新垣 慶太(あらかき けいた、1967年〈昭和42年〉4月1… 新垣 慶太(あらかき けいた、1967年〈昭和42年〉4月16日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。 沖縄県名護市出身。愛光中学校・高等学校を経て、1991年(平成3年)3月に東京大学法学部を卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、同年4月に運輸省入省。 課長補佐時代には、中国からの団体観光旅行の受け入れや、ILO船員労働に関する条約の見直し、船員分野への派遣労働の制度化に携わった。国土交通省総合政策局政策課企画専門官、近畿運輸局自動車交通部長、大臣官房総務課企画官(海事局)、総合政策局政策課政策企画官、観光庁観光地域振興部観光資源課長、海事局内航課長、海上保安庁総務部主計管理官、航空局安全部安全企画課長、海上保安庁総務部政務課長、日本政策投資銀行常務執行役員、航空局次長、新関西国際空港副社長を歴任。
前津 盛和(まえつ もりかず、1960年1月6日 - )は、… 前津 盛和(まえつ もりかず、1960年1月6日 - )は、日本の内閣府官僚。ノンキャリアとして初めて内閣府沖縄総合事務局次長を務めた。 沖縄県石垣市生まれ。琉球大学在学中の1981年に国家公務員採用中級(行政 沖縄)試験合格。1982年琉球大学法文学部卒業、沖縄開発庁沖縄総合事務局入局。 1984年総務局会計課に異動。1992年沖縄総合事務局総務部公正取引室審査専門官。2000年総務局企画課企画第三係長。2001年内閣府政策統括官(沖縄担当)付参事官(中長期担当)付主査(中長期計画第1担当)。2005年内閣府沖縄総合事務局総務部調査企画課調査官。 2012年内閣府沖縄総合事務局総務部監査官。2013年内閣府沖縄総合事務局総務部主任調査。
川平 朝申(かびら ちょうしん、1908年10月9日 - 1… 川平 朝申(かびら ちょうしん、1908年10月9日 - 1998年8月20日)は沖縄民政府の官僚、放送局経営者、民俗学者。戦後沖縄にはじめて日本語放送局(ラジオ)を開局し、戦後沖縄文化復興に貢献。 沖縄のアナウンサー第一号となり、後に沖縄放送協会会長となった川平朝清は実弟。甥はタレントの川平慈英。 伊江御殿支流向氏伊江殿内の家系である(伊江殿内の家祖は御殿四世:向嘉続・伊江按司朝敷の四男、向和声・伊江朝叙。1835年に川平姓に改め川平殿内となる。)。 沖縄県立第二中学校(沖縄県立那覇高等学校)卒業。戦前、台湾総督府情報部でラジオ番組の制作に従事。戦争中、台湾軍に従軍。戦後、引き上げの際、大量の日本語図書を焼け野原になった沖縄に持ち帰る。
大田 政作(おおた せいさく、1904年2月12日 - 19… 大田 政作(おおた せいさく、1904年2月12日 - 1999年8月18日)は、日本の官僚、琉球政府の政治家。元琉球政府行政主席(1959年10月21日 - 1964年11月1日)。
比嘉 秀平(ひが しゅうへい、1901年(明治34年)6月7… 比嘉 秀平(ひが しゅうへい、1901年(明治34年)6月7日 - 1956年(昭和31年)10月25日)は、沖縄県の官僚、教育者、琉球政府の政治家。1952年4月から1956年10月まで琉球政府行政主席を務めた。琉球民主党初代総裁。 沖縄県中頭郡読谷村に生まれる。小学校時代に事故で右腕を失うも、勉学に励み、1925年(大正14年)早稲田大学文学部英文学科を卒業する。 和歌山県の高野山中学に勤務後、約20年間の教員生活を送り、母校である沖縄県立第二中学校の教諭および沖縄県立第三中学校の教頭を務める。 沖縄戦では県立第三中学校の学徒隊を率いたが生還し、終戦後、沖縄民政府に採用されて、翻訳課長や官房長などを歴任した。
平良 辰雄(たいら たつお、1892年4月6日 - 1969… 平良 辰雄(たいら たつお、1892年4月6日 - 1969年7月26日)は、戦前の沖縄県の官僚で、沖縄群島政府及び琉球政府の政治家。
岸本 賀昌(きしもと がしょう、1868年8月18日(尚泰2… 岸本 賀昌(きしもと がしょう、1868年8月18日(尚泰21年7月1日) - 1928年(昭和3年)2月28日)は、沖縄県出身の日本の内務官僚、政治家。 那覇生まれ。1882年(明治15年)に第1回県費留学生として上京し、学習院(中退)、慶應義塾(別科三級に入学し、正科を卒業)で学ぶ。留学後、沖縄県属、次いで内務省地方局に移り、石川県参事官、沖縄県参事官、同事務官・第二部長などを歴任。1912年(明治45年)に沖縄県最初の衆議院議員選挙に立憲政友会公認で出馬し、当選。その後、憲政会、立憲同志会、立憲民政党など政局に合わせて党を移り、衆議院議員を4期務めた。沖縄毎日新報社長、沖縄共立銀行頭取などを経て1925年(大正14年)に那覇市長に選任された。
仲程 倫由(なかほど のりよし)は、日本の内閣府官僚。内閣府… 仲程 倫由(なかほど のりよし)は、日本の内閣府官僚。内閣府政策統括官(防災担当)付企画官、内閣府大臣官房参事官、内閣府沖縄総合事務局次長等を歴任した。 沖縄県国頭郡本部町出身。沖縄県立名護高等学校を経て、1983年琉球大学法文学部卒業、総理府入庁。沖縄の開発を志し、沖縄開発庁などで勤務した。内閣府政策統括官(防災担当)付企画官(災害予防担当)、内閣府沖縄振興局参事官(特定事業担当) 、内閣府大臣官房参事官(総務担当)等を経て、2013年内閣府沖縄総合事務局総務部長。2015年から内閣府沖縄総合事務局次長(総務等担当)を務め、沖縄の生産性向上に向けた働き方改革促進などにあたった。2020年依願退官、北部港運顧問、沖縄美ら島財団参与。