米村 敏朗(よねむら としろう、1951年(昭和26年)4月… 米村 敏朗(よねむら としろう、1951年(昭和26年)4月26日 - )は、日本の警察官僚。第87代警視総監、第17・18代内閣危機管理監を経て、内閣官房参与(第2次安倍内閣)。 兵庫県西宮市生まれ。熊本県出身。京都大学法学部卒業。1974年、警察庁入庁。警務局人事課配属。 主に警備公安畑を歩み、外務省出向(在ユーゴスラビア連邦大使館1等書記官)も経験。 警視庁では、警備部第2機動隊長、神田警察署長、警備部警備第1課長、警務部人事第1課長、公安部長、副総監を歴任。警視庁幹部在任中はJR浦和電車区事件や松崎明によるJR東日本労組組合費横領疑惑に関するJR東日本への強制捜査に反対した。 2003年に警察庁長官官房審議官(警備局担当)に就任し拉致問題を担当。
西沢 俊夫(にしざわ としお、1951年4月22日 - )は… 西沢 俊夫(にしざわ としお、1951年4月22日 - )は、東京電力株式会社の第12代社長。 戸籍上の正しい表記は西澤 俊夫で、こちらの表記が使われることも多い。 長野県大町市出身。長野県松本深志高等学校を経て、京都大学経済学部卒業。 大学卒業後、東京電力入社。企画畑のエリートで、勝俣恒久の懐刀といわれており、温厚な人柄として知られる。福島第一原発事故で引責辞職した清水正孝の後継として、2011年6月に社長に就任した。公益社団法人ACジャパンの理事や、社団法人経済企画協会の副会長、日本原燃株式会社の取締役も務めた。
福原 賢一(ふくはら けんいち、1951年4月19日 - )… 福原 賢一(ふくはら けんいち、1951年4月19日 - )は、日本の経営者。ベネッセホールディングス社長を務めた。 岡山県出身。1976年に京都大学法学部を卒業し、同年に野村證券に入社。2000年6月に取締役に就任し、2004年4月にはベネッセホールディングス専務に就任し、2007年4月に副会長、2009年10月に副社長を経て、2016年6月には社長に昇格。同年10月には後任に安達保に譲り、副会長に就任。
髙橋豊(たかはし ゆたか、1951年4月10日 - )は、日… 髙橋豊(たかはし ゆたか、1951年4月10日 - )は、日本の工学者。京都情報大学院大学教授。京都大学名誉教授。 元奈良先端科学技術大学院大学教授。元パリ第11大学客員教授。元INRIA(フランス国立情報制御研究所)客員研究員。日本オペレーションズ・リサーチ学会フェロー。通信・放送機構 (TAO)「多段接続されたCATV網による通信・放送統合技術に関する研究開発」統括責任者(プロジェクトリーダー)。 京都大学より工学士の学位を取得、同大学院修士課程修了(数理工学専攻)、同大学院博士課程研究指導認定退学(数理工学専攻)、工学博士の学位を取得 元京都大学大学院情報学研究科教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
大野 修作(おおの しゅうさく、1951年4月 - )は、日… 大野 修作(おおの しゅうさく、1951年4月 - )は、日本の漢文学・書道学者。元京都女子大学文学部教授。書法漢学研究会理事長。近畿漢詩連盟会長。 埼玉県生まれ。1970年埼玉県立春日部高等学校卒。京都大学文学部中国文学科卒、同大学院博士課程満期退学、2000年「書論を中心に見た中国文学芸術研究」で文学博士。鹿児島大学助教授、京都女子大学助教授、教授。退職して現職。
小林 敬(こばやし たかし、1951年3月23日 - )は、… 小林 敬(こばやし たかし、1951年3月23日 - )は、日本の元検察官で弁護士。大阪地方検察庁検事正在任中、懲戒処分を受け退官した。 1974年京都大学法学部卒業。司法修習第28期終了。1976年4月検察官任官。2004年1月奈良地方検察庁検事正。同年12月最高検察庁検事。2005年9月前橋地方検察庁検事正。2007年6月大阪高等検察庁次席検事。2008年7月最高検察庁公安部長。 2010年1月から大阪地方検察庁検事正を務めた。同年9月21日、大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件が表面化。9月22日、前田恒彦の証拠改ざんを隠したとして、三井環から証拠隠滅の罪で告発された。同年10月21日付けで、三井からの告発に対しては不起訴となったが、逮捕された元大阪地検特捜部長・大坪弘道、元副部長・佐賀元明、元検事・前田恒彦に対する監督責任を問われ、法務大臣から減給100分の10、4ヶ月の懲戒処分を受けた。
