中嶋 裕樹(なかじま ひろき、1962年4月10日 - )は… 中嶋 裕樹(なかじま ひろき、1962年4月10日 - )は、日本の実業家。トヨタ自動車代表取締役副社長兼CTO。大阪府出身。 1987年4月、京都大学大学院工学研究科・工学部を卒業後、トヨタ自動車入社。 2020年1月、トヨタ自動車執行役員就任。 2023年4月、佐藤恒治新社長のもと、宮崎洋一と共に執行役員兼副社長に就任。同年6月の株主総会後、取締役副社長に就任。 2025年6月、代表取締役副社長に就任。
堀 義人(ほり よしと、1962年3月28日 - )は、日本… 堀 義人(ほり よしと、1962年3月28日 - )は、日本の実業家。グロービス経営大学院大学学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー。 祖父は北海道大学教授・電力中央研究所理事の堀義路。曽祖父は日本メソヂスト下谷教会日曜学校長・三光合資会社代表社員の堀卯三郎。叔母(父の妹)は社会学者の杉山明子。従叔父(父の従弟)は政治学者の秋野豊。族伯祖父(祖父の従弟、曽祖母の兄の次男)は政治学者の潮田江次。 茨城県水戸市出身(出生地は愛媛県新居浜市)。茨城県立水戸第一高等学校を経て、京都大学工学部を卒業した。ハーバード・ビジネス・スクール修士課程修了(MBA)。 住友商事を経て、1992年に株式会社グロービスを設立した。
加藤 隆雄(かとう たかお、1962年2月21日 - )は、… 加藤 隆雄(かとう たかお、1962年2月21日 - )は、日本の経営者。 三重県津市生まれ。1984年京都大学工学部卒業後、三菱自動車工業入社。名古屋製作所副所長、三菱自動車工業インドネシア社長などを経て、2019年取締役代表執行役CEO。2021年より取締役代表執行社長CEO。2026年4月より取締役代表執行CEO。2026年6月より取締役会長兼代表執行役CEO。
秋山 咲恵(あきやま さきえ、1962年 - )は日本の女性… 秋山 咲恵(あきやま さきえ、1962年 - )は日本の女性実業家。1994年、夫の秋山吉宏とともにベンチャー企業としてサキ・コーポレーションを創業し、初代代表取締役社長を務めた。 2018年9月30日付で、サキ・コーポレーション代表取締役社長および取締役を退任した。同社ファウンダー(顧問)に就任したという[要検証 – ノート]。 奈良県奈良市で3人姉妹の長女として生まれる。小学生の頃から読書が好きで、奈良女子大学附属中学校・高等学校から京都大学文学部に入学した。ボーヴォワール『第二の性』を読んで社会における男女の役割差別を意識するようになり、自立のために実学を学ぼうと法学部に移り、在学中は司法試験の勉強にも励んだ。
山元 淳史(やまもと あつし、1962年 - )は、日本の実… 山元 淳史(やまもと あつし、1962年 - )は、日本の実業家。出光エンジニアリング代表取締役社長 。 1962年京都市に生まれる。1981年東大寺学園高等学校、1985年京都大学を卒業。1987年出光興産株式会社入社(出光エンジニアリング株式会社配属)、2001年技術部設計課長、2005年出光興産(株)人事部教育課長、2007年企画室長、2013年取締役エンジニアリング部長、2014年取締役常務執行役員、2015年出光興産(株)執行役員 愛知製油所長、2019年ニソンリファイナリー・ペトロケミカル社長(ベトナムでの合弁会社)、2022年7月1日出光エンジニアリング代表取締役社長兼社長執行役員に就任(現在に至る)。
森岡 武一(もりおか たけかず、1961年12月14日 - … 森岡 武一(もりおか たけかず、1961年12月14日 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)、鉄道実業家。大阪府都市整備部長、危機管理監、大阪モノレール社長を経て大阪府副知事。 1987年 (昭和62年) 3月、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。同年4月、大阪府庁入庁。1996年(平成8年)5月、商工部立地経済交流課主査(大阪府産業基盤整備協会事業部企画課係長兼同開発課係長)、1999年5月、土木部交通政策室主査。2005年4 月、同部土木総務課課長補佐(堺市建築都市局都市計画部鉄軌道推進担当参事)。2007年4月、大阪府都市整備部事業管理室課長補佐。同2009年4月、茨木土木事務所建設課彩都工区長。
藤江 太郎(ふじえ たろう、1961年〈昭和36年〉10月2… 藤江 太郎(ふじえ たろう、1961年〈昭和36年〉10月25日 - )は、日本の実業家。第14代味の素株式会社代表取締役社長。 大阪府生まれ。大阪府立高槻北高等学校を経て、1985年京都大学農学部卒業、味の素入社。人事部、神戸営業所、労働組合専従、2004年から中国事業を担当し、2008年中国食品部長、2011年フィリピン味の素社長、2013年執行役員に昇格、2015年からラテンアメリカ本部長兼ブラジル味の素社長、2017年から常務執行役員・働き方改革担当、2021年から専務執行役食品事業本部長、2022年から取締役代表執行役社長を務め、2025年2月から取締役執行役会長、6月から執行役会長。
