髙木 水月(たかき みづき、2003年5月20日 - )は、… 髙木 水月(たかき みづき、2003年5月20日 - )は、大分県大分市出身の、日本の女子柔道選手。階級は63kg級。身長164cm。組み手は右組み。得意技は大外刈。 柔道は小学校1年の時に始めた。下郡小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会45kg級で3位になった。地元の大分から福岡県の敬愛中学へ進むと、3年の時に全国中学校柔道大会63kg級で3位になった。敬愛高校3年の時にインターハイの個人戦と団体戦でともに5位だった。 2022年に明治国際医療大学へ進むと、2年の時には全日本ジュニアで優勝した。続く世界ジュニアでは決勝まで進むも、フランスのメルキア・オシュコルヌに技ありで敗れて2位だった。
梅津 志悠(うめづ しゆう、1997年4月24日 - )は、… 梅津 志悠(うめづ しゆう、1997年4月24日 - )は、大分県出身の、日本人の女子柔道選手。階級は78kg級。身長170cm。血液型はA型。得意技は大外刈。現在はJR九州に所属。 柔道は5歳の時に中津少年柔道クラブで始めた。吉冨中学3年の時に全国中学校柔道大会の70kg級に出場すると、準決勝で大成中学3年の中江美裕に横四方固で敗れて3位だった。 敬愛高校に進むと、1年の時には金鷲旗の決勝で東大阪大敬愛高校と対戦すると、3人抜きの大活躍でチームの優勝に大いに貢献した。2年の時には金鷲旗の決勝で埼玉栄高校と対戦すると、2人抜きするもチームは敗れて2位にとどまった。インターハイ団体戦では準決勝で東大阪大敬愛高校と対戦すると、米澤夏帆に有効で敗れるなどして3位だった。
安松 春香(やすまつ はるか、1991年12月22日 - )… 安松 春香(やすまつ はるか、1991年12月22日 - )は、大分県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70kg級。身長165cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は参段。得意技は内股。 柔道は11歳の時に国東少年柔道クラブで始めた。国東中学3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級決勝で久米田中学3年の小松柔に敗れて2位だった。国東高校へ進むと、階級を63kg級まで上げた。3年の時にはインターハイと全日本ジュニアの63kg級で3位となった。 2010年には環太平洋大学へ進んで古賀稔彦の指導を受けることになった。1年の時には全日本ジュニアの決勝で淑徳高校1年の田代未来に敗れて2位だったが、田代とともに世界ジュニア代表に選ばれた。
穴井 さやか(あない さやか、1986年8月15日 - )は… 穴井 さやか(あない さやか、1986年8月15日 - )は、大分県大分市出身、日本の女子柔道選手である。現在は帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科健康スポーツコース助教・柔道部女子監督。 階級は78キロ級。身長177cm。得意技は大外刈。組み手は右組み。段位は四段。血液型はO型。 兄は国内外の大会で活躍している穴井隆将。 柔道は5歳の時に始める。高校までは70キロ級の選手で、大学から78キロ級に階級を上げる。兄の穴井隆将ほどではないにせよ、最近は国内外の大会で一定の活躍を示している。177cmの長身なので、ヨーロッパの選手に対しても体格面で見劣りすることはあまりない。また長身選手ながら背負投も使いこなせる。
穴井 隆将(あない たかまさ 1984年8月5日 - )は、… 穴井 隆将(あない たかまさ 1984年8月5日 - )は、大分県大分市出身の柔道家。段位は四段。得意技は内股、大外刈。妹の穴井さやかも柔道家で、2008年の世界団体柔道には共に出場している[4]。現在は天理大学柔道部の監督を務めている[5]。
近藤 悦子(こんどう えつこ、1981年9月22日 - )は… 近藤 悦子(こんどう えつこ、1981年9月22日 - )は大分県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長170cm。 2010年の世界選手権100kg級で優勝した穴井隆将などを輩出した、1965年の世界選手権中量級2位の山中圏一が指導する秀鋭館道場で柔道を始めた。小学校5年の時には全国少年柔道大会の個人戦に出場して、男子選手を次々と破って3位入賞を果たした。審判長の貝瀬輝夫も小学生離れした力強い柔道に感嘆の声を上げた。明野中学から福岡工大附属高校へ進むと、2年の時に金鷲旗で3位になった。3年の時には全日本ジュニアの78kg級で3位だった。 2000年には帝京大学へ進学すると、2年の時には全国女子体重別で3位に入った。
手島 知佳(てしま ちか、1980年9月27日 - )は、大… 手島 知佳(てしま ちか、1980年9月27日 - )は、大分県出身の日本の柔道家。現役時代の階級は78kg級。身長は162cm。得意技は内股。 柔道は6歳の時に始めた。杵築中学3年の時には全国中学校柔道大会の56kg超級に出場して準決勝まで全て一本で勝ち上がると、決勝では日下部基栄以来史上2人目の3連覇を狙っていた大宮中学3年の薪谷翠を判定ながら破って優勝を飾った。杵築高校2年の時には高校選手権の78kg級で3位になった。3年の時には全国女子体重別(現 講道館杯)の決勝で帝京大学2年の松崎みずほに敗れて2位だった。1999年には筑波大学へ進学すると、1年の時には体重別(全日本選抜)と正力杯で3位だったが、優勝大会ではチームの初優勝に貢献した。
木田 守(きだ まもる、1960年11月15日 - )は、大… 木田 守(きだ まもる、1960年11月15日 - )は、大分県出身の、日本の柔道選手である。階級は60kg級。身長162cm。得意技は一本背負投。 柔道は中学1年の時に友達の影響で始めた。大分県立国東高等学校から京都産業大学法学部へ進むと、2年の時から2年連続で学生選手権60kg級で2位となった。3年の時に講道館杯60kg級の決勝で新田高等学校教員の浅見三喜夫に敗れるが2位になった。4年の時には講道館杯で3位だったが、初開催となった正力国際では60kg級の初代チャンピオンとなった。また、西ドイツ国際及び東ドイツ国際でも優勝を飾った。1983年にはダイコロの所属になると、講道館杯では3位だった。
蔵本 孝二(くらもと こうじ、1951年8月14日 - )は… 蔵本 孝二(くらもと こうじ、1951年8月14日 - )は、大分県日田市出身の日本の柔道家。身長174cm。 福岡県久留米市立南筑高校、拓殖大学、神奈川県警察の経歴。1976年神奈川県警当時に出場したモントリオールオリンピックの男子柔道軽中量級銀メダリスト。
山中 圏一(やまなか けんいち、1943年 - 2025年1… 山中 圏一(やまなか けんいち、1943年 - 2025年10月26日[要出典])は長崎県佐世保市出身の日本の柔道家。階級は中量級(80kg級)。 佐世保に生まれるが、その後豊後高田市に移った。1956年に高田中学に入学すると、当初はテニス部に所属していたが、柔道部の稽古風景を見て「これだ!」と思い柔道部に転部した。その後、高田高校から天理大学に進学すると、1963年の全日本学生柔道優勝大会で2位、1964年の全日本学生柔道選手権大会中量級では中央大学の関根忍に体落で敗れるが2位となった。1965年の世界選手権中量級では準決勝でアメリカのジェームズ・ブレグマンを体落で破るものの、決勝では中央大学の岡野功に背負投で立て続けに技あり2つを取られて敗れた。