松本 英昭(まつもと ひであき、1942年2月10日 - 2… 松本 英昭(まつもと ひであき、1942年2月10日 - 2023年10月23日)は、日本の自治官僚。元自治事務次官。退官後は自治総合センター理事長、第28次・第29次地方制度調査会専門小委員長、地方公務員共済組合連合会理事長、地方公務員共済組合協議会会長などを歴任した。 1979年に大臣官房総務課長補佐だった際の青田買いは官庁で話題となっており、同年の大蔵省入省者曰く「東大法学部に何度も足を運び、ここぞと思う人物には電話もかけて説得していた。大蔵省に行くのが決まっていたが、情熱と人柄にホダされて自治省へ行った者もいた」という。この年は18人中17人が東大法学部で占めた。
涌井 洋治(わくい ようじ 1942年2月5日 - )は、神… 涌井 洋治(わくい ようじ 1942年2月5日 - )は、神奈川県横浜市出身の官僚。血液型はA型。経済企画庁長官官房長、大蔵省大臣官房長、大蔵省主計局長、日本たばこ産業(JT)会長などを務めてきた。 横浜市立岩崎中学校、横浜市立桜丘高等学校から東京大学文科一類に入学。1964年 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年 大蔵省入省。同期には野田毅(衆議院議員)、田波耕治(大蔵事務次官、内閣内政審議室長)、加藤隆俊(IMF副専務理事、財務官)、野口悠紀雄(経済学者)、高橋厚男(関税局長)、秋山昌廣(防衛事務次官)、杉崎重光(IMF副専務理事、証取監視委事務局長)、野口卓夫(大証副理事長)など。
横田 捷宏(よこた かつひろ 1942年1月11日-)は、日… 横田 捷宏(よこた かつひろ 1942年1月11日-)は、日本の通産官僚。日本銀行政策委員、中小企業金融公庫副総裁を歴任。義父は佐橋滋。 大阪府立大手前高等学校を経て、
五十嵐貞一(いがらし ていいち 1942年1月 - )は、日… 五十嵐貞一(いがらし ていいち 1942年1月 - )は、日本の大蔵官僚。 東京府出身。1960年 開成高等学校卒業。1964年 東京大学法学部卒業、大蔵省入省。理財局国庫課配属。外務省在中国日本大使館参事官、防衛庁経理局会計課長などを経て、1989年6月 大阪税関長。1990年大蔵省大臣官房審議官。1999年6月 国際空港上屋代表取締役専務。2000年 国際空港上屋代表取締役社長。2004年 NPO中国留学生交流支援立志会創立、同理事長。2008年 国際空港上屋代表取締役会長。2018年 NPO中国留学生交流支援立志会理事長特別補佐。
山口 剛彦(やまぐち たけひこ、1941年〈昭和16年〉12… 山口 剛彦(やまぐち たけひこ、1941年〈昭和16年〉12月30日 - 2008年〈平成20年〉11月17日)は、日本の厚生官僚。正四位瑞宝重光章。厚生事務次官、社会福祉・医療事業団理事長、独立行政法人福祉医療機構理事長を歴任した。元厚生事務次官宅連続襲撃事件で妻とともに殺害された。 東京府東京市杉並区阿佐ヶ谷(現・東京都杉並区阿佐ヶ谷)に生まれる。父は日本国有鉄道幹部職員。 東京都杉並区立杉並第七小学校、同阿佐ヶ谷中学校、東京都立西高等学校、東京大学法学部卒業後、1965年(昭和40年)、厚生省(後の厚生労働省)入省。大臣官房総務課配属。入省同期に羽毛田信吾(宮内庁長官)など。 1967年(昭和42年)、厚生省環境衛生局環境衛生課主査。
二橋 正弘(ふたはし まさひろ、1941年12月27日 - … 二橋 正弘(ふたはし まさひろ、1941年12月27日 - )は、日本の官僚。元内閣官房副長官(事務担当)、元自治事務次官。 富山県出身。高岡高校を経て、東京大学法学部卒業後の1964年 自治省に入省。静岡県副知事、自治省財政局長などを経て、1999年自治省最後の事務次官に就任。2003年9月から第1次小泉内閣第2次改造内閣以降の小泉内閣で内閣官房副長官(事務担当)を務めた。2006年9月の安倍内閣発足、的場順三の起用に伴い退任するが、2007年9月発足した福田康夫内閣で再起用される。経験者の再起用は異例。 2008年9月発足の麻生内閣発足に伴い退任、財団法人自治総合センター理事長に復帰した。
