小澤 飛悠(おざわ ひゆう、2004年10月4日 - )は、… 小澤 飛悠(おざわ ひゆう、2004年10月4日 - )は、山梨県出身の日本のバスケットボール選手。B.LEAGUEの名古屋ダイヤモンドドルフィンズに在籍している。ポジションはSF,PF。 中部大学第一高等学校時代にU18男子日本代表として『FIBA U18アジア選手権2022』準優勝に貢献した実績を持ち、日本体育大学進学後も主力として活躍。『2024年度男子日本代表チーム ディベロップメントキャンプ』にも招集されている。2025年1月にはシーホース三河に練習生として加入していた。シックスマンながらチームを優勝に導き、大会MVPを受賞した。『第74回関東大学バスケットボール選手権大会(スプリングトーナメント)』では、5試合で平均18得点2.8リバウンド2.8アシスト、3ポイントシュート成功率は46.7パーセント(15本中7本)をマークした。
宮城 楽子(みやしろ らくこ、2003年11月8日 - )は… 宮城 楽子(みやしろ らくこ、2003年11月8日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。WリーグのENEOSサンフラワーズ所属。ポジションはポイントガード。 大阪薫英女学院高校から日体大に進学、4年進学直前の練習中に左アキレス腱を断裂する大けがを負ったが、9月23日のリーグ戦6試合目で復帰し、キャプテンとしてチーム支えた。 2026年、ENEOSサンフラワーズに加入。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
大森 尊之(おおもり たかゆき、2002年8月14日 - )… 大森 尊之(おおもり たかゆき、2002年8月14日 - )は日本のバスケットボール選手である。 宮崎県出身。日本体育大学卒業。ポジションはガード。B3リーグ・金沢武士団に所属。 宮崎県立小林高等学校から日本体育大学へ進学。バスケットボール部に所属し、ずば抜けた得点力で第72回および第73回関東大学バスケットボール選手権大会・第100回関東大学バスケットボールリーグ戦優勝へ貢献する。在学中の2024年12月26日、神奈川大学の保坂晃毅と共に熊本ヴォルターズと特別指定選手契約を締結するが、スターター起用を含めレギュラーシーズン33回・プレーオフ2回の出場を得た保坂に対して僅か7回(平均2分32秒)の起用にとどまり、プレーオフへの出場もなかった。
永野 雄大(ながの ゆうま、2001年10月23日 - )は… 永野 雄大(ながの ゆうま、2001年10月23日 - )は、日本のバスケットボール選手。 北海道出身。ポジションはポイントガード。B3リーグ・しながわシティ所属。 小学校では札幌二条シューティングに所属。 札幌市立啓明中学校ではJr.オールスターに出場。 市立船橋高校ではウインターカップに出場。 日本体育大学では、関東大学スプリングトーナメント2023で優勝した。同級生に小川麻斗(B1千葉J)がいる。 2024年に日本体育大学在学中に特別指定選手としてしながわシティに入団。現在はしながわシティに所属している。
遠藤 善(えんどう ぜん、1998年11月5日 - )は、日… 遠藤 善(えんどう ぜん、1998年11月5日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。Bリーグ(B2)の鹿児島レブナイズ所属。ポジションはSG。 新潟県南蒲原郡田上町出身。帝京長岡高校から日本体育大学に進み、卒業前の2021年3月に大阪エヴェッサとアマチュア契約。 2021年7月、新潟アルビレックスBBに加入。 2024年6月、茨城ロボッツに加入。 2025年6月、鹿児島レブナイズに加入。
赤穂 ひまわり(あかほ ひまわり、1998年〈平成10年〉8… 赤穂 ひまわり(あかほ ひまわり、1998年〈平成10年〉8月28日 - )は、日本のバスケットボール選手。石川県七尾市出身。ポジションはフォワード。バスケットボール女子日本リーグ(Wリーグ)のデンソーアイリスに所属している。 父は福岡ユニバーシアード銀メダリストの赤穂真、母も日本体育大学のバスケットボール選手で、大学でスリーポイント王になり、MVP獲得した選手。姉の赤穂さくらもデンソーのバスケットボール選手。双子の兄である赤穂雷太は秋田ノーザンハピネッツ所属のプロバスケットボール選手でU-22日本代表候補。 姉と同じ昭和学院高校に進みインターハイ、国体、ウィンターカップでいずれも準優勝、年代別日本代表にも選ばれる。
