磯崎 久喜雄(いそざき くきお、1945年6月26日 - 2… 磯崎 久喜雄(いそざき くきお、1945年6月26日 - 2025年3月18日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元茨城県議会議員(5期)。茨城県議会副議長(2008年 - 2009年)、議長(2011年 - 2012年)を務めた。 那珂湊市(現在のひたちなか市)出身。茨城県立水戸第一高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。日本住宅公団、住宅・都市整備公団勤務を経て、1984年から赤城宗徳の秘書と中山利生の公設第一秘書を務めた。 1994年の茨城県議選に出馬し、初当選。その後には5回連続当選を果たし、茨城県議会議長及び副議長を務めた。 2025年3月18日、多臓器不全のため死去。79歳没。没日付にて従五位に叙された。
田中 暄二(たなか けんじ、1945年6月18日 - )は、… 田中 暄二(たなか けんじ、1945年6月18日 - )は、日本の政治家。元・久喜市長(新市2期、旧市4期。通算6期在任)、元埼玉県議会議員(2期)、元久喜市議会議員(1期)。 1997年(平成9年)からの4期と2010年(平成22年)の合併による新・久喜市での2期市長を務め、通算6期連続で久喜市長を在任した。元埼玉県市長会会長、埼玉県防犯協会連合会会長。 ※当日有権者数:128,490人 最終投票率:50.03%(前回比:-2.56pts) 2024年(令和6年)11月の秋の叙勲において、旭日中綬章を受章した。
飯島 忠義(いいじま ただよし、1945年6月9日 - )は… 飯島 忠義(いいじま ただよし、1945年6月9日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員である。 現在の神奈川県横浜市栄区出身で、横浜市立豊田小学校、横浜市立本郷中学校、逗子開成高等学校、1968年に早稲田大学教育学部を卒業する。富士ゼロックスやアメリカンファミリーに勤務し、1979年統一地方選挙で戸塚区選出の横浜市議(新自由クラブ)となる。1986年に戸塚区南部が分離して栄区が誕生すると栄区選挙区へ移り、1995年まで4期16年間自民党横浜市栄区支部長を務めた。 衆院の小選挙区比例代表並立制導入に伴い神奈川4区が新設された1996年の第41回衆議院議員総選挙で、当時争点のひとつであった消費税について撤廃論・凍結論ばかりの中、全国でただ一人「敢えてお願いします。
中村 省司(なかむら しょうじ、1945年3月5日 - )は… 中村 省司(なかむら しょうじ、1945年3月5日 - )は、日本の政治家。 神奈川県横須賀市で警察官の子として生まれる。私立清泉小学校、私立日本大学横浜中学校、神奈川県立秦野高等学校を経て、早稲田大学商学部を卒業。1969年、東洋経済新報社入社。1973年、鎌倉市議会議員に当選。1979年には新自由クラブから神奈川県議会議員に当選する。以後、県監査委員、県自然環境保全審議会会長、予算委員会委員長、議会運営委員会委員長等を歴任し、2006年、県議会議長に就任(新自由クラブ解散後の県議選は、1987年は進歩党で再選するも、1991年は無所属で落選。1993年の鎌倉市長選挙落選(新党さきがけ推薦)を経て、新進党で1995年県議選に当選し、1999年以来自由民主党に所属。
島津 尚純(しまづ なおずみ、1945年1月1日 - 201… 島津 尚純(しまづ なおずみ、1945年1月1日 - 2010年12月8日)は、日本の政治家、元衆議院議員(1期)。
斉藤 斗志二(さいとう としつぐ、1944年12月27日 -… 斉藤 斗志二(さいとう としつぐ、1944年12月27日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(7期)、第65代・66代防衛庁長官を歴任。
