スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
笹埜 健斗(ささの けんと、1994年6月15日 - )は、… 笹埜 健斗(ささの けんと、1994年6月15日 - )は、日本の社会情報学者、サステナビリティ学者、発明家。慶應義塾大学SFC研究所上席所員、笹埜健斗ラボ代表、一般社団法人XBRL Japan理事、booost technologies株式会社顧問。 専門は生成AIを活用した教育DXとサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)。 持続的なIoMTセキュリティ研究をはじめとする「情報ガバナンス」、「情報セキュリティ」を強化するための研究および開発を行う。人的資本経営を取り入れたサステナブル経営などの持続可能な社会の実現に向けたSDGs/ESG(環境・社会・企業統治)データサイエンス研究や、AI・ChatGPTを活用したプロンプトエンジニアリング等の技術開発に取り組み、リードしている。
山本 康平(やまもと こうへい、1980年12月23日 - … 山本 康平(やまもと こうへい、1980年12月23日 - )は、日本の俳優。太田プロダクション所属。岡山県出身。既婚。2児の父。 2002年2月から2003年2月まで放送された、スーパー戦隊シリーズ『忍風戦隊ハリケンジャー』の尾藤吼太 / ハリケンイエロー役で俳優デビューを果たした。 『ハリケンジャー』が放送終了10年を迎えた2013年には、自身と長澤奈央(同作で共演)によって同作のスタッフらに企画を持ち込み、これがVシネマ『忍風戦隊ハリケンジャー 10 YEARS AFTER』の制作・発売に至った。同作品では、長澤とともにアソシエイトプロデューサーも務めた。
植松 哲平(うえまつ てっぺい、1979年10月2日 - )… 植松 哲平(うえまつ てっぺい、1979年10月2日 - )は、岡山県岡山市出身のDJ、ラジオパーソナリティ。元お笑い芸人。血液型はA型。 岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、大阪NSCに入学(21期生)。吉本興業への所属後、安達健太郎とお笑いコンビ「シュガーライフ」を結成し、baseよしもとを中心に活動。『新しい波8』『オールザッツ漫才』等への出演、2002年のM-1グランプリにて準決勝進出などを果たすも、2003年にコンビを解散。その後、安達はボン溝黒と「カナリア」を結成し、植松は上京してピン芸人として活動を続けた後、吉本興業を離れる。 2006年より株式会社サンディに所属し、ラジオDJ、イベントMCなどの活動を行う。
小林 晋(こばやし すすむ、1973年6月27日 - )は、… 小林 晋(こばやし すすむ、1973年6月27日 - )は、岡山県出身のライフル射撃選手。北京オリンピック代表。岡山県警。岡山県立岡山操山高等学校、岡山大学理学部卒業。
池山 直(いけやま なお、1969年9月18日 - )は、日… 池山 直(いけやま なお、1969年9月18日 - )は、日本の元女子プロボクサー。岡山県真庭市出身。初代WBO女子世界アトム級王者。フュチュール所属。岡山県立岡山操山高等学校卒業。男女通じて日本人最年長記録となる44歳で世界王座奪取を果たした。また、男女通じて日本人最年長記録となる52歳で公式試合出場も果たしている。
武久 顕也(たけひさ あきなり、1968年(昭和43年)11… 武久 顕也(たけひさ あきなり、1968年(昭和43年)11月26日 - )は、日本の政治家。元岡山県瀬戸内市長(4期)、元邑久町議会議員(1期)。 岡山県瀬戸内市出身。1987年、岡山県立岡山操山高等学校卒業。1992年、筑波大学第二学群農林学類卒業。 1996年(平成8年)4月から2000年(平成12年)2月まで邑久町議会議員を1期務めた。2001年(平成13年)9月、バーミンガム大学公共政策大学院に留学。2003年(平成15年)12月、同大学院修士課程修了。 2003年(平成15年)10月から2009年(平成21年)6月まで監査法人トーマツの大阪事務所パブリックセクターのシニアマネジャーを務めた。
佐藤 丙午(さとう へいご、1966年3月5日 - )は、日… 佐藤 丙午(さとう へいご、1966年3月5日 - )は、日本の国際政治学者。学位は、博士(法学))(一橋大学・1999年)。専門は、国際政治学、安全保障、アメリカ政治、日米関係、軍縮核不拡散、防衛産業、輸出管理。 拓殖大学教授、同・海外事情研究所所長。 国際安全保障学会理事、日本安全保障貿易学会会長、日本軍縮学会会長、一般社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員。 日本防衛学会元理事。元・外務省参与。元・外務大臣政策参与(軍縮・核不拡散担当)。 1966年3月5日岡山県生まれ。岡山市立京山中学校、岡山県立岡山操山高等学校卒業。 筑波大学卒業後、同大学院人文社会科学研究科で修士課程(地域研究)終了、専攻はアメリカ研究。