阿曽沼 慎司(あそぬま しんじ、1951年〈昭和26年〉3月… 阿曽沼 慎司(あそぬま しんじ、1951年〈昭和26年〉3月5日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 広島県出身。広島学院高等学校を経て、1974年(昭和49年)3月、京都大学経済学部を卒業。 京都大学在学中、大学院に進学して研究者になる道を考えていたが、下宿先の仲間6人のうち5人が医学部の学生であったことから、自身も患者の立場に立った医療行政に携わりたいと思い立ち、厚生省への入省を志望。1973年(昭和48年)8月、国家公務員採用上級甲種試験(経済)に合格。翌1974年(昭和49年)4月、厚生省に入省し、厚生省大臣官房人事課に配属。 厚生省大臣官房総務課広報室長、同老人保健福祉部老人福祉課シルバーサービス指導官、同政策課企画官、年金局年金課長、薬務局経済課長、健康政策局経済課長、同総務課長、厚生労働省大臣官房会計課長、同審議官(医薬保険・医政担当)などを歴任。
山西 健一郎(やまにし けんいちろう、1951年2月25日-… 山西 健一郎(やまにし けんいちろう、1951年2月25日- )は、日本の経営者。三菱電機社長、会長を務めた。大阪府出身。 1975年に京都大学工学部を卒業し、同年に三菱電機に入社。2006年に常務に就任し、2010年4月には社長に就任。社長在任時には、メキシコでの自動車部品工場の建設やブラジルの昇降機メーカーの買収などの新興国での事業強化に取り組み、2014年3月には売上高を4兆円近くまでに伸ばした。2014年4月に会長に就任。2018年4月に取締役相談役に就任。日本経済団体連合会副会長や日本テニス協会会長も務めた。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
森 重文(もり しげふみ、1951年〈昭和26年〉2月23日… 森 重文(もり しげふみ、1951年〈昭和26年〉2月23日 - )は、日本の数学者。京都大学名誉教授。学位は理学博士(京都大学・1978年)。 京都大学理学部助手、ハーバード大学助教授、名古屋大学理学部教授、京都大学数理解析研究所教授、京都大学数理解析研究所所長、京都大学高等研究院研究院長などを歴任した。 愛知県名古屋市出身の数学者である。代数幾何学における双有理幾何学を専攻する。代数幾何学での業績により、1990年にフィールズ賞を受賞した。名古屋大学教授、京都大学数理解析研究所教授・所長、名古屋大学特別教授、京都大学高等研究院特別教授・研究院長を歴任した。ハーバード大学、プリンストン高等研究所、マックス・プランク研究所、コロンビア大学など、日本国外での研究経験も豊富であった。
野村 剛史(のむら たかし、1951年2月19日‐ )は、日… 野村 剛史(のむら たかし、1951年2月19日‐ )は、日本の言語学者。東京大学名誉教授。専門は日本語文法史。 東京都生まれ。東京都立大学附属高等学校卒、1975年に京都大学文学部国文科卒業。1980年に同大学院文学研究科博士課程満期退学。安田章などに師事。大谷女子大学助教授、京都府立大学教授を経て、1999年に東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻教授。2016年に定年退任、名誉教授。 主に古代から現代までの日本語の文法などを研究している。日本語学会評議員などを務めた。 社会的活動では、東京都立大学 (1949-2011)に対する文部科学大臣への要望書、国立大学法人化と授業料値上げ、NHKへの政治介入、イラク拉致事件とメディア・バッシング、早稲田大学文学部ビラ撒き逮捕などへの意見を共同声明・賛同者として表明した。
二宮 茂明(にのみや しげあき、1951年2月18日 - )… 二宮 茂明(にのみや しげあき、1951年2月18日 - ) は、日本の大蔵省・財務省に勤務した官僚。愛媛県出身。 愛光高等学校を経て、1973年に京都大学経済学部を卒業した。 卒業と同年4月に大蔵省に入り、1990年に東京国税局査察部長、1992年に国税庁課税部酒税課長など、税務関連の役職を歴任した。1995年6月から銀行局保険部保険第一課長、1997年には北陸財務局長を務めた後、1998年に日本たばこ産業に出向する。 2000年に大蔵省大臣官房参事官兼内閣審議官(内政審議室)として復帰。以後財務省への省庁再編後は2001年から関東財務局長を務めた。 2002年7月に国民生活金融公庫の理事に転じる。
永井 和(ながい かず、1951年2月12日 - )は、日本… 永井 和(ながい かず、1951年2月12日 - )は、日本の歴史学者。京都橘大学教授。文学博士。大阪府生まれ。 専門は、日本近代史。大日本帝国時代の軍部や、西園寺公望、日中戦争、従軍慰安婦・慰安所の研究を行っている。 また、『倉富勇三郎日記』の解読に同研究会代表として取り組んでおり、『日記』は、国書刊行会(全9巻)で、2010年(平成22年)11月より巻順に毎年1冊刊行される。