佐藤 健裕(さとう たけひろ、1961年(昭和36年)8月2… 佐藤 健裕(さとう たけひろ、1961年(昭和36年)8月2日 - )は、日本の経済学者、実業家、中央銀行家。大阪府出身。 2012年7月24日、日本銀行政策委員会審議委員に就任。 2013年4月4日、金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」の導入に賛成した。 2014年10月31日、金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」の拡大に、「これまでの金融市場調節方針を維持することが適当である」として反対した。 2016年1月29日、金融政策決定会合で、「マイナス金利の導入はマネタリーベースの増加ペースの縮小とあわせて実施すべきである」として、マイナス金利の導入に反対した。 2016年7月29日、金融政策決定会合で、ETF(上場投資信託)買入れ額を倍増させる金融緩和の強化について、「約6兆円の買入れは、市場の価格形成や日本銀行の財務健全性に及ぼす悪影響などを踏まえると過大である」として反対した。
佐藤 光司(さとう こうじ、1961年7月11日- )は、日… 佐藤 光司(さとう こうじ、1961年7月11日- )は、日本の実業家。元日立金属(現:プロテリアル)取締役代表執行役社長。 大阪府出身。京都大学大学院修士課程修了。カリフォルニア大学バークレー校工学部材料科学科博士課程修了。 1987年日立金属入社。2011年日本エアロフォージ代表取締役社長。2014年日立金属冶金研究所長。2016年日立金属安来工場長。2017年日立金属執行役。2018年日立金属執行役常務。 2019年日立金属取締役代表執行役社長。 社長就任後はキャッシュ・フローの改善と資本効率向上に取り組み、経営指標として ROIC(投下資本利益率) を新たに導入。従来減損計上を伴う構造改革を忌避する傾向にあった日立金属において損益数値以上にキャッシュフローを重視すべきと説き、投下資本の適正管理並びに構造改革を重視する方向に舵を切った[要出典]。
小川 啓之 (おがわ ひろゆき、1961年〈昭和36年〉3月… 小川 啓之 (おがわ ひろゆき、1961年〈昭和36年〉3月23日 - ) は、日本の実業家。 大阪府出身。清風南海中学校・高等学校を経て、1985年に京都大学大学院金属加工学修士課程修了。小松製作所入社。 2004年コマツアメリカ株式会社チャタヌガ工場長、2007年生産本部大阪工場管理部長、2010年執行役員生産本部茨城工場長、2013年執行役員生産本部調達本部長、2014年執行役員インドネシア総代表、2015年常務執行役員、2016年常務執行役員生産本部長、2018年4月専務執行役員、6月取締役専務執行役員、2019年代表取締役社長CEO。 2025年4月1日、取締役会長。
清水 博(しみず ひろし、1961年1月30日 - )は、日… 清水 博(しみず ひろし、1961年1月30日 - )は、日本の経営者。日本生命保険社長を務めた。徳島県鳴門市出身。 城南高等学校を経て、1983年に京都大学理学部を卒業し、同年に日本生命保険に入社した。2009年3月に執行役員に就任し、2012年3月に常務執行役員、2013年7月に取締役常務執行役員、2016年7月に取締役専務執行役員を経て、2018年4月に社長に就任。保険数理人を所有しており、同社において、同資格の所有者が社長にするのは初めてのことであった。在任時は、介護大手であるニチイ学館を傘下に収め、アメリカのレゾリューションライフを約82億ドルで買収するなど事業基盤の拡大に尽力した。2025年4月には会長に就任。
香山 哲(かやま てつ、1960年6月20日 - )は、日本… 香山 哲(かやま てつ、1960年6月20日 - )は、日本の実業家。1990年代から2000年代にかけてコンピュータゲーム産業の経営者として活動した。2021年現在はコムウェアの代表取締役社長を務めている。 京都大学を卒業後、1985年4月にリクルートに入社、広告事業本部企画室企画課に配属。新規事業開発室兼次世代事業開発グループのエグゼクティブマネージャーを経験する。 1996年6月、リクルートと任天堂の合弁会社である株式会社マリーガル・マネジメントを設立し、取締役に就任。1997年4月、メディアファクトリーの取締役に就任。任天堂のゲーム機向けソフトの企画を行う「シーリオスタジオ」をメディアファクトリー内に設立し、代表に就任。