中島 富雄(なかじま とみお、1941年11月11日 - )… 中島 富雄(なかじま とみお、1941年11月11日 - )は、日本の大蔵官僚。 血液型はAB型。国税不服審判所次長などを務めた。 岐阜県土岐市出身。東京大学法学部在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。東大法学部を卒業し、1964年 大蔵省入省。主計局総務課配属。同期には野田毅、田波耕治、涌井洋治、加藤隆俊、野口悠紀雄、秋山昌廣など。 1969年7月 鶴岡税務署長。1970年7月 銀行局特別金融課長補佐。 1972年7月から青森県農林部経済課長となり、1973年4月に青森県農林部農政課長。1974年7月 主計局主計官補佐(公共事業第二係主査)。1976年7月 大臣官房付兼内閣官房公共企業体等関係閣僚協議会事務局員。
中田哲雄(なかた てつお 1941年11月6日-)は、日本の… 中田哲雄(なかた てつお 1941年11月6日-)は、日本の官僚で、中小企業庁長官などを歴任。同志社大学教授。
江崎 格(えざき ただし、1941年〈昭和16年〉8月27日… 江崎 格(えざき ただし、1941年〈昭和16年〉8月27日 - )は、日本の官僚。東京工業品取引所社長。元通商産業省産業政策局長。 東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省。大臣官房総務審議官、生活産業局長を経て、1995年(平成7年)資源エネルギー庁長官、1997年(平成9年)通商産業省産業政策局長を歴任し、1999年(平成11年)退官。 その後、野村総合研究所顧問を経て、2001年(平成13年)から2008年(平成20年)まで商工組合中央金庫理事長を務めた。
勘場 宏海(かんば ひろみ、1941年8月6日 - )は、日… 勘場 宏海(かんば ひろみ、1941年8月6日 - )は、日本の郵政官僚。九州郵政監察局長、九州郵政局長、関東電気通信監理局長を歴任し、退官後は安田信託銀行顧問、エヌ・ティ・ティ・データ通信監査役。 鹿児島県串木野市(いちき串木野市)出身。鹿児島県立串木野高等学校を経て、1966年3月に東京大学法学部を卒業し、4月郵政省入省(要員訓練課)。1970年北海道岩見沢郵便局郵便課長、1971年7月宮城県気仙沼郵便局長、1972年7月東北郵政局人事管理課長、1974年5月内閣審議室・公共企業体等関係閣僚協議会事務局へ出向し大臣官房文書課課長補佐、1976年2月大臣官房電気通信監理官室副参事官(NTT財務担当)、1977年7月大臣官房経営企画課課長補佐、1979年7月九州郵政局保険部長、1981年関東郵政局保険部長、1982年7月大臣官房国際協力課企画官、1983年4月人事局保健課長、1985年4月通信政策局国際協力課長、1987年6月九州郵政局次長、1989年6月大臣官房参事官、1990年7月電波監理審議会審理官、1991年九州郵政監察局長、1992年九州郵政局長、1993年関東電気通信監理局長。
坂本導聡(さかもと みちさと 1941年7月22日 - )は… 坂本導聡(さかもと みちさと 1941年7月22日 - )は、東京出身の大蔵官僚。元経済企画庁総合計画局長。
小野 邦久(おの くにひさ、1941年(昭和16年)5月26… 小野 邦久(おの くにひさ、1941年(昭和16年)5月26日 - )は、日本の建設・国土交通官僚、経営者。東日本建設業保証社長、国土交通事務次官、都市再生機構理事長、不動産適正取引推進機構理事長を歴任。東京都出身。瑞宝重光章。 1964年(昭和39年)に東京大学法学部を卒業し、建設省に入省。建設経済局長、大臣官房総務審議官、官房長を歴任。1999年(平成11年)に建設事務次官に就任し、2001年(平成13年)には初代の国土交通事務次官となる。 退官後は不動産適正取引推進機構理事長を経て、2005年(平成17年)都市再生機構理事長に就任。その後、東日本建設業保証株式会社の顧問に就き、2009年(平成21年)から同社の社長を務め、相談役を経て、2021年(令和3年)、顧問に就任する。
加藤 隆俊(かとう たかとし、1941年5月23日 - )は… 加藤 隆俊(かとう たかとし、1941年5月23日 - )は、日本の大蔵官僚。財務官や国際通貨基金副専務理事を歴任した。 田波耕治(大蔵次官、内閣官房内閣内政審議室長)、涌井洋治(JT会長、主計局長、大臣官房長)、野田毅(衆議院議員、自治大臣兼国家公安委員長、経済企画庁長官、建設大臣)、野口悠紀雄(経済学者)、滝川哲男(沖縄開発次官)、五十嵐貞一(国際上屋社長、大阪税関長)など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