北川 正恭(きたがわ まさやす、1944年〈昭和19年〉11… 北川 正恭(きたがわ まさやす、1944年〈昭和19年〉11月11日 - )は、日本の政治家、政治学者。 三重県知事(第4代、2期)、衆議院議員(4期)、三重県議会議員(3期)を歴任。早稲田大学大学院公共経営研究科名誉教授、および早稲田大学マニフェスト研究所(プロジェクト研究所)顧問・前所長。富士通株式会社社外取締役。四日市大学客員教授。 1944年(昭和19年)11月11日、三重県鈴鹿市に生まれた。三重県立神戸高等学校、早稲田大学商学部卒業。学位は商学士(早稲田大学)。大日本印刷に勤務した。 1972年(昭和47年)、補選で三重県議会議員に初当選し、連続3期務めた。 1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙で自由民主党から出馬し、初当選した。
柳本 卓治(栁本 卓治、やなぎもと たくじ、1944年11月… 柳本 卓治(栁本 卓治、やなぎもと たくじ、1944年11月11日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(6期)、参議院議員(1期)、衆議院法務委員長、衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、参議院憲法審査会長、大阪市会議員(3期)などを務めた。衆議院議員の柳本顕は甥。 大阪府大阪市西成区生まれ。大阪教育大学附属天王寺高等学校、早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。早大院修了後、中曽根康弘衆議院議員の秘書を務める。 1975年、大阪市議会議員選挙に出馬し、当時最年少で初当選、大阪市議を3期11年務めた。その後、1986年の第38回衆議院議員総選挙に無所属で旧大阪1区(定数3)から出馬し落選ののち、1990年の第39回衆議院議員総選挙にて自由民主党公認で初当選。
筒井 信隆(つつい のぶたか、1944年11月10日 - )… 筒井 信隆(つつい のぶたか、1944年11月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(5期)、農林水産副大臣などを歴任した。 神奈川県川崎市生まれ。新潟県立柏崎工業高等学校機械科、早稲田大学法学部卒業。 1967年、22歳で司法試験に合格。司法修習第22期を修了し、1970年に法律事務所を開業。 1990年第39回衆議院議員総選挙で初当選。 2000年第42回衆議院議員総選挙では、民主党公認で新潟6区から出馬し再選。 2003年第43回衆議院議員総選挙では、引退した高鳥修に代わって出馬した高鳥修一を破り、3選。 2005年第44回衆議院議員総選挙では民主党が苦戦する中、4選。 2009年8月の第45回衆議院議員総選挙で5選。
神谷 尚(かみや たかし、1944年7月10日 - 1992… 神谷 尚(かみや たかし、1944年7月10日 - 1992年10月16日)は、日本の政治家。埼玉県北葛飾郡庄和町長を務めた。勲五等瑞宝章。 茨城県猿島郡五霞町出身。早稲田大学政経学部卒業。埼玉県庁職員を経て、1983年、38歳で庄和町の町長選挙に出馬。いわゆる三バン「地盤(組織票)・看板(知名度)・鞄(資金)」のない選挙戦であったが、当時の現職だった前島祐司を破り初当選し、「住民総参加行政」や「全町公園化構想」といった目標を掲げ、3回当選を果たした。 土曜・日曜に住民課の窓口を開け、町民が傍聴しやすい休日に町議会を開会したり、さらには「御用聞き行政」ではなく「住民にも汗をかいてもらう行政」を目指しての行政手腕を高く評価される。
吉尾 勝征(よしお かつゆき、1944年(昭和19年)5月2… 吉尾 勝征(よしお かつゆき、1944年(昭和19年)5月28日 - 2019年(令和元年)12月21日)は、日本の地方政治家。第6代調布市長を1986年(昭和61年)から2002年(平成14年)まで4期16年にわたり務めた。 1968年(昭和43年)、早稲田大学法学部を卒業。 代議士秘書、東京都議会議員秘書を経て、1975年(昭和50年)に調布市議会議員に初当選。1985年(昭和60年)に調布市議会議長に就任。 1986年(昭和61年)に調布市長選挙に初当選。同年7月22日に第6代調布市長に就任した。1990年(平成2年)に再選、1994年(平成6年)に3選、1998年(平成10年)に4選を果たす。