橋本 孝(はしもと たかし、1960年4月4日 - )は、日… 橋本 孝(はしもと たかし、1960年4月4日 - )は、日本のテレビプロデューサー、実業家。 静岡県浜松市出身。浜松北高校を経て、京都大学文学部に入学。大学在学中は劇団そとばこまちに所属し、辰巳琢朗、上海太郎、川下大洋、蒔田光治、生瀬勝久、山西惇らと共に活動。 1985年にTBS入社。バラエティー部に配属され「風雲!たけし城」「さんまのからくりTV」等のディレクターを務めたのち、ドラマ部に異動。「オトナの男」「めぐり逢い」「ランデヴー」等の作品をプロデュースする。 1998年に編成部に異動。「大好き!五つ子」シリーズ、「温泉へ行こう!」シリーズ等の企画を担当。 2003年、ドリマックス・テレビジョン(現:TBSスパークル)創立に伴い、取締役プロデューサーとして出向。
福井 弘之(ふくい ひろゆき、1960年3月11日 - )は… 福井 弘之(ふくい ひろゆき、1960年3月11日 - )は、日本の実業家。米国トヨタ自動車販売上級副社長、トヨタ アストラ モーター(英語版)社長、トヨタ輸送社長、トヨフジ海運取締役、日本陸送協会副会長、日印協会理事等を歴任した。 岡山県出身。1982年京都大学法学部卒業、トヨタ自動車販売入社。2006年トヨタ自動車米州事業部主査。2008年トヨタ自動車米州事業部部長。 2010年米国トヨタ自動車販売上級副社長。2013年トヨタ自動車常務役員、インドネシアトヨタ自動車取締役会長。 2014年トヨタ アストラ モーター(英語版)取締役社長に就任した。2015年からトヨタ自動車常務役員アジア・中近東本部副本部長を務め、日印協会理事、ベトナム協会理事等も兼務。
伊東 正仁(いとう しょうじ、1960年1月20日 - )は… 伊東 正仁(いとう しょうじ、1960年1月20日 - )は、日本の実業家。日本地震再保険株式会社代表取締役社長。 1984年3月京都大学経済学部卒業、1984年4月日本火災海上保険株式会社(現:損害保険ジャパン株式会社)入社。 2013年4月日本興亜損害保険株式会社(現:損害保険ジャパン株式会社)執行役員千葉支店長、株式会社損害保険ジャパン(現:損害保険ジャパン株式会社)執行役員千葉支店特命部長。 2013年10月株式会社損害保険ジャパン執行役員千葉支店長。 2014年9月損害保険ジャパン日本興亜株式会社執行役員千葉支店長。 2015年4月損害保険ジャパン日本興亜株式会社取締役常務執行役員、損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会社(現:SOMPOホールディングス株式会社)常務執行役員。
相川 武利(あいかわ たけとし、1960年〈昭和35年〉 -… 相川 武利(あいかわ たけとし、1960年〈昭和35年〉 - )は、日本の政治家、実業家。長崎県南島原市長就任予定者。 長崎県南高来郡西有家町(現・南島原市)生まれ。長崎県立島原高等学校、京都大学法学部卒業。国際協力銀行に入行し、空機・船舶課長、ブラジル首席代表を務める。2009年よりブラジル石油公社を経て、2011年、IHIグローバル戦略本部ブラジルプロジェクト部長。2016年6月、大島造船所取締役。2017年11月、ダイゾー代表取締役。 2020年8月には早崎潮流発電推進研究会を設立し、南島原市内の有志らと潮流発電の事業化に取り組む。2022年、ダイゾー社長を退任し帰郷。2023年より島原半島観光連盟会長を務める。
吉村 俊之(よしむら としゆき 1959年(昭和34年)12… 吉村 俊之(よしむら としゆき 1959年(昭和34年)12月11日 - )は、日本の経営者。豊島屋本店 16代目社長。麻布学園理事長。 1985年(昭和60年)京都大学大学院理学研究科物理学教室修士課程修了後、4月、日立製作所入社、中央研究所に配属。半導体の集積化を進めるための基幹技術である、リソグラフィ(微細パターン形成技術)を担当。当時の最先端技術である電子線リソグラフィによる、極微細加工研究に従事。ナノメーターレベルのパターン形成方法、それを用いた極微細電子素子の研究を進める。それらの成果を纏めた学位論文を提出し、京都大学より工学博士学位(電子工学)を受ける。1998年(平成10年)同社退社。
田中 進(たなか すすむ、1959年8月23日 - )は、日… 田中 進(たなか すすむ、1959年8月23日 - )は、日本の実業家、官僚、ゆうちょ銀行取締役兼代表執行役副社長。 京都大学卒業後、1982年(昭和57年)4月に郵政省へ入省した。昭和62年に奈良県下市郵便局長に着任した。郵政省では主に貯金畑を歩み、1996年(平成8年)7月に貯金局経営計画課経営調査室長へ、2001年(平成13年)7月に総務省郵政企画管理局貯金経営計画課長に就任した。2004年6月には内閣官房郵政民営化準備室参事官として郵政民営化に携わり、平成15年(2003年)1月に郵政事業庁貯金部資金運用課長、同年4月に日本郵政公社郵便貯金事業本部企画部長を経て、民営化と同時に平成19年(2007年)10月にゆうちょ銀行執行役兼営業企画部長に就任した。