塩谷 隆英(しおや たかふさ、1941年(昭和16年)5月1… 塩谷 隆英(しおや たかふさ、1941年(昭和16年)5月13日 - )は、日本の経済企画庁官僚。経済企画事務次官などを歴任。 東京大学法学部第2類(公法コース)・第1類(私法コース)卒業後、経済企画庁に入庁。長官官房企画課に配属。調査局審議官、国民生活局審議官を経て、1995年(平成7年)国土庁計画・調整局長、1997年(平成9年)経済企画庁調整局長。1998年(平成10年)6月から1999年(平成11年)8月まで経済企画事務次官を務めた。 退官後、経済企画庁顧問を経て、2000年(平成12年)に総合研究開発機構理事長。
杉田 和博(すぎた かずひろ、1941年〈昭和16年〉4月2… 杉田 和博(すぎた かずひろ、1941年〈昭和16年〉4月22日 - 2025年〈令和7年〉12月21日)は、日本の警察官僚。位階は正三位。神奈川県警察本部長、内閣情報調査室長、内閣情報官、内閣危機管理監、内閣官房副長官兼内閣人事局長などを歴任した。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校卒業、東京大学法学部卒業。地下鉄サリン事件、國松孝次警察庁長官狙撃事件、在ペルー日本大使公邸占拠事件当時の警察庁警備局長。性格は温和で、高い調整能力で知られる一方、「諜報のプロ」と呼ばれるなど「危機管理には通じているが、社会福祉や経済といった国民生活全体を見渡す視野の広さに欠けている」との評価もある。警察ではほぼ一貫して警備・公安畑を歩み、警備局長を経て内閣官房にて内閣情報調査室長、内閣情報官、内閣危機管理監として政権中枢で公安と危機管理を担った。
河野 昭(こうの あきら、1941年〈昭和16年〉3月17日… 河野 昭(こうの あきら、1941年〈昭和16年〉3月17日 - 2009年〈平成21年〉9月27日)は、日本の元行政管理(総務)・内閣府官僚。初代内閣府事務次官。 1941年3月17日生まれ。1965年、東京大学文学部卒業。1966年、行政管理庁に入庁。1990年、総務庁行政管理局企画課長。1991年、総務庁長官官房総務課長。1992年4月、総務庁長官官房審議官(行政監察局担当)。1993年6月、関東管区行政監察局長。1994年7月、総務庁長官官房審議官(行政管理局担当)。1995年、総務庁長官官房長。1997年、総務庁行政管理局長。1998年、中央省庁等改革推進本部事務局長。同年、内閣審議官。
日高壮平(ひだか そうへい、1941年3月6日 - 2004… 日高壮平(ひだか そうへい、1941年3月6日 - 2004年7月28日)は日本の大蔵官僚。血液型はO型。 東京都港区出身(父は大分県、母は富山県)。神奈川県立湘南高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1963年4月 大蔵省入省(為替局総務課)。課長補佐時代は主に主税局と国際金融局で勤務。主計局主計官(運輸、郵政、電信電話担当)、主税局税制第二課長などを経て、1986年7月 大蔵大臣事務担当秘書官。1988年6月27日 大臣官房文書課長。1989年6月23日 近畿財務局長。1990年6月29日 大臣官房審議官(大臣官房担当)。1991年6月11日 日本銀行政策委員会大蔵省代表委員。同年10月4日 大臣官房総務審議官。
糠谷 真平(ぬかや しんぺい、1941年〈昭和16年〉1月2… 糠谷 真平(ぬかや しんぺい、1941年〈昭和16年〉1月22日 - 2016年〈平成28年〉11月27日)は、日本の経済企画官僚。経済企画事務次官などを歴任。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
川口 順子(かわぐち よりこ、1941年〈昭和16年〉1月1… 川口 順子(かわぐち よりこ、1941年〈昭和16年〉1月14日 - )は、日本の政治家、通産官僚。明治大学研究・知財戦略機構特任教授・豊田通商株式会社取締役・武蔵野大学客員教授/国際総合研究所フェロー などを務めている。 外務大臣(第128・129代)、環境大臣(初代・第2代)、環境庁長官(第39代)、参議院議員を歴任。 夫は元福岡通産局長の川口融(1963年入省、同期に牧野力らがいる)。 東京都生まれ。1960年、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を卒業。高校の同期には、畔柳信雄(元三菱UFJフィナンシャル・グループ社長)、島村英紀(元国立極地研究所所長)、星出豊(昭和音楽大学教授)、松本元(脳科学者)、横田洋三(国連大学学長特別顧問)、広瀬久美子(元日本放送協会アナウンサー)、藤田宙靖(元最高裁判事)などがいる。
