篠原 徹(しのはら とおる、1945年 - )は、日本の民俗… 篠原 徹(しのはら とおる、1945年 - )は、日本の民俗学者。国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授、滋賀県立琵琶湖博物館館長、人間文化研究機構理事。専門は民俗学、生態人類学。 1945年、中国吉林省長春市生まれ。1969年、京都大学理学部植物学科を卒業。1971年、京都大学文学部史学科を卒業。 岡山理科大学助教授となった。1987年、国立歴史民俗博物館助教授となる。1995年、学位論文『海と山の民俗自然誌 - 海村・山村の生活に関する生態学的視点』を筑波大学に提出して文学博士の学位を取得。1996年、同博物館教授に昇進。2010年、国立歴史民俗博物館を定年退職し、名誉教授となった。
武田 雅子(たけだ まさこ、1945年〈昭和20年〉 - )… 武田 雅子(たけだ まさこ、1945年〈昭和20年〉 - )は、日本のアメリカ文学者、大阪樟蔭女子大学名誉教授。 1968年京都大学文学部国文科卒、1970年同英文科卒、1972年同大学院文学研究科修士課程修了、三重大学助手、1973年専任講師、1976年助教授、1984年教授、1991年大阪樟蔭女子大学学芸学部教授。
眞鍋 俊二(まなべ しゅんじ、1945年 - )は、日本の歴… 眞鍋 俊二(まなべ しゅんじ、1945年 - )は、日本の歴史学者、国際政治学者。 京都大学法学部卒。名古屋大学大学院法学研究科修士・博士課程を修了後、同大学助手。1977年、関西大学法学部専任講師に就任。同助教授を経て、1987年に関西大学教授となった。松永財団学術研究奨励賞(1976年度)を受賞。 日本国際政治学会、日本政治学会、日本平和学会
森田 三郎(もりた さぶろう、1945年 - )は、日本の民… 森田 三郎(もりた さぶろう、1945年 - )は、日本の民俗学者。甲南大学文学部社会学科名誉教授。 京都府出身。京都大学大学院博士課程修了後、長崎大学教養部助教授、甲南大学文学部社会学科教授を歴任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山田 弘明(やまだ ひろあき、1945年 - )は、名古屋大… 山田 弘明(やまだ ひろあき、1945年 - )は、名古屋大学名誉教授。専攻はデカルト研究。 中国・長春市生まれ。京都大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程中退。野田又夫、藤沢令夫門下。1995年「デカルト『省察』の研究」で京都大学から博士(文学)。名古屋市立大学助教授、名古屋大学文学部助教授、教授を務め、2008年に定年退任し名誉教授。名古屋文理大学情報文化学部教授も務めた。2023年、瑞宝中綬章受章。
横山 博(よこやま ひろし、1945年 - )は、ユング派の… 横山 博(よこやま ひろし、1945年 - )は、ユング派の心理学者・精神科医、甲南大学名誉教授。 石川県生まれ。1970年京都大学医学部卒業、精神医学を専攻。精神病院勤務のかたわらユング心理学を研究。1983年から二回にわたってチューリッヒ・ユング研究所に学び、89年ユング派分析家の資格を取得。病院勤務をつづけながら横山分析心理研究所を開設。1995年甲南大学文学部教授。2011年退任、名誉教授。
東樋口 護(とうひぐち まもる、1945年 - )は日本の工… 東樋口 護(とうひぐち まもる、1945年 - )は日本の工学者、公立鳥取環境大学教授。奈良県生駒郡平群町出身、京都市在住。
池内 了(いけうち さとる、1944年12月14日 - )は… 池内 了(いけうち さとる、1944年12月14日 - )は、日本の天文学者、宇宙物理学者。総合研究大学院大学名誉教授、名古屋大学名誉教授。理学博士(京都大学)(1975年)。兵庫県姫路市出身。 世界平和アピール七人委員会の委員でもある。「九条科学者の会」呼びかけ人も務めている。講談社科学出版賞選考委員。Japan Skeptics運営委員。 宇宙の進化、銀河の形成などを研究。また、科学と現代社会の関わりについて広く考察し、科学技術の無秩序な発展に警鐘を鳴らす。『疑似科学入門』(2008年)などの著書がある。