平 智之(たいら ともゆき、1959年7月10日 - )は… 平 智之(たいら ともゆき、1959年7月10日 - )は、日本の政治家、タレント、経営者。元衆議院議員(1期)。 1959年、京都市中京区生まれ。父は京都大学教授の平修二、母は日本航空スチュワーデス。1978年、洛南高校卒業。1983年、京都大学工学部物理工学科卒業。1986年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) 大学院材料工学科修了。 帰国後、母と喫茶店を始め、喫茶店マスターになる。1987年、テレビ・ラジオでタレント活動を開始。4月、KBS京都でガンビー・タイラ名義(アメリカ留学時代に大好きだったサボテンのキャラクターガンビーから)でラジオ番組「フリーキャンパスKYOTO」(金曜の留学コーナー担当)開始。
塚脇 正幸(つかわき まさゆき、1959年(昭和34年)7月… 塚脇 正幸(つかわき まさゆき、1959年(昭和34年)7月3日 - )は、日本の実業家。独立系のエネルギーベンチャー企業である日本風力開発の創業者。同社の代表取締役社長を務めていたが、2023年8月、衆議院議員の秋本真利への贈賄容疑が発覚。同年9月1日に辞任した。 京都府生まれ。1983年、京都大学を卒業。三井物産に入社。石油部などで勤める。 1999年、三井物産を退職。会社で風力発電を手掛けていた塚脇は同年7月26日、日本風力開発を創業した。 2003年、日本風力開発が東証マザーズに上場。 2010年、親族の急逝により、日本風力開発の持株16,500株のうち7,080株に担保権実行。同社の筆頭株主から外れる。
兵頭 誠之 (ひょうどう まさゆき 1959年6月26日 -… 兵頭 誠之 (ひょうどう まさゆき 1959年6月26日 - ) は、日本の実業家。住友商事取締役会長。 愛媛県生まれ。1982年京都大学工学部卒業、1984年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、住友商事入社。 インドネシア住友商事社長、執行役員、常務執行役員、専務執行役員等を経て、2018年から代表取締役社長執行役員兼CEO。2024年4月から取締役会長。
犬塚 力(いぬづか りき、1959年4月15日 - )は日本… 犬塚 力(いぬづか りき、1959年4月15日 - )は日本の実業家。トヨタファイナンシャルサービス代表取締役社長、中部国際空港代表取締役社長を経て、同社相談役、名古屋フィルハーモニー交響楽団理事長、トヨタ財団会長、あいおいニッセイ同和損害保険取締役。 大阪府大阪市出身。大阪府立天王寺高等学校を経て、1982年京都大学法学部卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。長く人事を担当し、2006年人材開発部部長に就任。2009年人事部部長。同年総合企画部部長。2011年常務役員調査部統括。2013年常務役員商品・事業企画部統括、第1トヨタ企画部統括。 2015年からトヨタファイナンシャルサービス代表取締役社長を務め、トヨタインシュランスマネジメントソリューションズUSA, LLCの設立などを行った。
辻井 靖(つじい やすし、1959年〈昭和34年〉3月8日 … 辻井 靖(つじい やすし、1959年〈昭和34年〉3月8日 - )は日本の実業家。京都府出身。青木あすなろ建設代表取締役会長。 京都府出身。1982年に京都大学工学部を卒業、同年青木建設(現・青木あすなろ建設)に入社。入社後は、関越自動車道渋川伊香保インターチェンジ(群馬県)の作業所に配属。また、明石海峡大橋の淡路島側のアンカレイジの施工を担当した。 青木建設があすなろ建設と合併した後の2011年4月には青木あすなろ建設の上席執行役員大阪土木支店長に就任。 その後2016年4月には常務執行役員東京土木本店長、2017年4月には取締役兼専務執行役員土木事業本部統括本部長兼東京土木本店長を経て2018年4月に代表取締役社長就任。
安田 善巳(やすだ よしみ、1958年10月24日- )は、… 安田 善巳(やすだ よしみ、1958年10月24日- )は、日本の実業家、ゲームクリエイター。島根県松江市出身。 京都大学卒業(1981年3月)。日本興業銀行を経てゲーム業界に転職し、テクモ代表取締役社長、角川ゲームス代表取締役社長、フロム・ソフトウェア代表取締役会長、Dragami Games代表取締役社長などを歴任。 ゲームクリエイターとしては、20年間で12タイトルの新作ゲームをプロデュースし、安田がプロデュースした12タイトルの総販売本数は、1100万本を誇る。その中には、『モンスターファーム』、『NINJA GAIDEN』、『ロリポップチェーンソー』、『艦隊これくしょん -艦これ-』、『KILLER IS DEAD』(キラー イズ デッド)などのミリオンセラータイトルが存在している。