松原 亘子(まつばら のぶこ、1941年1月9日 - )は、… 松原 亘子(まつばら のぶこ、1941年1月9日 - )は、日本の元労働官僚。1997年に女性初の事務次官に就任。労働事務次官を退官した後は、駐イタリア兼アルバニア兼サンマリノ特命全権大使等を歴任し、2006年から三井物産株式会社取締役、2008年から株式会社大和証券グループ本社取締役、2017年2月14日から株式会社電通社外取締役。
薄井 信明(うすい のぶあき 1941年1月1日 - )は、… 薄井 信明(うすい のぶあき 1941年1月1日 - )は、日本の大蔵官僚。第43代大蔵事務次官、第31代国税庁長官を歴任。 東京府生まれ。都立戸山高校から東京大学旧文科二類(現在の文科三類)に入学。東京大学経済学部経済学科卒業。大学時代は小宮隆太郎の下で国際金融などを学ぶ。大学在学中に国家公務員上級甲種試験(経済職)に2〜7番目の成績で合格。1965年大蔵省入省。入省同期には鏡味徳房、竹島一彦、榊原英資、浜田卓二郎、根本貞夫(内閣審議官、岩手県副知事)、大塚功(駐ジャマイカ特命全権大使)、近藤健彦(駐仏公使、官房審議官、立命館アジア太平洋大教授)、谷川憲三(関東財務局長、第三銀行頭取)、東力、白石忍(オリックス社長)など。
石田 寛人(いしだ ひろと、1941年(昭和16年) - )… 石田 寛人(いしだ ひろと、1941年(昭和16年) - )は、日本の官僚。元科学技術事務次官。元駐チェコ大使、公立小松大学理事長、公益財団法人本田財団理事長、(公財)原子力安全技術センター会長、(公財)前田育徳会理事長。石川県小松市京町出身。
黒田 直樹(くろだ なおき、1940年(昭和15年)12月1… 黒田 直樹(くろだ なおき、1940年(昭和15年)12月18日 - )は、日本の通産官僚。元資源エネルギー庁長官。元国際石油開発帝石株式会社会長・社長。 通産省入省同期(1963年度)には、牧野力(通産事務次官)、秋山收(内閣法制局長官)、高島章(特許庁長官)、麻生渡(特許庁長官、福岡県知事)、長田英機(中小企業庁長官)、川口融(福岡通産局長、川口順子の夫)、川原壮介(大臣官房審議官)、関野弘幹(三洋電機専務執行役員、経済企画庁物価局審議官)、西川禎一(日本航空機開発協会副理事長、中小企業庁次長)、小野榮一(三菱化学DRM社長、日本航空宇宙工業会専務理事)、山下弘文(日伯紙パルプ資源開発常勤監査役)、窪川功(ジェトロバンコック所長、東武百貨店専務)などがいる。
遠藤 安彦(えんどう やすひこ、1940年12月6日 - )… 遠藤 安彦(えんどう やすひこ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元自治事務次官。地域創造元会長。 1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学法学部卒業。 大分県総務部次長、同県商工労働部長、同県総務部長、財政局交付税課長、財政局地方債課長、財政局財政課長、大臣官房審議官(税務担当)、大臣官房総務審議官、大臣官房長、財政局長などを務める。 1996年9月、自治事務次官。1998年2月、地域創造理事長。財団法人日本宝くじ協会理事長、(株)日本宝くじシステム代表取締役、財団法人地方財務協会理事長、2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会事務総長を務めた。2016年、日本AED財団理事。
渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、… 渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元通商産業事務次官。元日本貿易振興機構理事長。2024年まで石油資源開発会長(2007年6月25日付で同社副社長、2008年6月25日付で社長。同時に棚橋祐治社長が会長に)。2016年から2020年まで石油鉱業連盟会長を務めた。ニックネームはナベシュウ。 愛媛県新居浜市出身。香川県立高松高等学校から東京大学法学部第2類(公法コース)を経て、1964年に通商産業省入省。同期には細川恒(通商産業審議官)、熊谷弘、中田哲雄、大角恒生(人事院公平局長)、横田捷宏、山口務(九州通産局長、地域振興整備公団副総裁)、高津義典(四国通産局長、香川大学工学部教授)などがいる。
渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、… 渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元通商産業事務次官。元日本貿易振興機構理事長。2007年6月25日付で石油資源開発副社長、2008年6月25日付で社長になった。同様に棚橋祐治も社長から会長になった。ニックネームはナベシュウ。
久間 章生(きゅうま ふみお、1940年〈昭和15年〉12月… 久間 章生(きゅうま ふみお、1940年〈昭和15年〉12月4日 - )は、日本の政治家、農林官僚。昭和ホールディングス社外取締役(監査等委員)。 防衛大臣(初代)、防衛庁長官(第59・73代)、運輸政務次官(竹下内閣)、衆議院議員(9期)、長崎県議会議員(3期)、自由民主党総務会長、同幹事長代理、同副幹事長、同国会対策副委員長などを歴任した。 長崎県南高来郡加津佐町(現・南島原市)の農家に生まれる。両親は教育者(父は高校教員、母は中学教員)。 長崎県立口加高等学校・東京大学法学部卒業後、農林省に入省。農林省退職後に長崎県庁に入庁し、長崎県議会議員を経て、1980年に衆議院議員に初当選。第2次橋本内閣で防衛庁長官として初入閣。
藤川 鉄馬(ふじかわ てつま、1940年(昭和15年)12月… 藤川 鉄馬(ふじかわ てつま、1940年(昭和15年)12月3日 - )は、大蔵(財務)官僚。エッセイスト。 1965年に大蔵省入省。入省同期に、榊原英資(財務官)、薄井信明、東力(衆院議員)、鞍谷雅敏(税務大学校長)、鏡味徳房がいる。日本ペンクラブ会員。
石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - … 石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - )は、日本の自治官僚、政治家、行政学者(専門は地方自治)。勲等は旭日大綬章。日本大学国際関係学部客員教授。「嘉延」の読みは「よしのぶ」が正式だが、「かえん」と呼ばれることもある。 静岡県知事(第49〜52代)、内閣府中央防災会議委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員、全国知事会理事・災害対策委員会委員長、学校法人静岡文化芸術大学理事長などを歴任した。 日本統治時代の台湾生まれ。両親はいずれも静岡県出身の日本人だが仕事の都合で台湾に滞在しており、石川は生後5年間を台湾で過ごした。1945年の終戦にともない、家族の故郷である静岡県小笠郡佐束村(現掛川市)に引き揚げた。
秋山 收(あきやま おさむ、1940年11月21日 - )は… 秋山 收(あきやま おさむ、1940年11月21日 - )は、日本の通産官僚。内閣法制局総務主幹、内閣法制局第四部部長、内閣法制局第二部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官、財団法人新エネルギー財団会長などを歴任した。東京府出身。 1963年から通商産業省で、通商政策局通商調査課、機械情報産業局計量課、貿易局為替金融課、産業政策局調査課にて、それぞれ課長を務めた。のちに内閣法制局に出向し、総務主幹を経て、第四部、第二部、第一部にてそれぞれ部長を務めるなど、要職を歴任した。1999年には内閣法制次長に就任した。2002年には津野修の後任として内閣法制局長官に就任し、第1次小泉内閣から第2次小泉内閣にかけて同職を務めた。
冨沢 宏(とみさわ ひろし、1940年10月18日 - )は… 冨沢 宏(とみさわ ひろし、1940年10月18日 - )は、日本の大蔵官僚。血液型はA型。大阪国税局長、国税庁次長、JTサービス代表取締役、国立印刷局理事長(初代)などを務めた。 東京府武蔵野町出身。東京都立西高等学校から東京大学に入学。東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1963年 大蔵省入省(大臣官房秘書課)。大臣官房秘書課調査係長心得、総理府内閣総理大臣官房審議室調査企画担当主査などを経て、1969年7月 枚方税務署長。 大蔵大臣秘書官(事務担当)などを務め、1978年7月 大臣官房企画官兼主税局総務課。1979年7月 大臣官房文書課広報室長。1980年6月 東京国税局査察部長。 1986年6月10日に関税局企画課長となり、1987年6月25日から関税局総務課長。