林 景一(はやし けいいち、1951年〈昭和26年〉2月8日… 林 景一(はやし けいいち、1951年〈昭和26年〉2月8日 - )は、日本の元外交官、最高裁判所判事。 アイルランド駐箚特命全権大使、外務省官房長、内閣官房副長官補などを歴任し、2011年から2016年6月まで英国駐箚特命全権大使を務めた。2017年4月、最高裁判所判事に就任。 山口県徳山市(現・周南市)出身。大阪市立島屋小学校、大阪市立天王寺中学校、大阪府立天王寺高等学校を経て、京都大学法学部卒業。 1974年外務省入省。1975年-1977年英語研修(スタンフォード大学政治学部修士課程修了)、在シンガポール大使館、在ソ連大使館、在米国大使館、アジア局南東アジア第二課長、条約局条約課、北米局外務参事官、在英国日本国大使館公使、外務省大臣官房審議官(条約局担当)、条約局長、国際法局長を経て、2005年から2008年まで駐アイルランド大使。
内田 幸雄(うちだ ゆきお、1951年1月20日 - )は、… 内田 幸雄(うちだ ゆきお、1951年1月20日 - )は、日本の実業家。元JXTGホールディングス代表取締役社長・会長。小山カントリー倶楽部取締役。 福井県出身。1973年京都大学法学部卒業、日本鉱業入社。2003年ジャパンエナジー執行役員経営企画部担当。2004年同社常務執行役員。2005年同社取締役常務執行役員。2010年JX日鉱日石エネルギー取締役専務執行役員。2012年同社取締役副社長執行役員。2014年JXホールディングス取締役副社長執行役員。 2015年からJXホールディングス代表取締役社長執行役員を務め、東燃ゼネラル石油との統合にあたり、統合後のJXTGホールディングス代表取締役社長執行役員を経て、2018年同社代表取締役会長に就任。
坂口 志文(さかぐち しもん、1951年1月19日 - )は… 坂口 志文(さかぐち しもん、1951年1月19日 - )は、日本の免疫学者、医師。大阪大学栄誉教授・免疫学フロンティア研究センター特任教授、京都大学名誉教授。ベンチャー企業レグセルの創業者。 過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞の発見と免疫疾患における意義を解明したことで知られ、2025年に「末梢性免疫寛容に関する発見」により、メアリー・E・ブランコウ、フレッド・ラムズデルとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。滋賀県出身者、また大阪大学在籍中の者では初のノーベル賞受賞となる。 滋賀県長浜市曽根町(旧・東浅井郡びわ町曽根)出身。 志文の名は、京都帝国大学文学部哲学科出身で西洋哲学に造詣の深かった父が聖書から引用して命名した。
山口 佳三(やまぐち けいぞう、 1951年1月12日- )… 山口 佳三(やまぐち けいぞう、 1951年1月12日- )は、日本の数学者、元北海道大学総長。京都大学監事。専門は微分幾何学(特に、パラボリック幾何学および二階の接触幾何学)。大阪府出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
湊 長博(みなと ながひろ、1951年1月 - )は、日本の… 湊 長博(みなと ながひろ、1951年1月 - )は、日本の免疫学者。2020年10月より京都大学総長。京都大学医学部卒業後、同大学の教授を経て、医学部長、理事、プロボストなどを歴任し、本庶佑の共同研究者としてがん免疫療法の開発に貢献。
木岡 伸夫(きおか のぶお、1951年 - )は、日本の哲学… 木岡 伸夫(きおか のぶお、1951年 - )は、日本の哲学者、倫理学者。専門は風土論と生命哲学、関西大学文学部総合人文学科哲学倫理学専修教授。 奈良県生まれ。1977年京都大学文学部哲学科卒業。1985年同大学院文学研究科博士課程満期退学。大阪府立大学講師、1998年関西大学助教授、教授。2000年から2002年八尾市職員倫理委員会委員を務めた。
大浦 康介(おおうら やすすけ、1951年 - )は、日本の… 大浦 康介(おおうら やすすけ、1951年 - )は、日本の文筆家、フランス文学・文学理論研究者。京都大学名誉教授。 1970年京都市立塔南高等学校卒業。1975年京都大学文学部仏文科卒。1980年同修士課程修了。1981-84年パリ高等師範学校 (École Normale Supérieure, rue d'Ulm) 在学。1986年京都大学大学院博士課程満期退学。パリ第7大学第三課程博士。1986年京都大学助手、1987年甲南女子大学助教授、1989年京都大学人文科学研究所助教授、2004年同教授、2017年定年退職、名誉教授。1997年フランス政府より教育功労章シュヴァリエ受章。
