稲森 稔尚(いなもり としなお、1983年〈昭和58年〉11… 稲森 稔尚(いなもり としなお、1983年〈昭和58年〉11月16日 - )は、日本の政治家。三重県伊賀市長(1期)。三重県議会議員(3期)、伊賀市議会議員(2期)を務めた。 現在の三重県伊賀市出身。大東文化大学法学部政治学科卒業後、都内の介護施設に就職。その後帰郷し地元も含め計約3年介護職に従事した。 2009年伊賀市議会議員選挙に社会民主党公認で立候補し、トップで初当選。2012年には社民党の党首選挙への立候補に意欲を示したが、最終的に断念した。2013年の市議選では2位で再選、伊賀市議を2期務める。 2015年に三重県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2019年の県議選では社民党を離党し、旧民進党系の政治団体、「三重民主連合」から推薦を受け再選。
吉川 赳(よしかわ たける、1982年〈昭和57年〉4月7日… 吉川 赳(よしかわ たける、1982年〈昭和57年〉4月7日 - )は、日本の政治家、飲食店オーナー。 衆議院議員(3期)、内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官を務めた。 静岡県富士宮市出身(現住所は富士市松岡)。2008年3月、大東文化大学法学部卒業。2016年3月、日本大学大学院国際関係研究科国際関係研究専攻博士前期課程修了。宮澤洋一衆議院議員や岩井茂樹参議院議員の秘書を務める。また実父が設立した医療法人社団静寿会職員、クリエイティブ常務取締役を務める。 2012年12月、第46回衆議院議員総選挙に静岡5区から立候補。小選挙区では民主党政調会長の細野豪志に敗れたが、比例東海ブロックで復活し初当選した。
柴田 正人(しばた まさと、1979年(昭和54年)5月5日… 柴田 正人(しばた まさと、1979年(昭和54年)5月5日 - )は、日本の政治家。山形県南陽市長就任予定者。元山形県議会議員(3期)。 山形県南陽市宮内生まれ。山形県立米沢興譲館高等学校、大東文化大学法学部政治学科卒業後、自由民主党本部に就職。2012年12月より鈴木憲和衆議院議員公設第一秘書を務める。2015年の山形県議会議員選挙南陽市選挙区で初当選し、県議を3期務める。 2026年5月27日、県議を辞職。6月5日に南陽市長選挙への立候補を表明した。7月5日に市長選挙が告示されたが、柴田以外に立候補の届け出がなく、無投票で初当選した。
中村 尚道(なかむら なおみち、1978年11月2日 - )… 中村 尚道(なかむら なおみち、1978年11月2日 - )は、日本の政治家、岩手県宮古市長(1期)。 岩手県宮古市出身。岩手県立宮古高等学校、大東文化大学法学部卒業。2001年(平成13年)宮古市役所に入庁、2019年(令和元年)産業振興部産業支援センター産業支援係長、2022年(令和4年)企画部企画課企画調整係長、2023年(令和5年)企画部企画課副主幹兼企画調整係長、2024年(令和6年)企画部秘書課長に就任する。 2025年(令和7年)2月、宮古市長山本正徳はこの年の市長選挙に不出馬を表明。4月に企画部秘書課長の中村は宮古市長選挙に立候補を表明した。 2025年6月15日、宮古市長選挙に無投票で初当選。
グレート☆無茶(グレート☆むちゃ、1971年12月30日 -… グレート☆無茶(グレート☆むちゃ、1971年12月30日 - )は、日本の覆面レスラー、政治家。長野県議会議員(1期)。元長野市議会議員(1期)。本名:竹内 敏之(たけうち としゆき)。 長野県上田高等学校から大東文化大学へ進学し、1991年4月、大東文化大学高坂コロシアムで開催された学生プロレスの「DWAバトルロイヤル」でデビュー。 大学卒業後、1度はプロレスから離れ、プルデンシャル生命保険に就職し営業所長を務めていたが、地元長野へ戻った際に「長野県を元気にしたい!」との思いから、自らの学生プロレスの経験を生かして長野県にプロレス団体を作ることを決意。1人で名刺を配るところから始めて2005年5月、信州プロレスリングを設立。
