河田 直人(かわだ なおと、1992年4月15日 - )は、… 河田 直人(かわだ なおと、1992年4月15日 - )は、日本の元プロ野球選手(外野手)。 生光学園高等学校時代は通算27本塁打を放つ。 愛知学院大学に進んだが、早期のNPB入りを目指して2年の途中で中退し、自主トレーニングをしながら独立リーグに進むことを決める。 2012年12月におこなわれた四国アイランドリーグplusのトライアウトを受験。リーグへの入団が内定し、高知ファイティングドッグスから1位指名を受けて入団した。 2013年は開幕戦に3番でスタメン出場。全試合に出場し、打率.276、4本塁打、41打点の成績で打率はリーグ8位であった。2014年は4番を打ち、リーグ3位となる打率.316の成績を残した。
浦野 博司(うらの ひろし、1989年7月22日 - )は、… 浦野 博司(うらの ひろし、1989年7月22日 - )は、静岡県袋井市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
福泉 敬大(ふくいずみ けいた、1988年9月2日 - )は… 福泉 敬大(ふくいずみ けいた、1988年9月2日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(投手)。
江口 亮輔(えぐち りょうすけ、1984年8月12日 - )… 江口 亮輔(えぐち りょうすけ、1984年8月12日 - )は、愛知県清須市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 愛知県一宮市の大成高校(大成高校の野球部は江口の代で廃部)出身。高校時代は打者としても高い評価を受けたが、腰痛を抱えており、投手としてフル稼働できる状態ではなかったことも一因であった。 愛知学院大学にはセレクションで入学。同校の野球部寮では当時4年生でエースだった筒井和也と相部屋だった。2005年、3年時の第54回大学選手権で初戦救援登板したが平野佳寿投手擁する京産大に12奪三振完投で敗れる。同年秋は第36回明治神宮大会2回戦で先発し、高市俊投手擁する青学大相手に6回2失点で交代もチームはサヨナラ勝ちして準決勝進出。
筒井 和也(つつい かずや、1981年10月5日 - )は、… 筒井 和也(つつい かずや、1981年10月5日 - )は、愛媛県伊予市出身の元プロ野球選手(投手)、阪神タイガースのスカウト。 愛媛県立松山北高等学校では2年夏からベンチ入りし、2年秋からはエースとなった。愛知学院大学では1年秋に明治神宮大会で登板、2年生の時に出場した大学選手権2回戦で対戦した久保裕也が投げる東海大に対し敗れたものの、大会記録となる8者連続奪三振を達成し敢闘賞に選ばれた。2年秋は最多勝で明治神宮大会では前年優勝の慶大に完封しベスト4。3年春はMVPも大学選手権は初戦敗退、秋は神宮大会初戦敗退。愛知大学野球リーグでは24連勝を記録し、6季連続優勝に貢献した。大学での通算成績は29勝4敗、防御率1.04、特別賞2回、最優秀防御率1回、ベストナイン3回。
木村 昇吾(きむら しょうご、1980年4月16日 - )は… 木村 昇吾(きむら しょうご、1980年4月16日 - )は、大阪府大阪市城東区出身のプロ野球選手(内野手・外野手、育成選手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。
村西 辰彦(むらにし たつひこ、1978年10月8日 - )… 村西 辰彦(むらにし たつひこ、1978年10月8日 - )は、滋賀県出身の元プロ野球選手(外野手)。
磯村 秀人(いそむら ひでと、1977年8月9日 - )は、… 磯村 秀人(いそむら ひでと、1977年8月9日 - )は、元社会人野球の選手(投手)。 徳島県美馬郡穴吹町出身。池田高校では甲子園に出場できなかったが、愛知学院大学に進学すると広瀬繁(その後新日本石油ENEOS)と2枚看板として先発で起用され、大学2年次の1997年から3年連続でリーグ戦を制して全日本選手権に出場した。愛知大学リーグ通算成績は10勝6敗で、4年春には最優秀防御率とベストナインを受賞している。 大学卒業後の2000年に東芝に入社。背番号17が与えられ、同年の都市対抗には日産自動車の補強選手として出場した。2001年は抑えを任され、日本選手権ではチームも準優勝している。しかし一方でレベルの高い神奈川県内の試合で打ち込まれ、登板するのが怖くなったという。