山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8… 山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8日 - )は、日本の政治家、検察官、法務官僚、弁護士(岡山弁護士会所属、登録番号43922)。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。衆議院内閣委員長、自由民主党岡山県連会長。 法務大臣(第100代)、法務大臣政務官、内閣府大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣、第4次安倍内閣)、自由民主党副幹事長を歴任した。 山下一盛・孝代夫妻の長男として香川県高松市に生まれる。父・一盛は中央大学法学部卒業の弁護士で1981年3月、京都地方検察庁検事を退官し、岡山で「山下一盛法律事務所」を開業した。両親は中央大学OBの勉強会仲間であり、結婚を機に母・孝代は試験の勉強をあきらめ、主婦として一盛を支えた。
森下 徹(もりした とおる、1963年7月 - )は、日本の… 森下 徹(もりした とおる、1963年7月 - )は、日本の歴史学者。専門は日本史。山口大学教授。学位、博士(文学)(東京大学・1993年)。 1963年、大阪府生まれ。岡山操山高等学校卒業。1986年、東京大学文学部国史学科卒業。1993年、同大学院人文科学研究科博士課程修了。同大学より「近世雇用労働史の研究」で博士(文学)の学位を取得。山口大学教育学部助教授、2007年同大学准教授、2009年同大学教授を歴任。同大学教育学部社会科教育講座大学院教授となる。
甲本 ヒロト(こうもと ヒロト、本名:甲本 浩人〈こうもと … 甲本 ヒロト(こうもと ヒロト、本名:甲本 浩人〈こうもと ひろと〉、1963年〈昭和38年〉3月17日 - )は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター、歌手。ラウンド・アバウト、ザ・コーツ、THE BLUE HEARTS、ヒューストンズ、THE HIGH-LOWSを経て、2006年よりザ・クロマニヨンズ、2019年よりブギ連のボーカリストを務める。 身長174 cm、血液型O型。既婚。俳優の甲本雅裕は実弟。 両親はクリーニング店を経営していた。岡山大学教育学部附属小学校・岡山大学教育学部附属中学校を経て、岡山県立岡山操山高等学校卒業。卒業間際の1980年、亀山哲彦らに誘われ、ラウンド・アバウトに加入し岡山で活動。
小野 俊哉(おの としや、1961年9月13日 - )は、野… 小野 俊哉(おの としや、1961年9月13日 - )は、野球を中心としたノンフィクション作家兼実業家。 スポーツ・アクセス社の代表取締役。NHKラジオ第一放送、湘南ビーチFM、文化放送、ニッポン放送に度々出演している。FLASH (写真週刊誌)、週刊プレイボーイへの取材協力、寄稿が多い。 岡山県岡山市生まれ。岡山市立京山中学校、岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、早稲田大学理工学部卒。味の素株式会社中央研究所、住友金属工業株式会社(電子デバイス部営業統括マネジャー)を経て、2003年にスポーツ・アクセス社を設立。野球のデータ分析に基づく著作活動を行う。 大学入学時のエピソードをヤフースポーツのインタビュー(2005年)で語っているが、高校時代まで陸上部で中距離走をやっていたため、早稲田大学競走部へ入部を願い出たときのこと。
道垣内 弘人(どうがうち ひろと、1959年6月14日 - … 道垣内 弘人(どうがうち ひろと、1959年6月14日 - )は、日本の法学者。専門は民法。東京大学名誉教授。専修大学教授。元司法試験2次試験考査委員(民法)。岡山県岡山市出身。米倉明門下。兄は法学者で東京大学名誉教授の道垣内正人。 担保物権や信託法を主に研究する。法律要件充足性の実質的考察から入門著書においても法的効果の観点から立法論を展開している。
大森 うたえもん(おおもり うたえもん、本名:大森 博文〈お… 大森 うたえもん(おおもり うたえもん、本名:大森 博文〈おおもり ひろふみ〉、1959年5月15日 - )は、宮崎県を拠点に活動する日本のタレント、歌手、放送作家、実業家。愛称はクンちゃん(旧名の大森クンタから)。パワーピット所属。 岡山市立妹尾中学校、県立岡山操山高校、法政大学卒業。法政大学在学中の1981年、教員試験に落ちたことがきっかけでお笑い芸人になることを決意する。とりあえずテレビ局のADとなり、前説と拍手の練習を公開収録の観客に促す仕事をしていた。ちょうどその頃、約束だった3ヶ月の契約を満了し相方が芸能界を引退したため、次の相方を探していたそのまんま東(東国原英夫)に見出され、お笑いコンビツーツーレロレロに加入。