秋元 司(あきもと つかさ、1971年〈昭和46年〉10月2… 秋元 司(あきもと つかさ、1971年〈昭和46年〉10月23日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、環境副大臣(第4次安倍改造内閣)、国土交通副大臣兼内閣府副大臣兼復興副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、防衛大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、衆議院内閣委員長、参議院議員(1期)、自民党内閣部会長等を歴任。 東京都足立区に生まれる。秋元家は江戸時代より昭和中期まで現在の江東区毛利にて代々続いた宮大工の家系。父は不二家に勤務するサラリーマンで転勤族だった。また、本人のツイッターでは「熊本は親父の地元です。たまたま家内の祖父も熊本だったらしい。」とも語っている。
結城 亮(ゆうき りょう、1970年5月11日-)は、日本の… 結城 亮(ゆうき りょう、1970年5月11日-)は、日本の政治家。府中市議会議員(2期)。 1970年横浜生まれ。大東文化大学法学部卒。20年間、繊維、運輸、建設産業の労働組合の専従職員として働く。1996年日本共産党に入党。 2014年の第47回衆議院議員総選挙に東京18区より出馬するも落選。 2015年の府中市議会議員選挙に出馬し、初当選。 2020年6月、都知事選で日本共産党が推薦する宇都宮健児候補が、ドイツはナチスドイツによる強制労働の被害者に対して政府と企業が大規模な基金を作って補償をしていることやベルリンにナチスドイツに殺されたユダヤ人のための追悼モニュメント(虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑)を置いている取り組みを見習い、日本も国会議事堂前に慰安婦像、徴用工像を建てるべきと主張していることについて、結城は慰安婦問題を報道してきた朝日新聞が記事を取り消しており真実が解明されておらず宇都宮の言動は国際関係を混乱させるとして、日本共産党からの離党を表明した。
山本 徹(やまもと とおる、1970年〈昭和45年〉2月18… 山本 徹(やまもと とおる、1970年〈昭和45年〉2月18日 - )は、日本の政治家。富山県議会議員(6期)。 全国都道府県議会議長会会長(第74代)、富山県議会議長(第131代)、富山県議会副議長(第121代)、高岡市議会議員(2期)を務めた。 富山県高岡市扇町出身。高岡市立横田小学校、高岡市立高岡西部中学校、富山県立高岡高等学校を経て、1994年(平成6年)、大東文化大学文学部日本文学科を卒業。卒業後、高岡丸二有限会社に入社し、同役員を務めた。 その後、自由民主党高岡市連合支部青年部部長を務め、1999年(平成11年)、高岡市議会議員選挙に初当選。2003年(平成15年)、再選。2004年(平成16年)6月23日、高岡市議会議員を辞職。
中村 卓資(なかむら たかし、1968年〈昭和43年〉6月8… 中村 卓資(なかむら たかし、1968年〈昭和43年〉6月8日 - )は、日本の政治家、栃木県さくら市長(1期)。 栃木県立さくら清修高等学校卒業。大東文化大学経済学部を卒業後、1993年(平成5年)4月、旧氏家町役場に入庁した。合併後のさくら市では学校教育課長、健康増進課長を務めた。 2025年(令和7年)2月12日付で市役所を退職した。同月28日に「(現市政の)スピード感が足りない」として市長選への立候補を表明した。 同年4月13日投開票の市長選挙で、3期目を目指した現職の花塚隆志らを165票差で破り、初当選した。市長選では当初高い知名度と組織力を持つ花塚が優勢との見方が多かったが、花塚の市政運営を巡っては「施策が出身地の旧喜連川町に偏っている」などの批判がくすぶっており、旧氏家町出身で市職員を長年務めた中村が、人見健次前市長や一部の市議、市職員OBの支持も受けて僅差で逆転した ※当日有権者数:35,540人 最終投票率:45.03%(前回比:-pts) 同年4月24日、さくら市長に就任した。
沢田 哲夫(さわだ てつお、1964年5月9日 - )は、日… 沢田 哲夫(さわだ てつお、1964年5月9日 - )は、日本の政治家。前さいたま市議会議員。国民新党所属。