磯野 寛晃(いその ひろあき、1998年3月11日 - )は… 磯野 寛晃(いその ひろあき、1998年3月11日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。 福岡県北九州市出身。ポジションはシューティングガード/スモールフォワード。熊本ヴォルターズ所属。 2016年4月、直方高等学校から日本体育大学へ進む。 2018年の大学3年次、当時のインカレにおいて鮮烈的なダンクにて逆転を決めた。 日体大バスケ部4年在学中の2020年1月23日、特別指定選手として越谷アルファーズに入団。レギュラーシーズン10試合出場・MIN71.14(MINPG7.07)分、1.2PPG。 2020年7月、熊本ヴォルターズに練習生として加入。 2021年2月、熊本と2020‐21シーズンにおける新規選手契約。
大浦 颯太(おおうら そうた、1997年12月23日 - )… 大浦 颯太(おおうら そうた、1997年12月23日 - )は、広島県広島市佐伯区出身のバスケットボール選手である。琉球ゴールデンキングス所属。ポジションはポイントガード。身長182cm、体重76kg。 広島市立五日市南小学校、広島市立国泰寺中学校、広陵高等学校を経て日本体育大学に進学。1年次には関東大学バスケットボール新人戦で優秀選手賞を受賞。4年次には関東大学バスケットボール選手権大会でアシスト王、関東大学バスケットボールリーグ戦で優秀選手賞、アシスト王を受賞した。2020年2月7日、秋田ノーザンハピネッツに特別指定選手として加入。2020-21シーズンより、秋田と選手契約を結んだ。 2023年、三遠ネオフェニックスに移籍。
久米 捺美(くめ なつみ、1997年8月6日 - )は、日本… 久米 捺美(くめ なつみ、1997年8月6日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはセンター。Wリーグの新潟アルビレックスBBラビッツ所属。 札幌山の手高校、日体大で全国大会を経験。 卒業後は当時地域リーグ所属だった姫路イーグレッツに加入。 2022年、新潟アルビレックスBBラビッツに移籍。
齋藤 麻未(さいとう まみ、1996年6月18日 - )は、… 齋藤 麻未(さいとう まみ、1996年6月18日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。 大麻東中学校では全国大会出場。 札幌山の手高校で全国大会を経験後、日体大に進みインカレベスト16。 2019年、高校の後輩である東藤なな子とともにトヨタ紡織サンシャインラビッツにアーリーエントリーを経て加入。 2024年、日立ハイテク クーガーズに移籍。
赤穂 さくら(あかほ さくら、1996年4月30日 - )は… 赤穂 さくら(あかほ さくら、1996年4月30日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。石川県七尾市出身。身長183cm、体重77kgで、ポジションはセンター。 高校3年次だった2014年にバスケットボール女子日本代表に選出され、アジア大会に出場。2015年にデンソー入りし、WJBL 2015-16シーズンのルーキーオブザイヤーを受賞した。 同じくデンソーに所属の赤穂ひまわりは妹。秋田ノーザンハピネッツの赤穂雷太は弟。 石川県七尾市出身。福岡ユニバーシアード銀メダリストの赤穂真を父に持ち、母も日本体育大学のバスケットボール選手だった。 七尾市立東湊小学校2年時に、石崎ミニバスケットボールクラブで競技をはじめる。
吉武 忍(よしたけ しのぶ、1995年10月12日 - )は… 吉武 忍(よしたけ しのぶ、1995年10月12日 - )は、日本の女子バスケットボール選手。ポジションはフォワード。5人制バスケットボールおよび3x3(スリー・エックス・スリー)の両競技で実績を持ち、3x3女子日本代表経験を有する。 吉武忍は、得点を量産するエースタイプではなく、こぼれ球やリバウンド、ルーズボールへの献身的なプレーを通じてチーム全体の機能性を高める選手である。豊富な運動量とフィジカルを生かし、試合終盤や流れが停滞した場面で存在感を発揮する。 また、声出しや雰囲気作りなどプレー以外の要素でもチームに影響を与え、10分間で勝敗が決まる3×3競技において、流れを左右するエナジープレーヤーとして評価されている。
鈴木 知佳(すずき はるか、1993年9月20日 - )は、… 鈴木 知佳(すずき はるか、1993年9月20日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。青森県出身。 青森山田高校から日本体育大学に進み、インカレベスト16を経験。 卒業後は日立ハイテクに入社。 2018年にはジャカルタアジア大会に出場する日本B代表に選出され、銅メダル獲得。 2021年、現役引退。 引退後は結婚により坂本に改姓した上で青森に帰郷した。