岩城 見一(いわき けんいち、1944年12月8日 - )は… 岩城 見一(いわき けんいち、1944年12月8日 - )は、日本の美学者、京都大学名誉教授、前京都国立近代美術館館長。専門は美学(感性論)、芸術学。 1968年京都大学文学部哲学科美学美術史卒業。1973年同大学院文学研究科博士課程美学美術史学単位取得退学、京大助手、1976年京都市立芸術大学講師、1982年助教授、1987-1988年西ドイツ・ボッフムで研究、1990年京大文学部助教授、1995年教授、2006年定年退任、名誉教授、京都国立近代美術館館長。2009年退任。 NAID 110006558161
今井弘道(いまい ひろみち、1944年10月28日 -202… 今井弘道(いまい ひろみち、1944年10月28日 -2023年10月15日 )は、日本の法学者(法哲学・法思想史)。北海道大学名誉教授。元東アジア法哲学学会理事長。中国・上海市出身。 1970年3月京都大学法学部卒業。1973年3月名古屋大学大学院法学研究科修士課程修了。1974年7月、京都大学大学院法学研究科博士課程中退。 1974年7月、同法学部助手。1977年6月、新潟大学法文学部専任講師。1978年4月、同法文学部助教授。1979年8月、北海道大学法学部助教授。1982年4月、同法学部教授。2001年4月、同大学院法学研究科教授。2008年3月31日、同定年退官。2008年4月、北海道大学名誉教授。
依田 博(よだ ひろし、1944年10月21日 - )は、日… 依田 博(よだ ひろし、1944年10月21日 - )は、日本の政治学者。神戸大学名誉教授。京都女子大学教授。専門は、政治学・比較政治学。 東京都出身。1968年成蹊大学政治経済学部を卒業。1970年京都大学大学院法学研究科修士課程修了、1974年京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。 カルフォルニア工科大学客員研究員、ニュー・ハンプシャー大学客員研究員、在ウィーン日本大使館大使館付外交官等を経て神戸大学国際文化学部・同大学院総合人間科学研究科教授を歴任。2011年京都文教大学現代社会学部教授。2013年京都文教大学総合社会学部教授、京都文教大学人間学研究所所長。神戸大学名誉教授。
高田 公理(たかだ まさとし、本名・高田康孝 1944年10… 高田 公理(たかだ まさとし、本名・高田康孝 1944年10月1日 - )は、日本の生活文化学者、武庫川女子大学名誉教授。元佛教大学教授。 1944年、京都市生まれ。京都大学理学部で学び、1968年に卒業した。 広告制作業を経営した後、1976年にシー・ディー・アイ(文化をテーマとするシンクタンク・京都市中京区)に入社、主任研究員となった。1982年、愛知学泉大学専任講師に就いた。1987年に教授に昇任。1992年より武庫川女子大学教授。1999年、学位論文『生活文化と世相の変容にかんする研究 20世紀日本の高度経済成長期を中心に』を総合研究大学院大学に提出して学術博士の学位を取得。 2009年からは佛教大学教授として教鞭をとり、2015年に定年退職した。
今福 道夫(いまふく みちお、1944年8月30日 - )は… 今福 道夫(いまふく みちお、1944年8月30日 - )は、日本の動物行動学者、京都大学名誉教授。 東京都生まれ。1968年東京農工大学農学部卒、1974年京都大学大学院理学研究科動物学博士課程中退、1976年「ウミサボテンの活動リズムのメカニズムについて」で理学博士。1979年京都大学理学部助手、1994年理学研究科助教授、2001年教授。2008年定年退官、名誉教授となる。