景山 俊太郎(かげやま しゅんたろう、1944年5月8日 -… 景山 俊太郎(かげやま しゅんたろう、1944年5月8日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、島根県議会議員(6期)を務めた。現在は株式会社田部の取締役を務める。 参議院議員選挙での落選時には、それまで島根県の衆参の選挙区選出議員のすべてを自民党で占めていた一角が崩れたこともあり、竹下王国・青木王国の崩壊と言われた。 民主党政権下で行われた2010年参院選において、青木が5月に脳梗塞のため引退を表明した際、自民党島根県連では景山を候補に推す意見があったが、最終的に青木の長男である青木一彦を自民党候補とすることを決定した。
三田村 統之(みたむら つねゆき、1944年(昭和19年)5… 三田村 統之(みたむら つねゆき、1944年(昭和19年)5月8日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元福岡県八女市長(4期)。 福岡県議会副議長(第67代)、福岡県議会議員(5期)、八女市議会議員(2期)等を歴任。 福岡県八女市生まれ。早稲田大学卒業。 1975年、八女市議会議員選挙に出馬し、初当選。八女市議は2期務める。1991年、福岡県議会議員選挙に八女市選挙区から無所属で出馬し、当選。以後、福岡県議会議員に5期連続で当選し、県議会副議長も務める。 2008年、福岡県議会議員を5期目の任期途中で辞職。野田国義八女市長の第45回衆議院議員総選挙出馬に伴う、八女市長選挙に無所属で出馬し初当選。
釜本 邦茂(かまもと くにしげ、1944年〈昭和19年〉4月… 釜本 邦茂(かまもと くにしげ、1944年〈昭和19年〉4月15日 - 2025年〈令和7年〉8月10日)は、日本(京都府京都市右京区太秦出身)の元サッカー選手、元サッカー指導者、元政治家、実業家。位階は正五位。 自由民主党所属の元参議院議員(1期)。日本サッカー協会 (JFA) 顧問。現役時代のポジションはフォワード。元日本代表。 日本サッカーリーグでは、251試合出場し、通算202得点(歴代1位)、通算79アシスト(歴代1位)を記録。得点王7回、アシスト王3回、年間優秀11人賞14回、日本年間最優秀選手賞7回受賞(歴代1位)と傑出した活躍を見せた。また、サッカー日本代表として国際Aマッチ76試合75得点(総通算231試合153得点)を記録し、1968年メキシコシティーオリンピックでは、アジア人初の得点王となった。
和田 宗春(わだ むねはる、1944年〈昭和19年〉1月28… 和田 宗春(わだ むねはる、1944年〈昭和19年〉1月28日 - )は、日本の政治家。翻訳家。民進党所属の元東京都議会議員(3期)。東京都議会議長(第43代)。北区議会議員(5期)。文京学院大学非常勤講師。旭日中綬章綬章。 東京都立桐ケ丘高等学校卒業。早稲田大学第一商学部卒業。同大学教育学部卒業。同大学大学院政治学研究科修了。 1971年(昭和46年)、北区議会議員選挙に出馬し当選。北区議会議員時代は交通対策特別委員長・建設委員長などを歴任。 1993年(平成5年)、第40回衆議院議員総選挙に無所属で出馬し落選。1996年(平成8年)、第41回衆議院議員総選挙に民主党公認で出馬するも落選。 1997年(平成9年)の東京都議会議員選挙に出馬し当選。
田中 眞紀子(たなか まきこ、1944年〈昭和19年〉1月1… 田中 眞紀子(たなか まきこ、1944年〈昭和19年〉1月14日 - )は、日本の政治家、実業家。越後交通代表取締役相談役、長鐵工業代表取締役会長。 文部科学大臣(第17代)、外務大臣(第126代)、科学技術庁長官(第52代)、衆議院議員(6期)、衆議院外務委員長・文部科学委員長、新潟放送取締役などを歴任した。 日本で初めて女性で外務大臣を務めた。父は第64・65代内閣総理大臣の田中角栄。夫は防衛大臣などを務めた田中直紀。 東京都文京区に父・田中角栄、母・はなの長女として生まれる。本籍地は新潟県柏崎市。千代田区立富士見小学校、日本女子大学附属中学校・高等学校、米国ジャーマンタウン・フレンズ・スクール卒業後、早稲田大学商学部進学。
