高島 宗一郎(髙島 宗一郎、たかしま そういちろう、1974… 高島 宗一郎(髙島 宗一郎、たかしま そういちろう、1974年〈昭和49年〉11月1日 - )は、日本の政治家。福岡市長(4期)。元アナウンサー。 大分県大分市生まれ。父は地元局・元大分放送アナウンサー(元社長室長)の高島晋一郎。母方の祖父は元豊後高田市長の倉田安雄。また親族に元日本テレビアナウンサーの小林完吾がいる。 大分県立大分舞鶴高等学校、獨協大学法学部卒業後、KBC九州朝日放送に入社。『アサデス。』メインキャスターや『ワールドプロレスリング』の実況などを務めた。同期には田崎日加理(退社)、宮本啓丞らがいる。 2009年4月、九州大学大学院法学府政治学専攻専修コース修士課程に入学。熊本県議(現・熊本市長)の大西一史とは研究室で隣の席であった。
田畑 裕明(たばた ひろあき、1973年〈昭和48年〉1月2… 田畑 裕明(たばた ひろあき、1973年〈昭和48年〉1月2日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、自由民主党政務調査会副会長。 総務副大臣、厚生労働大臣政務官、衆議院厚生労働委員長、自由民主党国会対策副委員長、同厚生労働部会長を歴任。妻は女優の内田百香(元宝塚歌劇団・娘役、89期生)。 富山県富山市出身(現住所は富山市北代)。富山県立富山東高等学校を経て、獨協大学経済学部経済学科を卒業。 大学卒業後、富山第一銀行に入行。その後同行を退社し、2002年に富山鋼機に入社。 当初起業を目指していたが、森雅志富山県議会議員(のちの富山市長)との出会いがきっかけで政治を志し、2003年、富山市議会議員選挙に立候補し、初当選。
西岡 真一郎(にしおか しんいちろう、1969年(昭和44年… 西岡 真一郎(にしおか しんいちろう、1969年(昭和44年)5月11日 - )は、日本の政治家。元小金井市長、元東京都議会議員、元小金井市議会議員。妻はタレントの友寄蓮。 東京都武蔵野市生まれ。三重県尾鷲市出身の父親と栃木県塩谷郡塩谷町出身の母親の仕事の関係で幼稚園、小学校は5回変わった。10歳のときに小金井市に転入。小金井市立南小学校、小金井市立小金井第二中学校、東京都立清瀬高等学校卒業。19歳のとき、地域活動に熱心だった父親が唐突に市議選に立候補し、落選。それが政治を志すきっかけになった。 1年間の浪人生活を経て、獨協大学経済学部経営学科に入学し、1993年3月に卒業。同年4月、自由民主党本部事務局に入職した。
瀬戸 健一郎(せと けんいちろう、1962年(昭和37年)5… 瀬戸 健一郎(せと けんいちろう、1962年(昭和37年)5月21日 - 2022年3月25日)は、日本の政治家、ポリティカルセオリスト。政治評論家。著述業。元草加市議会議員(6期)、同副議長、議長、議員団長、監査委員等歴任。日本マルタ友好協会会長、日本CBMC副理事長。CBMCアジア太平洋地区准理事、元公益財団法人YFU日本国際交流財団事務局長。日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団草加神召キリスト教会員、元聖公会員、元日本同盟基督教団石神井福音教会員。妻は草加市長で立憲民主党所属の前衆議院議員でもあった山川百合子。愛称は、せとけん。 1962年(昭和37年)、東京で生まれる。練馬区立光和小学校、練馬区立石神井東中学校、東京都立荻窪高等学校入学。
針谷 力(はりや ちから、1961年(昭和36年)5月28日… 針谷 力(はりや ちから、1961年(昭和36年)5月28日 - )は、日本の政治家。茨城県古河市長(3期)。 古河市立古河第一中学校、茨城県立古河第三高等学校、獨協大学法学部卒業。俳優の渡辺徹は幼稚園、中学校、高校の同級生で幼馴染み同士だった。 1995年(平成7年)、旧古河市の市議会議員選挙に初当選。3選したあとの2005年(平成17年)9月12日、旧古河市は総和町、三和町と新設合併を行い、新制の古河市が誕生する。 2007年(平成19年)4月22日に行われた新古河市の市議選で当選。その後、第4代古河市議会議長に就任する。2011年(平成23年)と2015年(平成27年)の市議選はそれぞれトップ当選を果たした。