室﨑 益輝(むろさき よしてる、1944年(昭和19年)8月… 室﨑 益輝(むろさき よしてる、1944年(昭和19年)8月21日 - )は、日本の防災工学者。 兵庫県に生まれる。1967年(昭和42年)京都大学工学部建築学科卒業。のち同大学大学院工学研究科修士課程修了。 神戸大学都市安全研究センター教授、独立行政法人消防研究所理事長、関西学院大学災害復興制度研究所長、神戸大学名誉教授、ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長、兵庫県立大学防災教育研究センター長、ひょうごボランタリープラザ所長、海外災害援助市民センター副代表などを歴任した。 学会等では日本火災学会会長、日本災害復興学会会長、地区防災計画学会会長、消防審議会会長などを歴任した。 受賞歴に日本火災学会賞、日本建築学会賞、都市住宅学会賞、防災功労者内閣総理大臣表彰、兵庫県社会賞、第70回NHK放送文化賞などがある。
三品 昌美(みしな まさよし、1944年7月24日 - )は… 三品 昌美(みしな まさよし、1944年7月24日 - )は、日本の医化学者、神経生理学者。 主な業績はシナプス分子と記憶・学習に関する研究で、グルタミン酸受容体の仕組みの発見など、脳の記憶や学習機能の解明に貢献した。 滋賀県守山市出身。工学博士(京都大学、1977年)。 滋賀県立膳所高等学校卒業。1971年、京都大学工学部工業化学科卒業。1976年、京都大学大学院工学研究科博士課程単位修得退学。 1978年、ドイツ・エアランゲン=ニュルンベルク大学生化学研究所 研究員。1980年、スイス・チューリッヒ大学分子生物学研究所 研究員。 1981年、京都大学医学部 助教授。1990年、新潟大学脳研究所 教授。
二宮 正夫(にのみや まさお、1944年7月17日 - )は… 二宮 正夫(にのみや まさお、1944年7月17日 - )は、日本の物理学者。専門は素粒子物理学。京都大学名誉教授。第64期日本物理学会会長。理学博士。 1979年に京都大学理学部物理学科を卒業後、名古屋大学大学院物理研究科素粒子理論専攻の博士課程を修了した。ニールス・ボーア研究所、ラザフォード研究所、ブラウン大学で研究に従事した後、1987年に東京大学原子核研究所の助教授に着任した。1991年に京都大学基礎物理学研究所の教授に転任し、2008年に同大学を定年退官した。同年に岡山光量子科学研究所の所長に着任し、2016年度末に廃止されるまで所長を務めた。また、2008年9月から1年間、第64期日本物理学会会長を兼務した。
片柳 栄一(かたやなぎ えいいち、1944年7月 - )は、… 片柳 栄一(かたやなぎ えいいち、1944年7月 - )は、日本の宗教哲学者、京都大学名誉教授。 1944年生まれ。京都大学文学部に入学し、哲学科基督教学専攻で学んだ。1967年に卒業し、京都大学大学院文学研究科宗教学(基督教学)専攻に進んだ。1972年3月、博士後期課程を単位取得退学。 その後、関西学院大学助教授に就いた。神戸大学教養部助教授に転じ、後に同大学国際文化学部教授に昇格。1996年、学位論文『初期アウグスティヌス哲学の形成』を京都大学に提出して文学博士号を取得。1998年、京都大学文学研究科教授に転じた(1998年度は神戸大学と併任)。2008年、京都大学を定年退任し、名誉教授となった。
櫻田 嘉章(さくらだ よしあき、1944年6月13日 - )… 櫻田 嘉章(さくらだ よしあき、1944年6月13日 - )は、日本の法学者。専門は国際私法。弁護士。京都大学名誉教授。元甲南大学法科大学院教授。 大阪府出身。父は憲法学者で関西大学名誉教授の桜田誉。溜池良夫門下。1993年から2000年までの間、旧司法試験考査委員(国際私法)を務めた。
村上 武則(むらかみ たけのり、1944年6月5日 - )は… 村上 武則(むらかみ たけのり、1944年6月5日 - )は、日本の法学者。専門は行政法。ドイツ行政法学、特に給付行政理論が主な研究対象。学位は、博士(法学)(京都大学・論文博士・2005年)。大阪大学名誉教授(大学院高等司法研究科)。元近畿大学法科大学院教授。2003年以降、国家公務員採用I種試験(行政法)の考査委員。杉村敏正門下。広島県出身。