大串 隆之(おおぐし たかゆき、1951年 -)は、日本の生… 大串 隆之(おおぐし たかゆき、1951年 -)は、日本の生態学者。学位は、農学博士(京都大学・1983年)。京都大学名誉教授。 1951年大阪府に生まれる。1976年京都大学農学部林学科卒業、1978年同大学大学院農学研究科修士課程農林生物学専攻修了、1981年京都大学大学院農学研究科博士課程農林生物学専攻研究指導認定。 1983年学位論文「植食性テントウムシ、コブオオニジュウヤホシテントウの個体群過程とその生活史戦略に関する研究」で京都大学より農学博士の学位を取得。 1983年日本学術振興会奨励研究員、1984年京都大学研修員、1985年ロンドン大学インペリアルカレッジ研究員、1986年京都大学研修員、1988年滋賀県立短期大学農業部助教授、1992年北海道大学低温科学研究所助教授、1998年京都大学生態学研究センター教授、2017年京都大学名誉教授。
黒木 隆男(くろき たかお、1951年- )は株式会社NHK… 黒木 隆男(くろき たかお、1951年- )は株式会社NHK文化センター代表取締役社長。元日本放送協会理事。 日本放送協会(NHK)在任中は、「カッパ」「カッパちゃん」「カッパさん」のニックネームで親しまれていた[要出典]。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
司馬 春英(しば はるひで、1951年 - )は、日本の哲学… 司馬 春英(しば はるひで、1951年 - )は、日本の哲学者、大正大学教授。 1979年京都大学農学部卒、文学部哲学科宗教学専攻卒、1989年大正大学大学院文学研究科西洋哲学専攻満期退学。2001年「唯識思想と現象学」で大正大学文学博士。大正大学文学部講師、助教授、人文学科教授。
田中 洋(たなか ひろし、1951年 - )は、日本の経営学… 田中 洋(たなか ひろし、1951年 - )は、日本の経営学者(マーケティング研究者)。 中央大学大学院戦略経営研究科(中央大学ビジネススクール)教授を経て、同大学名誉教授。日本マーケティング学会2代目会長。 専門はブランド論、消費者行動論、広告論。 1951年愛知県名古屋市生まれ。1967年南山中学校(男子部)卒業。1970年南山高等学校(男子部)卒業。 1975年上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。1985年南イリノイ大学カーボンデール校大学院ジャーナリズム研究科修士課程修了。1991年慶應義塾大学大学院商学研究科商学専攻博士後期課程単位取得満期退学。2009年京都大学大学院経済学研究科より博士(経済学)の学位を取得(論文博士)。
中込 照明(なかごみ てるあき、1951年 - )は、作家。… 中込 照明(なかごみ てるあき、1951年 - )は、作家。山梨県出身。京都大学理学部卒。理学博士。高知大学名誉教授。趣味はピアノ。ゴットフリート・ライプニッツ のモナド論から影響を受けた。
南部 英幸(なんぶ ひでゆき、1951年または1952年 -… 南部 英幸(なんぶ ひでゆき、1951年または1952年 - )は日本の地方公務員、教育者。大阪府生活文化部長、大阪府水道企業管理者、大阪府会計管理者、宝塚大学副学長を歴任。瑞宝小綬章受章者。 京都大学法学部卒業。大阪府に入庁し、総務部行政改革室副理事兼行政改革課長、健康福祉部次長、福祉政策監、総務部人事室長、生活文化部長、地方独立行政法人大阪府立病院機構理事兼本部事務局長、大阪府水道企業管理者、大阪府会計管理者。不適切会計の根絶に向けて抜き打ちの会計検査、複式簿記・発生主義を取り入れた「新会計制度」を導入した。 府庁退職後、公益財団法人大阪産業振興機構理事長、大阪府保健医療財団監事、大阪経済大学非常勤講師、宝塚大学副学長 (東京メディア芸術学部)。
西田 正憲(にしだ まさのり、1951年[要出典] - )は… 西田 正憲(にしだ まさのり、1951年[要出典] - )は、日本の元造園系官僚で、造園学者。専門は景観論、環境文化論、自然観光論。奈良県立大学名誉教授。 技術士環境部門を保持する。 京都府に生まれる。京都大学農学部林学科(造園学専攻)を卒業し、同大学大学院修士課程修了後の1975年、環境庁(現・環境省)に入庁した。環境庁では全国の国立公園の管理に従事する。1981年にはアメリカ合衆国内務省国立公園局・ミシガン大学主催の国立公園等自然保護区国際セミナーに参加した。 1988年、阿蘇くじゅう国立公園在任中に発病し、1年間は人工呼吸器を装着、その後もさらに1年間の入院生活を余儀なくされた。1990年に岡山県で職場に復帰する。