橋本 鋼太郎(はしもと こうたろう、1940年(昭和15年)… 橋本 鋼太郎(はしもと こうたろう、1940年(昭和15年)9月11日 - )は、日本の建設官僚。元建設事務次官。土木学会認定特別上級土木技術者(調査・計画)。
入沢 肇(入澤 肇、いりさわ はじむ、1940年〈昭和15年… 入沢 肇(入澤 肇、いりさわ はじむ、1940年〈昭和15年〉8月26日 - 2018年〈平成30年〉9月18日)は、日本の政治家、官僚。元帝京大学教授。農林水産省構造改善局長、林野庁長官、参議院議員を歴任。
谷 公士(たに まさひと、1940年(昭和15年)8月7日 … 谷 公士(たに まさひと、1940年(昭和15年)8月7日 - )は、日本の郵政官僚。石川県出身。郵政事務次官、人事院総裁等を歴任。 2009年、公務員制度改革を巡って麻生内閣に人事院総裁として対立した。2009年2月3日、麻生太郎が本部長を務める国家公務員制度改革推進本部は、「公務員制度改革に係る「工程表」について」を決定した。「工程表」は内閣官房に「内閣人事・行政管理局」を設置し、級別定数の設定、任用基準の策定、採用試験の実施、研修および人事院勧告などの人事院の所掌・権限を移管することを定めていた。人事院はこれらは国家公務員制度改革基本法に定められた制度改革の基本方針の枠外であるとし、特に級別定数の移管については、国家公務員の労働基本権制約に対する人事院の代償機能を損なうものであると問題視した。
平田 辰一郎(ひらた しんいちろう、1940年8月4日 - … 平田 辰一郎(ひらた しんいちろう、1940年8月4日 - )は、日本の政治家、通産官僚。元衆議院議員(1期)。薬丸自顕流顕彰会顧問 鹿児島県鹿児島市出身。東京教育大学附属駒場高等学校卒業。1965年、東京大学工学部卒業。通商産業省に入省。 1981年4月18日、敦賀原子力発電所1号機内の一般排水路から放射性物質漏えい事故が発生。日本原子力発電株式会社による「事故隠し」が社会問題になるが、このとき平田は原子力発電運転管理課長として事故に対処した。資源エネルギー庁技術課長、新産業技術研究所長などを歴任。日本の原発推進におけるキーマンであったと言われる。 1986年7月の第38回衆議院議員総選挙の旧鹿児島1区に無所属で立候補し落選。
秦野 裕(はたの ゆたか、1940年5月31日 - 199… 秦野 裕(はたの ゆたか、1940年5月31日 - 1997年8月17日)は、日本の官僚。海上保安庁長官、帝都高速度交通営団副総裁を務めた。 東京都出身。1963年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1988年6月に大臣官房審議官を経て、1994年7月に海上保安庁長官に就任。1996年7月には帝都高速度交通営団副総裁に就任。 1997年8月17日に肺炎のために死去。57歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
鶴岡 啓一(つるおか けいいち、1940年(昭和15年)5月… 鶴岡 啓一(つるおか けいいち、1940年(昭和15年)5月18日 - )は、日本の政治家、官僚。千葉市長(第24・25代)等を歴任。
秋山 昌廣(あきやま まさひろ、1940年5月15日 - )… 秋山 昌廣(あきやま まさひろ、1940年5月15日 - )は、日本の大蔵・防衛官僚。血液型はB型。第22代防衛事務次官、財団法人海洋政策研究財団理事長、公益財団法人東京財団理事長、笹川日中友好基金運営委員を歴任した。 東京都港区出身(父は茨城県、母は東京都)。東京都立日比谷高等学校を経て、1964年東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。同年、大蔵省入省。同期には野田毅、田波耕治、野口悠紀雄、高橋厚男(関税局長)、涌井洋治(主計局長・JT会長)、杉崎重光(証取監視委事務局長・IMF副専務理事)、野口卓夫(大証副理事長)など。