藤原 正隆(ふじわら まさたか、1958年〈昭和33年〉2月… 藤原 正隆(ふじわら まさたか、1958年〈昭和33年〉2月28日 - )は、日本の経営者。大阪ガス社長を務める。 大阪府泉大津市出身、岸和田市育ち。清風南海高等学校を経て、1982年(昭和57年)3月に京都大学工学部石油化学科を卒業し、同年4月大阪ガス入社。 営業や技術開発、経営企画と幅広い分野に携わり、1988年から1989年にはスタンフォード大学に留学。エネルギー事業部京滋エネルギー営業部長、2012年執行役員・エネルギー事業部エネルギー開発部長、2013年大阪ガスケミカル代表取締役社長、2015年常務執行役員、2016年副社長執行役員・経営企画本部長、同年代表取締役・副社長執行役員、2020年エナジーソリューション事業部長を歴任。
井出 仁雄(いで よしお、1958年 - )は、日本の地方公… 井出 仁雄(いで よしお、1958年 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員)、鉄道実業家。大阪府都市整備部長、大阪モノレール社長などを歴任。 1983年 (昭和58年) 3月、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。 同年4月、大阪府庁入庁。吉村庄平とは同じ京土会出身でかつ同期入庁であり、井出は大阪府での出世コースの一つとされている道路畑を長く歩む。 1992年 (平成4年) 4月、土木部都市整備局交通政策課主査(大阪高速鉄道主幹)。1994年9月、同道路課主査。1998年4月、交通政策室交通計画係長。2000年4月、茨木土木事務所課長補佐、2004年4月、同建設課長。2006年4月、都市整備部交通道路室参事。
池見 賢(いけみ まさる、1957年〈昭和32年〉12月22… 池見 賢(いけみ まさる、1957年〈昭和32年〉12月22日 - )は、日本の経営者。Umios(旧・マルハニチロ)社長を務めた。 兵庫県出身。六甲学院高等学校を経て、1981年(昭和56年)3月に京都大学農学部水産学科を卒業し、同年4月に大洋漁業(マルハニチロを経て、現・Umios)に入社。 ソロモン諸島で漁業のための合弁事業に取り組んだほか、バンコクでタイ子会社(キングフィッシャー社)の社長を務めるといった海外勤務経験が16年と長い。水産加工事業が長く、2008年マルハニチロ食品海外部長、2009年マルハニチロHD海外業務部部長役、2011年HD執行役員、2014年4月マルハニチロ執行役員、同年6月取締役、2017年4月常務執行役員、同年6月取締役、2019年専務執行役員を歴任。
篠原 昌司(しのはら まさし、1957年11月6日 - )は… 篠原 昌司(しのはら まさし、1957年11月6日 - )は、日本の実業家。大阪府出身。株式会社JALUX元代表取締役社長。 大阪府出身。1981年、京都大学工学部卒業後、同年4月、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)に入社。同社エネルギー開発部長、エネルギー・金属部門長補佐兼エネルギー・原子力本部長、執行役員、常務執行役員を歴任。 2019年6月より株式会社JALUX代表取締役社長 社長執行役員。2022年6月に退任。
橋本 剛(はしもと たけし、1957年〈昭和32年〉10月1… 橋本 剛(はしもと たけし、1957年〈昭和32年〉10月14日 - )は、日本の経営者。商船三井社長を務める。 東京都出身、東京都立立川高等学校を経て、1982年(昭和57年)3月に京都大学文学部を卒業。同年4月、大阪商船三井船舶(現・商船三井)入社。 1989年6月、MITSUI O.S.K.FINANCE PLC(ロンドン勤務)、1997年6月、液化ガス船部液化ガス第二チーム課長。2008年6月、LNG船部長。2009年6月、執行役員(LNG船部長委嘱)。2012年6月、常務執行役員(LNG船部担当補佐、海洋事業担当)。2015年6月、取締役常務執行役員(LNG船部/海洋・LNGプロジェクト部/エム・オー・エル・エルエヌジー輸送担当)。
都司 尚(つじ たかし、1957年8月26日 - )は、日本… 都司 尚(つじ たかし、1957年8月26日 - )は、日本の鉄道実業家、近鉄グループホールディングス株式会社代表取締役会長である。 奈良県出身。1982年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了し、近畿日本鉄道(法人としては現在の近鉄グループホールディングス=近鉄GHD)に入社した。 取締役常務執行役員を経て、2019年から近畿日本鉄道(事業会社)社長に就任。 三重交通社外取締役、歴史街道推進協議会理事MBSメディアホールディングス社外取締役なども務めている。 近鉄GHDは2023年6月の株主総会にて都司が小林哲也から引き継ぐ形で同社会長に就任することを発表した。後任の事業会社社長には三重交通グループホールディングスの社長である原恭(はら やすし)が就任する予定となっていた。