疋田 努(ひきだ つとむ、1951年 - )は、日本の動物学… 疋田 努(ひきだ つとむ、1951年 - )は、日本の動物学者。京都大学名誉教授。主に爬虫両生類学の分野で広く活動している。日本爬虫両棲類学会の会長・標準和名委員会委員長を務める。 大分県臼杵市にて1951年に生まれる。1974年京都大学理学部生物系を卒業。1979年京都大学理学研究科博士課程を単位取得退学。同年から1995年まで京都大学理学研究科生物科学専攻助手。その後助教授・教授を経て2016年に退官。 子供の頃から自然に親しんだ生活を送り、小動物や昆虫採集をしていた。学部生時代は生態学的研究を行い、卒業論文はアカネズミの歯による年齢査定だった。大学院進学の際に専攻を爬虫類の系統学に変更。その後、爬虫類の系統学・分類学・生物地理学の研究を行う。
丸橋 良雄(まるはし よしお、1951年 - )は、日本の英… 丸橋 良雄(まるはし よしお、1951年 - )は、日本の英文学者。京都大学名誉教授。専門はイギリス演劇。 1974年京都府立大学文学部英文科卒業。1976年京都大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了、京都大学文学部助手。大阪市立大学文学部講師、同助教授、京都大学総合人間学部助教授、同教授。2002年日本演劇学会理事。2003年京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2016年定年退職、京都大学名誉教授、神戸女子大学文学部英語英米文学科教授。2021年退職。
南 哲行 (みなみ のりゆき、1951年または1952年 -… 南 哲行 (みなみ のりゆき、1951年または1952年 - )は、日本の建設・国土交通技官。国交省砂防部長、北海道大学大学院特任教授、全国治水砂防協会常務理事等を歴任。 高知県高知市出身。1977年 (昭和52年) 京都大学農学部卒。同年建設省入省、北海道庁土木部、九州地方建設局大隅工事事務所長、建設省土木研究所砂防研究室長、奈良県土木部長、国交省東北地方整備局道路部長、同河川部長、水管理・国土保全局砂防計画課長、2011年7月、砂防部長。2013年1月 大野宏之を後任に砂防部長退任、退官。同年 北海道大学大学院農学研究院国土保全学研究室特任教授 。2015年 全国治水砂防協会常務理事。一般財団法人砂防・地すべり技術センター理事長。
宮地 良樹(みやち よしき、1951年 - )は、日本の医師… 宮地 良樹(みやち よしき、1951年 - )は、日本の医師、医学者。京都大学名誉教授、静岡社会健康医学大学院大学初代学長・社会健康医学研究科教授、公立大学法人静岡社会健康医学大学院大学初代理事長などを歴任。専門は皮膚科学。医学博士(京都大学・1985年)。 天理よろづ相談所病院皮膚科部長、群馬大学医学部教授、京都大学大学院医学研究科教授、京都大学医学部附属病院副院長(経営担当)、滋賀県立成人病センター総長、滋賀県立総合病院初代総長、静岡県立総合病院参与、特定非営利活動法人皮膚の健康研究機構理事長などを歴任した。 1951年(昭和26年)、静岡県出身。1970年(昭和45年)、静岡県立静岡高等学校卒業。
山本 隆三(やまもと りゅうぞう、1951年 - )は、日本… 山本 隆三(やまもと りゅうぞう、1951年 - )は、日本の経済学者、経営学者、常葉大学名誉教授。国際環境経済研究所所長。 香川県生まれ。京都大学工学部を卒業し、住友商事入社。石炭部副部長、地球環境部長などを経て、2008年プール学院大学国際文化学部教授。2010年富士常葉大学総合経営学部教授、2013年常葉大学経営学部教授。2016年国際環境経済研究所所長。2021年常葉大学経営学部名誉教授。 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構JCM実証事業採択委員会委員兼技術委員、日本商工会議所エネルギー・環境委員会学識委員、21世紀政策研究所2020年以降の日本の温暖化対策のあり方検討委員会委員、財務省東海財務局財政モニター、アジア太平洋研究所主席研究員。
東郷 雄二(とうごう ゆうじ、1951年 - )は、日本の言… 東郷 雄二(とうごう ゆうじ、1951年 - )は、日本の言語学者。前京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専門はフランス語学・言語学(特に機能的統語論、意味論、談話理論)。
清水 展(しみず ひろむ、1951年 - 2025年2月22… 清水 展(しみず ひろむ、1951年 - 2025年2月22日)は、日本の文化人類学者、京都大学名誉教授。 神奈川県横須賀市出身。関東学院六浦高等学校、東京大学教養学部文化人類学卒、1979年同博士課程中退、同助手、80年東京大学東洋文化研究所助手、1985年九州大学教養部助教授、1987年「変化と持続 ピナトゥボ・アエタ社会における出来事の受容をめぐって」で東京大学社会学博士。94年九州大学比較社会文化研究院教授、2006年京都大学東南アジア地域研究研究所教授。2016年、日本文化人類学会賞受賞。2017年『草の根グローバリゼーション』で日本学士院賞受賞。2024年、瑞宝中綬章受章。2025年2月22日、死去した。