小菅 由香(こすげ ゆか、1991年12月9日 - )は、日… 小菅 由香(こすげ ゆか、1991年12月9日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。千葉県出身。三菱電機コアラーズ所属。ポジションはCF。180cm、84kg。 南子安小学校でバスケットボールを始め、君津中学校、千葉国際高校を経て、日本体育大学に進学。 大学4年時にユニバーシアード出場。 2014年、三菱電機コアラーズに入団。 2015年もユニバーシアード日本代表に選出
北川 弘(きたがわ ひろむ、1991年〈平成3年〉10月16… 北川 弘(きたがわ ひろむ、1991年〈平成3年〉10月16日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。滋賀県大津市出身。身長182cm、体重70kg。ポジションはポイントガード/シューティングガード。 田上クラブ(ミニバス)、大津市立南郷中学校、光泉高等学校出身。滋賀のバスケ強豪校である光泉高時代は、2008年高校2年時のウィンターカップで全国大会初出場、2009年高校3年時はインターハイ・ウィンターカップともに出場している。 2010年、スカウトされ日本体育大学へ進学、日体大グリズリーに所属する。大学1年からSGとして試合に出続け、2012年大学3年時のみPGにコンバートされるも怪我で離脱、復帰後再びSGとして活躍した。
熊谷 尚也(くまがえ なおや、1990年11月16日 - )… 熊谷 尚也(くまがえ なおや、1990年11月16日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。福岡県出身。日本体育大学卒業。アルティーリ千葉所属。ポジションはフォワード。身長195cm、体重95kg。体格に相応しい高い身体能力も持ち味。 九産大九産高校から日本体育大学に進み、卒業後の2013年、リンク栃木ブレックスに入団。 2017年には栃木がBリーグ初代チャンピオンとなり、熊谷もまた優勝メンバーの一人となるが、6月28日に栃木と契約満了となり、大阪エヴェッサへ移籍した。 大阪では、2018-19シーズン、43試合の先発を含むレギュラーシーズン46試合に出場、422得点(1試合平均9.2得点)の活躍を見せた。
横江 豊(よこえ ゆたか、1989年〈平成元年〉4月19日 … 横江 豊(よこえ ゆたか、1989年〈平成元年〉4月19日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手である。滋賀県草津市出身。ポジションはポイントガード。 草津OSCでバスケを始め、草津市立高穂中学校、光泉高校を経て日本体育大学に進学。4年次には主将も務めた。 卒業を間近に控えた2012年2月にbjリーグで改定された新人選手契約制度(アーリーエントリー)により滋賀レイクスターズに入団。背番号23。2015-16シーズンと2016-17シーズンはキャプテン(3代目)を務めたが、2018年5月17日に自由交渉選手となった。 2018年6月26日、バンビシャス奈良との契約に合意し、移籍。横江は2021年に受けたインタビューで「(滋賀レイクスターズから)移籍して出る時はすごく悩みました。
中西 良太(なかにし りょうた、1988年12月24日 - … 中西 良太(なかにし りょうた、1988年12月24日 - )は、兵庫県神戸市東灘区出身の元プロバスケットボール選手。現役時代のポジションはパワーフォワードまたはセンター。第40回ウィリアム・ジョーンズカップ日本代表。現在は神戸ストークスのクラブエバンジェリスト。 神戸市立本山南小学校、神戸市立本山南中学校、高知中央高等学校、日本体育大学を卒業後、TGI・Dライズに入団。2012-13シーズンから2シーズンは兵庫ストークスに所属。2014-15シーズンからNBLの熊本ヴォルターズと契約し、2019-20シーズンまで在籍した。2020-21シーズンはB2の佐賀バルーナーズに所属。2021-22シーズンからは地元で古巣の西宮ストークスに復帰している。
眞庭 城聖(まにわ じょうせい、1986年5月27日 - )… 眞庭 城聖(まにわ じょうせい、1986年5月27日 - )は、福岡県出身の元プロバスケットボール選手である。現役時代のポジションはフォワード。身長193cm、体重88kg。B.LEAGUEの滋賀レイクスターズのGMを務めている。 ストリートボールチーム出身で、ストリートボールではMONEYの名で知られる。 小学校5年生でミニバスケットボールを始める。福翔高校在学中はセンターとしてプレイし、国民体育大会における福岡県選抜メンバーに選ばれた。高校卒業後は日本体育大学に進学し、全日本大学バスケットボール選手権大会では2006年と2007年の2度スリーポイント王を受賞、4年次にはキャプテンも務めた。また22歳以下のバスケットボール男子日本代表候補にも選出された。
