宇野 功人(うの よしひと、1954年または1955年 - … 宇野 功人(うの よしひと、1954年または1955年 - 1985年6月12日)は日本の大蔵官僚。 愛知県豊田市宮口町出身。愛知県立岡崎高等学校在学中に全国模試で1番をとっている。東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東大在学中に国家公務員上級甲種試験(法律職)に上位で合格。1977年、大蔵省入省(主計局総務課)。入省同期に川北力、厚木進、谷口博文、藤井真理子らがいる。当時直属の上司であった総務課長は宮下創平、総務課の企画担当の主計官は角谷正彦。1980年、在フィリピン日本大使館二等書記官。1983年7月、木更津税務署長。1984年7月、証券局総務課長補佐(企画・調査)。主に局長の国会答弁を担当。
末井 誠史(すえい せいし、1954年(昭和29年) - )… 末井 誠史(すえい せいし、1954年(昭和29年) - )は、日本の警察官僚、外交官。2013年(平成25年)7月30日からデンマーク駐箚特命全権大使。 岡山県出身。1977年(昭和52年)東京大学法学部を卒業して、警察庁に入庁する。1987年(昭和62年)2月香港領事、1999年(平成10年)[いつ?]1月防衛庁防衛局国際企画課長、警察庁交通局交通企画課長[要出典]、2004年(平成16年)8月20日から2006年(平成18年)1月23日まで、警視庁公安部長、兵庫県警察本部長、警察庁交通局長などを歴任した。2008年(平成20年)8月、国立国会図書館専門調査員。2012年(平成24年)6月、明治安田生命保険顧問。
川瀧 豊(かわたき ゆたか、1953年12月18日 - )は… 川瀧 豊(かわたき ゆたか、1953年12月18日 - )は、日本の官僚。元会計検査院事務総長。北海道出身。 1977年会計検査院に採用される。1993年監理官となり課長級に。各課長を経て、2002年人事課長。2010年第2局長。事務総局次長を経て、2014年事務総長に。2015年辞職。2024年、瑞宝重光章受章。
櫻井 俊(さくらい しゅん、1953年〈昭和28年〉12月1… 櫻井 俊(さくらい しゅん、1953年〈昭和28年〉12月14日 - )は、日本の郵政・総務官僚、実業家。総務事務次官、株式会社電通グループ代表取締役副社長などを歴任し、マルチメディア振興センター理事長。 群馬県前橋市出身。父は上毛新聞元専務の櫻井三男。群馬大学教育学部附属中学校、群馬県立前橋高等学校を経て、1977年(昭和52年)に東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業。新卒で旧郵政省に入省した。その後、電気通信局電気通信事業部事業政策課長などを歴任し、日本電信電話の再編などの通信事業の自由化を主導した。 2001年(平成13年)に総務省が発足したのち、情報通信政策局総合政策課長、大臣官房参事官、総合通信基盤局電気通信事業部長、総合通信基盤局長、情報通信国際戦略局長などを歴任。
佐原 光一(さはら こういち、1953年〈昭和28年〉11月… 佐原 光一(さはら こういち、1953年〈昭和28年〉11月10日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。愛知県豊橋市長(3期)を歴任した。 愛知県豊橋市出身。豊橋市立栄小学校、豊橋市立南部中学校、愛知県立時習館高等学校卒業。 1976年(昭和51年)3月、東京大学工学部航空学科卒業。同年4月、運輸省(現・国土交通省)港湾局に入省。1986年(昭和61年)、外務省に出向。在ブラジル日本国大使館一等書記官に就任。運輸省第三港湾建設局境港工事事務所長、パナマ共和国海運庁(国際協力事業団(現・国際協力機構(JICA))長期専門家)、国土交通省港湾局環境・技術課長などを務めた。境港工事事務所長時代には、鳥取県境港市の水木しげるロードプロジェクトに尽力した。
樋口 俊一郎(ひぐち しゅんいちろう、1953年11月2日)… 樋口 俊一郎(ひぐち しゅんいちろう、1953年11月2日)は、日本の財務官僚。近畿財務局長、財務総合政策研究所長、東京税関長、大臣官房政策評価審議官などを歴任。 静岡県出身。東京大学経済学部経済学科卒業。1977年 大蔵省入省(証券局資本市場課)。1982年7月12日 出雲税務署長。 1987年7月 大臣官房文書課長補佐(審査)、1988年6月20日 主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)。1989年6月 主計局主計官補佐(司法・警察係主査)。1995年6月 主計局主計企画官。1997年7月 主計局主計官(総理府、司法・警察担当)。 2007年7月3日 近畿財務局長兼財務総合政策研究所近畿研修支所長。
