今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸… 今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)選手。福島県相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。妻はRKB毎日放送元アナウンサーの川添麻美。トヨタ自動車九州所属。2024年3月に現役引退を表明し、同社で指導者。2024年4月から順天堂大学スポーツ健康科学部の非常勤講師を兼任。 小高町立小高中学校→福島県立原町高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部→トヨタ自動車九州所属。 小中学校時代、野球部に所属しながら、駅伝でも助っ人として活躍し、小高中3年の1999年度に中学生枠で都道府県対抗男子駅伝の福島県代表に選ばれ、区間3位の成績を残した。そこで、当時早大のエースで将来を嘱望された佐藤敦之(福島県出身)と出会った。
難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、… 難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技元選手(中距離走・長距離走)、現指導者。順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立洛北高等学校陸上部監督を担当。 亀岡小学校、亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした。1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。 中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。
入船 敏(いりふね さとし、1975年12月14日 - )は… 入船 敏(いりふね さとし、1975年12月14日 - )は、日本の陸上競技長距離走・マラソン元選手・現指導者。鹿児島県日置市(旧・日置郡伊集院町)出身。身長:176 cm、体重:59 kg。世界陸上競技選手権(男子10000m1回・男子マラソン2回の合計3大会)・アジア競技大会(男子マラソン1回)日本代表。 鹿児島商業高等学校卒業後、1994年京セラ入社。男子陸上競技部が廃部したため、2000年に伊藤国光監督(当時)率いるカネボウへ移籍。 同陸上競技部には、2000年シドニーオリンピック男子10000m7位入賞・現マラソン日本記録保持者の高岡寿成現監督らが所属、入船自身ライバルながらも尊敬する選手として高岡の名を挙げていた。
鈴木 賢一(すずき けんいち、1967年4月6日 - )は、… 鈴木 賢一(すずき けんいち、1967年4月6日 - )は、日本の元マラソン選手。 氏家町(現在のさくら市)出身。栃木県立宇都宮農業高等学校(現在の栃木県立宇都宮白楊高等学校)、順天堂大学卒業。その後は富士通に所属した。栃木県立那須拓陽高等学校の教員を務め、駅伝部の監督を務めていたこともある。
小山 隆治(こやま たかはる、1948年7月8日 - 201… 小山 隆治(こやま たかはる、1948年7月8日 - 2018年9月11日)は、日本の陸上競技(中距離走・長距離走)選手。3000メートル障害の元日本記録保持者であり、日本選手権6連覇、オリンピック出場2回。1972年ミュンヘンオリンピックでは決勝進出を果たした。ロードレースでも箱根駅伝や全日本実業団駅伝で成績を残している。 福岡県出身。常磐高等学校を経て順天堂大学に入学。順天堂大学では、箱根駅伝に4年連続出場、区間賞1回。 1971年、大学を卒業してクラレに入社。日本選手権では1971年から1976年まで3000メートル障害で6連覇を達成した。 1972年ミュンヘンオリンピックでは3000メートル障害と5000メートル競走に出場。
澤木 啓祐(さわき けいすけ、1943年12月8日 - )は… 澤木 啓祐(さわき けいすけ、1943年12月8日 - )は、陸上競技の元選手でマラソン・中長距離選手の指導者。順天堂大学スポーツ健康科学部学部長、日本陸上競技連盟副会長。 大阪府立春日丘高等学校2年時に神戸インターハイ(1960年)、1500mと5000mで優勝。高校3年時(1961年)には、日本陸上競技選手権大会1500mで2位入賞、インターハイには出場せず、ヨーロッパを転戦するなど1964年東京オリンピックの有力候補として将来を嘱望された。進路は注目されたが、「有力選手の澤木を必ず獲得する」と監督の帖佐寛章が熱意を見せた順天堂大学(当時は関東学生陸上競技対校選手権大会二部降格線上のチームだった)に進学する。