石川 麻衣(いしかわ まい、1985年4月11日 - )は、… 石川 麻衣(いしかわ まい、1985年4月11日 - )は、茨城県出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはセンター。 大久保中学校でバスケを始め、明秀日立高校を経て日本体育大学に進学し、インカレでは3年時に優勝を経験する。ユニバーシアードにも2大会連続で出場した。 2008年、富士通に入社する。 2009年のウィリアム・ジョーンズカップ日本代表に招集されるが、故障のため離脱。同年の東アジア大会で初代表。 2018現在3×3で活躍 BEEFMAN.EXEでプレーした後、2021年から焼津GRユナイテッドに所属 2024年から東濃ヴァルキリーズに所属
市野 育代(いちの いくよ、1984年10月10日 - )は… 市野 育代(いちの いくよ、1984年10月10日 - )は鹿児島県出身の女子バスケットボール選手である。富士通レッドウェーブ所属。ポジションはセンター。 福岡中村学園女子高校では主将として全国高等学校バスケットボール選手権大会(インターハイ)と全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)での準優勝に導く。 日本体育大学では、1年と4年で全日本学生バスケットボール選手権大会(インカレ)優勝を経験する。1年時にはユニバーシアードも経験。 2007年、富士通に入社。
早水 将希(はやみず まさき、1984年8月19日 - )は… 早水 将希(はやみず まさき、1984年8月19日 - )は、日本のプロバスケットボール指導者である。大阪府出身。 大阪府立大塚高校・日本体育大学を卒業後、幼児体操インストラクターを経て、2012年にJBL2のデイトリックつくばへ練習生として入団。 2013年に選手を引退し、NBLのつくばロボッツにてマネージャー就任、翌2014年にアシスタントコーチを務める。2015年1月退団。 2015年2月、ジュニア期アカデミー・プロ選手のオフ期活動の場として「ペネトレイトバスケットボールクラブ」を設立、代表に就く。同年、NBDLの東京八王子トレインズヘッドコーチに就任。プロクラブ化初年度のチームを率い、6位でシーズンを終える。
吉田 沙織(よしだ さおり、1984年7月19日 - )は、… 吉田 沙織(よしだ さおり、1984年7月19日 - )は、東京都出身の元バスケットボール選手である。現姓上吹越(かみひごし)。ニックネームは「リコ」。ポジションはガード。父は元東京日産のバスケットボール選手だった吉田康行。現アイシン ウィングス・元日本代表の吉田亜沙美は実妹。 東京成徳高校で1年よりインターハイに出場。 日本体育大学では3年でインカレ初出場。4年で主将を務めインカレ優勝とともに最優秀選手に選ばれる。 卒業後は日本航空に入社。背番号は妹と同じ「12」。2シーズン目で初先発。先発はその1試合にとどまるもそのシーズンは23試合出場。 2010年、エバラヴィッキーズに移籍。 2011年引退。
野田 裕子(のだ ゆうこ、1983年11月26日 - )は、… 野田 裕子(のだ ゆうこ、1983年11月26日 - )は、愛媛県出身の日本の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。元日立ハイテク クーガーズ所属。 新居浜市立惣開小学校、新居浜市立西中学校、愛媛県立丹原高等学校、日本体育大学卒業。 小学校でバスケを始め、高校3年次にウィンターカップ準優勝となりベスト5に選ばれる。 大学4年次には主将を務めユニバーシアード日本代表に選出される。 2006年、日立ハイテクノロジーズに入社。2013年、引退。
高田 秀一(たかだ しゅういち、1983年10月13日 - … 高田 秀一(たかだ しゅういち、1983年10月13日 - )は、東京都板橋区中台出身のプロバスケットボール選手である。ポジションは、スモールフォワード/パワーフォワード。195cm、91kg。 13歳の時にバスケットボールを始める。中台中学校を卒業後、日大豊山高校に進学。最大の激戦区である東京都において、高校2年生(2000年)のウィンターカップ(16年ぶり3回目の出場)で初めて全国大会に出場。1回戦で熊本国付に敗れた。高校卒業後は、日本体育大学に進学。インカレなどで活躍するものの、大学4年生の時に大きな怪我を負ってしまう。 大学卒業後は三菱電機ダイヤモンドドルフィンズに入団し、プロ選手となったが、怪我のリハビリに大半を費やすこととなる。