原田 宗典(はらだ むねのり、1959年3月25日 - )は… 原田 宗典(はらだ むねのり、1959年3月25日 - )は、日本の作家、エッセイストである。東京都新宿区新大久保、および岡山県岡山市出身。軽妙な文体のエッセイの他、小説や戯曲でも知られる。 作家・キュレーターの原田マハの兄。 家族は妻(エッセイでは「カミサン」としてたびたび登場)、子が2人、犬2匹。独身時代は猫を数匹飼っていたこともある。 中学生までを東京で過ごし、両親の都合で岡山県に引っ越す。岡山県立岡山操山高等学校在学中、短編『失透』が学研コース文学賞に入選する。1977年に、岡山操山高等学校より指定校推薦で早稲田大学第一文学部に入学する。留年中にコピーライターの養成講座に通い、岩永嘉弘と出会う。
姫井 由美子(ひめい ゆみこ、1959年〈昭和34年〉2月1… 姫井 由美子(ひめい ゆみこ、1959年〈昭和34年〉2月14日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)、岡山県議会議員(2期)、自由党岡山県連代表などを歴任した。 岡山県岡山市中区出身。岡山県立岡山操山高等学校卒業。岡山大学法文学部第二部を経て、同大学院法学研究科修了。1982年に司法書士試験合格、父の後を継いで司法書士・行政書士事務所を開業する。全国青年司法書士協議会副会長、岡山青年会議所常任理事などを歴任。 1999年、民主党公認候補として岡山県議会議員選挙(旧岡山市第1選挙区選出)に立候補し、初当選。以後連続2期を務めた。その間、民主党岡山県連の副幹事長などを務める。 2006年12月に参議院選挙立候補を表明し、2007年の第21回参議院議員通常選挙岡山県選挙区において、自由民主党前職で自民党参議院幹事長の片山虎之助を破り初当選。
山口 二郎(やまぐち じろう、1958年〈昭和33年〉7月1… 山口 二郎(やまぐち じろう、1958年〈昭和33年〉7月13日 - )は、日本の政治学者、政治活動家。専門は行政学・現代日本政治論。北海道大学名誉教授。法政大学法学部教授。岡山県岡山市出身。東京大学法学部卒業。 元々の専門は行政学で、旧大蔵省を巡る政治過程の分析からスタートしたが、米国滞在中の1989年、『世界』に執筆した「自己陶酔としての天皇制ーアメリカで読む天皇制論議」(酒井直樹との共著)で論壇デビューした。 1990年代の政治改革議論においては、福岡政行らとともに小選挙区制を「これの導入なしに日本で政権交代はあり得ない」と主張し、導入推進を訴えた。その後、村山政権でブレーン的な役割を果たした。
原 研哉(はら けんや、1958年 - )は、岡山県岡山市出… 原 研哉(はら けんや、1958年 - )は、岡山県岡山市出身のグラフィックデザイナー。 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科教授、株式会社日本デザインセンター代表取締役。日本グラフィックデザイナー協会副会長を務める。広告のほか、アートディレクション、企画、運営も担当。日本的な感性で、余白を生かしたデザインが特徴。 人間の感覚の探究、新素材の魅力の発見など、多彩な発想で活躍。日本人の美意識にもこだわる。現代をデザインの観点から評する著作も多い。 岡山市立弘西小学校、同市立旭中学校、岡山県立岡山操山高等学校を卒業。高校の同級生に、作家の原田宗典、政治学者の山口二郎、元参議院議員の姫井由美子。 1983年武蔵野美術大学大学院修了。
植月 千春(うえつき ちはる、1957年 - )は日本のカー… 植月 千春(うえつき ちはる、1957年 - )は日本のカーヌーン奏者、ピアニスト、声楽家。岡山県津山市生まれ。岡山操山高校、京都市立芸術大学を卒業。ザルツブルグに留学。 ラウンジピアニストとして京都、サンフランシスコ、ベルギー、 シンガポール、東京と演奏の場を移す。 オルガンプレーヤーとしても、ホテルやイベントなどで演奏多数。イスラム教徒。 スポーツジムにてトルコ人と知り合いになったのをきっかけに、2001年に訪れた青山にあるトルコ料理店で、アラブの伝統楽器カーヌーンに出会った。同年には渋谷のモスク(東京ジャーミイ)にてイスラム教に入信し、イスラム名はヤスミン。以降はトルコにてターヒル・アイドーデュ、チュニジアにてジャメル・アビドに師事しカーヌーンの演奏方法を習得。
赤木 正人(あかぎ まさと、1956年9月12日 - )は、… 赤木 正人(あかぎ まさと、1956年9月12日 - )は、日本の情報工学者。北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授。元日本音響学会会長。 1975年岡山県立岡山操山高等学校卒業。1979年名古屋工業大学工学部電子工学科卒業。1984年東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻博士後期課程修了、工学博士。飯島泰蔵に師事。同年日本電信電話公社入社、同社武蔵野電気通信研究所研究主任。1986年国際電気通信基礎技術研究所視聴覚機構研究所出向。1988年同主任研究員。同年マサチューセッツ工科大学滞在研究員としてヴィクター・ズーに師事。1990年日本電信電話基礎研究所主任研究員に復帰。1992年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教授。