浅井 昌志(あさい まさし、1960年(昭和35年)4月26… 浅井 昌志(あさい まさし、1960年(昭和35年)4月26日 - )は、日本の政治家。前埼玉県草加市長(1期)。元草加市議会議員(4期)。 埼玉県草加市生まれ。1983年3月、大東文化大学経済学部卒業。 2002年、草加市議会議員に初当選。市議を4期務める。2014年10月31日から2015年10月30日までの1年間、市議会議長を務める。 2018年8月20日、草加市長選挙に出馬するために市議を辞職。同年10月28日執行の草加市長選挙に自由民主党・公明党の推薦を受けて出馬し、NPO法人理事長の福田誠一を破り初当選を果たした。選挙公約は18歳までの入院費を無料とする子ども医療費助成の拡充策、高齢の重度障害者の入所施設整備、小中学校の体育館へのエアコン設置など。
齋藤 彰(さいとうあきら、1955年(昭和30年)3月29日… 齋藤 彰(さいとうあきら、1955年(昭和30年)3月29日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。舞鶴市長(1期)、京都府議会議員 (3期)、舞鶴市議会議員 (3期) を歴任。 大東文化大学文学部教育学科卒業。 市議会議員を3期経て、京都府議会議員選挙に立候補、当選し、以後自民党府議として3期連続当選。江守光起前市長の引退を受け、自民党を離党し、2007年(平成19年)の舞鶴市長選に立候補。自民党推薦の前助役や民主党候補を破り当選、同年2月18日、市長に就任した。 2011年(平成23年)2月6日に行われた舞鶴市長選挙にて舞鶴共済病院前病院長の多々見良三に敗れた。同年2月17日に退任した。
西條 昌良(さいじょう まさよし、1954年〈昭和29年〉1… 西條 昌良(さいじょう まさよし、1954年〈昭和29年〉11月14日 - )は日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。元茨城県議会議員(8期)。 茨城県鹿島郡波崎町(現・神栖市)出身。銚子市立銚子高等学校、大東文化大学経済学部経済学科卒業後、岩上二郎参議院議員秘書を務める。 1990年、茨城県議会議員選挙に立候補し当選。連続8期務めたが2022年の県議会議員選挙で落選。 県議会議員在職時には、県議会議長・茨城県監査委員・自由民主党茨城県連幹事長などを務めた。 2024年、第50回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で比例北関東ブロック単独27位で立候補したが落選。 2026年、第51回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で比例北関東ブロック単独32位で立候補し、自民党の歴史的大勝を受け初当選を果たした。
大久保 勝(おおくぼ まさる、1952年9月22日 - )は… 大久保 勝(おおくぼ まさる、1952年9月22日 - )は、日本の政治家。埼玉県飯能市長(1期)。飯能市議会議員(3期)、名栗村議会議員(1期)を務めた。
須藤 茂(すとう しげる、1951年(昭和26年)8月7日 … 須藤 茂(すとう しげる、1951年(昭和26年)8月7日 - )は、日本の政治家。元茨城県筑西市長(3期)、元筑西市議会議員(3期)。 茨城県下館市生まれ。茨城県立結城第一高等学校を経て、大東文化大学経済学部卒業。丹羽雄哉元厚生大臣秘書、下館市議会議員、筑西市議会議員を歴任した。 2013年(平成25年)4月14日に行われた筑西市長選挙に出馬し、現職の吉沢範夫を破り初当選した。4月24日、市長就任。 2017年(平成29年)、無投票で再選。 2021年(令和3年)、元市議会議員の新人ら2人を下し3選。
