エドゥアルド・ユウジ・サントス(Eduardo Yudy S… エドゥアルド・ユウジ・サントス(Eduardo Yudy Santos 1994年10月25日- )はブラジルの柔道選手。茨城県下妻市出身。階級は81kg級。 日系人の祖母が住む茨城県へブラジルから移ってきた両親の下に生まれた。下妻東部中学3年の時に全国中学校柔道大会73kg級に出場したが3回戦で敗れた。明野高校2年の時にはインターハイ81kg級に出場したが初戦で敗れ、全国高校選手権でも2回戦で敗れた。3年の時にはインターハイの準々決勝で大牟田高校3年の佐藤正大に技ありで敗れて5位だった。2013年には国際武道大学へ進学すると、1年の時に学生体重別の2回戦で東海大学3年の渡邉勇人に敗れた。一方、ブラジル国籍だったため全日本ジュニアに出場きなかったことがきっかけとなり、19歳の時にブラジルに渡って現地で代表を目指すことになった。
坂口 仁美(さかぐち ひとみ、1994年1月8日 - )は、… 坂口 仁美(さかぐち ひとみ、1994年1月8日 - )は、長野県東御市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は44kg級。身長145cm。血液型O型。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は背負投、寝技。
君島 奈津子(きみじま なつこ、1981年7月21日 - )… 君島 奈津子(きみじま なつこ、1981年7月21日 - )は、栃木県出身の日本の柔道家。52kg級の選手。身長163cm。得意技は袖釣込腰。 柔道は10歳の時に矢板スポーツ少年団で始めた。矢板中学から帝京高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権57kg級で5位となった。2000年に国際武道大学へ進むと、2年の時には全国女子体重別52kg級決勝で旭川南高校3年の佐藤愛子に敗れるも2位になった。3年の時には選抜体重別で3位になると、学生体重別では2位だった。4年の時には選抜体重別と学生体重別で3位となった。2004年に警視庁の所属となると、アジア選手権で3位になった。2005年の選抜体重別では決勝でコマツの宝寿栄を有効で破って優勝を飾った。
中村 和裕(なかむら かずひろ、1979年2月21日 - )… 中村 和裕(なかむら かずひろ、1979年2月21日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。現在は大学教員。広島県福山市出身。柔道三段。近畿大学附属福山高等学校、国際武道大学卒業。元DEEPミドル級王者。 10歳の頃から柔道を始める。国際武道大学時代には柔道部で柏崎克彦に師事し、2000年には正力杯全日本学生体重別の100kg級で準優勝。大学卒業後には京葉ガス柔道部に所属し、2002年の全日本実業柔道個人選手権大会優勝、ドイツオープン柔道大会100kg級優勝などの実績を挙げる。100kg級では、井上康生、鈴木桂治らと肩を並べ、全日本強化選手入りを果たした。アマチュア時代には、柔道以外の格闘技に挑戦し、2001年にJTC総合格闘技大会で準優勝、全日本サンボ体重別大会で優勝している。
小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 -… 小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 - )は、日本の元男性総合格闘家、柔道家。茨城県出身。土浦日本大学高等学校、国際武道大学卒業。NEO JUDO ACADEMEY 小見川道場主宰。 小学校1年から柔道を始める。土浦日大高校では、同じ柔道部所属の桜井"マッハ"速人、レスリング部の宮田和幸と同級生であった。国際武道大学時代には野村忠宏、中村行成に勝利したこともある。同じ吉田道場所属だった中村和裕は大学の後輩にあたる。大学卒業後は、綜合警備保障で柔道を続けた。1998年2月、ハンガリー国際66kg級優勝、2002年1月、日本国際66kg級優勝、8月柔道ワールドカップ国別団体選手権大会で決勝戦では巴投で一本勝ちし金メダルを獲得。