額賀 福志郎(ぬかが ふくしろう、本来の表記:福志郎、194… 額賀 福志郎(ぬかが ふくしろう、本来の表記:福志郎、1944年〈昭和19年〉1月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(15期)。 衆議院議長(第79・80代)、防衛庁長官(第60・72代)、経済企画庁長官(第58代)、経済財政政策担当大臣(初代)、財務大臣(第7・8代)、自由民主党政務調査会長(第45代)、自由民主党政務調査会総合エネルギー戦略調査会長、内閣官房副長官(第2次橋本改造内閣・小渕第2次改造内閣・第1次森内閣)、平成研究会会長、自民党たばこ議員連盟顧問、日韓議員連盟会長、 自民党・財政健全化推進本部長 を歴任。 茨城県行方郡小高村(現:行方市小高)生まれ。父・額賀万寿夫は地元の森林組合長や小高村議会・麻生町議会議員を務め、橋本登美三郎の後援会・西湖会の幹部でもあった。
柏村 武昭(かしむら たけあき、1944年〈昭和19年〉1月… 柏村 武昭(かしむら たけあき、1944年〈昭和19年〉1月1日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、司会者、政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。「木へんにホワイト、柏村武昭です」のキャッチフレーズで知られている。 婚姻歴は2回で、現在の妻は、元「はしだのりひことエンドレス」のヴォーカル・林竹洋子。洋子との間に授かった娘の柏村星良も、タレントとして活動している。 広島県三次市出身。広島県立三次高等学校(演劇部に所属)を経て、早稲田大学第一文学部演劇学科に入学。在学中は露木茂(のちのフジテレビアナウンサー)などが所属していた早稲田大学放送研究会に所属。ナレオハワイアンズの司会などで活動。
神園 征(かみぞの ただし、1943年〈昭和18年〉12月2… 神園 征(かみぞの ただし、1943年〈昭和18年〉12月28日 - 2022年〈令和4年〉7月31日)は、日本の政治家。鹿児島県枕崎市長(3期)。 鹿児島県枕崎市出身。かつお節店の四男として生まれる。鹿児島県立甲南高等学校、早稲田大学法学部卒業。1974年に帰郷し、学習塾を経営。枕崎市議会議員を経て、2002年枕崎市長に初当選。 2006年の市長選挙で再選を目指したが、元高等学校校長の瀬戸口嘉昭に敗れた。※当日有権者数:20,960人 最終投票率:72.82%(前回比:-pts) 4年後の2010年の市長選挙に立候補し、現職の瀬戸口を破って市長に復帰した。※当日有権者数:20,150人 最終投票率:69.74%(前回比:-3.08pts) 2014年の市長選挙でも瀬戸口らを破って再選。
谷田 武彦(たにだ たけひこ、1943年12月16日 - )… 谷田 武彦(たにだ たけひこ、1943年12月16日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、名古屋市議会議員(6期)を務めた。自由民主党所属。 愛知県名古屋市出身。1970年、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。江﨑真澄の秘書を務める。1975年、名古屋市議に当選。6期務めた。 2000年の第42回衆議院議員総選挙に自由民主党公認として愛知1区からの出馬を予定していたが、公明党現職平田米男との選挙区調整のため比例東海ブロック候補(名簿登載順位第5位)となり初当選。なお、谷田の比例転出に反発した自民党名古屋市議の宮田正之が離党し無所属で出馬した。(結果は落選) 2003年の第43回衆議院議員総選挙では、愛知1区から立候補したが、民主党の河村たかし(現名古屋市長)に敗れ落選。