松尾 香奈(まつお かな、現姓:大西(おおにし)、1983年… 松尾 香奈(まつお かな、現姓:大西(おおにし)、1983年10月8日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ニックネームは「ヒロ」。北海道出身。現役時代のポジションはフォワードで、三菱電機コアラーズに所属していた。174cm、66kg。 札幌市立手稲西小学校でバスケをはじめ、手稲西中学校、札幌山の手高校を経て、日本体育大学に進学、バスケットボール部(フェニックス)に所属。在学中2大会連続でユニバーシアード日本代表にも選出される。 卒業後、三菱電機に入社。WIリーグルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞。 在籍当時はWリーグに昇格できずにいたが、2009年、入れ替え戦を制して来季Wリーグ昇格を決める。
野口 大介(のぐち だいすけ、1983年〈昭和58年〉5月2… 野口 大介(のぐち だいすけ、1983年〈昭和58年〉5月26日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。北海道亀田郡七飯町出身。ポジションはパワーフォワード。3x3.EXE PREMIER・FUz HOKKAIDO.EXEに所属している。 幼稚園の頃からスキーを始め、七飯町立七飯中学校でバスケに転向し函館選抜に選ばれる。中1で既に身長は180cmあった。高校は東海大四高に進み、1年次より全国大会に出場。 大学は日本体育大学に進学。同期の大西崇範、新井靖明、与那嶺翼らとともに4年次にインカレ3位となる。 卒業後、大塚商会(現:越谷アルファーズ)を経て、2007年に高校時代の同期である菅原洋介とともにレラカムイ北海道に加入。
新井 靖明(あらい やすあき、1983年5月22日 - )は… 新井 靖明(あらい やすあき、1983年5月22日 - )は、東京都文京区出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。180cm、75kg。
斉藤 資(さいとう たすく、1983年5月17日 - )は、… 斉藤 資(さいとう たすく、1983年5月17日 - )は、岩手県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。180cm、77kg。bjリーグの大阪エヴェッサに2006-07シーズン所属し、シーズン終了後に引退した。
与那嶺 翼(よなみね つばさ、1983年5月13日 - )は… 与那嶺 翼(よなみね つばさ、1983年5月13日 - )は、沖縄県沖縄市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 10歳でバスケットボールを始める。コザ中学校に進学後、全国中学校バスケットボール大会やジュニアオールスターに出場。1998年に全国中学校バスケットボール大会で優勝する。北中城高校時代にも全国大会を経験。日本体育大学に進学後はインカレで活躍。 2006年、大学卒業後、大分ヒートデビルズにドラフト外で入団。1年目からプレイオフ進出に貢献。2008年9月、チャレンジ!おおいた国体バスケットボール競技成年男子の部に佐藤博紀、君塚大輔と共に大分県選抜として出場したが初戦敗退。
大西 崇範(おおにし たかのり、1983年4月3日 - )は… 大西 崇範(おおにし たかのり、1983年4月3日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。兵庫県加古川市出身。ポジションはパワーフォワード。身長195cm、体重100kg。2005年にパナソニックトライアンズに入部、2013年からは東芝ブレイブサンダース神奈川に移籍し、2015-16シーズンを最後に引退した。 両荘中学校、育英高校を経て日本体育大学に進学。インカレを経験する一方、ユニバーシアード日本代表に選出される。日本体育大学グリズリー2005年キャプテン。 卒業後、松下電器に入社。 2006年バスケットボール世界選手権の日本代表候補に選ばれた。 2007年にはユニバーシアード代表に選出される。
橘 佳宏(たちばな よしひろ、1982年5月3日 - )は、… 橘 佳宏(たちばな よしひろ、1982年5月3日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。 2005年に日本リーグ所属の大塚商会アルファーズに入部し、2007年にアルファーズが解散した後はbjリーグの富山グラウジーズと契約し、プロ選手となった。以後仙台89ERS、大阪エヴェッサ、つくばロボッツ、和歌山トライアンズ、アースフレンズ東京Zに所属し、その間2007年から2013年までbjリーグオールスターゲーム・ダンクコンテストに連続して出場、2010年と2011年には優勝も果たした。NBLのつくばに移籍した2014年にも、NBLオールスターゲームのダンクコンテストに出場した。アースフレンズに所属していた2016年に引退し、教員に転身した。
