退後は仙台89ERSのアシスタントコーチに就任し、2018年1月からはヘッドコーチに昇格した。Bリーグ・富山グラウジーズのアシスタントコーチを務めていた。2026年1月23日、青森ワッツのHCに就任した。 1997年に私立瓊浦高等学校に進学。1年生時より控え選手としてベンチ入りし、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウィンターカップ)に出場。
御手洗 貴暁(みたらい たかあき、1981年4月21日 - … 御手洗 貴暁(みたらい たかあき、1981年4月21日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはG。日本体育大学卒業。 幼少期に父親が教諭・監督をしている瓊浦高校にてバスケットボールに出会う。 長崎市立西山台小学校時代は通っていた小学校にバスケ部がなかったため、サッカー・リトルリーグを経験。正義感の強い少年であり、同級生や周りの子供がカツアゲやいじめに遭っているのを見ると、体を張って助けに行っていた。 長崎市立三川中学校からバスケット部に入部、この頃、恩師との出会いなどでバスケットボールに関する技術の多くを学ぶ。この頃、当時流行していたアニメ『SLAM DUNK』に感動して将来バスケ選手になる決断をする。
大野 慎子(おおの しんこ、1978年11月14日 - )は… 大野 慎子(おおの しんこ、1978年11月14日 - )は、長崎県佐世保市出身の女子バスケットボール選手である。身長162cm。ポジションはガード。柏リーブス(千葉)・KING ASH(渋谷区)所属。 佐世保市立皆瀬小学校でバスケットボールを始め、佐世保市立中里中学校では、県中学総体で準優勝。 鶴鳴女子高校では1995年福島国体で準優勝、1996年の山梨インターハイで準優勝、広島国体3位の成績を収める。 1997年に渡米し、インディアナ州エバンスビル大学附属英語学校で学んだ後、1998年エバンスビル大学に正式入学。1999年にはカンファレンスリーグ最優秀新人賞を獲得。日本人女子初のNCAA出場を果たした。
永田 睦子(ながた むつこ、1976年9月26日 - )は、… 永田 睦子(ながた むつこ、1976年9月26日 - )は、長崎県出身の元女子バスケットボール選手である。コートネームは「ミラ」。ポジションはセンターフォワード。178cm、73kg。リングにぶら下がれるほどの日本人女子としてはかなり高い運動能力を有していた。 純心高校ではこれまで長崎の高校女子バスケのトップに君臨していた鶴鳴(現・長崎女子)の前に立ちはだかり、全国大会出場に貢献した。 卒業後、シャンソン化粧品に入社。シャンソン黄金時代に貢献し、10連覇の後期の主力として活躍した。2005-2006年WリーグではMVPを獲得。2006-2007年シーズンを最後に引退。 全日本のメンバーとしてもアジア大会で金メダルを獲得し、アトランタ・アテネの五輪2大会出場を果たす。
小磯 典子(こいそ のりこ、1974年1月15日 - )は、… 小磯 典子(こいそ のりこ、1974年1月15日 - )は、長崎県出身の女子バスケットボール選手である。身長183cm。ポジションはセンター。旧姓:濱口(はまぐち)。 鶴鳴女子高校にて全国大会で活躍し、卒業後、ジャパンエナジーに入社。JOMOでは川﨑真由美ともにツインタワーとして活躍し、黄金時代に貢献した。 1996年にはアトランタオリンピックに出場し日本の7位入賞に貢献。この頃から全日本のセンターに定着。3度の世界選手権も経験しているほか、バンコクアジア大会では金メダルを獲得している。 2004年のアテネオリンピックを最後に一度は現役を引退したが、翌2005年に金平鈺元ヘッドコーチがアイシン・エィ・ダブリュ ウィングスのヘッドコーチに就任すると、移籍して選手兼コーチとして現役復帰。
松山 ゆかり(まつやま ゆかり、現姓・森永、女性:1973年… 松山 ゆかり(まつやま ゆかり、現姓・森永、女性:1973年7月30日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはセンターフォワード。180cm。 鶴鳴女子高校では濱口典子とともにツインタワーとしてインターハイ優勝。 卒業後、濱口とともにジャパンエナジー(入社時は共同石油)に入社。同年開催されたアジアジュニア選手権に出場。 全日本代表としても、1993年東アジア競技大会に出場した。 しかし、負傷のため1997年にバスケットボール部を退部。福岡支社に勤務している。
古海 五月(ふるみ さつき、旧姓:原田、1963年5月26日… 古海 五月(ふるみ さつき、旧姓:原田、1963年5月26日 - )は、長崎県出身の女子バスケットボール選手・指導者である。現役時代は共同石油(現・ENEOSサンフラワーズ)でプレー。バスケットボール女子日本代表アシスタントコーチも務めた。 豊玉高校2年時に鶴鳴女子高(現:長崎女子高校)の監督だった山崎純男の誘いを受けて転校。卒業後は鶴鳴女子高の元監督である中村和雄が監督を務める共同石油に入社。日本リーグ優勝3度、オールジャパン優勝3度経験。リーグMVPも2度獲得した。 全日本でも6年に渡って選ばれ、4年間主将を務めた。 1990年に共石退社後は徳島に移り、北島CR・クラブに所属。全日本クラブ選手権4連覇や国体連覇の輝かしい成績を残す。
浜口 秀樹(はまぐち ひでき、1956年1月4日 - )は、… 浜口 秀樹(はまぐち ひでき、1956年1月4日 - )は、長崎県出身の元バスケットボール選手である。195cm。 長崎南高校から拓殖大学に進み、在学中に最年少となる20歳でモントリオール五輪に出場。2021年の東京オリンピックに開催国として出場するまでオリンピック男子バスケットボールに選手としての出場歴を持つ最も若い日本人であった。 卒業後は新日鐵に入社。