藤野 洋右(ふじの ようすけ、1981年 - )は、任天堂の… 藤野 洋右(ふじの ようすけ、1981年 - )は、任天堂のUI/UXデザイナー。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻出身。 大阪府出身。2002年京都市立芸術大学美術科彫刻専攻に入学。2005年に同大学を卒業。2008年に任天堂に入社。『ニンテンドーeショップ』をはじめとするECサイトを中心にUIとUXの設計を担当。
京都市立芸術大学:9人
藤野 洋右(ふじの ようすけ、1981年 - )は、任天堂の… 藤野 洋右(ふじの ようすけ、1981年 - )は、任天堂のUI/UXデザイナー。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻出身。 大阪府出身。2002年京都市立芸術大学美術科彫刻専攻に入学。2005年に同大学を卒業。2008年に任天堂に入社。『ニンテンドーeショップ』をはじめとするECサイトを中心にUIとUXの設計を担当。
瀬尾 英樹(せお ひでき、Hideki Seo、1974年5… 瀬尾 英樹(せお ひでき、Hideki Seo、1974年5月10日 - 2024年3月)は、日本・広島県のファッションデザイナー.アーティスト 京都市立芸術大学を卒業後、グラフィックデザイナーを経てアントワープ王立芸術アカデミーファッション科を首席で卒業。現在はアズディン・アライアのファーストアシスタントを勤めると共に自身もアーティストとして、パリのモードの枠を乗り越えたアート作品を制作、世界各地の美術館で発表中。 2024年3月21日に訃報が発表された。享年49。 Atopos; Vassilis Zidianakis (2011). Not a Toy - Radical Character Design in Fashion and Costume. Pictoplasma. ISBN 978-3942245029
片岡れいこ(かたおか れいこ、1967年 - )は、日本の版… 片岡れいこ(かたおか れいこ、1967年 - )は、日本の版画家、デザイナー、編集者、映画監督、俳優、占い師である。 1967年(昭和42年)、京都生まれ。クリエイター、版画家(吉原英雄、黒崎彰に師事)、映画監督、俳優、グラフィックデザイナー、編集者、占い師。京都市立芸術大学卒業後、広告代理店、英国留学を経て、アトリエニコラ主宰。日本版画協会準会員。デザインや書籍の執筆や編集を手がける傍ら、幼い頃からの感性を生かして占い師として活動(四柱推命は緒方泰州に師事)、オリジナルタロットを制作。近年、自身でも映画制作にたどり着き、2021年ワンウェイフィルムを立ち上げ、監督として活動中。
南井健治(みない けんじ、1957年〈昭和32年〉 - )は… 南井健治(みない けんじ、1957年〈昭和32年〉 - )は日本の鉄道車両デザイナーである。 京都府京都市生まれ。京都府立山城高等学校、京都市立芸術大学卒。 1979年(昭和54年)京都市立芸術大学卒業後は近畿車両に入社。 鉄道国際デザインコンペティション「ブルネル賞」を1994年に受賞した、JR西日本の281系電車「はるか」の開発にも携わる。 担当した車両はJR九州の783系電車、JR北海道のフラノエクスプレス、特急「サンダーバード」シリーズの681系と683系、221系や223系などの新快速シリーズと共に281系「はるか」、283系「オーシャンアロー」も担当。 私鉄のプロジェクトでは、近畿日本鉄道のデザインに従事し、シリーズ21各形式、初代アーバンライナーとアーバンライナーnextも手掛けている。