矢野道雄(やの みちお、1944年6月 - )は、日本の数学… 矢野道雄(やの みちお、1944年6月 - )は、日本の数学者、インド数学・インド占星術研究者、京都産業大学名誉教授。 京都府福知山市生まれ。1967年京都大学文学部印度哲学科卒、1972年同大学院梵語梵文学博士課程中退(専攻はインド学および科学史)、薮内清等に師事。主として古代インドを軸に、科学史から天文学・数学・占星術の進展研究・原典訳を行っている。 1973年京都産業大教養部講師、1977年助教授、1979年同・国際言語科学研究所助教授、1984年に教授、のち所長(第9代)。2000年に同文化学部教授に異動、2010年4月定年退任し特任教授。2015年4月に退職し名誉教授。 1996年「クーシュヤールの占星術書写本の校訂研究」で文学博士(京大)。
中森 喜彦(なかもり よしひこ、1944年5月11日 - )… 中森 喜彦(なかもり よしひこ、1944年5月11日 - )は、日本の法学者。専門は刑法。京都大学名誉教授、近畿大学名誉教授。法科大学院協会副理事長。 奈良県奈良市出身。学説は行為無価値(京大の教授は伝統的に行為反価値と呼ぶ)の立場に立つ。 著書『刑法各論』は簡潔だが名著として広く読まれている。『刑法総論』については出版する気が乏しいことを講義中などに度々述べていた。
川端 正久(かわばた まさひさ、1944年5月2日 - )は… 川端 正久(かわばた まさひさ、1944年5月2日 - )は、日本の政治学者。龍谷大学名誉教授。専門は国際政治学、アフリカ政治論。 大阪府にて出生。1967年京都大学法学部(法律学)卒業。1972年、京都大学大学院法学研究科(政治学)修士課程修了。名古屋大学にて博士(法学)。 舞鶴工業高等専門学校助教授を経て、1980年龍谷大学法学部助教授、1981年教授。2000年学部長。2013年定年退職。この間、1982年ダルエスサラーム大学研究員、1988年客員教授。
深江 誠子(ふかえ まさこ、1944年4月16日 - )は、… 深江 誠子(ふかえ まさこ、1944年4月16日 - )は、日本の社会学者。元平安女学院大学女性学研究センター長。専門は経済学、社会学、女性学。 大阪府堺市出身。住友化学人事部勤務を経て、1970年立命館大学経済学部卒業。京都大学大学院農学研究科1973年修士課程修了、1979年同博士課程満期退学。2010年まで平安女学院大学女性学研究センター長。 日本テレビで放送されていた「おもいッきりテレビ」でコメンテーターを務めていた時期がある。 性教育の研究で知られる。フェミニスト。新しい歴史教科書を作る会の考え方に賛成のようである[要出典]。急進左派的な発言が目立つ[要出典]。 環境問題に対しても詳しく、「シャンプーは髪を傷めるので、二日に一度程度しかしない。
加来 祥男(かく さちお、1944年3月26日 - )は、経… 加来 祥男(かく さちお、1944年3月26日 - )は、経済史学者。九州大学名誉教授。 東京都生まれ。1967年京都大学経済学部卒業。1972年東京大学大学院経済学研究科応用経済学専攻博士課程中退。1972年滋賀大学経済学部助手、1974年講師、1976年助教授。1979年北海道大学経済学部助教授。1987年「ドイツ化学工業史序説」で経済学博士(東京大学)。1988年北海道大学経済学部教授。1996年九州大学経済学部教授、2000年同大学大学院経済学研究院教授。2004年ドイツ・シーゲン大学客員教授。2007年福岡工業大学社会環境学部教授、同大学大学院社会環境学研究科教授。 この間、1976-1977年ドイツ・ボーフム大学、1987-1988年ドイツ・ケルン大学で在外研究。
渡辺 恒雄(わたなべ つねお、1944年2月19日 - )は… 渡辺 恒雄(わたなべ つねお、1944年2月19日 - )は、日本の電気工学者。 研究テーマは、プラズマ、有毒ガス処理、電気集塵、電気化学、磁気分離工学。電気学会、静電気学会、日本エアロゾル学会、電気化学会に所属。
大橋 良介(おおはし りょうすけ、1944年2月8日 - )… 大橋 良介(おおはし りょうすけ、1944年2月8日 - )は、日本の哲学者、美学者、元大阪大学文学部教授、京都工芸繊維大学名誉教授。 龍谷大学の特任教授であった時、大阪大学の女子大学院生へのセクハラ疑惑が持ち上がり龍谷大学を解雇される。大橋は解雇が不当であるとして龍谷大学を訴えた。裁判の結果、2013年1月29日に京都地裁が、2014年3月5日に大阪高裁が、それぞれ大橋に対する処分を「無効」と判決を下した。この判決を受けて、龍谷大学は最高裁への上告を断念し、大橋に対して特任教授期間3年分の退職金を支払うこととなった。 京都市生まれ。1969年京都大学文学部哲学科卒、74年ミュンヘン大学文学部哲学科博士課程修了、哲学博士。