松山 隆司(まつやま たかし、1951年 - 2016年12… 松山 隆司(まつやま たかし、1951年 - 2016年12月12日)は、日本の情報工学者。元京都大学大学院情報学研究科教授。大阪府出身。国際パターン認識連合、情報処理学会、電子情報通信学会フェロー。元日本学術会議連携会員。 1970年大阪府立北野高等学校卒業。1974年京都大学工学部電子工学科卒業。1976年京都大学大学院工学研究科電気第二工学専攻修士課程修了。 京都大学工学部電気工学第二学科助手、米国メリーランド大学客員研究員、東北大学工学部情報工学科助教授、岡山大学工学部情報工学科教授を経て、1995年より京都大学大学院工学研究科電子通信工学専攻教授、1998年より京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻教授を務めた。
石井 実(いしい みのる、1951年 - 2025年12月1… 石井 実(いしい みのる、1951年 - 2025年12月1日)は、日本の昆虫学者。大阪府立大学名誉教授。専門は動物生態学・昆虫学・保全生物学。地方独立行政法人大阪府立環境農林水産総合研究所元理事長。 1951年横浜市生まれ。1976年東京教育大学理学部生物学科卒業、1983年京都大学大学院理学研究科動物学専攻修了。学位論文「ギフチョウの蛹期間を制御する環境要因に関する研究」で京都大学より理学博士の学位を取得。1985年、大阪府立大学助手、1993年講師、1995年助教授、1996年教授、2015年理事・副学長、2019年退職、同大学名誉教授。2020年4月から亡くなるまで地方独立行政法人大阪府立環境農林水産総合研究所理事長。
倉光 修(くらみつ おさむ、1951年 - 2025年9月1… 倉光 修(くらみつ おさむ、1951年 - 2025年9月14日)は、日本の臨床心理学者。専門は学校臨床心理学、臨床心理学。博士(教育学)(京都大学、論文博士・2000年1月24日)。大阪大学教授、東京大学教授、放送大学教授を歴任した。 京都府京都市生まれ。京都大学教育学部卒。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程満期退学。 京都大学教育学部助手、京都大学保健管理センター講師、京都府立大学文学部助教授、大阪大学人間科学部助教授/教授、東京大学大学院教育学研究科教授 兼 東京大学学生相談所長、2014年放送大学教養学部教授。その後、2020年より放送大学特任教授。2024年3月退任。 2000年「学習や仕事に対する動機づけを向上させる要因に関する一研究 心理療法とその教育的応用を通して」で博士(教育学)の学位を取得。
野中 信孝 (のなか のぶたか、1951年または1952年 … 野中 信孝 (のなか のぶたか、1951年または1952年 - ) は日本の地方公務員。大分県教育長、大分大学監事を歴任。瑞宝小綬章受章。 京都大学法学部卒業。1979年 (昭和54年) 大分県庁採用、総務部法務室長、社会福祉センター所長などを経て、2010年 監査事務局長。2011年10月 大分県教育委員会教育長に就任。2014年11月 大分県教職員組合の研修旅行で教職員41人が北朝鮮を訪問していた問題で、拉致被害者の支援組織「救う会大分」は県教委に対し訪朝した教職員の公表や処分の方針などについて、公開質問状を提出。野中は「研修は県教組主催の私事旅行であるため、氏名の公表や処分は難しい」と回答した。
浅田 均(あさだ ひとし、1950年〈昭和25年〉12月29… 浅田 均(あさだ ひとし、1950年〈昭和25年〉12月29日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の参議院議員(2期)、参議院国家基本政策委員長、日本維新の会参議院会長・維新政治塾名誉塾長。 大阪府議会議員(5期)、大阪府議会議長(第107代)、大阪維新の会政調会長、(旧)日本維新の会政務調査会長、日本維新の会政務調査会長、日本維新の会顧問を歴任した。 大阪府大阪市城東区生まれ。大阪市立今福小学校、大阪市立放出中学校、大阪府立大手前高等学校、京都大学文学部哲学科卒業。アメリカ合衆国スタンフォード大学大学院修士課程修了。その後NHK、経済協力開発機構に勤務した。 1999年、大阪府議会議員選挙に城東区選挙区から立候補し、初当選を果たした。