牧田 勝吾(まきた しょうご、1974年4月13日 - )は… 牧田 勝吾(まきた しょうご、1974年4月13日 - )は静岡県出身のオリックス・バファローズに所属していた元プロ野球選手。
西本 欣司(にしもと きんじ。1966年11月24日 - )… 西本 欣司(にしもと きんじ。1966年11月24日 - )は、神奈川県出身のプロ野球審判員。セ・リーグ袖番号は1990年採用から2003年までは35、2004年以降は7。 武相高等学校から愛知学院大学を経て、1990年にセ・リーグ審判部に入局した。同年はセ・リーグにおける審判4人制がスタートした年であり、55歳以上のベテラン審判の大半が引退した中で新規採用された一人である。 2005年には審判員奨励賞を受賞。オールスター出場3回(2003年、2008年、2015年。2008年第1戦で球審)。日本シリーズ出場4回(2009年、2012年、2017年、2021年。2009年第4戦、2012年、2017年第3戦、2021年第5戦で球審)。
益田 明典(ますだ あきのり、1965年9月23日 - )は… 益田 明典(ますだ あきのり、1965年9月23日 - )は、宮崎県都城市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。左投左打。 2019年2月6日より、愛知学院大学硬式野球部の監督を務める。 都城西高から愛知学院大学に進学。愛知大学リーグでは4年時に2季連続でリーグ優勝に貢献し、最優秀選手とベストナインに選ばれた。明治神宮大会では初戦で近大の山内嘉弘と投げ合って完投勝利。リーグ戦通算35試合登板、23勝7敗、防御率1.95。1987年のNPBドラフト会議で読売ジャイアンツから5位指名を受け入団した。背番号は33。 プロ1年目の1988年に一軍初登板を含む2試合、2年目の1989年に3試合に登板しただけで、その後は一軍登板はなく1991年に現役を引退。
迫丸 金次郎(さこまる きんじろう、1951年7月27日 -… 迫丸 金次郎(さこまる きんじろう、1951年7月27日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。1978年より登録名を迫丸 公勝(さこまる こうしょう)としている。 熊本第一工業高等学校では1969年夏の甲子園県予選準決勝で熊本工に敗退、中九州大会には進めなかった。 卒業後は愛知学院大学へ進学し 同大学野球部所属。愛知大学リーグでは、1年春のリーグ戦で新人賞に選ばれた。同郷同期のエース小林秀一を擁し、1973年春季リーグで優勝を飾る。同年の全日本大学野球選手権大会でも3本塁打の活躍で初めて決勝に進出するが、中大の田村政雄に抑えられ敗退、準優勝にとどまる。同年の第2回日米大学野球選手権大会日本代表にも小林とともに選出された。
三浦 政基(みうら まさき、1949年11月17日 - )は… 三浦 政基(みうら まさき、1949年11月17日 - )は、宮崎県児湯郡都農町出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ、解説者。 日向工業高校卒業後の1968年にトヨタ自動車へ入社するが、1年で退社して1969年に愛知学院大学へ進学。愛知大学リーグでは中京大の後塵を拝し、在学中2位4回にとどまり優勝には届かなかった。1学年下に小林秀一投手がいた。 1972年春季には敢闘賞を受賞し、リーグ通算28試合登板で8勝5敗を記録。 同年のドラフト2位で東映フライヤーズに入団。 1973年から一軍で起用され、7月には初先発を果たす。同年は右オーバースローの小気味いいノーワインドアップ投法で、カーブを決め球に1完投を含む6勝を挙げ、その後も主に中継ぎとして活躍する。
金田 留広(かねだ とめひろ、1946年11月17日 - )… 金田 留広(かねだ とめひろ、1946年11月17日 - )は、愛知県名古屋市北区出身の元プロ野球選手(投手)。