河戸 光彦(かわと てるひこ、1953年10月23日 - )… 河戸 光彦(かわと てるひこ、1953年10月23日 - )は、日本の官僚。会計検査院事務総長や、会計検査院長を務めた。退官後、会計検査院顧問、凸版印刷監査役、インテック顧問。 山口県生まれ。1976年東京大学法学部卒業、会計検査院事務総局入局。2007年会計検査院事務総長官房総括審議官。2008年会計検査院事務総局第三局長。2009年会計検査院事務総局次長。2010年会計検査院事務総長。2013年検査官。同年会計検査院長。森友学園問題では、財務省による改竄を見逃していたことが発覚し、「大いに反省している」と謝罪を行った。2018年定年退官、会計検査院顧問。2019年株式会社インテック顧問。2022年凸版印刷監査役。
大平 純彦(おおひら すみひこ、1953年10月 - )は、… 大平 純彦(おおひら すみひこ、1953年10月 - )は、日本の経企官僚・経済学者。専門は、経済統計学・計量経済学。 経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、静岡県立大学経営情報学部助教授、静岡県立大学経営情報学部准教授などを歴任した。 1953年生まれ。1972年、東京都立日比谷高等学校を卒業し、東京大学に入学した。同大学では経済学部経済学科にて経済学を修め、1976年に卒業した。 大学卒業後は国家公務員として経済企画庁に採用される。1985年には、経済企画庁の調査局内国調査第一課にて課長補佐に就任した。また、経済企画庁に在籍時には、同じく経企官僚であった河出英治 や新保生二 らと連名で論文を発表している。
岡本 佳郎(おかもと よしろう、1953年9月27日 - )… 岡本 佳郎(おかもと よしろう、1953年9月27日 - )は日本の大蔵・財務官僚。日本酒造組合中央会副会長。大阪国税局長、国税庁次長などを歴任。 山口県出身。神奈川県立湘南高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1976年 大蔵省入省(大臣官房調査企画課)。1981年7月 米沢税務署長。1982年7月 国税庁調査査察部査察課長補佐。その後は関税局企画課長補佐、主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)、主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)などを務める。2001年1月6日 国税庁課税部課税総括課長。2002年7月 国税庁長官官房総務課長。2003年7月8日 広島国税局長。2004年7月2日 国税庁長官官房審議官(酒税等担当)。
有吉 章(ありよし あきら、1953年9月6日 - )は日本… 有吉 章(ありよし あきら、1953年9月6日 - )は日本の財務官僚。 1976年東京大学工学部卒業、大蔵省入省(主計局調査課)。オックスフォード大学大学院経済学研究科留学を経て、1981年から財政金融研究室研究官。財務総合政策研究所次長、国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長、一橋大学大学院経済学研究科教授、国際大学大学院国際関係学研究科特任教授、だいこう証券ビジネス取締役を歴任した。2023年、瑞宝中綬章受章。
樋口 修資(ひぐち のぶもと、1953年(昭和28年)9月5… 樋口 修資(ひぐち のぶもと、1953年(昭和28年)9月5日 - )は、日本の教育学者・官僚。 公益財団法人日本レクリエーション協会代表理事理事長。明星大学名誉教授。元文部・文部科学官僚。学校法人藤村学園(東京女子体育大学・東京女子体育短期大学などを運営)理事長。学位は、修士(学術)(放送大学)。 文部科学省初等中等教育局担当審議官、政策評価審議官、スポーツ・青少年局長などを歴任した。 2010年(平成22年)4月から2023年(令和5年)3月まで、明星大学教育学部教授。2018年(平成30年)4月から2020年(令和2年)3月まで、同学部長。2023年(令和5年)5月29日より、学校法人藤村学園理事長。