富野 暉一郎(とみの きいちろう、1944年〈昭和19年〉2… 富野 暉一郎(とみの きいちろう、1944年〈昭和19年〉2月2日 - )は、日本の社会運動家、福知山公立大学副学長、龍谷大学名誉教授。元逗子市長。専門は地方自治。 在日米軍施設である池子弾薬庫跡地への住宅建設に反対する住民運動に推されて、1984年に市長となった。1992年に次期市長選への不出馬を表明して退任し、その後は、島根大学教授、龍谷大学教授を歴任した。 1944年、当時は横須賀市の一部となっていた神奈川県逗子の旧家に長男として生まれる。小学生の頃から天文学を志し、京都大学理学部宇宙物理学科へ進み、1966年に卒業して、さらに東京大学大学院理学系研究科で天文学を専攻したが、1973年には博士課程中退に至った。
松井 三郎(まつい さぶろう、1944年1月29日 - )は… 松井 三郎(まつい さぶろう、1944年1月29日 - )は、日本の環境工学者。『地球温暖化問題に関する懇談会』委員。京都大学名誉教授。
彦坂 正道(ひこさか まさみち、1944年1月11日 - )… 彦坂 正道(ひこさか まさみち、1944年1月11日 - )は、日本の物理学者。専門は高分子物理学。超高性能プラスチックの研究で知られる。広島大学名誉教授。 父は原子核物理学者で新潟大学名誉教授の彦坂忠義。兄は社会評論家、翻訳家、社会運動家の彦坂諦。母方の祖父は西洋史学者の阿刀田令造。 厚さ10分の数mm。透明で成形しやすく、自動車の車体やガラスの代用品などとして応用が見込める。通常のプラスチックとほぼ同じ値段ででき、不純物がないためリサイクルしやすい利点がある。従来のポリプロピレンより、引っ張り強度が7倍以上の230MPaに増していた。この強度は同じ重さの鉄鋼の2〜5倍という。自動車の車体を鉄鋼でなく今回の素材に置き換えると、コストが全体の3分の1から4分の1で済む。
桂 紹隆(かつら しょうりゅう、1944年1月9日- )は、… 桂 紹隆(かつら しょうりゅう、1944年1月9日- )は、日本の仏教学者。広島大学名誉教授。 滋賀県生まれ。1966年京都大学文学部卒、同大学院修士課程修了。1974年トロント大学博士課程修了、A study of Harivarman's Tattvasiddhi でPh.D.。1987年「インド論理学における遍充概念の生成と発展 チャラカ・サンヒターからダルマキールティまで」で京都大学文学博士。1977年ミシガン大学招聘講師、オックスフォード大学客員研究員、広島大学文学部講師、助教授、1989年教授。2004年広島大学を退職し名誉教授、同年に龍谷大学文学部教授を経て龍谷大学アジア仏教文化研究センター長。
三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、… 三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、技術士(建設部門)、博士(工学)。元運輸省第一港湾建設局長。 この他に、新潟県港湾審議会計画部会長、むつ小川原開発株式会社常務取締役、財団法人国際臨海開発研究センター調査役を務め、複数の大学で非常勤講師としても活動した。また、北東アジア貿易回廊構想を提唱した。 株式会社新潟国際海運の取締役及びその子会社であるNAFJ PANAMA INCの役員を務めており、日本海横断航路計画に関するフェリー契約トラブルに関わった。
田口宏昭(たぐち・ひろあき、1944年 - )は、日本の社会… 田口宏昭(たぐち・ひろあき、1944年 - )は、日本の社会学者。熊本大学名誉教授。専門は医療社会学、死の社会文化論。大阪府出身。
