津野 常(つの じょう、1848年7月12日(嘉永元年6月1… 津野 常(つの じょう、1848年7月12日(嘉永元年6月12日)- 1902年(明治35年)7月18日)は、幕末の高鍋藩士、明治期の実業家・政治家。衆議院議員、宮崎県会議長。 日向国児湯郡上江村(高鍋県、美々津県、宮崎県、鹿児島県を経て宮崎県児湯郡上江村、現高鍋町)で生まれる。藩校・明倫堂で漢学を修め、稽古所で剣術、柔術を錬磨した。その後、美々津県英式楽隊を講習して高鍋藩楽隊長に就任し、さらに同藩民政局出仕を務めた。廃藩置県後、美々津県、宮崎県、鹿児島県で勤務した。 1881年(明治14年)3月、鹿児島県会議員に選出され、分県運動に加わり、1883年(明治16年)7月、宮崎県会議員に選出され、同常置委員、同副議長、同議長を務めた。
日高 亀市(ひだか かめいち、1845年3月11日(弘化2年… 日高 亀市(ひだか かめいち、1845年3月11日(弘化2年2月4日) - 1917年(大正6年)10月23日)は、明治期の日本の実業家、漁業技術改良者。明治期の日本水産業界に革命を起こし、巨万の富を築くとともに地域社会に貢献した功績が讃えられ、「ブリ大尽」と呼ばれた。 1845年3月11日(弘化2年2月4日)、日向国臼杵郡赤水村(現在の宮崎県延岡市赤水)の網元、日高喜右衛門為康の四男として生まれる(日高家は、寛永年間に紀伊国から日向国細島に移住した日高為明の末裔といわれる)。当時の赤水村近辺はイワシやアジを中心に漁業が盛んであったうえ、イワシを追ったブリの大群も押し寄せる良港であり、その様子は海面が赤みを帯びるほどだったという。
河野 傳(河野 伝)(こうの つとう、1896年(明治29年… 河野 傳(河野 伝)(こうの つとう、1896年(明治29年) - 1963年(昭和38年)10月24日)は、日本の建築家、技術者、経営者。宮崎県出身。旧国立駅舎の設計者と考えられている。 1896年(明治29年)に、宮崎県児湯郡美々津村(現:宮崎県日向市)の廻船問屋・河内屋の河野勢蔵、リサの長男として出生。美々津村立美々津尋常小学校(現:日向市立美々津小学校)、宮崎県立宮崎中学校(現:宮崎県立宮崎大宮高等学校)を経て、京都高等工芸学校図案科(現:京都工芸繊維大学)にて本野精吾の下で建築を学ぶ。卒業後、建築家となり、フランク・ロイド・ライトに師事し、帝国ホテル新館(ライト館)の建設に携わる。1923年(大正12年)には上野陽一邸の設計を手掛けている。
日野 三代春(ひの みよはる)は、日本の実業家。テーブルマー… 日野 三代春(ひの みよはる)は、日本の実業家。テーブルマークホールディングス代表取締役社長や、テーブルマーク代表取締役社長、日本冷凍めん協会会長等を務めた。 宮崎県延岡市出身。宮崎県立延岡高等学校を経て、1978年西南学院大学商学部卒業、旭化成工業入社。旭化成の食品事業部で経理などを務めていたが、事業譲渡に伴い2000年日本たばこ産業に転籍。日本たばこ産業食品事業部長、日本たばこ産業執行役員を経て、2008年加ト吉常務執行役員。2009年加ト吉取締役専務執行役員。 2011年からテーブルマーク代表取締役社長を務め、構造改革などを進め、4期連続の黒字を実現した。2014年テーブルマークホールディングス代表取締役社長兼テーブルマーク代表取締役社長。