青柳 親房(あおやぎ ちかふさ、1953年9月2日 - )は… 青柳 親房(あおやぎ ちかふさ、1953年9月2日 - )は、日本の厚生官僚。元社会保険庁運営部長。 東京教育大学附属高校、東京大学経済学部経済学科卒業後、1976年に厚生省入省。各課の課長補佐で制度改正にかかわる。1996年介護制度を担当する老人福祉計画課長。 2004年に社会保険庁運営部長となるが、2007年に年金問題の対応を巡り事実上の更迭で九州厚生局長となり、2009年に辞職。その後福祉医療機構理事となるが、民主党政権下で更迭となる。社会福祉法人こうほうえん理事を経て、新潟医療福祉大学社会福祉学部教授。
中田 睦(なかた むつみ、1953年8月11日 - )は、日… 中田 睦(なかた むつみ、1953年8月11日 - )は、日本の総務官僚。総務省大臣官房審議官や、総務省政策統括官、一般財団法人電気通信端末機器審査協会理事長、一般財団法人放送セキュリティセンター理事長等を歴任した。 京都府出身。洛星高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1977年郵政省入省。1995年郵政省通信政策局情報企画課長。1996年郵政省電気通信局電波部基幹通信課長。1998年郵政省放送行政局衛星放送課長。1999年郵政省放送行政局放送政策課長。2001年総務省情報通信政策局放送政策課長。同年総務省情報通信政策局総合政策課長。2002年総務省情報通信政策局総務課長。2003年総務省大臣官房企画課長。
小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本… 小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本の政治家、警察官僚、外交官。
小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本… 小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本の政治家、元警察官僚、外交官。 内閣総理大臣秘書官(小泉内閣)、衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)、結いの党幹事長、維新の党総務会長、同政務調査会長、民進党副代表等を歴任した。 1953年、東京都板橋区に生まれる。本籍は山梨県北杜市明野町。親の転勤とともに宮城県仙台市に転居、仙台市立国見小学校入学、仙台市立木町通小学校卒業。宮城教育大学附属中学校に在籍。 1968年、再び東京に転居。1969年、保谷市立青嵐中学校卒業。1972年、東京教育大学附属駒場高等学校卒業。 1976年、東京大学法学部卒業・警察庁入庁。入庁後、1979年、人事院長期在外研究員としてフランス・アンジェ大学留学、1981年、法学修士号授与。
岡田 克也(おかだかつや、1953年〈昭和28年〉7月14日… 岡田 克也(おかだかつや、1953年〈昭和28年〉7月14日 - )は、日本の政治家、通産官僚。 衆議院議員(12期)、外務大臣(第137代・第138代)、副総理・内閣府特命担当大臣(行政刷新)(野田改造内閣)、民主党代表(第4代・第11代)、同幹事長(第4代・第8代・第11代)、同代表代行、同政策調査会長(第4代)、民進党代表(初代)、同常任顧問、立憲民主党幹事長(第3代)、立憲民主党常任顧問、立憲民主党外交・安全保障総合調査会長を歴任した。 ジャスコ創業者の岡田卓也は父。イオン取締役兼代表執行役会長の岡田元也は実兄。東京新聞政治部部長や中日新聞社編集局長を務めた高田昌也は実弟。 三重県四日市市の岡田屋呉服店を前身とする四日市岡田家(本籍は四日市市中部地区の諏訪栄町商店街で結婚後は近鉄名古屋線の西側の四日市市堀木に自宅を購入した)の7代目当主でスーパー「岡田屋(後のイオン)」を経営していた岡田卓也の次男(2歳上の兄と4歳下の弟がいる)として生まれる。
和泉 洋人(いずみ ひろと、1953年5月18日 - )は、… 和泉 洋人(いずみ ひろと、1953年5月18日 - )は、日本の建設官僚。学位は、博士(工学)(東京大学、2001年)。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。 内閣官房都市再生本部事務局次長、国土交通省大臣官房審議官(住宅局担当)、国土交通省住宅局長、内閣官房地域活性化統合事務局長、内閣官房参与(国家戦略担当)、内閣総理大臣補佐官(国土強靭化及び復興等の社会資本整備並びに地域活性化担当)、内閣総理大臣補佐官(国土強靭化及び復興等の社会資本整備、地域活性化並びに健康・医療に関する成長戦略担当)、内閣総理大臣補佐官(国土強靱化及び復興等の社会資本整備、地方創生並びに健康・医療に関する成長戦略担当)などを歴任した。