土屋 敬之(つちや たかゆき、1952年〈昭和27年〉2月8… 土屋 敬之(つちや たかゆき、1952年〈昭和27年〉2月8日 - )は、日本の元政治家。元東京都議会議員(4期)。元国会議員第二、第一秘書。国会議員政策担当秘書資格 獨協大学法学部卒、法律専攻科修了、東北歯科大学中退。大学時代は民族派学生組織の全国学生自治体連絡協議会で活動。その後東武百貨店勤務、塩川正十郎・白川勝彦の秘書を経て、小沢鋭仁衆議院第一議員秘書(政策担当秘書資格取得)。 1997年に旧民主党公認として板橋区より都議会議員選挙に出馬し初当選。都議会総務委員長、都議会民主党総務会長(3期)、民主党東京都連常任幹事(2期)、民主党東京都連選対副委員長などを歴任した。2009年東京都議会議員選挙で4選したが、同年実施された第45回衆議院議員総選挙で、「マニフェスト」の中に民主党政策集インデックス2009に「議論の到達点」と書かれている外国人参政権などが明記されておらず、「政策は正直に」との寄稿を「WiLL」におこなう。
戸井田 徹(といだ とおる、1951年11月25日 - )は… 戸井田 徹(といだ とおる、1951年11月25日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(当選2回)。中華人民共和国・河南省生まれで自身のウェブサイトや著作では戸井田とおる名義を使っており、首相官邸ホームページでもそのように記載されている。 1951年、中国河南省にて戸井田三郎の次男として誕生。父三郎は学徒出陣した旧日本軍衛生兵、母は元従軍看護婦であり、両名とも終戦後も医療や看護・衛生の経験・知識のある者として八路軍に徴用され残留、その後結婚した。1953年に両親とともに帰国。父は衆議院議員清瀬一郎の秘書となり、清瀬の死後、後継者として総選挙に立候補し1972年から衆議院議員となった。
高島 直樹(たかしま なおき、1950年(昭和25年)5月1… 高島 直樹(たかしま なおき、1950年(昭和25年)5月13日 - 2023年(令和5年)10月2日)は、日本の政治家。位階は正五位。 東京都議会議員(6期)、東京都議会議長(第46代)、東京都議会オリンピック・パラリンピック推進対策特別委員長、2016年東京オリンピック招致委員会理事、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事、自由民主党東京都支部連合会幹事長、東京都議会自由民主党幹事長・政務調査会長、足立区議会議員(3期)等を歴任した。 東京都足立区千住生まれ。獨協中学校・高等学校を経て獨協大学経済学部卒業。1976年3月に東京都議会議員の秘書となる。1981年3月からは実家の株式会社高島製餡所に3代目として従事した。
西本 勝子(にしもと かつこ、1950年4月1日 - 202… 西本 勝子(にしもと かつこ、1950年4月1日 - 2025年2月2日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 高知県高岡郡日高村出身。高知学芸高等学校、獨協大学法学部を卒業後、西本建設(廃業)の代表取締役社長、日高村議会議員を経て、2005年の第44回衆議院議員総選挙に比例四国ブロックから立候補。名簿順位14位と下位だったが、四国のほぼ全ての自民党重複候補が小選挙区当選したため、初当選した。番町政策研究所(高村派)所属。 2006年の自由民主党総裁選挙では安倍晋三を支持した。 2007年6月14日、ワシントン・ポストに掲載されたアメリカ合衆国下院121号決議の全面撤回を求める歴史事実委員会名義の全面広告「THE FACTS」に賛同者として名を連ねた。