桜野 泰則(さくらの やすのり、1957年〈昭和32年〉7月… 桜野 泰則(さくらの やすのり、1957年〈昭和32年〉7月2日 - )は、日本の経営者。熊谷組社長、会長を務めた。富山県出身。 1981年に京都大学経済学部経済学科を卒業し、同年に熊谷組に入社した。2012年に取締役に就任し、2014年に常務、2017年に専務を経て、2018年4月に社長に就任。2024年4月には会長に就任。
堀埜 一成(ほりの いっせい、1957年6月7日 - )は、… 堀埜 一成(ほりの いっせい、1957年6月7日 - )は、日本の経営者。サイゼリヤ社長を務めた。富山県出身。 京都大学農学部を経て、1981年に京都大学大学院農学研究科を卒業し、同年に味の素に入社。2000年にサイゼリヤに転じて、取締役に就任し、2009年4月に社長に就任。「科学的運営の強化」を掲げ、効率的な店舗運営の仕組み作りに尽力し、新型コロナウィルスの流行以降は、深夜営業を見直す一方で、中長期的な人員確保を見据えて、パート・アルバイトからの社員登用制度を設立させた。2022年9月に一身上の都合により、社長を退任。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
秦 雅夫(しん まさお、1957年5月22日 - )は、日本… 秦 雅夫(しん まさお、1957年5月22日 - )は、日本の実業家。阪神電気鉄道会長、阪神タイガース代表取締役会長オーナー。阪急阪神ホールディングス代表取締役副社長、阪急電鉄・阪急阪神不動産・神姫バス取締役。大分県出身。 1976年に大分県立別府鶴見丘高等学校を卒業。 1981年に京都大学法学部を卒業し、同年に阪神電気鉄道に入社した。 人事部長、取締役、常務、専務を経て、2017年4月から社長に就任。2023年4月1日付で会長に就任。2022年6月の阪急阪神ホールディングスの株主総会の終結をもって、阪急阪神ホールディングスの代表取締役を退任する予定である。 2022年12月21日付でプロ野球球団阪神タイガース代表取締役会長並びにオーナー代行に就任。
荒木 直也(あらき なおや、1957年5月14日 - )は、… 荒木 直也(あらき なおや、1957年5月14日 - )は、エイチ・ツー・オー リテイリング代表取締役社長、阪急阪神百貨店会長、阪急阪神ホールディングス取締役などを務める日本の実業家。 1957年、兵庫県神戸市葺合区(現・中央区)生まれ、現在も神戸市在住である。 雲中小学校から中学受験で六甲中学校・高等学校を経て、1981年(昭和56年)に京都大学経済学部を卒業する。同年、株式会社阪急百貨店(現:エイチ・ツー・オー リテイリング)へ入社した。2004年同社執行役員。2010年株式会社阪急阪神百貨店取締役執行役員。2011年事業開発本部担当。2012年3月、阪急うめだ本店の建て替え完了をきっかけに、阪急阪神百貨店代表取締役社長、エイチ・ツー・オー リテイリング代表取締役に就任した。
上田 輝久(うえだ てるひさ、1957年5月14日 - )は… 上田 輝久(うえだ てるひさ、1957年5月14日 - )は、日本の経営者。島津製作所会長を務めている。 山口県岩国市出身。京都大学工学部工業化学科を経て、1982年に京都大学大学院工学研究科を修了し、同年に島津製作所に入社。2011年6月に取締役に就任し、常務執行役員、専務執行役員を経て、2015年6月に社長に就任。2022年4月から会長に就任した。1995年に農学博士号を取得。
衣川 和秀(きぬがわ かずひで、1957年〈昭和32年〉5月… 衣川 和秀(きぬがわ かずひで、1957年〈昭和32年〉5月3日 - )は、日本の郵政・総務官僚、実業家。日本郵便株式会社代表取締役執行役員社長兼CEO。大阪府出身。 京都大学法学部を卒業し1980年に郵政省に入省。総務省、郵政事業庁を経て2003年に日本郵政公社、2007年に郵政民営化に伴いかんぽ生命保険で執行役に就任。2016年に日本郵政に転任し、専務執行役に就任。 2020年に、かんぽ生命保険の不祥事で引責辞任した横山邦男の後任として、日本郵便の代表取締役社長に就任。 2023年6月日本郵便株式会社代表取締役社長を退任後任は前かんぽ生命社長の 千田哲也
井土 太良(いづち たろう、1957年3月22日 - 201… 井土 太良(いづち たろう、1957年3月22日 - 2014年4月16日)は、日本の経営者。SBI証券社長を務めた。 三重県津市出身。1979年に京都大学経済学部を卒業し、同年に野村證券に入社した。1998年6月に大沢証券(のちのSBI証券)社長に就任。2011年10月に取締役執行役員最高執行責任者に就任。 2014年4月16日、脳腫瘍のために死去。57歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
