山口 喬司(やまぐち きょうじ、1977年9月2日 - )は… 山口 喬司(やまぐち きょうじ、1977年9月2日 - )は、日本の演出家、劇作家、俳優。 宮崎県宮崎市出身。茨城大学工学部メディア通信工学科卒業。プロデュース劇団『K.B.S.Project』を主宰。代表作は、「能舞エヴァンゲリオン」、「超青春合唱コメディSING!」等。作風はコメディ色が強く、能や和楽器、書道等の伝統芸能を取り入れたり、また、爆薬やファイヤーマシンなどの特効、懸垂下降やワイヤーアクションなど、派手な演出が特徴である。 2010年に、小劇場『高田馬場ラビネスト』を、また、2017年には『コフレリオ 新宿シアター』をオープン。東京都内に2つの小劇場をプロデュースしている。
窪田 将治(くぼた しょうじ、1974年5月9日 - )は、… 窪田 将治(くぼた しょうじ、1974年5月9日 - )は、宮崎県宮崎市出身の映画監督・演出家・脚本家・劇作家。 1974年5月9日生、宮崎県宮崎市出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。在学中には脚本家・池端俊策、映画監督・細野辰興に師事。卒業後、1997年より自主映画制作の傍らミュージックビデオの演出やファッションショーなどの映像演出を手掛ける。 2006年11月、『zoku』で劇場映画デビュー。 2009年6月、女子プロレスを題材にした映画『スリーカウント』で長編映画デビューを果たす。 2010年3月、映画監督5人(細野辰興・五十嵐匠・サトウトシキ・いまおかしんじ・窪田将治)が予算、時間、脚本を同一条件のもとに作り上げたオムニバス映画『ちちり』(2010年)を企画・プロデュースし公開。
永山 智行(ながやま ともゆき、1967年 - )は宮崎県出… 永山 智行(ながやま ともゆき、1967年 - )は宮崎県出身の演出家、劇作家。都城市を本拠地とする劇団こふく劇場代表。元(公財)宮崎県立芸術劇場演劇ディレクター。 1967年、宮崎県都城市に生まれる。東京学芸大学に進学後、「演劇鑑賞」の授業の受講生による自主上演会にて演劇活動を開始。大学卒業後は就職せずに帰郷、宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校演劇部出身者を中心に、1990年に劇団クロスピアを旗揚げする。1997年に劇団こふく劇場に改名。 1995年、『空の月、胸の石-それでもきみといつまでも』が日本劇作家協会新人戯曲賞最終選考にノミネートされる。翌1996年にも『北へ帰る』が2年連続で日本劇作家協会新人戯曲賞の最終選考に残る。
古城十忍(こじょう としのぶ、1959年 - )は日本の劇作… 古城十忍(こじょう としのぶ、1959年 - )は日本の劇作家・演出家。宮崎県小林市出身。東京都在住。本名、古城俊伸。 1959年、宮崎県小林市生まれ。宮崎県立小林高等学校、熊本大学法文学部法科卒業。 熊本日日新聞政治経済部記者を経て、1986年、劇団一跡二跳を結成。 2005年文化庁新進芸術家派遣にてロンドン及びスコットランドに200日間留学。 2008年7月同劇団を解散。 2009年、劇団ワンツーワークスを結成。 社団法人日本劇団協議会専務理事。新国立劇場演劇研修所講師。日本劇作家協会理事。
山崎 哲(やまざき てつ、1946年6月21日 - )は、日… 山崎 哲(やまざき てつ、1946年6月21日 - )は、日本の劇作家、時事評論家。本名は渡辺康徳。 宮崎県宮崎市生まれ。宮崎県立宮崎大宮高等学校時代から演劇活動を始める。1970年、広島大学文学部中退。上京し、唐十郎の状況劇場に入団。 1971年、劇団「つんぼさじき」を旗揚げ。1979年にこれを解散し、流山児祥の「演劇団」を経て、1980年に藤井びん、竹内一郎らと劇団「転位・21」を旗揚げ。 1981年、『うお伝説』『漂流家族』で第26回岸田國士戯曲賞受賞。1987年、『エリアンの手記』『ジロさんの憂鬱』『まことむすびの事件』で紀伊國屋演劇賞受賞。 1994年、水戸芸術館運営委員に就任。「転位・21」の活動を休止。