藤井 信吾(ふじい しんご、1944年 - )は、日本の医学… 藤井 信吾(ふじい しんご、1944年 - )は、日本の医学者。医学博士(京都大学・1981年)。京都大学名誉教授(医学)。社会医療法人岡本病院(財団)理事長。 1963年広島大学附属福山中学校・高等学校卒業。1971年に京都大学医学部を卒業して、1985年京都大学医学部講師となる。その後、ジョンズ・ホプキンズ大学に留学し、1991年信州大学医学部教授、1997年には京都大学医学部婦人科学産科学教室教授に着任する。2004年には、日本産科婦人科学会会長となり、また、国際婦人科腫瘍学会の理事も歴任した。その後、国立病院機構京都医療センター院長を経て、公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院院長となった。
金子 之史(かねこ ゆきぶみ、1944年 - )は、日本の哺… 金子 之史(かねこ ゆきぶみ、1944年 - )は、日本の哺乳類学者。香川大学名誉教授。専門は、日本内外に棲息する家ネズミ・野ネズミ。 1944年千葉県出身。1967年京都大学理学部動物学科卒業、同大学院理学研究科動物系統学コース修士課程入学。1972年京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。大学院時代は徳田御稔、田隅本生の指導を受ける。1974年京都大学より理学博士の学位を取得。学位論文の題は「ハタネズミの繁殖,成長,および地理的変異」。香川大学教育学部教授。1996〜2002年の6年間は香川大学教育学部附属坂出小学校長・幼稚園長を兼務。1987年から2004年まで日本哺乳類学会評議員を務めた。
小林 道憲(こばやし みちのり、1944年 - )は、日本の… 小林 道憲(こばやし みちのり、1944年 - )は、日本の哲学者。元福井大学教育学部教授。専攻は、哲学・文明論。現代の批判的考察から生命論的世界観を構築。 1963年から1972年まで、京都大学文学部、同大学院文学研究科で哲学(西洋哲学史)を専攻。 1972年から2010年まで、福井大学教育学部(後の教育地域科学部)で講師、助教授、教授、および、同大学大学院教育学研究科教授。 1999年から2011年まで、麗澤大学比較文明文化研究センター客員教授。 この哲学者は、現代の思想的状況を批判的に考察するところから思索をスタートさせ、その後、現代の対極にある古代人の世界観を探っていった。そして、そこから「大地と生命の永遠」という思想を導き出し、それを足場に、自然、倫理、歴史、芸術、宗教、存在、認識、文明などについて思索しながら、生命論的世界観を構築してきた。
中村 行宏(なかむら ゆきひろ、1944年 - )は、日本の… 中村 行宏(なかむら ゆきひろ、1944年 - )は、日本の通信工学者。京都情報大学院大学教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
西田 正規(にしだ まさき、1944年 - )は、日本の人類… 西田 正規(にしだ まさき、1944年 - )は、日本の人類学者、筑波大学名誉教授。 京都府生まれ。京都大学理学部人類学科卒、同大学院博士課程退学(自然人類学)。1980年「縄文時代の食料資源と生業活動 鳥浜貝塚の自然遺物を中心として」で理学博士。京都大学霊長類研究所を経て、筑波大学助教授、教授となる。2007年定年退任、名誉教授。
平野 嘉彦(ひらの よしひこ、1944年 - )は、ドイツ文… 平野 嘉彦(ひらの よしひこ、1944年 - )は、ドイツ文学者、東京大学名誉教授。フランツ・カフカなど幻想的な作家を専門とする。 1967年京都大学文学部卒業、1971年同大学院文学研究科独文学博士課程中退、大阪府立大学教養部助手(ドイツ語)、1975年同志社大学文学部専任講師(ドイツ語)、1979年助教授、1988年京大教養部助教授(ドイツ語)、1992年10月京大総合人間学部教授、1997年東大人文社会系研究科教授、2005年定年退任、名誉教授。
尹 健次(ユン・コォンチャ、윤 건차、1944年 - )は、… 尹 健次(ユン・コォンチャ、윤 건차、1944年 - )は、在日朝鮮人2世の政治学者・思想史家、神奈川大学名誉教授。近代日朝関係史、思想史専攻。 京都府出身。京都大学卒業。東京大学大学院博士課程修了。1981年「朝鮮近代教育の思想と構造」で教育学博士。2015年3月まで神奈川大学外国語学部教授。在日総合誌『抗路』編集者。