向原 祥隆(むこはら よしたか、1957年(昭和32年)2月… 向原 祥隆(むこはら よしたか、1957年(昭和32年)2月16日 - )は、日本の実業家・社会運動家。鹿児島や奄美に関した書籍を出版する株式会社南方新社の創業者・代表取締役。反原発・かごしまネットの事務局長。 1957年(昭和32年)2月16日鹿児島県日置市生まれで、1976年(昭和51年)鹿児島県立鶴丸高等学校を経て、1980年(昭和55年)京都大学農学部を卒業後、広告出版会社に就職。1993年(平成5年)、株式会社南方新社を設立し、自ら代表取締役に就任した。1996年(平成8年)、反原発・かごしまネットの創設に参加し、自ら事務局長となる。 川内原子力発電所の再稼動阻止そして廃炉を目指した内容その他を軸とした公約を掲げ2012年(平成24年)6月21日、鹿児島県知事選挙(同年7月8日投開票)に出馬。
長井 啓介 (ながい けいすけ 1957年2月11日 - )… 長井 啓介 (ながい けいすけ 1957年2月11日 - ) は、日本の実業家。四国電力代表取締役会長・前社長。電気事業連合会副会長を務める。 1975年香川県立高松高等学校卒業、1979年京都大学工学部卒業、1981年京都大学大学院修士課程修了後、四国電力入社。 執行役員、常務、副社長等を経て、2019年社長。 2024年6月に四国電力の社長職を宮本喜弘常務に譲り、同社の会長に就任した。
御立 尚資(みたち たかし、1957年1月21日 - )は、… 御立 尚資(みたち たかし、1957年1月21日 - )は、日本の経営コンサルタント、ボストン・コンサルティング・グループの元代表取締役社長。
小野 直樹(おの なおき、1957年1月14日 - )は、日… 小野 直樹(おの なおき、1957年1月14日 - )は、日本の実業家。 愛知県名古屋市出身。1979年京都大学工学部卒業後、三菱鉱業セメント(現在の三菱マテリアルおよびUBE三菱セメント)入社。 三菱マテリアルの常務、副社長等を経て、2018年代表取締役社長、2019年指名委員会等設置会社に移行し、取締役代表執行役社長。社長就任後は月1回、社員向けに音声配信を行っており、匿名で送られた様々な質問に答えている。 2022年から、UBE三菱セメントの取締役(非常勤)を兼任。 座右の銘は「千思万考」。 サッカー日本代表元監督の岡田武史は大阪府立天王寺高等学校時代の同級生。
荒木 隆司(あらき たかし、1957年 - )は、日本の実業… 荒木 隆司(あらき たかし、1957年 - )は、日本の実業家。株式会社インテラセット代表取締役。エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社(現:エイベックス株式会社)代表取締役専務、エイベックス・インターナショナル・ホールディングス株式会社代表取締役社長、株式会社ドワンゴ代表取締役社長を歴任。
池田 育嗣(いけだ いくじ、1956年11月7日 - )は、… 池田 育嗣(いけだ いくじ、1956年11月7日 - )は、日本の経営者。住友ゴム工業社長を務めた。香川県出身。 香川県立高松高等学校を経て、1979年に京都大学工学部を卒業し、住友ゴム工業に入社。2010年に専務に就任し、2011年3月には社長に昇格。2019年3月に会長に就任。
彌園 豊一(みその とよかず、1956年11月1日 - )は… 彌園 豊一(みその とよかず、1956年11月1日 - )は、日本の実業家。 1981年京都大学法学部卒業、同年年4月関西電力株式会社入社。1984年シカゴ大学にてMBAの学位を取得。 2011年6月関西電力執行役員(従業員。会社法上の役員ではない)お客さま本部副本部長、営業企画部門統括、2015年6月同社常務執行役員(従業員。会社法上の役員ではない)お客さま本部長代理、2018年6月同社代表取締役副社長執行役員(会社法上の役員)、2020年6月株式会社かんでんエルハート代表取締役社長、2020年6月関西電力株式会社取締役、代表執行役副社長。 2020年3月経済産業大臣からの業務改善命令を受け、第三者委員会の調査報告内容に基づき、責任の所在明確化のため、彌園代表取締役副社長執行役員については、月額の20%(3ヶ月)報酬返上を発表した。
中西 秀彦(なかにし ひでひこ、1956年7月7日 - )は… 中西 秀彦(なかにし ひでひこ、1956年7月7日 - )は日本の企業経営者、情報社会学者、電子書籍研究者。 通称「京都の若旦那」 京都府出身。1980年に京都大学文学部心理学科を卒業。SFファン活動を行い、京都大学SF研究会、小松左京研究会、星群などに所属していた。専門は印刷文化史、情報社会論。その後民間のマーケティング会社を経て1985年に父である中西亮が経営する中西印刷に入社。2016年から同社代表取締役社長。 ニフティーサーブのフォーラム(「文字情報と印刷・DTPフォーラム」)では「京都の若旦那」というハンドルネームで印刷会社の若旦那が活版印刷から電子組版印刷に切り替えに悪戦苦闘する日記を綴った。