伊沢 正(伊澤 正、いざわ ただし、1953年(昭和28年)… 伊沢 正(伊澤 正、いざわ ただし、1953年(昭和28年)5月15日 - )は、日本の通産官僚、経産官僚。勲等は瑞宝中綬章。日中経済協会理事長などを歴任。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
山本 和史(やまもと たかし、1953年4月13日 - )は… 山本 和史(やまもと たかし、1953年4月13日 - )は日本の公正取引委員会官僚。公正取引委員会事務総局審査局審査管理官、審査局長、経済取引局長、公正取引委員会事務総長を経て公正取引委員会委員。 1978年 東京大学法学部第3類(政治コース)を卒業。公正取引委員会事務局入局。外務省欧州共同体日本政府代表部参事官、公正取引委員会事務局審査部管理企画課情報管理室長、1996年6月事務総局経済取引局取引部消費者取引課長、1998年経済取引局企業結合課長、2001年経済取引局取引部取引企画課長、2003年経済取引局総務課長、2005年審査管理官を経て、2008年 審査局長、2009年 経済取引局長、2011年 公正取引委員会事務総長にそれぞれ就任。
樋口 建史(ひぐち たてし、1953年(昭和28年)4月11… 樋口 建史(ひぐち たてし、1953年(昭和28年)4月11日 - )は、日本の警察官僚。第89代警視総監を経て、駐ミャンマー特命全権大使を務めた。
寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は… 寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は、日本の通産官僚・経産官僚。 資源エネルギー庁電力・ガス事業部長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、原子力安全・保安院次長、経済産業省商務流通審議官、原子力安全・保安院院長(第5代)などを歴任。 1953年に生まれた。愛媛県立宇和島東高校を卒業し、東京大学に進学。経済学部にて経済学を学ぶ。1976年、東京大学を卒業。 1976年、通商産業省に入省した。同期には岡田克也、岡田秀一(経済産業審議官)がいる。大阪通商産業局総務部総務課長や、近畿通商産業局総務企画部総務課長を務めるなど、通商産業省の地方支分部局にて課長職を務めた。
大石 利雄(おおいし としお、1953年4月8日 - )は、… 大石 利雄(おおいし としお、1953年4月8日 - )は、日本の総務官僚。総務事務次官を経て、一般財団法人地方財務協会理事長、学校法人自治医科大学理事長。 千葉県出身。千葉県立千葉高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1976年 自治省入省。同年7月 静岡県財政課長。1978年4月 消防庁消防課。1979年5月 自治省財政局調整室。 2005年9月15日 消防庁次長。 2008年8月1日 自治大学校長。2009年7月14日 大臣官房長。2010年1月15日 大臣官房総括審議官(広報、政策企画担当)。2012年9月11日 総務審議官(自治行政担当)。2013年6月 消防庁長官。
渡邉 芳樹(わたなべ よしき、1953年〈昭和28年〉4月1… 渡邉 芳樹(わたなべ よしき、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 北海道岩見沢市出身。北海道岩見沢東高等学校を経て、1971年、東京大学に入学。 1975年(昭和50年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、厚生省に入省。老人保健医療対策本部事務局を経て、1984年(昭和59年)、外務省に出向。在スウェーデン日本国大使館書記官を務めた。厚生省復帰後は、厚生省大臣官房総務課課長補佐、同政策課課長補佐、保険局医療課保険医療企画調査室長、厚生省大臣官房広報室長、保険局保険課長、高齢者介護対策本部事務局次長、内閣官房内閣審議官、児童家庭局家庭福祉課長、保険局国民健康保険課長、保険局総務課長などを歴任。
佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月… 佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の元大蔵・財務官僚。国税庁次長、財務省理財局長、内閣官房副長官補(内政担当)、内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房TPP政府対策本部国内調整総括官などを歴任した。財務省退官後、一般社団法人生命保険協会代表理事副会長、ウシオ電機株式会社取締役。佐賀県出身。 佐賀県出身。ラ・サール高等学校卒業。父親の「医者になるよりも、国のために何か大きな仕事に就いたほうがいい」という言葉の影響で弁護士及び国家公務員を目指し、東京大学法学部に進学。大学在学中、司法試験及び国家公務員採用上級甲種試験の両方に合格。