五百籏頭 真(いおきべ まこと、1943年(昭和18年)12… 五百籏頭 真(いおきべ まこと、1943年(昭和18年)12月16日 - )は、日本の政治学者・歴史学者、熊本県立大学理事長、神戸大学名誉教授。五百旗頭、眞とも表記される。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。神戸大学大学院教授、防衛省防衛大学校長、日本政治学会理事長、日本学術会議会員を歴任。文化功労者。サントリー学芸賞、吉田茂賞、吉野作造賞などを受賞。
大谷 謙治(おおたに けんじ、1943年12月3日 - )は… 大谷 謙治(おおたに けんじ、1943年12月3日 - )は、日本の経営者、工学博士。フジテック社長、会長を務めた。同社創業者・内山正太郎の娘婿。 大阪府出身。1966年に京都大学工学部電子工学科を経て、1971年に京都大学大学院工学研究科博士課程を修了。京都大学工学部情報工学科助手での勤務を経て、1974年4月にフジテックに入社。1977年12月に取締役に就任し、1978年12月に常務、1980年10月に専務を経て、1981年12月に副社長に就任し、1998年4月には社長に昇格。2002年6月に会長を経て、2009年6月には相談役に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
テレザ・イマニシ=カリ(Thereza Imanishi-K… テレザ・イマニシ=カリ(Thereza Imanishi-Kari、1943年12月1日 - )は、ブラジル出身のアメリカ合衆国の病理学者である。 マサチューセッツ工科大学の教員だったときにデビッド・ボルティモアと共著した1986年の論文において、不正行為を犯したと主張された「ボルティモア事件」でよく知られている。一連の調査の結果、彼女は1996年に潔白が証明された。 ブラジル・サンパウロの近くのインダイアツーバ出身で、サンパウロ大学で生物学の学士号を取得した。その後、日本の京都大学、フィンランドのヘルシンキ大学で免疫学を学び、Ph.D.を取得した。 彼女の研究は免疫学、特に自己免疫疾患の根底にある分子生物学や細胞生物学を理解することに焦点を当てている。
中辻 博(なかつじ ひろし、1943年11月21日 - )は… 中辻 博(なかつじ ひろし、1943年11月21日 - )は、日本の理論化学者。専門は量子化学。NPO法人量子化学研究協会研究所(2006年設立)所長(理事長、第一部門長)。京都大学名誉教授。大阪府生まれ。 中辻は米澤貞次郎(1923年 - 2008年。京都大学)の弟子である。米澤は福井謙一の門下生であるため、福井の孫弟子にあたる。 2000年代、中辻は原子および分子(すなわちクーロン相互作用の系)についてのシュレディンガー方程式とディラック方程式を解くための一般的な方法を開発した。これは解析的な手法であり、波動関数のためのIterative Complement Interaction(ICI、繰り返し完員関数相互作用)またはFree Complement(FC)法(自由完員関数理論)を含む。
福井 勝義(ふくい かつよし、1943年11月18日- 20… 福井 勝義(ふくい かつよし、1943年11月18日- 2008年4月26日)は、日本の文化人類学者。京都大学名誉教授。 1943年、島根県生まれ。京都大学大学院農学研究科農林生物学修士課程を修了し、博士課程に進み単位取得後退学。その後、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究員に就いた。1973年、学位論文『エチオピアの栽培植物の呼称の分類とその史的考察』を京都大学に提出して農学博士号を取得。 国立民族学博物館助教授を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2007年に京都大学を定年退任し、名誉教授となった。 2008年4月26日、急性心不全のため京都市左京区の病院で死去。64歳没。