浜川 一郎(はまかわ いちろう、1956年2月6日 - )は… 浜川 一郎(はまかわ いちろう、1956年2月6日 - )は、日本の実業家。ジェーシービー代表取締役会長 兼 執行役員社長。 1956年、京都府生まれ。78年京都大学経済学部卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2006年三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)執行役員、09年常務執行役員、11年三菱UFJフィナンシャル・グループ常務執行役員、12年同社専務取締役を経て14年より現職。
井川 泉 (いかわ いずみ、1956年(昭和31年) - )… 井川 泉 (いかわ いずみ、1956年(昭和31年) - )は、日本の実業家、テレビユー山形エグゼクティブアドバイザー、元代表取締役社長、元TBSホールディングス ・TBSテレビ執行役員、C-TBS代表取締役社長。 大阪府大阪市出身。大阪星光学院中学校・高等学校、京都大学法学部卒業後、1980年4月にTBSに入社。同期に難波一弘(現:緑山スタジオ・シティ社長)、吉崎隆(元執行役員制作局長、プロデューサー、2016年に定年退職)、新田良一(テレビユー福島)社長らがいる。 入社後は同社デジタル放送企画室長、同社社長室担当局長、同社執行役員(メディア担当)、C-TBS代表取締役社長を歴任し、2017年6月からTBSでも先輩に当たる湯川哲生の後任として系列局のテレビユー山形代表取締役社長に就任。
有馬 誠(ありま まこと、1956年〈昭和31年〉 - )は… 有馬 誠(ありま まこと、1956年〈昭和31年〉 - )は日本の実業家。前楽天グループ副社長執行役員CRO。現(株)MAKコーポレーション代表取締役社長。大阪府大阪市生まれ、1980年京都大学工学部卒業。 Yahoo! JAPANにて国内インターネット広告を中心とした事業に着手。ヤフー株式会社の第一号社員として広告事業に携わり、日本のインターネット広告の父と言われ、日本国内のネット広告の先駆者となる。複数の企業を経て、グーグル株式会社(現グーグル合同会社)の代表取締役、その後は楽天株式会社の副社長執行役員などを務めた。 米国のネット広告会社「AdRoll」社の副社長兼日本法人「アドロール株式会社」の取締役会長を務め日本での事業立ち上げを支援した実績を持ち、2017年10月より、楽天と電通のジョイントベンチャーとして設立される「楽天データマーケティング(株)」のCEOに就任し、楽天経済圏のデータと電通の持つ知見と顧客基盤を活用してテレビ、ネット、実店舗を「データで直結した」マーケティングプラットフォームを開発した。
新井 純(あらい じゅん、1955年9月7日 - )は、日本… 新井 純(あらい じゅん、1955年9月7日 - )は、日本の地方公務員、鉄道実業家。勲等は瑞宝中綬章。大阪府副知事を経て、関西高速鉄道社長。 京都大学法学部卒業。 1979年 (昭和54年)、大阪府庁入庁。2002年 (平成14年) 4月、同府広報室広報報道課長。2004年4月、同府総務部行政改革室行政改革課長。2005年4月、同府総務部行政改革室副理事兼行政改革課長。2007年4月、同府政策企画部広報室長。2009年4月、同府府民文化部都市魅力創造局長。2012年4月、同府政策企画部長。 2015年12月、大阪府知事選挙で再選を果たした松井一郎知事から「大阪都構想」の再挑戦や大阪の副首都化に向けた取り組みを本格化させる中で副知事に選任され、それに伴って同府退職。
澤田 純(さわだ じゅん、1955年〈昭和30年〉7月30日… 澤田 純(さわだ じゅん、1955年〈昭和30年〉7月30日 - )は、日本の実業家。 NTTコミュニケーションズ(現・NTTドコモビジネス)代表取締役副社長、日本電信電話株式会社(現・NTT株式会社)代表取締役社長などを経て、同社取締役会長(現任)。 社外での役職として、日米経済協議会会長、日本経済団体連合会(経団連)副会長、IPA産業サイバーセキュリティセンター長、京都哲学研究所共同代表理事。また、菅義偉内閣が発足した2020年9月からは、政府総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員も務める。 大阪府出身。京都大学工学部土木工学科卒業後、1978年に日本電信電話公社(現NTT)に入社。2000年からNTTコミュニケーションズ(以下、NTTコム)で企画部門を中心に経験し、NTTコミュニケーションズ代表取締役副社長を経て、2014年からNTT副社長として鵜浦博夫体制の事業戦略を担当した。