川崎 賢子(かわさき けんこ、1956年8月2日 - )は、… 川崎 賢子(かわさき けんこ、1956年8月2日 - )は、日本の文芸・演劇評論家、日本近代文学研究者。学位は、博士(文学)。元立教大学特任教授。早稲田大学現代政治経済研究所招聘研究員、清華大学日本研究センター客員研究員(2021〜)。財団法人日中イノベーションセンター主席研究員(2021〜)。日本大学芸術学部芸術研究所研究員(2024〜) 宮城県生まれ。東京女子大学大学院修士課程修了。在学中、第19次『新思潮』に参加し、『早稲田文学』『思想の科学』『ユリイカ』『幻想文学』などに、久生十蘭・谷譲次・夢野久作・尾崎翠・吉屋信子など昭和初期モダニズムに関する評論を発表。 雑誌『新青年』の共同研究により大衆文学会より受賞した際の「新青年研究会」メンバーの一員である(第2回(1988年)大衆文学研究賞・研究・考証部門を、新青年研究会「新青年読本」(作品社)で受賞)。
三宅 晶子(みやけ あきこ、1953年 - )は、能楽・古典… 三宅 晶子(みやけ あきこ、1953年 - )は、能楽・古典芸能研究者、横浜国立大学名誉教授、奈良大学教授。 愛知県生まれ。1976年東京女子大学国文科卒、84年早稲田大学大学院国文科博士課程中退。1984年早稲田大学国文学会窪田空穂賞受賞。 1985年目白学園女子短期大学専任講師、1990年助教授、1993年横浜国立大学教育学部助教授(のち教育人間科学部)、1998年「能の文学的研究 -世阿弥・元雅・禅竹」で早大から博士(文学)。2002年教授。2003年観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。2010年教育デザイン研究会代表。2019年横浜国大を定年、名誉教授、奈良大学教授となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
戸松 泉(とまつ いずみ、女性、1949年 - )は、日本近… 戸松 泉(とまつ いずみ、女性、1949年 - )は、日本近代文学研究者。学位は、文学博士(名古屋大学・2004年)(学位論文『小説の<かたち>・<物語>の揺らぎ』)。相模女子大学教授。 1971年東京女子大学日本文学科卒、1974年同大学院修士課程修了、1979年前後同助手、1991年頃から相模女子大学助教授、のち教授。2004年『小説の<かたち>・<物語>の揺らぎ』で名古屋大学より文学博士の学位を取得。2011年『複数のテクストへ 樋口一葉と草稿研究』でやまなし文学賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
村田 靖子(むらた やすこ、1945年7月 - )は、日本の… 村田 靖子(むらた やすこ、1945年7月 - )は、日本のヘブライ語、ヨーロッパ文学の研究者、翻訳家。東邦大学教授。専門は英文学、現代ヘブライ語文学。 1968年東京女子大学哲学科卒業、東京都立大学 (1949-2011)大学院ヨーロッパ語文学修士課程修了、同英文学博士課程中退、小池滋、Amorey Gethinに学ぶ。86年弘前大学教養部助教授、91年東邦大学薬学部教授(英語)、2001-02年オックスフォード・ヘブライ・ユダヤ学センター特別研究員。 ノーベル文学賞候補とされるアモス・オズを研究・翻訳するほか、英文学、推理ものなど多数の翻訳がある。
桑原 文子(くわはら あやこ、1945年4月11日 - )は… 桑原 文子(くわはら あやこ、1945年4月11日 - )は、英米演劇研究者、東洋大学名誉教授、俳人。俳人としての名は坂本宮尾。 大連生れ。旧姓・坂本。1968年東京女子大学英文科卒、1971年東京都立大学大学院修士課程修了、ロンドン大学、ケンブリッジ大学で英米演劇を学ぶ。東洋大学教養部助教授、教授。2012年退職、名誉教授。 1966年東京女子大学白塔会で山口青邨の指導を受け俳句を始める。76年夏草新人賞。80年夏草同人。仕事や家庭の事情から作句を中断。90年「夏草」再入会。「天為」、「藍生」創刊とともに参加。93年藍生賞。2004年『杉田久女』で俳人協会評論賞。2015年桂信子賞受賞。 (記名のないものは坂本宮尾名義)
木々 康子(きぎ やすこ、1929年 - )は、日本の作家・… 木々 康子(きぎ やすこ、1929年 - )は、日本の作家・美術史研究者。 1929年、裁判官だった父親の任地先の三重県津市で出生(父親の出生地は富山県氷見市)。東京女子大学で、歴史・哲学を学び、私小説を主とする日本の近代文学に飽き足りず、「日本の近代とは何か」をテーマとして、幕末期から現代までを、膨大な資料を駆使して緻密な長編小説を描く。 特に近代とはまだ呼べなかった「初期の近代日本」の中で、苦闘し、祖国との乖離に傷つく知識人に焦点を当てる。とりわけ明治時代初期に、パリで美術商を営んだ義祖父林忠正については、いくつかの評伝、資料解説を執筆。林忠正研究の第一人者である。義曾祖父に当たるフランス法学者の磯部四郎の生涯も掘り起こした。
青山 なを(あおやま なお、1900年〈明治33年〉7月9日… 青山 なを(あおやま なお、1900年〈明治33年〉7月9日 - 1985年〈昭和60年〉8月1日 )は、日本の文学博士で日本女性史の研究者。 1900年三浦助次郎と静の次女として東京府東京市本所区花町(現:東京都墨田区緑四丁目)に生まれる。東京女子高等師範学校付属高等女学校(現:お茶の水女子大学附属高等学校)から、東京女子大学国文科へ進み、1923年に卒業する。在学中に、垣内松三、沼波瓊音の薫陶を受け、学問史への関心を深めていく。 1928年に東北帝国大学法文学部に入学、村岡典嗣を指導者として日本思想史を研究。1931年に学士試験に合格し、その後、大学院に進学して日本女性精神史を研究する。 安井てつの勧めで、東京女子大学講師に就任。