宮腰 光寛(みやこし みつひろ、1950年〈昭和25年〉12… 宮腰 光寛(みやこし みつひろ、1950年〈昭和25年〉12月21日 - )は、日本の政治家。 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、消費者及び食品安全、少子化対策、海洋政策)(第4次安倍第1次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、農林水産副大臣(第3次小泉内閣・第3次小泉改造内閣)、農林水産大臣政務官(第1次小泉内閣)、内閣府大臣政務官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院農林水産委員長、衆議院議員(8期)、富山県議会議員(4期)、自民党たばこ議員連盟副会長などを歴任。 富山県黒部市生まれ(現住所は黒部市岡)。黒部市立石田小学校、黒部市立白鷹中学校、富山県立桜井高等学校卒業。
細川 隆雄(ほそかわ たかお、1950年12月17日 - )… 細川 隆雄(ほそかわ たかお、1950年12月17日 - )は、日本の農学者、愛媛大学名誉教授。専門はソ連の農林水産業。 大阪市住吉区生まれ。1974年京都大学農学部農林経済学科卒、1980年同大学院博士課程満期退学、1985年「ソ連における東部開発と林業配置に関する研究」で農学博士。1980年甲子園大学講師、助教授、1990年愛媛大学農学部教授。2016年定年退任、名誉教授となる。
渡辺 真理(わたなべ まこと、男性、1950年11月25日 … 渡辺 真理(わたなべ まこと、男性、1950年11月25日 - )は、日本の建築家。法政大学デザイン工学部建築学科教授。専門は建築意匠、都市デザイン 妻である木下庸子とユニットを組み、設計組織ADHとして、住宅から公共建築まで幅広い建築設計を手がけており、日本建築学会賞、JIA新人賞などを受賞している。 群馬県前橋市生まれ。群馬県立前橋高等学校、京都大学工学部建築学科卒業。同大学院修士課程修了。1979年、ハーバード大学デザイン学部大学院修了。 1981年~1987年、磯崎新アトリエ勤務、ロサンゼルス現代美術館などを担当。1987年、設計組織ADH主宰(木下庸子とのユニット)。1996年、法政大学工学部教授(2007年、改組によりデザイン工学部教授)。
子安 増生(こやす ますお、1950年11月16日 - )は… 子安 増生(こやす ますお、1950年11月16日 - )は、日本の教育心理学者。京都大学名誉教授。甲南大学文学部特任教授。専門は教育認知心理学。特に心の理論、メタファー理解などの発達心理学的研究。 日本心理学諸学会連合理事長。博士(教育学)。 京都市出身。高槻高等学校を経て1973年京都大学教育学部卒業。1977年に京都大学大学院教育学研究科博士課程を中退。同年から1988年まで愛知教育大学助手・助教授を務めた後、京都大学教育学部助教授に就任。1998年より教授。2016年4月から京都大学名誉教授。
前田 恵一(まえだ けいいち、1950年10月30日 - )… 前田 恵一(まえだ けいいち、1950年10月30日 - )は、日本の物理学者。理学博士(京都大学)。専門は、理論物理学・宇宙物理学。専攻は、一般相対性理論・宇宙論。早稲田大学理工学術院名誉教授。 大阪市出身。日本の宇宙物理学の先駆者の一人で京都大学名誉教授を務めた林忠四郎の弟子の一人で、中村卓史・佐々木節・観山正見と共に「林先生と天体核4人組」といわれ、重力に関する数値相対論の数値計算に取り組んだ。1979年京都大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。翌年、理学博士(京都大学)。1989年早稲田大学理工学部物理学科教授となる。2006年ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ客員教授。2021年早稲田大学理工学術院名誉教授。
柄澤 康喜(からさわ やすよし、1950年〈昭和25年〉10… 柄澤 康喜(からさわ やすよし、1950年〈昭和25年〉10月27日 - )は、日本の実業家。MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社取締役会長。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1975年京都大学経済学部卒業。住友海上火災保険株式会社(現:三井住友海上火災保険株式会社)に入社した。
吉田 城(よしだ じょう、1950年10月21日 - 200… 吉田 城(よしだ じょう、1950年10月21日 - 2005年6月24日)は、フランス文学者。元京都大学大学院文学研究科教授。専門はマルセル・プルースト。プレイヤード叢書の編纂に日本人として初めて参画した[要出典]。 英文学者・吉田正俊の子として東京に生まれる。都立日比谷高校、京都大学文学部仏文科卒業。東京大学大学院人文科学研究科仏文専攻博士課程中退。大阪大学言語文化部講師、助教授、京大教養部助教授、1982年文学部助教授。1994年、京大文学博士号を取得。教授となる。 2005年に腎不全のため死去。没後2冊分の遺稿集が刊行された。