矢野 智彦(やの ともひこ、1973年10月31日 - )は… 矢野 智彦(やの ともひこ、1973年10月31日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。身長176cm。得意技は寝技。現在は環太平洋大学の柔道部監督を務めている。 洞北中学校から静岡県の東海大一高校へ進むが、この当時は大きな実績を上げることはなかった。 1992年に国際武道大学へ進むと、寝技の名手として知られる柏崎克彦の指導を受けて、1年の時にジュニア体重別71kg級で3位、2年の時には優勝を飾った。ブルガリア国際でも優勝した。3年の時には講道館杯で3位となった。4年の時には正力杯の決勝で東海大学4年の中村兼三と寝技のスペシャリスト同士の対戦となるが、判定で敗れて2位に終わった。 1996年には東芝プラント建設の所属となった。
新田 雅史(にった まさし、1973年2月24日 -)は石川… 新田 雅史(にった まさし、1973年2月24日 -)は石川県出身の日本の柔道家。現役時代は71kg級及び73kg級の選手。身長は171cm。
関口 佐智子(せきぐち さちこ、1969年11月17日 - … 関口 佐智子(せきぐち さちこ、1969年11月17日 - )は、東京都出身の日本の柔道家。66kg級の選手。身長167cm。娘は78㎏級の池田紅。 江戸川女子高校2年の時に、都道府県対抗全日本女子柔道大会に東京都代表で天野安喜子や田辺陽子などとともに出場して優勝を飾った。高校選手権の61kg級では5位にとどまった。3年の時には都道府県対抗全日本女子柔道大会で2連覇を飾った。強化選手選考会の66kg級では決勝まで進むが、小佐野中学3年の阿部由記子に敗れた。 国際武道大学2年の時には強化選手選考会の66kg級決勝で釜石南高校2年の阿部由記子に敗れて2位だった。3年の時には強化選手選考会の決勝で筑波大学2年の大石愛子に敗れた。
矢崎 利加(やざき りか、1969年6月7日 - )は、長野… 矢崎 利加(やざき りか、1969年6月7日 - )は、長野県茅野市出身の日本の柔道家。現役時代は72kg級の選手。 柔道は小学校3年の時に父と兄の影響で始めた。中学の時はバレーボールにも取り組んでいた。東海大第三高校へ入学すると、団体競技は向いていないと判断して柔道に専念することになった。3年の時には 強化選手選考会の決勝で国際武道大学2年の佐藤昭子を破って優勝を飾った。 1988年には国際武道大学へ進学すると、1年の時には強化選手選考会の決勝で大学の2年先輩となる佐藤に敗れて2位だった。正力杯には61kg超級に出場して3位となると、体重別でも3位だった。2年の時には体重別で3位、正力杯61kg超級では決勝で筑波大学2年の鈴木香に敗れて2位、無差別で争われる全日本学生選手権では3位となった。
佐藤 昭子(さとう あきこ、1968年4月1日 - )は、岡… 佐藤 昭子(さとう あきこ、1968年4月1日 - )は、岡山県岡山市出身の日本の柔道家。現役時代は72kg級の選手。身長165cm。 就実高校2年の時に将来婦人警官になりたいと思って柔道を始めた。高校の部活動はまるでお遊びのようなものだったので、町道場の正々館や岡山武道館でも稽古を積んだ。すると3年の時には強化選手選考会72kg級で早くも3位となった。 1986年になると国際武道大学へ進学した。そこでは自分より30kgも軽い上級生に軽々と抑え込まれるなど柔道の恐ろしさを見せ付けられることになった。高校時代の稽古が如何にお遊びの域を出ていなかったことかを思い知らされて、最初は泣きくれていたという。
加古 智美(かこ ともみ、1965年12月28日 - )は、… 加古 智美(かこ ともみ、1965年12月28日 - )は、愛知県出身の日本の柔道家。現役時代は56kg級の選手。身長156cm。 八幡中学3年の時に地元の名古屋で開催された環太平洋柔道選手権大会の52㎏級で3位になった。半田商業高校3年の時に強化選手選考会と体重別の56kg級でそれぞれ3位に入った。1984年に国際武道大学の柔道部に1期生として入学すると、1年の時には強化選手選考会で3位だった。2年の時には強化選手選考会で決勝まで進むが、北海道女子短大1年の渡部五月に敗れて2位にとどまった。体重別では3位だった。3年の時には体重別の決勝で日本電気の水滝栄子を縦四方固で破って初優勝を飾り、世界選手権代表に選ばれた。