須藤 靖明(すどう やすあき、1943年10月14日 - 2… 須藤 靖明(すどう やすあき、1943年10月14日 - 2018年7月15日)は、日本の火山学者。東京都出身。京都大学大学院を修了し、同大学の助教授を務めた。阿蘇山について長年研究したことで知られる。2007年に退官後は阿蘇火山博物館の学術顧問を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
畠山 重篤(はたけやま しげあつ、1943年10月7日 - … 畠山 重篤(はたけやま しげあつ、1943年10月7日 - 2025年4月3日)は、日本の養殖漁業家、エッセイスト、京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授。「牡蠣の森を慕う会」」(現「特定非営利活動法人森は海の恋人」)の代表を務めた。 中国・上海に生まれる。父親は会社員だったが、第二次世界大戦終戦後、故郷の舞根()(宮城県唐桑町)へ戻り牡蠣養殖を始めた。周辺に子供が少なく、重篤は海川でハゼ釣りや小エビ捕り、山でキジを追う少年時代を送った。1962年、宮城県気仙沼水産高等学校卒業。家業である牡蠣養殖を継ぎ、北海道から種貝を取り寄せて、宮城県では初めて帆立の養殖に成功した。 日本は高度経済成長期を迎えていた1964年頃から、舞根を含む気仙沼湾沿岸では生活排水で海が汚染されて赤潮が発生するようになり、それに染まって売り物にならない「血ガキ」が相次ぎ、廃業する漁師が続出するようになった。
山口三十四(やまぐち みとし、1943年10月6日 - )は… 山口三十四(やまぐち みとし、1943年10月6日 - )は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授。 京都府生まれ。1967年京都大学農学部農林経済学科卒業、1969年同大学院農学研究科修士課程修了、1973年ミネソタ大学大学院農業応用経済学科博士課程修了 (Ph.D.)、1983年「日本経済の成長会計分析 人口・農業・経済発展」で神戸大学経済学博士。 1973年神戸大学経済学部講師、1975年助教授、1985年教授となり、2007年定年退職、名誉教授、尾道大学経済情報学部教授を務め、2009年退職。1983年『日本経済の成長会計分析』で日経・経済図書文化賞受賞。
丹羽敏雄(にわ としお、1943年9月17日 - )は、日本… 丹羽敏雄(にわ としお、1943年9月17日 - )は、日本の数学者、オイリュトミー研究家、津田塾大学名誉教授。 大阪生まれ。戦後満州からの引き上げの後、幼少期を丹波市(天理市)で、小中学時代を奈良市で過ごす。京都大学理学部で数学を専攻。78年「1次元無限系の時間相関関数」で理学博士。津田塾大学助教授、教授を務め、2014年定年、名誉教授。大学時代ゲーテの『ファウスト』に出会い大きな影響を受ける。37歳ごろシュタイナーの人智学に出会う。数学の研究、教育の傍ら、オイリュトミーに熱中。人智学をドイツ、イギリスなどで学ぶ。
橋本忠夫(はしもとただお、1943年8月28日-)は多摩大学… 橋本忠夫(はしもとただお、1943年8月28日-)は多摩大学大学院客員教授、ライフパース代表、日本ロジスティクスシステム学会評議員。元サントリー食品工業社長、サントリー取締役。工学博士。 現在、奨学事業・ソーシャルアントレプレナー支援を行う、公益財団法人丸和育志会理事長を務める。
愛宕 元(おたぎ はじめ、1943年8月25日 - 2012… 愛宕 元(おたぎ はじめ、1943年8月25日 - 2012年1月2日)は、中国史学者。文学博士(1993年)。京都大学名誉教授、帝京大学教授。 1943年、東洋史学者・愛宕松男の子として京都府で生まれた。京都大学文学部史学科で東洋史学を学び、1967年に卒業。同大学大学院に進み、1970年に博士課程を中退。 その後、京都大学人文科学研究所助手に採用された。1974年より教養部講師、助教授、1992年より教授。1993年、学位論文『唐代地域史研究』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。京都大学大学院人間・環境学研究科教授に異動となり、2007年に京都大学を定年退職。名誉教授となった。退任後2008年からは帝京大学教授を務めた。