光石 衛(みついし まもる、1956年9月1日 - )は、日… 光石 衛(みついし まもる、1956年9月1日 - )は、日本の工学者。岡山県出身。 独立行政法人大学改革支援・学位授与機構理事、日本学術会議会長、東京大学名誉教授、早稲田大学次世代ロボット研究機構客員上級研究員(研究員客員教授)、帝京大学先端総合研究機構特任教授、DMG森精機株式会社社外取締役。
山尾 悠子(やまお ゆうこ、1955年3月25日 -)は、日… 山尾 悠子(やまお ゆうこ、1955年3月25日 -)は、日本の小説家、幻想文学作家、歌人。日本文藝家協会会員。岡山県岡山市出身。 澁澤龍彦経由でシュールレアリスム系の芸術に強い影響を受けている。クールかつ詩的な文体で幻想的な別世界を創造し、惜しげもなくそれを崩壊させるというパターンを繰り返し、カタストロフに満ちた残酷で美しい作品を執筆した。寡作で知られ、1985年以降作品の発表が一時途絶したが、1999年に執筆を再開している。 幼少期にC・S・ルイスの子ども向けファンタジー『ナルニア国物語』シリーズ最終巻『さいごの戦い』を読み、「敵も味方ももろともに暗い世界へと崩壊していくイメージ」に大きな衝撃を受ける(山尾は『ナルニア国物語』は別だが、ファンタジー読者ではないと述べている)。
松岡 心平(まつおか しんぺい、1954年10月29日 - … 松岡 心平(まつおか しんぺい、1954年10月29日 - )は、日本の能楽研究者、東京大学名誉教授。 岡山県生まれ。父は山陽新聞社長・松岡良明(1918-1995)。父の意向で法学部進学を目指すが、20歳の時、観世寿夫による仕舞「藤戸」を見て、「地獄がせりあがってくるような」舞台に衝撃を受け、能楽研究の道に入る。また研究の一方で「橋の会」運営に参加し、廃曲となった能の復曲・上演などの実践的活動にも携わっている。 岡山操山高等学校卒、1978年東京大学文学部国文科卒業、1984年同大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程満期退学、1987年東京大学文学部国語学科専任講師、1988年東大教養学部専任講師、1990年助教授、2001年同総合文化研究科教授。
大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月2… 大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月25日 - )は、日本の政治家、元建設・国土交通官僚。岡山県岡山市長(4期)。 岡山県岡山市北区東古松生まれ。岡山市立鹿田小学校、岡山市立桑田中学校、岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1977年、大学を卒業し建設省に入省。本省での勤務の他、国土庁や内閣府、熊本県への出向も経験した。2012年9月より国土交通省国土政策局長。2013年6月11日に退官。 同年10月、岡山市長選挙に自由民主党・民主党・公明党・日本維新の会岡山県総支部・連合岡山の推薦を受け、無所属で出馬。元官僚で知名度不足を危ぶむ声もあったが、選挙戦では強固な組織力をバックにつけ、元衆議院議員の高井崇志や元衆議院議員・岡山市議会議員の熊代昭彦ら4候補を破り、初当選した。
斎藤 恵子(さいとう けいこ、1950年2月20日 - )は… 斎藤 恵子(さいとう けいこ、1950年2月20日 - )は、日本の詩人・エッセイスト。詩誌「火片」「どぅるかまら」同人。 岡山県岡山市の生まれ。岡山県立岡山操山高校を経て、岡山大学法文学部史学科卒業。企業勤めを経て2008年から2014年まで私立高校講師。日本文藝家協会会員、日本現代詩人会会員、日本詩人クラブ会員。岡山県詩人協会会員。 2009年、詩集『無月となのはな』(思潮社、2008年)にて第50回晩翠賞、第19回日本詩人クラブ新人賞を受賞。岡山市文化奨励賞、岡山芸術文化賞グランプリなど受賞。
小六 禮次郎(、1949年12月13日 - )は、日本の作曲… 小六 禮次郎(、1949年12月13日 - )は、日本の作曲家、編曲家。東京音楽大学客員教授、日本作編曲家協会理事長。 すぎやまこういちの弟子にあたる人物。妻は歌手・女優の倍賞千恵子。 岡山県岡山市中区[要出典]出身。小学生時代に第17回国民体育大会が岡山で開催された際に小中学校で鼓笛隊が編成されたことをきっかけに音楽に熱中するようになる。岡山県立岡山操山高等学校から東京藝術大学音楽学部作曲科に進み、卒業後は作・編曲分野の第一線で活動。映画、テレビ、ミュージカル、CM作品からオペラ、交響詩まで幅広いジャンルの作品がある。 同郷の先輩である川口真からすぎやまこういちを紹介され、1年ほどアシスタントを務めた。