古賀 道雄(こが みちお、1943年(昭和18年)11月25… 古賀 道雄(こが みちお、1943年(昭和18年)11月25日 - )は、日本の政治家。元福岡県大牟田市長(第25・26・27代)、元大牟田市議会議員(3期)。旭日小綬章。 1943年(昭和18年)福岡県生まれ。福岡県立伝習館高等学校を卒業後、早稲田大学第一政治経済学部政治学科に進学。1966年(昭和41年)3月に卒業し、同年4月、三井金属鉱業株式会社に就職。1989年(平成元年)10月、同社三池事務所の所長に就任。 1991年(平成3年)5月2日、大牟田市議会議員に就任。同市議会議員を3期12年務める。2002年(平成14年)9月には、三井金属鉱業株式会社を退職。 2003年(平成15年)5月1日、任期満了により市議を辞職。
岸本 建男(きしもと たてお、1943年(昭和18年)11月… 岸本 建男(きしもと たてお、1943年(昭和18年)11月22日 - 2006年(平成18年)3月27日)は、日本の政治家。沖縄県名護市長(2期)。 沖縄県名護市出身。親は教員を務めていた。琉球政府立首里高等学校(現・沖縄県立首里高等学校)時代はボクシング部に所属した。1967年(昭和42年)3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同大学大学院に在学中、沖縄の本土復帰運動に身を投じた。1969年(昭和44年)12月刊行の『ドキュメント沖縄闘争』(亜紀書房)の編集に新崎盛暉や全国沖縄闘争学生委員会委員長の渡名喜明らとともに携わった。1970年(昭和45年)、北米・南米へ向かい、放浪。チェ・ゲバラに心酔し、ゲバラが死を遂げたボリビアでベレー帽をかぶった写真を撮るほどであった。
山﨑 孝明(やまざき たかあき、1943年〈昭和18年〉10… 山﨑 孝明(やまざき たかあき、1943年〈昭和18年〉10月13日 - 2023年〈令和5年〉4月12日)は、日本の政治家。東京都江東区長(4期)、東京都議会議員(5期)、江東区議会議員(2期)、特別区長会会長を務めた。 東京都江東区南砂出身。江東区立砂町小学校入学、江東区立第四砂町小学校、江東区立第三砂町中学校、東京都立両国高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。 東京都議会議員選挙に25歳、29歳で立候補するがともに落選。日本そば店「やま孝」の経営、木場の銘木店勤務、トラック運転手、石井桂衆議院議員の秘書など様々な職業に就く。 1983年(昭和58年)、江東区議会議員に初当選。1987年(昭和62年)に再選。
松崎 公昭(松﨑 公昭、まつざき きみあき、1943年9月8… 松崎 公昭(松﨑 公昭、まつざき きみあき、1943年9月8日 - 2018年6月29日)は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、千葉県議会議員(3期)、柏市議会議員(3期)、総務副大臣、民主党政策調査会副会長を歴任。 千葉県柏市生まれ。柏市立柏第二中学校、千葉県立東葛飾高等学校(第34期生)を経て1967年に早稲田大学第一商学部を卒業。早稲田大学時代にはドキュメンタリー映画の制作に取り組み、その際の仲間に広河隆一がいる。 東京のOA機器販売会社で営業マンとして働く。退職後、父の経営する製麺業の「株式会社柏食品」に就職する。その後、柏食品とその他の系列会社を統合し「株式会社カリフ」を設立、中小企業の経営者として活動する。
伊達 勝身(だて かつみ、1943年〈昭和18年〉8月26日… 伊達 勝身(だて かつみ、1943年〈昭和18年〉8月26日 - )は、岩手県下閉伊郡有芸村(現岩泉町)出身の実業家、政治家。岩泉産業開発・岩泉乳業(現岩泉ホールディングス)各代表取締役会長、元岩泉町長(5期)。 1970年(昭和45年)、早稲田大学社会科学部卒業、田野畑村役場に入職。 田野畑村産業開発公社、岩泉町産業開発公社専務理事を経て、1999年(平成11年)岩泉町長に初当選した。2015年(平成27年)、無投票で5選を果たした。 2016年(平成28年)8月に台風10号が岩手県に上陸した際、町としての対応が批判された。8月30日午前9時、伊達は町内全域に避難準備情報を出し、午後2時には町役場の北側の地区に避難勧告を発令したが、東側地区には避難指示や勧告を出さなかった。