鈴木 久泰(すずき ひさやす、1953年3月31日 - )は… 鈴木 久泰(すずき ひさやす、1953年3月31日 - )は、日本の国土交通官僚(運輸)。元海上保安庁長官。日本空港ビルデング株式会社取締役副社長。 福島県いわき市旧好間村出身。好間第一小学校、好間中学校、福島県立磐城高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1975年に運輸省に入省。船舶局監理課に配属。入省後は大野明運輸大臣事務秘書官、旅客課長、関西国際空港課長、大臣官房総括審議官等を経て、国土交通省航空局長を務める。航空局長時代には富士山静岡空港、茨城空港の開港に携わった。 2008年7月に海上保安庁次長に異動。2009年7月24日、海上保安庁長官に就任。2012年9月11日退官。
南木通(なんき とおる、1953年3月14日 - )は日本の… 南木通(なんき とおる、1953年3月14日 - )は日本の財務官僚。 愛知県立旭丘高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東大法学部在学中の1974年9月に司法試験に合格。1975年4月 大蔵省入省(銀行局金融制度調査官付)。1980年7月 諫早税務署長。1995年6月 主計局主計官(運輸、郵政担当)。1997年7月 北海道大学法学部教授。2001年7月 財務省大臣官房会計課長。2003年7月 東海財務局長。2004年2月 日本道路公団理事。2005年9月 東京税関長。2009年4月1日より独立行政法人国立印刷局理事長。2011年7月27日に退官。2012年12月 弁護士登録。徳倉建設(株)社外監査役。
御園 慎一郎(みその しんいちろう、1953年3月12日 -… 御園 慎一郎(みその しんいちろう、1953年3月12日 - )は、日本の自治官僚、愛知東邦大学人間学部人間健康学科教授。 内閣官房内閣審議官(地域再生担当)、総務省大臣官房審議官(財政制度・財務担当)、地方公営企業等金融機構理事などを歴任した。 1953年、長野県諏訪郡富士見町に生まれる。1977年、東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、自治省(現総務省)に入省した。同省にて地方財政や地方自治に関する職務に多く携わった。 1988年、愛知県庁に出向し地方課長、財政課長を務める。1992年、自治省に戻る。茨城県総務部長、自治省大臣官房情報政策室長などを歴任。 1998年4月、再び愛知県庁に出向し企画部長に就任。
加藤 文彦(かとう ふみひこ、1953年(昭和28年)2月1… 加藤 文彦(かとう ふみひこ、1953年(昭和28年)2月14日 - )は、日本の通産・経産官僚。元ウズベキスタン駐箚特命全権大使。 東京都出身。1976年(昭和51年)、東京大学経済学部を卒業して、通商産業省(現在の経済産業省)に入省する(立地公害局総務課)。1991年(平成3年)5月に日本貿易振興機構パリセンター所長、1995年(平成7年)6月に資源エネルギー庁石油部流通課長、1997年(平成9年)7月に通商産業省貿易局貿易保険課長へ就任。2002年(平成14年)7月に経済産業省大臣官房付となった後、2004年(平成16年)7月に内閣府大臣官房審議官、2006年(平成18年)7月に日本貿易保険参事へ就任。
薦田 康久(こもだ やすひさ、1953年(昭和28年)2月1… 薦田 康久(こもだ やすひさ、1953年(昭和28年)2月12日 - )は、日本の通産・経産官僚。元電気安全環境研究所理事長。元原子力安全・保安院長。東京大学工学部電気科卒業。
篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月… 篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月8日 - )は、日本の元財務官僚。元国際通貨基金副専務理事。 山梨県出身。甲府第一高校、東京大学経済学部卒業。小宮隆太郎のゼミで国際金融などを学ぶ。 1975年に大蔵省入省。2007年から2年間、財務官を務め、G7財務大臣中央銀行総裁会議の議長国(2008年)として、またリーマン・ショック(2008年9月)への対応などに当たった。2009年2月14日、中川昭一財務大臣兼金融担当大臣(肩書きは当時、以下同)のローマで行われたG7の財務大臣・中央銀行総裁会議後の朦朧記者会見時に同席していた。 財務省退官の後、2010年から5年間、IMF(国際通貨基金)副専務理事として欧州債務危機等に対応した。