藤井 基之(ふじい もとゆき、1947年3月16日 - )は… 藤井 基之(ふじい もとゆき、1947年3月16日 - )は、日本の政治家、薬剤師。 文部科学副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、参議院議員(3期)、自由民主党参議院政策審議会長などを歴任。 岡山県岡山市生まれ。現在は神奈川県在住。岡山大学教育学部附属中学校、岡山操山高等学校、東京大学薬学部卒業。1969年、厚生省(現厚生労働省)に薬系技官として入省。薬務局麻薬課長等の役職を歴任した。 2001年に退官。同年、第19回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で比例区から出馬し、初当選。2002年には例外的に夫婦の別姓を実現させる会に参加。2004年、厚生労働大臣政務官に就任。 2007年の第21回参議院議員通常選挙では、16万票余りの票を獲得するも落選。
木畑 洋一(きばた よういち、1946年10月11日 - )… 木畑 洋一(きばた よういち、1946年10月11日 - )は、日本の歴史学者。専門は、イギリス現代史・国際関係史。東京大学名誉教授、成城大学名誉教授。 岡山県生まれ。岡山県立岡山操山高等学校を経て、1968年イギリス・ウォーリック大学留学(サンケイスカラシップ)の後、1970年東京大学教養学部イギリス分科を卒業、1972年同大学院社会学研究科国際関係論専攻修士課程修了、同年博士課程を中退し、東京大学教養学部助手に就任する。 1977年東京外国語大学専任講師、1982年同助教授を経て1983年より東京大学教養学部助教授、1992年同教授。2002年から2004年まで東京大学評議員、2005年から2007年まで大学院総合文化研究科長・教養学部長、歴史学研究会委員長を務めた。
石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )… 石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣、参議院内閣委員長、参議院決算委員長、自由民主党政務調査会副会長、公選14・15・16・17代岡山県知事(4期)、文部科学省中央教育審議会委員(第3・4期)、自然エネルギー協議会初代会長(2011年 - 2012年)を歴任。 1945年、岡山県上道郡光政村(現・岡山市東区)に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部を卒業。1969年に建設省に入省し、岐阜県民生部児童家庭課長、建設大臣秘書官、民間住宅課長、河川総務課長、大臣官房文書課長、建設省大臣官房審議官などを歴任。
長﨑 信行(ながさき のぶゆき、1945年〈昭和20年〉6月… 長﨑 信行(ながさき のぶゆき、1945年〈昭和20年〉6月25日 - )は、日本の政治家、岡山県備前市長(1期)。 岡山県和気郡片上町(現在の備前市)に生まれる。備前町立片上小学校、岡山市立丸之内中学校、岡山県立岡山操山高等学校を経て、東京電機大学精密機械工学科を卒業する。卒業後は長﨑鉄工所に入社し、のち、1970年に同社代表取締役、2024年に会長となる。このほか備前商工会議所会頭、一般社団法人備前観光協会会長、備前交通安全協会会長などを務めた。 2025年1月、同年4月に任期満了を迎える備前市長選挙に無所属で立候補することを表明。 2025年4月20日投票の備前市長選挙に無所属で立候補し、3回目の当選を目指した現職の吉村武司に3倍以上の得票差で破り、初当選を果たした。
土屋 賢二(つちや けんじ、1944年11月26日 - )は… 土屋 賢二(つちや けんじ、1944年11月26日 - )は、日本の哲学者(ギリシア哲学、分析哲学)。エッセイスト。お茶の水女子大学名誉教授。 岡山県玉野市出身。岡山県立岡山操山高等学校から、官僚を志し東京大学教養学部文科一類入学。1967年東京大学文学部哲学科卒業。学科同期に菅野盾樹(大阪大学名誉教授)、袴田茂樹(青山学院大学名誉教授)など。 その後宅地建物取引士の資格を取り、不動産会社で3ヶ月働く。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。 東京大学助手を経て、1975年からお茶の水女子大学教育学部講師。1979年に同助教授に、1989年に同教授に昇格。2002年から2年間、お茶の水女子大学文教育学部学部長を務めた。