俵 徹太郎(たわら てつたろう、1943年〈昭和18年〉7月… 俵 徹太郎(たわら てつたろう、1943年〈昭和18年〉7月13日 - )は、日本の政治家。元三好市長(2期)、元池田町長(2期)、元徳島県議会議員(4期)。 徳島県三好郡東祖谷山村(現・三好市)生まれ。1963年(昭和38年)、徳島県立池田高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、早稲田大学文学部中退。同年4月に秋田大助の秘書となった。 1983年(昭和58年)に徳島県議会議員選挙に三好市選挙区から無所属で立候補したが、最下位で落選した。1985年(昭和60年)に徳島県議会議員に初当選した。1997年(平成9年)から2年間は徳島県議会議長を務めた。 4期目の1999年に辞職。同年4月の池田町長選で初当選。
五島 壮(ごとう たけし、1943年5月16日 - 2017… 五島 壮(ごとう たけし、1943年5月16日 - 2017年12月24日)は、日本の政治家。兵庫県議会議員(7期)を勤めた。議員としての呼称は「五島たけし」。 兵庫県姫路市出身。姫路市大津区にある五島診療所の長男として生まれる。淳心学院中学校・高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業。 1983年、兵庫県議会選挙に自由民主党公認で姫路市選挙区から立候補し初当選。以後3期連続当選し、自民党県議団政務調査会長などを歴任した。 1993年、自民党を離党し新生党結党に参加。兵庫県議会議員を辞職し、第40回衆議院議員総選挙に新生党公認で旧兵庫4区から立候補するも落選。1996年の第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で兵庫県第11区から立候補したが、自民党公認候補だった戸井田三郎が急逝したことに伴い補充立候補した息子戸井田徹に、弔い選挙の形で惜敗し落選。
宮司 正毅(みやじ まさき、1943年3月16日 - )は、… 宮司 正毅(みやじ まさき、1943年3月16日 - )は、日本の企業役員、政治家。北海道当別町長。三菱商事顧問、当別町議会議員などを務めた。 1943年3月16日、福岡県生まれ。1965年に早稲田大学商学部卒業後、三菱商事に入社。南アフリカヨハネスブルグ支店長、欧州三菱商事会社社長、三菱商事常務執行役員を務め、2004年に三菱商事顧問に就任。アフリカ諸国の開発事業に長く関わってきた。2008年に退職。 また、南アフリカ、タンザニア、ナイジェリア、ガーナ、ナミビアの各大統領経済・投資諮問委員会委員、国際連合「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」支援委員会委員を務めている。2007年に在北海道南アフリカ共和国名誉領事、国際協力機構客員専門員に就任。
勝木 健司(かつき けんじ、1943年(昭和18年)3月11… 勝木 健司(かつき けんじ、1943年(昭和18年)3月11日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(3期)、文部政務次官(羽田内閣)、参議院労働委員長、参議院財政金融委員長、平成会国会対策委員長などを歴任。 勝木満典の子として、中国大連市で生まれ、熊本県天草市で育つ。早稲田大学卒業後、ダイエーに入社。ダイエー労組委員長、ゼンセン同盟流通部会長等を経て、1986年の第14回参議院議員通常選挙で民社党の参議院比例区から立候補し、初当選。以後、3期連続当選。 1994年、羽田内閣で、文部政務次官に就任。同年の民社党解党に伴い新進党に参加。新進党の参議院会派である平成会の国会対策委員長を務める。1996年、参議院労働委員会委員長。