佐藤 濯(さとう たく、1982年4月28日 - )は、宮城… 佐藤 濯(さとう たく、1982年4月28日 - )は、宮城県出身でレラカムイ北海道に所属していたバスケットボール選手である。宮城県仙台高校、日本体育大学卒業。ポジションはF。 仙台高で宍戸治一、志村雄彦らと共にウィンターカップ連覇を果たした。 その後、日本体育大学に進み、ヤングメン・ユニバーシアード日本代表に選出される。 卒業後は大塚商会を経て、2007年にレラカムイ北海道に加入。 2018年12月から2019年までレバンガ北海道のU-15チームコーチ、2019年から仙台89ERSバスケットボールスクールコーチ、2022年から仙台89ERSのU15チームヘッドコーチを務めている。
今 美春(こん みはる、女性:1982年2月4日 - ) は… 今 美春(こん みはる、女性:1982年2月4日 - ) は、秋田県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。富士通レッドウェーブでプレーした。 秋田経法大附高では1年より全国大会に出場。日体大ではユニバーシアード日本代表に2大会連続で選ばれ、ヤングウーメン代表にも選出される。 卒業後は富士通に入社。オールジャパン連覇に貢献する。 2007年退社。秋田に戻りクラブチームに所属。地元で開催された国体で秋田県の優勝に貢献。3年連続で国体出場を果たす。
鵜澤 潤(うざわ じゅん、1981年〈昭和56年〉10月28… 鵜澤 潤(うざわ じゅん、1981年〈昭和56年〉10月28日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で現在は指導者。千葉県出身。現役時代のポジションはパワーフォワード。役職はヘッドコーチ。Bリーグ・新潟アルビレックスBB所属。 冨士見中学校から船橋市立船橋高等学校を経て日本体育大学に進学。2001年にはインカレ優勝を経験。4年時にはユニバーシアードに出場。 卒業後の2004年、三菱電機に入社。 2006年のオールジャパンでは大会ベスト5に選ばれる活躍を見せる。 2016年にプロバスケットボールリーグであるB.LEAGUEが発足。三菱電機を母体にしたプロチームである「名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」とプロ契約を受ける。
御手洗 貴暁(みたらい たかあき、1981年4月21日 - … 御手洗 貴暁(みたらい たかあき、1981年4月21日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはG。日本体育大学卒業。 幼少期に父親が教諭・監督をしている瓊浦高校にてバスケットボールに出会う。 長崎市立西山台小学校時代は通っていた小学校にバスケ部がなかったため、サッカー・リトルリーグを経験。正義感の強い少年であり、同級生や周りの子供がカツアゲやいじめに遭っているのを見ると、体を張って助けに行っていた。 長崎市立三川中学校からバスケット部に入部、この頃、恩師との出会いなどでバスケットボールに関する技術の多くを学ぶ。この頃、当時流行していたアニメ『SLAM DUNK』に感動して将来バスケ選手になる決断をする。
木下 博之(きのした ひろゆき、1980年2月18日 - )… 木下 博之(きのした ひろゆき、1980年2月18日 - )は、大阪府八尾市出身の元バスケットボール選手、バスケットボール指導者である。ポジションはポイントガード。身長178cm、体重69kg。 桜宮高校から日本体育大学に進み、2001年のインカレ日体大のキャプテンとして優勝に導き、自身もMVPとなる。[要出典] 卒業後、松下電器に入社。バスケットボール部に入社。同期に寺下太基。 2003年にはユニバーシアード日本代表に選出される。[要出典] 2010年、30歳にして初のフル代表候補に選出され、アジア大会に出場。 2013年、パナソニックの後継チームである和歌山トライアンズに移籍。 2014年、日立サンロッカーズ東京に移籍。
玉城 昌子(たましろ しょうこ、1979年6月11日 - )… 玉城 昌子(たましろ しょうこ、1979年6月11日 - )は、沖縄県の元バスケットボール選手である。 小学校でバスケを始め、高校は名門北中城高校に進学。同期の安谷屋陽子らとともにインターハイベスト8に貢献。 卒業後は三洋電機に入社するが、2000年に廃部となったため、日本体育大学に入学。 全日本インカレ3連覇を経験する一方で、国体沖縄選抜としても2001年の新世紀・みやぎ国体で安谷屋らとともに準優勝に貢献。2大会連続でユニバーシアード日本代表にも選ばれる。 卒業後、シャンソン化粧品に加入。1年目はシックスウーマン要因ながらWリーグ5年ぶりの優勝に貢献。2シーズン目はレギュラーシーズン9試合、プレーオフ4試合先発出場で連覇を達成するが、このシーズンを最後に引退。