ワダ・エミ(通常は本人の意向に従い「ワダエミ」と表記。本名:… ワダ・エミ(通常は本人の意向に従い「ワダエミ」と表記。本名:和田 恵美子、1937年〈昭和12年〉3月18日 - 2021年〈令和3年〉11月13日)は、日本の衣裳デザイナー。映画と舞台の双方で世界各地で数多くの作品を手がけ、日本人としてはこの分野で初めて世界的に広く知られる存在となった。 京都府出身。同志社女子中学校・高等学校を経て、1959年に京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)西洋画科を卒業した。大学在学中の20歳の時、NHKのドラマ制作部にいた演出家の和田勉(2011年に死別)と結婚した。1957年、夫が演出する舞台『青い火』の衣裳を手がけたのを機に衣装デザイナーとなる。 以後、日本映画の衣装デザインを数多く手がけ、とくに『乱』(1985年・黒澤明)の衣裳デザインにより日本人女性初となるアカデミー賞(衣裳デザイン賞)を受賞したことで世界的に知られるようになった。
田中 一光(たなか いっこう、1930年1月13日 - 20… 田中 一光(たなか いっこう、1930年1月13日 - 2002年1月10日)は、日本のグラフィックデザイナー。奈良県奈良市出身。本名は同じ表記で、読みは「たなか かずあき」。 昭和期を代表するグラフィックデザイナーの一人として活躍した。グラフィックデザイン、広告の他、デザイナーとして日本のデザイン界、デザイナーたちに大きな影響を与えた。特にセゾングループのクリエイティブディレクターとして、セゾン文化の裏方を担った。 自身の作風は琳派に大きな影響を受けており、間接的ながら琳派の作風を現代(1970年代以降2020年現在に至るまで)に広め紹介することとなった。
粟辻 博(あわつじ ひろし、1929年〈昭和4年〉7月20日… 粟辻 博(あわつじ ひろし、1929年〈昭和4年〉7月20日 - 1995年〈平成7年〉5月5日)は、日本のテキスタイルデザイナーである。京都府京都市出身。 京都市立美術専門学校(現在の京都市立芸術大学)卒業後、鐘淵紡績(後のカネボウ、現在のクラシエホールディングス)に勤務する傍ら、テキスタイルや油絵の制作を手掛ける。1955年(昭和30年)に上京した後に、フリーランスとしての活動を開始した。 その後は粟辻の作品が二科展や読売アンデパンダン展等に出品されたり、個展を開いたことにより数多くの賞を受賞する。1966年(昭和41年)にはフジエテキスタイルのデザイン主任に就任し、1988年(昭和63年)には多摩美術大学の教授となった。
梵天 太郎(初代 梵天)(ぼんてん たろう、1929年1月5… 梵天 太郎(初代 梵天)(ぼんてん たろう、1929年1月5日 - 2008年6月30日)は、日本の刺青師、画家、劇画家、デザイナー、漫画家。 凡天 太郎と表記する場合もある。少女漫画を描く時は石井 きよみ(いしい きよみ、まれに清美とも表記)のペンネームを使用。刺青師としては彫清(ほりきよ)を名乗った時期もある。本名は田中 清美(たなか きよみ)。 「刺青=極道者」というマイナスイメージを払拭し、絵で肌を飾るという「最も原始的なファッション」としての刺青を世に認知させるために尽力した。刺青のファッション性を向上させるために、刺青を「肌絵」「スキン・イラストレーション」と呼び、刑罰としての「入れ墨」と、装飾としての「刺青・文身」の歴史的区別を説いた。
緒方 規矩子(おがた きくこ、1928年(昭和3年)10月4… 緒方 規矩子(おがた きくこ、1928年(昭和3年)10月4日 - 2025年(令和7年)2月7日)は、日本の舞台衣裳デザイナー。 東京府日本橋生まれ。京都市立美術大学(現:京都市立芸術大学)図案科に学ぶ。在学中から演劇に傾倒し、クラスメートの田中一光や橋本潔等と「アトリエ座」という劇団を作り、美大卒業と同時に新たな劇団「喜劇座」を起こす。 鐘紡勤務をへて、舞台衣裳デザイナーとしては1952年(昭和27年)関西歌劇団の『椿姫』でデビュー。以後、妹尾河童に招かれ上京。1955年(昭和30年)栗山昌良演出の『道化師』と『カヴァレリア・ルスティカーナ』の衣裳デザインで東京デビュー。1957年(昭和32年)外山雄三、岩城宏之、林光、妹尾河童、栗山昌良、佐々木忠次と“スタッフ・クラブ”を結成。