加藤 久雄(かとう ひさお、1942年(昭和17年)11月8… 加藤 久雄(かとう ひさお、1942年(昭和17年)11月8日 - )は、日本の政治家、実業家。元長野県長野市長(2期)。現在は日本会議NAGANO会長を務める。 長野県長野市出身。1961年、長野県長野高等学校卒業。1965年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。内田産業株式会社を経て、1967年に株式会社本久入社。1985年に同社社長、2009年に本久ホールディングス社長に就任。インフラ整備、外食事業、ホテル国際21等のレジャー事業を手掛ける。 2007年から長野商工会議所会頭・長野県商工会議所連合会会長を務め、2009年には、しなの鉄道取締役会長にも就任した。 2013年10月27日に行われた長野市長選挙に立候補。
松浦 正人(まつうら まさと、1942年〈昭和17年〉9月1… 松浦 正人(まつうら まさと、1942年〈昭和17年〉9月10日 - )は、日本の政治家。山口県防府市長(5期)、山口県議会議員(3期)、防府市議会議員(1期)、全国市長会会長(第29代)などを歴任した。 中華民国江西省九江市に生まれ、終戦に伴い日本へ引き揚げ。山口県立防府高等学校、早稲田大学第二政治経済学部卒業。大学卒業後、西武クレジット勤務を経て、家業の製茶業「株式会社松うら」の経営を継いだ。その傍ら、防府商工会議所商業第二部会長を務める[要出典]。 1980年、防府市議会議員選挙に無所属で出馬し、初当選。1984年、防府市長選挙に無所属で出馬したが、現職の原田孝三に敗れ、落選した。1987年、山口県議会議員選挙に自民党公認で防府市・佐波郡選挙区から出馬し、当選。
増田 昌三(ますだ しょうぞう、1942年(昭和17年)8月… 増田 昌三(ますだ しょうぞう、1942年(昭和17年)8月12日 - )は、日本の政治家、地方公務員。1995年から2007年までの3期12年にわたり高松市長を務めた。 香川県高松市出身。1965年早稲田大学法学部卒。在学中は港区三田にある香川県の県人寮・香川育英会東京学生寮から通学した。同年高松市役所に入る。市図書館長、市教育委員会文化部長などを歴任。1992年に市助役に就任。 1995年の市長選挙では高松市長脇信男の後継者として全国では異例の自民・共産2党の推薦で立候補して、新進・社会・さきがけの3党が推薦する元県議の候補らを破って初当選した。1999年(無投票)と2003年の選挙でも再選した。
伊藤 武志(いとう たけし、1942年(昭和17年)5月14… 伊藤 武志(いとう たけし、1942年(昭和17年)5月14日 - )は、日本の政治家。元愛媛県新居浜市長。 新居浜市出身。1961年(昭和36年)愛媛県立新居浜東高等学校を経て、1965年(昭和40年)早稲田大学商学部卒業。 同年住友スリーエムに入社。村上信二郎、毛利松平の秘書を経て、1979年(昭和54年)愛媛県議会議員に当選。1984年(昭和59年)新居浜市長に当選し、4選した。
山田 正彦(やまだ まさひこ、1942年〈昭和17年〉4月8… 山田 正彦(やまだ まさひこ、1942年〈昭和17年〉4月8日 - )は、日本の弁護士、政治家。 衆議院議員(5期)、農林水産大臣(第50代)、農林水産副大臣(鳩山由紀夫内閣)、衆議院農林水産委員長、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長などを歴任。 娘の山田朋子は立憲民主党所属の長崎県議会議員、党長崎県連代表、次男の山田勝彦は中道改革連合所属の元衆議院議員。 長崎県福江市(現:五島市)出身。長崎県立五島高等学校、早稲田大学第一法学部卒業。1969年、司法試験に合格した。 早大卒業後は故郷の五島に戻り、10ヘクタールの土地を購入し開墾。1972年に牧場を設立し、代表取締役に就任。