堀田 剛司(ほった たけし、1978年〈昭和53年〉2月13… 堀田 剛司(ほった たけし、1978年〈昭和53年〉2月13日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県出身。現役時代のポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。役職はヘッドコーチ。B3リーグ・湘南ユナイテッドBC所属。 13歳の時に大綱中学校でバスケットボールを始める。湘南工科大学附属高等学校から日本体育大学を卒業。 新潟アルビレックスに入団。 2003年、日本代表に選出。 2005年、新潟アルビレックスのbjリーグ転籍に伴い、福岡レッドファルコンズに移籍したが、シーズン途中でチームが解散となったためオーエスジー(現在の三遠ネオフェニックス)へ移籍。福岡からJBLへの移籍選手第1号となった。
矢代 直美(やしろ なおみ、1977年12月30日 - )は… 矢代 直美(やしろ なおみ、1977年12月30日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはセンター。 高萩市立高萩中学校、日立女子高校(現:明秀学園日立高校)から日本体育大学に進み、ユニバーシアード代表に選ばれる。 卒業後、日本航空にフライトアテンダント(客室乗務員)として入社し、バスケットボール部に所属する。1シーズン目より活躍し、新人王を獲得。02-03フリースロー王など個人タイトルも獲得。 全日本のメンバーにも選ばれ、2002年世界選手権やアテネオリンピックにも参加。アテネ五輪代表では唯一の4年制大学卒であった。(短大卒も含めるとJALのチームメイトだった薮内夏美(現ENEOSサンフラワーズAC)もいた。
大野 篤史(おおの あつし、1977年〈昭和52年〉8月12… 大野 篤史(おおの あつし、1977年〈昭和52年〉8月12日 - )は、日本の元バスケットボール選手で現在は指導者。石川県出身。現役時代のポジションはシューティングガード/スモールフォワード。B.LEAGUE・三遠ネオフェニックスでヘッドコーチを務めている。 野々市町立布水中学校(現野々市市立布水中)出身。1992年、中学3年時に全国中学校バスケットボール大会初優勝に貢献した。 1993年、愛知県の愛工大名電高校へ越境入学する。1年先輩に岩田淳、2年後輩に松藤貴秋、またバレーボール選手の北川祐介は同期にあたる。1年時はインターハイ3位、2年時は国体準優勝、ウィンターカップでは高校3年時の4位が最高位だった。
篠原 隆史(しのはら たかし、1977年7月17日 - )は… 篠原 隆史(しのはら たかし、1977年7月17日 - )は、福岡県出身で東芝ブレイブサンダースに所属していたバスケットボール選手である。ポジションはC。 福岡商業高から、日本体育大学を経て、2000年に東芝に入社。 主力として活躍し、2年連続でオールスターに出場。 タイトル獲得にも貢献しオールジャパンではベスト5に選ばれる。一方で2002年アジア大会で日本代表も経験。 現在はクラブチーム「葛飾バックボーン」に選手として所属する一方、バスケットボールクリニックを全国で開催し、後進の指導に当たっている。
鈴木 裕紀(すずき ゆきのり、1977年〈昭和52年〉5月2… 鈴木 裕紀(すずき ゆきのり、1977年〈昭和52年〉5月27日-)は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県横浜市戸塚区出身。現役時代のポジションはポイントガード/シューティングガード。B2リーグ・岩手ビッグブルズにヘッドコーチとして所属している。 2001年に新潟アルビレックスに入団しプロ選手となる。2005年にはbjリーグの大分ヒートデビルズに移籍し、最高3ポイントシュート成功率を2度獲得、ベストファイブにも1度選ばれた。 2011年に現役を引退すると同時に大分のヘッドコーチに就任しbjリーグ 2014-15シーズンまで指揮を執った後、bjリーグ 2015-16シーズンより金沢武士団、2017-18シーズンから2020年10月まで島根スサノオマジック、2022-23シーズンより岩手ビッグブルズのヘッドコーチを歴任している。
藤本 浩太郎(ふじもと こうたろう、1977年4月26日 -… 藤本 浩太郎(ふじもと こうたろう、1977年4月26日 - )は、福岡県出身の元バスケットボール選手、指導者。 那珂中学校から福岡商業高校を経て日本体育大学に進学。 卒業後の2000年、三菱電機に入社。 2010年引退。アシスタントコーチに転じる。2013年退任。 元東芝の篠原隆史は高校・大学の同期。