小野元之(おの もとゆき、1944年(昭和19年)11月25… 小野元之(おの もとゆき、1944年(昭和19年)11月25日 - )は、日本の文部官僚。関西大学客員教授。同志社大学客員教授。初代文部科学事務次官、独立行政法人日本学術振興会理事長を歴任。学校法人城西大学理事長代理、パナソニック教育財団理事長、学校経理研究会理事長を兼任。 2002年の新学習指導要領施行に基づく「ゆとり教育」の行き過ぎに対して小野次官や遠山敦子文科相は危機感を共有し、2001年1月に遠山文科相が発表した緊急アピール「学びのすすめ」で、「学習指導要領は最低基準」だとしてそれまで許可されなかった学習指導要領を超える記述が容認された。学習指導要領施行前にテレビ、ラジオ、新聞などで責任者として賛成の立場を表明しながら「ゆとり教育」へ理解を求めたが、「3割カットするというのは間違いです。
前坂 俊之(まえさか としゆき、1943年10月2日-)は、… 前坂 俊之(まえさか としゆき、1943年10月2日-)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家、歴史研究者。静岡県立大学名誉教授、立教大学社会学部講師。株式会社毎日新聞社情報調査部副部長、静岡県立大学国際関係学部教授などを歴任した。 慶應義塾大学経済学部に入学。1969年4月、毎日新聞社に入社。1993年4月に静岡県立大学国際関係学部教授に就任。1995年からは大学院国際関係学研究科教授兼務。2009年3月に定年退官。2009年、現在は首都圏を拠点に活動を行うジャーナリスト、ノンフィクション作家である。 1943年10月、岡山県岡山市生。1962年3月、岡山県立岡山操山高校卒、1963年4月、慶應義塾大学経済学部に入学 1969年(昭和44年)3月卒業後、毎日新聞社に入社。
宇野 淑子(うの よしこ、1942年3月18日 - )は、日… 宇野 淑子(うの よしこ、1942年3月18日 - )は、日本のアナウンサー、ジャーナリスト、女優。 東京都立川市出身。戦争疎開で岡山県に移住し、高校卒業まで岡山市(旧都窪郡吉備町)で送る。東京教育大学卒業後、1964年4月、TBSにアナウンサー9期生として入社(同期に石川顯、大沢悠里、小島康臣、平原晋太郎、桝井論平、高階玲子、二村義子、山田照子、吉野好子)。1966年1月、ラジオ局放送部兼テレビ編成局アナウンス部。1967年11月15日、アナウンサー研修室設置に伴いラジオ局第一制作部勤務者兼アナウンサー研修室付に。1969年3月、放送部兼第一制作部兼第二制作部兼アナウンサー研修室付、1970年7月、ラジオ本部アナウンス室、1989年1月、報道総局アナウンス部兼ラジオ総局情報制作局ニュース・情報センター部、1991年5月、アナウンスセンター兼ラジオ制作局にそれぞれ配属。
安宅 敬祐(あたか けいすけ、1942年(昭和17年)1月2… 安宅 敬祐(あたか けいすけ、1942年(昭和17年)1月28日 - 2020年(令和2年)8月29日)は、日本の政治家。階は正五位。岡山県岡山市長(第29・30代)。
近藤 正昭(こんどう まさあき、1941年4月16日 - 2… 近藤 正昭(こんどう まさあき、1941年4月16日 - 2020年6月6日)は、日本の弁護士。NHK総合の法律をテーマにしたバラエティ番組『バラエティー生活笑百科』に1985年4月の放送開始から2010年(平成22年)11月まで出演し、視聴者に親しまれた。
熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月… 熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月21日 ‐ )は、日本の政治家、元厚生官僚。 衆議院議員(4期)、総務政務次官(第2次橋本改造内閣)、内閣府副大臣・内閣総理大臣補佐官(行政改革担当〈第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣〉)、市民の党「自由と責任」代表、岡山市議会議員(通算3期)などを歴任した。 岡山県御津郡一宮村尾上(現・岡山市北区尾上)の農家に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1963年、厚生省(現・厚生労働省)に入省(薬務局薬事課配属)。厚生省では年金局資金課長、大臣官房総務審議官、援護局長等を務める。1969年、ウィスコンシン大学大学院に留学し、政治学修士の学位を取得。
川口 真(かわぐち まこと、1937年11月5日 - 202… 川口 真(かわぐち まこと、1937年11月5日 - 2021年10月20日)は、日本の作曲家、編曲家。兵庫県神戸市出身。本名:川口 眞弘(かわぐち まさひろ)。 幼少期は岡山県倉敷市、岡山市育ち。岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、東京芸術大学に進学した。 東京芸術大学音楽学部楽理科に2年在籍したのち、作曲科へ転科。在学中から越路吹雪のバックバンド「クレール・ド・シャルム」のピアニストとして活動。その傍らでいずみたくの事務所で編曲のアルバイトも行っており、ミュージカル『見上げてごらん夜の星を』で編曲家としてデビュー。そのまま本業となったため、大学は4年で中退。 1966年、ザ・ベンチャーズが作曲した「二人の銀座」(歌:和泉雅子・山内賢)の編曲を担当。