小島 敏文(こじま としふみ、1950年9月7日 - )は、… 小島 敏文(こじま としふみ、1950年9月7日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日重光章。 衆議院議員(4期)、広島県議会議員(7期)、厚生労働大臣政務官、復興副大臣を歴任した。EM菌議員連盟に所属する。 広島県世羅郡世羅町生まれ。広島県立世羅高等学校を経て、大東文化大学経済学部経営学科卒業。1973年に中山正暉衆議院議員秘書となり、1980年からは宮澤喜一衆議院議員秘書を務める。 1983年、広島県議会議員に初当選し、以後7期連続当選。2002年には広島県議会副議長に就任。 2009年7月23日、広島県議会議員を辞職し、同年8月の第45回衆議院議員総選挙に広島6区にから自由民主党公認で出馬したが、国民新党の亀井静香に67,479票差で敗れた。
平野 祐康(ひらの すけやす、1948年2月24日 - )は… 平野 祐康(ひらの すけやす、1948年2月24日 - )は、日本の政治家。東京都三宅村の元村長(2期)。2000年の三宅島火山噴火後の2004年に村長となり、2005年以後の全民帰島の陣頭指揮を取る。また、噴火災害からの復興を目指すオートバイによるイベントなどを島内で開催し、賛否両論を呼んだ。 1948年、東京都三宅村に生まれる。大東文化大学卒業。2000年6月、三宅村財政担当時に島内火山の大噴火が起こり、村民全島避難が開始され、後に東京都港区に設置された三宅村東京事務所の所長となる。2004年の村長選挙に立候補し初当選、以後2012年まで2期8年間村長をつとめる。 2000年に発生した火山の噴火による災害の復興策、及び観光客誘致などを目的として、2006年、当初はイギリスのマン島で行われているマン島TTレースを参考に、東京都知事である石原慎太郎が公道でのオートバイレースを提唱した。
鈴木 三男(すずき みつお、1931年(昭和6年)4月21日… 鈴木 三男(すずき みつお、1931年(昭和6年)4月21日 - 2013年(平成25年)2月4日)は、日本の政治家。初代茨城県かすみがうら市長(1期)。 大東文化大学文学部卒業。新治郡千代田村(のち千代田町)役場に入り、助役などを務めた。助役時代の1986年、収入役選任で村議らに現金を配ったとして贈賄容疑で逮捕された。その後、水戸地裁で有罪判決を受けた。 のちに千代田町助役に復帰した(千代田村は1992年に町制施行)。1993年、当時の千代田町長が急死、その後継を決める町長選挙に立候補して4人の争いを制し、当選。千代田町長を合併するまで3期務めた。 2005年、千代田町は近隣の霞ヶ浦町と合併し、かすみがうら市が発足。
寺島 隆太郎(てらしま りゅうたろう、1912年3月 - 1… 寺島 隆太郎(てらしま りゅうたろう、1912年3月 - 1964年7月31日)は、衆議院議員(8期)。正四位勲二等。
西村 彰一(にしむら しょういち、1898年(明治31年)5… 西村 彰一(にしむら しょういち、1898年(明治31年)5月8日)- 1958年(昭和33年)11月24日)は、日本の農林官僚、教育者、政治家。富山県知事、大東文化大学教授、衆議院議員。旧姓・永井。 長野県上水内郡古牧村平林(現長野市)出身。旧制長野中学(現長野県長野高等学校)、松本高等学校理科を経て1923年、東京帝国大学農学部農業経済学科を卒業し、翌1924年、同大法学部政治学科を卒業。農林省に入り農林属となる。 以後、農林事務官、農林書記官、大阪営林局長、農林省山林局長などを歴任。1944年2月、富山県知事に就任し、同年7月まで在任。農商省農政局長に移り、さらに馬政局長官、農林省開拓局長を務めた。
平島 敏夫(ひらしま としお、1891年(明治24年)11月… 平島 敏夫(ひらしま としお、1891年(明治24年)11月4日 - 1982年(昭和57年)2月14日)は、日本の政治家、弁護士、教育者。衆議院議員(1期)、参議院議員(3期、自由民主党)、南満洲鉄道副総裁、2代目大東文化大学学長。 宮崎県児湯郡高鍋村(現高鍋町)出身。平島重綱の長男。幼少時より秀才の誉れが高く、高鍋学校(現宮崎県立高鍋高等学校)、宮崎中学校(現宮崎県立宮崎大宮高等学校)から学校推薦で第一高等学校に進学。1918年(大正7年)東京帝国大学法科大学法律学科(英法)卒。内務属、長崎県理事官、南満洲鉄道秘書役、同参事、台湾総督府秘書官兼事務官などを務め、弁護士を経て司法大臣秘書官となる。