丸岡 修(まるおか おさむ、1950年〈昭和25年〉10月2… 丸岡 修(まるおか おさむ、1950年〈昭和25年〉10月20日 - 2011年〈平成23年〉5月29日)は、日本のテロリスト・新左翼活動家。日本赤軍の元メンバーで軍事部門の最高幹部だった。徳島県出身。ドバイ日航機ハイジャック事件、ダッカ日航機ハイジャック事件一味として国際手配され、1987年に東京で逮捕。 生家は徳島県の大地主で、父親は一家の当主かつ陸軍将校だったが、敗戦後の農地改革で没落し、一家は徳島を離れ、大阪で縫製業に就いていた。その生家の環境及び、小学6年の担任が戦後も軍国主義者であり続けた右翼教師であったため、その強い影響で中学3年まで熱狂的な右翼少年であった。五・一五事件や二・二六事件の青年将校に憧れ、自衛官を志望していたが、大阪府立清水谷高等学校入学後、ベトナム戦争に疑問を持ち、日本民主青年同盟やベ平連の会合に参加し、羽田闘争での京都大学の学生山崎博昭の死に衝撃を受け、高校を卒業後、1970年から大阪浪共闘に参加した。
熊谷 幸三(くまがい こうぞう、1950年〈昭和25年〉10… 熊谷 幸三(くまがい こうぞう、1950年〈昭和25年〉10月19日 - )は、日本の地方公務員。元徳島県副知事。瑞宝中綬章受章。 1973年 京都大学農学部卒業、同年4月 徳島県庁入職、2000年 (平成12年) 4月 農林水産部農林政策課農林水産企画監、県政策監を経て、徳島県副知事就任。2014年4月 公益社団法人徳島県林業公社理事長として同じく理事長を務める公益社団法人とくしま森とみどりの会を合併。徳島工芸村株式会社代表取締役社長を兼務。 県庁退職後にとくしま産業振興機構理事長。2019年 コウノトリやナベヅルなど希少鳥類とその生息環境の保全活動のために「とくしまコウノトリ基金」を発足し理事長に就任。
酒井 潔(さかい きよし、1950年(昭和25年)10月17… 酒井 潔(さかい きよし、1950年(昭和25年)10月17日 - )は、日本の哲学者。哲学史家。学習院大学文学部哲学科名誉教授。京都府京都市生まれ。 ライプニッツ、カント、ハイデッガーを中心とするドイツ近現代哲学を専攻。主に形而上学、現象学の観点から研究している。1985年(昭和60年)博士論文「世界と自我―ライプニッツ形而上学論攷―」により文学博士(京都大学)。 徹底したテクスト読解、事象に即した体系的思索、そして西洋哲学史の広汎な知識に立脚した研究には定評がある。また、近代日本における西洋哲学の受容(とくに西田幾多郎、三宅剛一)の問題にも取り組んでいる。国内での研究発表や執筆活動にとどまらず、ドイツを中心に海外での発表や講演、学会誌や論文集への寄稿、共同研究、さらには主要研究者の日本への招聘(しょうへい)などでも多くの実績をあげている。
松沢 哲郎(まつざわ てつろう、1950年10月15日 - … 松沢 哲郎(まつざわ てつろう、1950年10月15日 - )は、日本の動物心理学者・霊長類学者。理学博士(京都大学)。元・京都大学高等研究院特別教授・京都大学霊長類研究所兼任教授。チンパンジーに人工言語を教えるプロジェクトを通じて霊長類の認知機能を研究し、「比較認知科学」と呼ばれる新領域の権威として世界的に知られる。 愛媛県生まれ。野外調査を重視する京都大学の伝統的な霊長類研究スタイルを受け継ぎ、数多い業績の中では、とくにチンパンジーが「じゃんけん」のルールを学習できることを証明し人間の4歳児並みの認知能力をもつとした論文などが高く評価されている。一般メディアへの出演や寄稿を積極的に行い、これらの研究を一般に分かりやすく解説する活動でも著名。
大山 茂樹(おおやま しげき、1950年〈昭和25年〉9月2… 大山 茂樹(おおやま しげき、1950年〈昭和25年〉9月20日 - )は、日本の政治家。香川県さぬき市長(6期)。 香川県さぬき市津田町(旧大川郡津田町)出身。1975年(昭和50年)3月、京都大学法学部卒業。同年4月、香川県庁に入庁。商工労働部次長、農政水産部長などを歴任。 2006年(平成18年)2月、香川県庁を退職。同年4月に行われたさぬき市長選挙に無投票で初当選した。5月12日、市長就任。 2010年(平成22年)、再選。2013年(平成25年)4月、香川県市長会会長に就任。2014年(平成26年)、無投票で3選。2018年(平成30年)、4選。2022年(令和4年)、無投票で5選。2026年4月26日投開票の市長選では候補者3人の混戦を制し、6選。