齋藤 聡(さいとう あきら、1966年〈昭和41年〉7月26… 齋藤 聡(さいとう あきら、1966年〈昭和41年〉7月26日 - )は、日本の海上自衛官。第36代海上幕僚長。第52代自衛艦隊司令官。 長崎県佐世保市出身。防衛大学校を第33期卒業し、海上自衛隊に入隊。職種は水上艦艇。 入隊後は主に護衛艦や海上幕僚監部等で勤務したのち、海上自衛隊幹部候補生学校長、海上幕僚監部防衛部長等の要職を歴任し、第40代護衛艦隊司令官、第43代海上幕僚副長を経て、2022年(令和4年)12月23日付で第52代自衛艦隊司令官に就任した。 2024年(令和6年)7月12日の閣議において、7月19日付をもって海上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令された。海上幕僚長就任に際し、「精強」及び「誠実」を方針として掲げた。
古澤 忠彦(ふるさわ ただひこ、1941年〈昭和16年〉12… 古澤 忠彦(ふるさわ ただひこ、1941年〈昭和16年〉12月 - )は、日本の海上自衛官。最終階級は海将。舞鶴地方総監、統合幕僚会議事務局長、横須賀地方総監を歴任した。長崎県出身。 1941年(昭和16年)12月、長崎県佐世保市生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て1964年(昭和39年)3月、防衛大学校第8期卒業、海上自衛隊入隊。護衛艦「まきぐも」艦長、第34護衛隊司令、大湊地方総監部幕僚長、海上幕僚監部人事教育部長などを経て、1994年(平成6年)7月、舞鶴地方総監に就任。1996年(平成8年)3月には統合幕僚会議事務局長に就任し、日米防衛協力のための指針見直し問題に絡み、秋山昌廣(当時防衛局長)とともに中国を訪問して傅全有(中国人民解放軍総参謀長)らとの会談を行った。
山田 良市(やまだ りょういち、1923年(大正12年)9月… 山田 良市(やまだ りょういち、1923年(大正12年)9月3日 - 2013年(平成25年)2月27日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。第15代航空幕僚長。海兵71期。海軍での最終階級は海軍大尉。航空自衛隊での最終階級は航空幕僚長たる空将。 1923年(大正12年)9月3日、福岡県に生まれる。戸畑中学を経て1939年(昭和14年)海軍兵学校第71期生として入校。1942年(昭和17年)11月14日、卒業、少尉候補生。戦艦「武蔵」、敷設艦「津軽」乗組を経て1943年(昭和18年)6月、少尉任官、霞ヶ浦海軍航空隊40期飛行学生に入隊。大分空・筑波空で戦闘機操縦訓練を受けた。 1944年(昭和19年)6月末「紫電」装備の341空戦闘第402飛行隊に配属。
曲 壽郎(まがり としろう、1917年〈大正6年〉2月15日… 曲 壽郎(まがり としろう、1917年〈大正6年〉2月15日 - 2012年〈平成24年〉12月12日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官、簡易裁判所判事、弁護士。 最終階級は、帝国陸軍では陸軍少佐、陸自では陸上幕僚長(第11代)たる陸将(陸軍大将に相当)。 陸士50期首席、陸軍科学学校高等科(45期)優等、陸大58期。 長崎県大村市出身。小学校教員・曲義彦の三男として生まれる。 佐世保中学、東京陸軍幼年学校・陸士予科を経て、1937年(昭和12年)12月に陸軍士官学校(50期)を首席で卒業して恩賜の銀時計を拝受した。翌年1月、陸軍砲兵少尉に任官した。 1939年(昭和14年)、ノモンハン事件に野戦重砲兵第1連隊中隊長として出征した。