内田 俊郎(うちだ としろう、1947年8月5日 - )は、… 内田 俊郎(うちだ としろう、1947年8月5日 - )は、日本の政治家。元茨城県鹿嶋市長(4期)。 獨協大学卒業。鹿島町で米穀と肥料の販売を商う。1986年の鹿島町議会議員補欠選挙で当選。以後、市長選挙に立候補するまで4期務めた。1998年鹿嶋市市制施行(1995年)初の市長選挙に立候補し、元町議と元市職員の2人を破って初当選した。2002年は無投票で再選。2006年に三選。2010年に四選した。市長を4期務め、2014年に退任した。
久慈 義昭(くじ よしあき、1945年〈昭和20年〉3月31… 久慈 義昭(くじ よしあき、1945年〈昭和20年〉3月31日 - )は、日本の政治家。元岩手県久慈市長。 岩手県九戸郡侍浜村(現・久慈市)出身。1970年、獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒。同年、岩手放送に就職する。1979年、当時久慈市長であった父の久慈義巳が病死し、当時34歳であった長男の義昭が市長選に立候補、当選した。以後、6期にわたり久慈市長を務めたが、2003年の統一地方選で岩手県議5期の山内隆文に敗れた。 1991年1月、リトアニアに対するソ連の武力介入に対し、久慈市はゴルバチョフ大統領に抗議電報を送った。 その後、久慈市とクライペダ市の交流実績により、2003年2月にリトアニア共和国から久慈義昭市長(当時)にヴィータウタス大公将校十字勲章が授与された。
恒松 制治(つねまつ せいじ、1923年(大正12年)1月2… 恒松 制治(つねまつ せいじ、1923年(大正12年)1月21日 - 2011年(平成23年)7月23日)は、日本の経済学者、政治家。島根県知事(3期)。第5代獨協大学学長。連邦制・道州制を提唱。戦国武将で尼子氏の家臣・立原久綱の後裔にあたる。 島根県大田市生まれ。武蔵高等学校、京都帝国大学経済学部卒業後、農林省(現・農林水産省)入省。 1958年(昭和33年)学習院大学経済学部教授に転じ、1975年郷里の知事に担ぎ出され、日本社会党の推薦で初当選。県議の8割を占める保守系県議の支援も得て、3期務めた。任期中は、賛否が割れていた宍道湖・中海淡水化事業を巡って苦心したほか、1981年(昭和56年)には韓国・慶尚北道を訪れ、姉妹提携の筋道をつけた。
小山 松吉(こやま まつきち、1869年11月1日〈明治2年… 小山 松吉(こやま まつきち、1869年11月1日〈明治2年9月28日〉- 1948年〈昭和23年〉3月27日)は、日本の法学者、司法官僚、政治家。学位は法学博士。検事総長、司法大臣、貴族院勅選議員、法政大学総長を歴任。茨城県出身者では初の国務大臣である。 水戸の米穀商・高瀬儀平次の三男として生まれ、15歳で岡山県士族・小山高光の養子となる。二松学舎の学僕(学費免除の住み込み学生)を経て、獨逸学協会学校(現在の獨協大学)専修科を卒業し、法曹会雑誌編集委員、内田康哉内閣総理大臣臨時代理の奏請により懲戒裁判所検事、大審院検事などを経て1924年(大正13年)に検事総長となり、1932年(昭和7年)に齋藤内閣の司法大臣に就任するまでの8年間これを勤めた。
尾越 辰雄(おごせ たつお、慶応4年4月14日(1868年5… 尾越 辰雄(おごせ たつお、慶応4年4月14日(1868年5月6日) - 大正12年(1923年)9月21日)は、日本の衆議院議員(立憲同志会→憲政会)。弁護士。旧姓・武藤。 肥後国宇土郡宇土(現宇土市)に宇土藩士武藤三兵衛の三男に生まれ、尾越可俊の養子となった。1893年(明治26年)、獨逸協会学校専修科(現在の獨協大学)を卒業し、熊本市で弁護士を開業した。1898年(明治31年)よりドイツのライプツィヒに留学し、1901年(明治34年)に博士号を得た。帰国後は破産管財人、熊本市会議員、同参事会員などを務めた。1906年(明治39年)からは東京市に事務所を開いた。 1915年(大正4年)第12回衆議院議員総選挙に出馬し当選。