幕田 英雄(まくた ひでお、1953年2月6日 - )は、日… 幕田 英雄(まくた ひでお、1953年2月6日 - )は、日本の検察官、法務官僚。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
藤田 昌央(ふじた まさお、1953年1月26日 - )は、… 藤田 昌央(ふじた まさお、1953年1月26日 - )は、日本の経済産業官僚。経済産業省大臣官房審議官や愛知万博協会事務次長、小松製作所常務を経て、サハリン石油ガス開発代表取締役社長。 愛知県出身。1971年に愛知県豊橋市の愛知県立時習館高等学校から東京大学に入学。1975年に同大学法学部卒業後、同年4月に通商産業省(当時)に入省。同期に石田徹(日本商工会議所専務理事)、太田房江(参議院議員)、八幡和郎、三本松進など。 1996年8月、資源エネルギー庁公益事業部開発課長として、新潟県巻町に東北電力が計画していた原子力発電所計画を住民投票が否決したことを受け上京した笹口町長に国の電源開発基本計画からの削除を拒否して批判を浴びた。
大村雅基(おおむら まさき、1953年1月21日 - )は日… 大村雅基(おおむら まさき、1953年1月21日 - )は日本の財務官僚。近畿財務局長、アジア開発銀行日本代表理事などを務めてきた。血液型はO型。 福井県出身。福井県立藤島高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1975年 大蔵省入省(関税局企画課)。1980年7月10日 行橋税務署長。1981年7月10日 国税庁長官官房付(ハーバード大学国際租税講座へ留学)。 1989年6月 神戸税関総務部長。1991年6月 日本輸出入銀行海外投資研究所主任研究員。1994年7月 国税庁課税部所得税課審理室長。 1995年2月24日 国税庁課税部法人税課長。1996年7月12日 国際金融局開発機関課長。
高石 和夫(たかいし かずお、1953年1月4日 - 200… 高石 和夫(たかいし かずお、1953年1月4日 - 2008年12月17日)は、日本の警察官僚。元警視庁副総監。 東京都出身。東京大学法学部卒業。1977年警察庁入庁。警察庁のエースとして、入庁後は一貫して公安畑を歩む。1994年から始まったオウム真理教関連捜査では、局長・杉田和博とともに高石が率いた公安第一課が全国の公安警察に教団捜査の徹底などを指導、特別手配容疑者の追跡捜査でも一定の成果を挙げた。チヨダの裏理事官の経験者。入庁同期に植松信一元内閣情報官など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
大久保 和正(おおくぼ かずまさ、1953年(昭和28年) … 大久保 和正(おおくぼ かずまさ、1953年(昭和28年) - )は日本の経済学者、官僚。専門は財政学、銀行論、国際金融論。武蔵野大学政治経済学部政治経済学科教授。博士(経済学)(京都大学、2009年)。東京都出身。
大谷 泰夫(おおたに やすお、1953年 - )は、日本の厚… 大谷 泰夫(おおたに やすお、1953年 - )は、日本の厚労官僚。 灘高等学校、東京大学法学部卒業。内閣参事官、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長、厚生労働省大臣官房長、厚生労働省医政局長、厚生労働審議官、内閣官房参与を歴任。現在は、神奈川県立保健福祉大学理事長。
島田 泰助(しまだ たいすけ、1953年 - )は、日本の農… 島田 泰助(しまだ たいすけ、1953年 - )は、日本の農水官僚。元林野庁長官。神奈川県出身。 1976年、農林省に林学職で入省。主に林野庁で勤務し、1999年国有林野部業務課長。2006年森林整備部長、2008年林野庁次長、2009年林野庁長官。2010年に退任し、農水産業協同組合貯金保険機構理事長。2013年農林水産省に復帰し、分析官。2013年12月辞職する。2025年、瑞宝重光章受章。
玉木 林太郎(たまき りんたろう、1953年(昭和28年) … 玉木 林太郎(たまき りんたろう、1953年(昭和28年) - )は、日本の財務官僚。財務省国際局長、財務官を経て、経済協力開発機構事務次長。東京都出身。父は元防衛施設庁長官の玉木清司。中川昭一は麻布高校の同期。