横堀 恵一(よこぼり けいいち、1940年5月15日 - )… 横堀 恵一(よこぼり けいいち、1940年5月15日 - )は、帝京大学教授、元通産官僚。
藤原 武平太(ふじわら ぶへいた、1940年(昭和15年)4… 藤原 武平太(ふじわら ぶへいた、1940年(昭和15年)4月24日 - )は、日本の通産官僚。通商産業省通商政策局次長、駐ブルガリア大使。情報処理推進機構理事長などを歴任。 著者 チャールズ・キンドルバーガー編、共訳 藤原武平太・和田和、日本生産性本部、1971年 熊谷弘(内閣官房長官・通産相)、渡辺修(通産次官)、山口務、久禮彦治(日本産業デザイン振興会理事長、駐連合王国公使)、山浦紘一(石油連盟専務理事、特許庁審査第一部長)、合田宏四郎(日本ガス機器検査協会理事長、JGA副会長、関東通産局長)、糟谷晃(夭折)、横田捷宏、中田哲雄、辛島修郎(自販連副会長)など
真鍋 武紀(まなべ たけき、1940年〈昭和15年〉4月3日… 真鍋 武紀(まなべ たけき、1940年〈昭和15年〉4月3日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。香川県知事を務めた。 日本統治下の朝鮮の京畿道京城府(ソウル市)生まれ。香川県木田郡下高岡村(現三木町)出身。香川県立高松高等学校、東京大学法学部卒業。1963年(昭和38年)4月農林省に入省。農林水産省大臣官房企画室長、水産庁漁政部長、環境庁水質保全局長、農林水産審議官などを務め、1996年(平成8年)7月退官。同年8月国際協力事業団副総裁に就任。1998年(平成10年)9月、香川県知事に就任。 県知事としては、大的場健康体育センター、津田病院、栗林公園動物園の閉鎖や公共事業の縮小、県職員の人件費カットなどによる行財政改革に取り組んだ。
小川 是(おがわ ただし 昭和15年(1940年)2月26日… 小川 是(おがわ ただし 昭和15年(1940年)2月26日 - 2017年8月21日)は、日本の銀行家、元大蔵官僚。国税庁長官、大蔵事務次官、日本たばこ産業代表取締役会長、横浜銀行取締役会長などを歴任。 実父は裁判官の小川善吉、義父は元参議院議員(民社党)の三治重信。 1940年2月26日 東京生まれ。新宿区立牛込仲之小学校、東京教育大学附属中学校(現・筑波大学附属中学校)、東京都立戸山高等学校を経て、1962年 東京大学法学部第2類(公法コース)を首席で卒業。東大法学部在学中に国家公務員上級試験を2位で合格。大蔵省入省。振り出しは銀行局。吉田太郎一金融制度調査官付事務官。 1974年 竹下登大蔵大臣秘書官、1980年 主計局主計官兼法規課、1983年 梅沢節男主税局長の下で主税局税制二課長[要出典]。
熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月… 熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月21日 ‐ )は、日本の政治家、元厚生官僚。 衆議院議員(4期)、総務政務次官(第2次橋本改造内閣)、内閣府副大臣・内閣総理大臣補佐官(行政改革担当〈第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣〉)、市民の党「自由と責任」代表、岡山市議会議員(通算3期)などを歴任した。 岡山県御津郡一宮村尾上(現・岡山市北区尾上)の農家に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1963年、厚生省(現・厚生労働省)に入省(薬務局薬事課配属)。厚生省では年金局資金課長、大臣官房総務審議官、援護局長等を務める。1969年、ウィスコンシン大学大学院に留学し、政治学修士の学位を取得。
川嶋烈(かわしま つよし、1940年1月27日 - )は日本… 川嶋烈(かわしま つよし、1940年1月27日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はB型。東京都出身(父母は静岡県)。造幣局東京支局長、東北財務局長、国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)、交通営団理事、茨城銀行取締役頭取などを務めた。