山崎 正友(やまさき まさとも、1936年(昭和11年)11… 山崎 正友(やまさき まさとも、1936年(昭和11年)11月26日 ‐ 2008年(平成20年)12月29日)は、日本の元弁護士。岡山県出身。京都大学法学部卒業。創価学会の元副理事長・創価学会の元顧問弁護士などの役職を務めた。「山友(やまとも)」と略称されることもある。池田大作(名誉会長)が執筆した小説『新・人間革命』の登場人物「山脇友政」のモデルとなる。 1980年(昭和55年)頃に創価学会から除名された。 詳細は「創価学会#創価学会に対する批判」を参照。 1936年(昭和11年)に岡山県で生まれた。岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、1955年(昭和30年)に京都大学法学部に入学。大学入学後に腎臓病を患い入退院を繰り返した。
工藤哲巳(くどう てつみ、1935年2月23日 - 1990… 工藤哲巳(くどう てつみ、1935年2月23日 - 1990年11月12日)は、日本の現代美術家。大阪に生まれ、、少年期を父の出身地青森で暮らし、1945年に父が早世した後、母の郷里岡山で高校までを過ごした。本名は工藤哲美。 祖父は青森県長橋村村長、父は画家の工藤正義。岡山県立岡山操山高等学校在学中に小磯良平に師事。東京藝術大学では林武に師事した。その在学中から、東京都美術館で開催されていた読売アンデパンダン展に出展し注目を浴びた。東野芳明は1960年(第12回展)に出展された工藤の『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』を評し最初に「反芸術」の語を用いている。 1958年、東京藝術大学油画科を卒業。
尾崎 正敏(おざき まさとし、1931年 - 2025年3月… 尾崎 正敏(おざき まさとし、1931年 - 2025年3月5日)は、日本のバスケットボール指導者。元全日本女子バスケットボールチーム監督。元日本バスケットボール協会会長。岡山県出身。 岡山県立岡山操山高等学校卒業後、早稲田大学に進学。大学ではバスケットボール部で選手として活躍。卒業後は大日本紡績(現・ユニチカ)に入社。平野工場女子バスケットボール部で指導者となる。 身長の高い相手でも対応できる「忍者ディフェンス」「マッハ攻撃」を編み出し、オールジャパン8連覇や日本リーグ初代女王など多くのタイトルを総なめにしユニチカ黄金時代を築き上げた。 全日本チームの監督も務め、1965年には第1回アジア選手権準優勝、一時退いた後、コーチとして1970年アジア選手権初優勝、翌年の世界選手権で監督に復帰。
小西 通雄(こにし みちお、1930年1月1日 - )は、日… 小西 通雄(こにし みちお、1930年1月1日 - )は、日本の映画監督・演出家。岡山県備前市出身。東映製作の作品を中心に、数多くの映像作品に携わった。 旧制岡山二中に在学中陸軍航空士官学校に合格、軍事教練では「秀」の好成績を収めていた。その後岡山空襲での被災を経て終戦を迎える。 1954年3月、1年間の留年(しかも大手広告代理店に一度就職する)を経て、同志社大学文学部社会学科新聞学専攻を卒業。大学の同級生には、後に自身が演出する 『アイフル大作戦』『バーディー大作戦』『Gメン'75』にレギュラー出演していた藤木悠がいた。 当初は新聞記者を志したが、映画好きもあって(きっかけは黒澤明監督作品『酔いどれ天使』だという)東映を受験し、1954年4月に東映に入社。
建元 正弘(たてもと まさひろ、1924年1月1日 - 19… 建元 正弘(たてもと まさひろ、1924年1月1日 - 1997年12月27日)は、日本の経済学者。専門は、近代経済学・国際経済学。学位は、経済学博士(大阪大学・1961年)。大阪大学名誉教授。岡山県出身。
石田 寛(いしだ ひろし、1919年3月1日 - 2019年… 石田 寛(いしだ ひろし、1919年3月1日 - 2019年1月22日)は、日本の地理学者、広島大学名誉教授。岡山県出身。 岡山県熊山村(後の熊山町→赤磐市)に生まれ、岡山県第二岡山中学校(後の岡山県立岡山操山中学校・高等学校の前身)から広島高等師範学校地歴科に進み、1940年3月に文科第三部乙を卒業、さらに京都帝国大学文学部で地理学を学んだ。1942年9月、文学部史学科地理学専攻を繰り上げ卒業後、大学院に進んだが、召集を受け10月に中部第48部隊(歩兵第10連隊留守隊)に入隊した。1944年8月兵科見習士官として陸軍中央通信調査部に配属され、アメリカ軍の暗号解読に従事した。1945年1月陸軍少尉に昇進したが、敗戦を受け、9月に召集解除となった。