村瀬 吉彦(むらせ よしひこ、1952年12月8日 - )は… 村瀬 吉彦(むらせ よしひこ、1952年12月8日 - )は日本の財務・内閣府官僚。血液型はA型。 愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1975年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1977年9月 大臣官房調査企画課。1978年7月 主計局総務課調査主任。1979年7月 主計局総務課企画係長。1980年7月 高田税務署長。1984年6月 和歌山県総務部財政課長。1988年7月 主計局主計官補佐(厚生第一、二係主査)。1995年7月 主計官主計官(建設、公共事業、公共事業総括担当)。2000年6月 主計局総務課長。2001年1月6日 財務省主計局総務課長。
宮崎 信敏(みやざき のぶとし、1952年12月 - )は、… 宮崎 信敏(みやざき のぶとし、1952年12月 - )は、日本の防衛官僚。 東京都出身。東京都立三田高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。
松元 崇(まつもと たかし、1952年11月25日 - )は… 松元 崇(まつもと たかし、1952年11月25日 - )は、日本の大蔵官僚。学位はMBA(スタンフォード大学・1980年)。前内閣府事務次官。
千代 幹也(ちしろ みきや、1952年11月16日 - )は… 千代 幹也(ちしろ みきや、1952年11月16日 - )は、日本の官僚。新関西国際空港会社代表取締役社長。元内閣総務官、内閣広報官。 兵庫県出身。東京大学法学部第1類(私法コース)に進み、卒業後、運輸省に入省。内閣総務官時代の2010年8月13日、大阪地方裁判所に起こされた内閣官房機密費の使途開示を求めた訴訟に証人として出廷したが、中身については明かさなかった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
石田 徹(いしだ とおる、1952年11月1日 - )は、日… 石田 徹(いしだ とおる、1952年11月1日 - )は、日本の経産官僚。日本商工会議所専務理事、資源エネルギー庁長官、東京電力顧問などを歴任。 1971年、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を卒業。同期に井上和雄(元衆議院議員)、川又雄二郎(数学者)、越澤明(都市工学者)、佐野一彦(イラストレーター)、津田真男(1980年モスクワオリンピック・シングルスカル日本代表)、林己知夫(建築家)、村上誠一郎(衆議院議員)、児玉宏(指揮者)などがいる。1975年3月、東京大学法学部を卒業。同年4月に通商産業省入省。同期に太田房江、八幡和郎、三本松進、藤田昌央などがいる。2000年4月、第1次森内閣の内閣総理大臣秘書官に就任。
北井 久美子(きたい くみこ、1952年〈昭和27年〉10月… 北井 久美子(きたい くみこ、1952年〈昭和27年〉10月29日 - )は、日本の弁護士、労働・厚生労働官僚。 京都府出身。京都府立綾部高等学校を経て、1976年(昭和51年)3月、東京大学法学部を卒業。東京大学在学中に司法試験に合格した。 1976年(昭和27年)4月、労働省に入省。 労働省入省後、雇用政策や雇用均等行政に携わり、男女雇用機会均等法の改正、パートタイム労働法の改正などにあたった。職業安定局業務指導課課長補佐、婦人局婦人政策課課長補佐、職業安定局雇用保険課課長補佐、労働省大臣官房総務課課長補佐、職業安定局雇用政策課企画官、同局地域雇用対策課長、婦人局婦人福祉課長、同局婦人政策課長、女性局女性政策課長、厚生労働省大臣官房審議官などを歴任。
山下 貴史(やました たかふみ、1952年10月24日 - … 山下 貴史(やました たかふみ、1952年10月24日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元北海道深川市長(4期)。元衆議院議員(1期)。勲等は旭日小綬章。 北海道留萌市に生まれ、幌加内町で育つ。北海道深川西高等学校、東京大学法学部卒業。1976年、農林省(現農林水産省)入省。本省勤務の他、在ベルギー日本大使館で一等書記官を3年間務めた。1999年、農林水産省を退官。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に北海道10区から自由民主党公認で立候補したが、民主党前職の小平忠正に敗れ、落選。2003年11月の第43回衆議院議員総選挙では北海道10区で再び小平に敗れたが、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し、初当選した。