中山 恭子(なかやま きょうこ、1940年〈昭和15年〉1月… 中山 恭子(なかやま きょうこ、1940年〈昭和15年〉1月26日 ‐ )は、日本の政治家、大蔵・財務官僚。靖国神社崇敬奉賛会会長。 内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(福田康夫改造内閣)、拉致問題担当大臣(福田康夫改造内閣)、公文書管理担当大臣(福田康夫改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(拉致問題担当)(第1次安倍内閣・第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣・麻生内閣)、参議院議員(2期)、日本のこころ代表、日本のこころを大切にする党代表、次世代の党代表、日本維新の会政策調査会拉致問題対策委員長 、たちあがれ日本参議院幹事長代理などを歴任。この他、内閣官房参与、在ウズベキスタン特命全権大使、国際交流基金常務理事、大蔵省大臣官房参事官兼審議官、大蔵省四国財務局長などを務めた。
高橋 政行(たかはし まさゆき、1940年1月12日 - 2… 高橋 政行(たかはし まさゆき、1940年1月12日 - 2010年8月31日)は、日本の農水官僚。大臣官房長、食糧庁長官、農林水産事務次官、日本中央競馬会理事長を務めた。 『優駿』では髙橋 政行と表記されている。 岐阜県出身。1963年、東京大学法学部を卒業後、農林省(現在の農林水産省)に入省。北海道農務部長、食糧庁管理部長、農蚕園芸局長などを経て、1994年2月に大臣官房長。1995年7月に食糧庁長官。その後、農林水産事務次官に就任した。その後、1999年に日本中央競馬会理事長に就任。在任中、ワイド、馬単、3連複を導入、3連単を全国展開し、学生の馬券購入に舵を切った。2007年、土川健之に道を譲るまで務めた。
佐藤 信彦(さとう のぶひこ、1940年ないし1941年 -… 佐藤 信彦(さとう のぶひこ、1940年ないし1941年 - 2023年 <令和5年> 11月21日)は、日本の官僚。建設省を技監まで務めて勇退し、以降、多数の外郭団体の役職を歴任した。位階は従四位。 東京大学大学院を経て、1967年に建設省に入省した。建設省では、道路局企画課長、中国地方建設局長を経て、1996年から道路局長を務め、1998年に建設技監となった。 1999年に技監を勇退し、駐車場整備推進機構顧問を経て、阪神高速道路公団副理事長となり、2001年に同公団理事長となって、2004年までその任にあった。 2003年土木学会認定特別上級土木技術者(総合)。2005年には社団法人日本トンネル技術協会会長に就任した。
服部 明世(はっとり あきよ、1940年 - 2014年)は… 服部 明世(はっとり あきよ、1940年 - 2014年)は、造園系の建設官僚。退官後は(財)都市緑化技術開発機構理事(現:都市緑化機構)・大阪芸術大学環境デザイン学科教授を歴任。 京都市出身、両親も京都府出身。洛星高等学校を経て、1964年東京大学農学部卒業。 1969年建設省入省。1984年建設省都市局公園緑地課建設専門官。 1985年4月から1988年1月まで、大津市助役に出向。 建設官僚として公園緑地行政のほか、1990年開催の国際花と緑の博覧会では都市局国際花と緑の博覧会推進室長に就任。1989年、「健康づくりに関する研究 環境と運動の及ぼす影響について」で造園関係者としては初の医学博士の学位を岐阜大学より取得。
三井 康有(みつい やすとも、1940年〈昭和15年〉- )… 三井 康有(みつい やすとも、1940年〈昭和15年〉- )は、日本の防衛官僚。 兵庫県出身。灘高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1964年、防衛庁入庁。長官官房長、参事官を経て1995年から1997年まで内閣安全保障室長。
金子 義昭(かねこ よしあき、1940年 - )は、日本の財… 金子 義昭(かねこ よしあき、1940年 - )は、日本の財務官僚。 1963年(昭和38年)、大蔵省入省。同期に、小村武(日本政投銀総裁、大蔵事務次官、主計局長)、日高壮平(FISC理事長、国税庁長官)、中平幸典(信金中央金庫理事長、財務官)、西村吉正(銀行局長)、金野俊美(ヒメノ会長、印刷局長)、龍宝惟男(オーミケンシ社長)、米沢潤一(政策研究院大学教授、日銀理事、関税局長)、川嶋烈(茨城銀行頭取)、石坂匡身(大蔵財務協会理事長、損保協会副理事長、環境事務次官、理財局長)、田中寿(造幣局長)ら。