柴田 錬三郎(しばた れんざぶろう、1917年〈大正6年〉3… 柴田 錬三郎(しばた れんざぶろう、1917年〈大正6年〉3月26日 - 1978年〈昭和53年〉6月30日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家、中国文学者。本名齋藤錬三郎(さいとう れんざぶろう)。代表作に『眠狂四郎』シリーズ、『赤い影法師』『御家人斬九郎』『三国志 英雄ここにあり』などがあり、剣客ブームを巻き起こし、時代小説に新風を送った。「シバレン(柴錬)」の通称でも呼ばれた。 岡山県邑久郡鶴山村(現・備前市)の地主・柴田知太の三男として生まれる。父は日本画家でもあった。3歳で父を亡くしたが、遺された漢籍に親しみ、唐宋詩人の詩を愛吟して育った。 鶴山尋常小学校を卒業後、1929年に旧制岡山県第二岡山中学校に進学。
秋山 長造(あきやま ちょうぞう、1917年3月21日 - … 秋山 長造(あきやま ちょうぞう、1917年3月21日 - 2010年6月2日)は、日本の政治家。元日本社会党参議院議員・参議院副議長。 岡山県出身。1940年に東京大学法学部を卒業し、朝日新聞記者となる。 戦後日本社会党結成に参加。1953年の参院選に岡山県地方区から左派社会党公認で立候補、当選。1955年10月の社会党再統一後は党参議院政策審議副会長・参議院国会対策副委員長を歴任する。1964年に三木行治岡山県知事の死去に伴う知事選に社会党推薦で立候補した。この時、自民党はほとんど同期の参議院議員だった加藤武徳を擁立したため、両者による一騎討ちとなった。二人の立候補により告示日の同年10月18日付で公職選挙法の規定により両者は参議院議員を退職(自動失職)となった。
石田 正典(いしだ まさのり、1915年11月20日 - 2… 石田 正典(いしだ まさのり、1915年11月20日 - 2001年3月27日)は、日本の画家。 1915年11月20日、宮崎県で9人兄弟の5男として生まれる。父親が国鉄に勤務していたことから各地を転々としていた。幼少の頃からカリエスを患うなど病弱で、満足に学校に通うことがままならず、1937年に岡山二中を中退。その後、小林喜一郎の画塾「赤坂洋画研究所」に通い、絵の勉強を始めた。 小林指導の下、画力をつけていくが、二科展では一度も入選する事無く同塾に通っていた中田政夫の勧めで春陽会に出品、1941年に入選を果たす。その後は春陽会への作品出品を続け、1965年には同会の審査員として声がかかるようになった。
松本 一(まつもと はじめ、1915年(大正4年)1月2日 … 松本 一(まつもと はじめ、1915年(大正4年)1月2日 - 1998年(平成10年)1月16日)は、日本の政治家。第27・28代岡山市長。岡山県岡山市出身。 岡山市に生まれる。1933年岡山県第二中学校(現在の岡山県立岡山操山中学校・高等学校)卒業。1944年勲六等瑞宝章を受章。1947年上道郡幡多村助役。1951年同村長。1954年幡多村は岡山市に編入。翌1955年岡山市議会議員に当選。以後、市議を6期務め、副議長、議長に就任。1975年第40代全国市議会議長会会長、就実学園理事長に就任する。1977年紺綬褒章を受章。 1983年5月市長選にて初当選し、第27代岡山市長に就任。日本下水道協会会長 岡山市体育協会会長を務める。
熊谷 尚夫(くまがい ひさお、1914年(大正3年)7月11… 熊谷 尚夫(くまがい ひさお、1914年(大正3年)7月11日 - 1996年(平成8年)6月11日)は、日本の経済学者。専門は、厚生経済学・経済政策。学位は、経済学博士(大阪大学・論文博士・1958年)(学位論文「資本主義経済と雇傭」)。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。位階は従三位。岡山県岡山市生まれ。河合栄治郎門下。
團藤 重光(だんどう しげみつ、1913年〈大正2年〉11月… 團藤 重光(だんどう しげみつ、1913年〈大正2年〉11月8日 - 2012年〈平成24年〉6月25日)は、日本の法学者。専門は、刑法・刑事訴訟法。裁判官。学位は、法学博士(東京大学・論文博士 1962年)。東京大学名誉教授。日本学士院会員、文化功労者。文化勲章受章。位階は正三位。勲等は勲一等。団藤 重光とも表記される。 東京帝国大学法学部助教授、東京大学法学部教授、東京大学法学部学部長、慶應義塾大学法学部教授、最高裁判所判事、社団法人学士会理事長などを歴任した。 山口県生まれ、岡山県育ちの法学者である。専門は刑事法全般に及び、戦後の日本刑事法学の第一人者である。東京帝国大学、東京大学、慶應義塾大学で教鞭を執ったのち、最高裁判所判事に就任した。
団藤 重光(だんどう しげみつ、正字体:團藤、1913年(大… 団藤 重光(だんどう しげみつ、正字体:團藤、1913年(大正2年)11月8日 - 2012年(平成24年)6月25日)は、日本の法学者。岡山県出身(ただし生まれは山口県)。東京大学名誉教授。1974–83年(昭和49–58年)最高裁判所判事。1981年(昭和56年)日本学士院会員。1987年(昭和62年)勲一等旭日大綬章。1995年(平成7年)文化勲章。