岡田 卓也(おかだ たくや、1977年3月8日 - )は、日… 岡田 卓也(おかだ たくや、1977年3月8日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。静岡県出身。プロバスケットボール、ABAのSan Francisco Rumble所属。日本人では、偉業のアメリカプロバスケットボール参戦記録を残している。また、「GYMRATS」という組織を運営しており、年間を通して全国でクリニックを開催。世界に通用する若手選手の育成にも力を入れている。 息子の岡田大河もプロバスケットボール選手。 日本体育大学グリズリーで活躍。 大学を卒業後にNBAを最終目標に単独留学。 2000年から2002年カリフォルニア州日系人リーグに参戦し、2000年に準優勝、2001年には3位と好成績を収める。
仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は… 仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は日本のプロバスケットボール選手である。1999年に松下電器と選手契約を結び、プロ選手となる。2003年と2005年にはバスケットボール男子日本代表に選出された。島根スサノオマジックに所属していた2016年に引退し、指導者に転身した。沖縄県中頭郡中城村出身。選手生活最後のシーズンとなった2015-16シーズン開始時点での身長は192cm、体重88kgで、ポジションはシューティングガードだった。 11歳の時にバスケットボールを始める。中城中学校を卒業後、北中城高に進学し、インターハイ準優勝。高校入学時から190cm近くありセンター (バスケットボール)を務めていたが、2年生の時に長身大型センターが入学したためスモールフォワード兼任となり、その後シューティングガードにコンバートされた。
鈴木 浩平(すずき こうへい、1975年7月15日 - )は… 鈴木 浩平(すずき こうへい、1975年7月15日 - )は、秋田県出身で三菱電機ドルフィンズに所属していたバスケットボール選手である。ポジションはSG。背番号=7。 秋田県立能代工業高等学校、日本体育大学を経て、1998年に三菱電機ドルフィンズ(現三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)に加入。 小学4年生頃からバスケを始めて、高校時代は1年からメンバー入り、大学時代では中心選手として活躍した。 現在は実家の家業を継ぐ。 長谷川誠は中学・高校の先輩である。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
沖田 眞(おきた まこと、1972年8月20日 - )は、神… 沖田 眞(おきた まこと、1972年8月20日 - )は、神奈川県出身の元男子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。キャッチフレーズは「日本一の高速ガード」。 横浜市立矢部小学校、横浜市立戸塚中学校、湘南工科大高では横浜市立矢部小学校、インターハイベスト4に輝き、日本体育大学ではインカレ優勝と1993年ユニバーシアードを経験する。 卒業後、三菱電機に入社。 1997年と2000年のオールジャパンではともに準優勝に貢献しベスト5に選ばれる。また、オールスターにも出場した。 全日本のメンバーとして2001年アジア選手権に出場。 2006年現役引退。 現在は愛知産業大学工業高等学校のバスケットボールの監督兼任体育の顧問。
古田 悟(ふるた さとる、1971年8月3日 - )は、愛知… 古田 悟(ふるた さとる、1971年8月3日 - )は、愛知県出身のバスケットボール選手、指導者である。選手としては1994年から2005年にかけて三菱電機に、2005年から2011年までトヨタ自動車アルバルクにそれぞれ所属。また1994年から2006年までバスケットボール男子日本代表に選出され、2001年からは主将を務めた。ポジションはフォワード、センター。 引退後は指導者に転身し、2015年から2017年までWリーグに所属する羽田ヴィッキーズのヘッドコーチを務めた。2017年4月よりBリーグ、横浜ビー・コルセアーズのアソシエイトコーチを務め、2017年-2018年シーズンはヘッドコーチを務めた。
赤穂 真(あかほ まこと、1971年7月6日 - )は、神奈… 赤穂 真(あかほ まこと、1971年7月6日 - )は、神奈川県横浜市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはC。背番号50。 妻も日本体育大学の元バスケットボール選手。2014年仁川アジア大会銅メダリストの赤穂さくらは長女、次女は赤穂ひまわり。秋田ノーザンハピネッツの赤穂雷太はひまわりの双子の兄。 相模工大高では3年次に1年後輩の南山真・沖田眞らとともにインターハイ・ウィンターカップでいずれもベスト4に貢献する。 その後、日本体育大学を経て、1994年に住友金属に入社。ルーキーながら主力となり、オールジャパンでベスト5に選ばれる。 翌年のユニバーシアードでは日本代表に選ばれ銀メダルを獲得。