小泉 龍司(こいずみ りゅうじ、1952年〈昭和27年〉9月… 小泉 龍司(こいずみ りゅうじ、1952年〈昭和27年〉9月17日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。自由民主党国際局長代理、同組織運動本部長代理。 法務大臣(第108代)、自由民主党選挙対策副委員長、同国際局長、同副幹事長などを歴任。 埼玉県秩父市生まれ(現住所は深谷市上柴町東3丁目)。1975年、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、大蔵省に入省する(国際金融局総務課)。本省勤務の他、アメリカ合衆国コロンビア大学大学院の客員研究員も務めた。1996年4月、大蔵省を退官。 1996年の第41回衆議院議員総選挙に埼玉11区から無所属で出馬。自由民主党前職の加藤卓二、無所属元職の田並胤明ら6人の候補が乱立する中、得票数3位で落選した(当選者は加藤卓二)。
安達 健祐(あだち けんゆう、1952年〈昭和27年〉7月2… 安達 健祐(あだち けんゆう、1952年〈昭和27年〉7月27日 - )は、日本の経済産業官僚。経済産業事務次官、商工組合中央金庫(商工中金)社長等を歴任した。東京都出身。父は文部省文化局長などを務めた安達健二。 1977年(昭和52年)、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、通商産業省に入省(中小企業庁金融課配属)。2002年(平成14年)、経産省経済産業政策局経済産業政策課長に就任。2003年(平成15年)、経済産業省大臣官房総務課長に就任。2004年(平成16年)6月、資源エネルギー庁電力・ガス事業部長に就任。2006年(平成18年)7月、経済産業省大臣官房総括審議官に就任。2007年(平成19年)7月、貿易経済協力局長に就任。
寺脇 研(てらわき けん、1952年7月13日 - )は、日… 寺脇 研(てらわき けん、1952年7月13日 - )は、日本の元文部官僚。学校法人瓜生山学園理事。学校法人コリア国際学園評議員。映画評論家。映画プロデューサー。落語研究者。 官僚時代にはゆとり教育の広報を担った、ゆとり教育推進者の一人。福岡県福岡市出身。 当時は九州大学医学部講師で後に鹿児島大学医学部小児科教室教授となる医師・寺脇保の長男として生まれる。母方の祖父も小児科学の医師で九州大学医学部長や九州大学総長、久留米大学学長等を務め勲一等を受けた遠城寺宗徳。遠城寺は父・保の師でもある。10歳まで福岡で過ごした後、父の鹿児島大学医学部への赴任に伴い鹿児島県に転居。 1965年、ラ・サール中学校に首席合格。
青山 幸恭(あおやま ゆきやす、1952年6月28日 - )… 青山 幸恭(あおやま ゆきやす、1952年6月28日 - )は、日本の元大蔵、財務官僚、経営者。綜合警備保障社長を務めた。神奈川県出身。 1971年東京都立日比谷高等学校卒業。1975年に東京大学法学部を卒業し、同年に大蔵省に入省した。1980年関東信越国税局潮来税務署長。 大阪国税局直税部次長を経て、1989年大蔵省関税局企画課課長補佐、1990年大蔵省大臣官房企画官、1991年から1992年横浜税関総務部長、1994年東京国税局査察部長、1995年和歌山県警察本部長、1997年大蔵省関税局管理課長、1998年大蔵省関税局企画課長、2000年環境庁企画調整局企画調整課長、2001年環境省総合環境政策局総務課長、2002年横浜税関長、2003年財務省大臣官房参事官兼大臣官房審議官(関税局担当)、2004年財務省大臣大臣官房審議官(関税局担当)を経て2006年7月関税局長兼関税研修所長。
久保 信保(くぼ のぶやす、1952年〈昭和27年〉5月21… 久保 信保(くぼ のぶやす、1952年〈昭和27年〉5月21日 - )は、日本の自治・総務官僚。広島県副知事、総務省自治財政局長、消防庁長官などを歴任。 福岡県生まれ。東京大学法学部を卒業し、1975年(昭和50年)4月、自治省に入省。入省後、広島県副知事、自治行政局市町村課長、総務省大臣官房審議官、自治行政局選挙部長、総務省大臣官房総括審議官などを歴任。 2007年(平成19年)7月、総務省自治財政局長に就任。 2010年(平成22年)7月27日、消防庁長官に就任。在任中、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生し、消防庁長官として初めて消防組織法における緊急消防援助隊を派遣する指示権を行使した。