齋藤 正寧(さいとう まさやす、1942年(昭和17年)3月… 齋藤 正寧(さいとう まさやす、1942年(昭和17年)3月21日 - 2015年(平成27年)1月5日)は、日本の政治家、新聞記者。元秋田魁新報社社員、元秋田県議会議員、元秋田県井川町町長。 旧上井河村(現在の井川町東部)赤沢の出身。1964年(昭和39年)早稲田大学第一政経学部卒業後に秋田魁新報社に入社する(1970年12月まで在籍)。そして旧上井河村長だった父の齋藤正作県議の逝去に伴う後継として、1971年(昭和46年)秋田県議会議員選挙に立候補し、初当選を果たした。 秋田県議会議員を2期務めた後、20年に渡り井川村長、井川町長を務めた鷲谷嘉兵衛の引退に伴う1979年(昭和54年)の井川町の町長選に立候補、初当選を果たす。
佐藤 観樹(さとう かんじゅ、1942年1月29日 - )は… 佐藤 観樹(さとう かんじゅ、1942年1月29日 - )は、日本の政治家。
土屋 正忠(つちや まさただ、1942年1月13日 - )は… 土屋 正忠(つちや まさただ、1942年1月13日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)。武蔵野市職員から同市議会議員を経て、武蔵野市長就任(41歳)。64歳で国政に転出し総務大臣政務官、総務副大臣など歴任。衆議院では法務委員会理事、憲法審査会委員など歴任。日本野鳥の会顧問を務める。
野村 五男(のむら いつお、1941年(昭和16年)12月2… 野村 五男(のむら いつお、1941年(昭和16年)12月2日 - 2010年(平成22年)9月23日)は、日本の政治家。自由民主党参議院議員(2期)、茨城県議会議員(3期)を務めた。 茨城県出身。早稲田大学政経学部卒業。卒業後はいすゞ自動車社員、代議士秘書、常総地区トラック協議会会長、茨城県トラック協会理事を経て、1978年茨城県議会議員に当選。3期務める。 1989年、茨城県選出の参議院議員岩上二郎が死去。茨城県選挙区の補欠選挙が行われることになり、自民党茨城県連は茨城県議の野村を擁立、党本部に公認を申請した。これに対し、岩上の妻妙子(元参院議員)が無所属での立候補を表明。保守は分裂状態となったが、妙子は当時自民党幹事長の小沢一郎などの説得を受け、立候補を撤回。
神林 弘(かんばやし ひろし、1941年〈昭和16年〉11月… 神林 弘(かんばやし ひろし、1941年〈昭和16年〉11月29日 - )は、日本の政治家。元茨城県水海道市(現・常総市)長(2期)。 茨城県出身。早稲田大学文学部卒業。参議院議員秘書や水海道市議を経て、1987年水海道市長選挙に立候補し、当選。1991年に再選。1995年に三選を目指したが、元水海道市議の遠藤利に敗れて落選。1999年と2003年の市長選に続けて立候補したが落選した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
近藤 剛(こんどう たけし、1941年10月30日 - )は… 近藤 剛(こんどう たけし、1941年10月30日 - )は、日本の政治家、実業家。
大澤 善隆(おおさわ よしたか、1941年〈昭和16年〉10… 大澤 善隆(おおさわ よしたか、1941年〈昭和16年〉10月27日 - 2021年〈令和3年〉5月16日)は、日本の政治家。桐生市長(通算3期)、群馬県議会議員(3期)。 群馬県桐生市安楽土町に、父忠四郎・母やのの五男として生まれる。1959年(昭和34年)群馬県立桐生高等学校卒業、1965年(昭和40年)早稲田大学商学部卒業。衆議院議員・福田赳夫の秘書を務める。 1971年(昭和46年)群馬県議会議員に当選し3期在任。自由民主党群馬県連副幹事長を務めた。1983年(昭和58年)に県議を辞職して桐生市長選挙に無所属で立候補するも、46票差で落選。1987年(昭和62年)から1991年(平成3年)まで桐生市長を1期務め、1999年(平成11年)に返り咲く。
谷口長治(たにぐちちょうじ、1941年(昭和16年)10月5… 谷口長治(たにぐちちょうじ、1941年(昭和16年)10月5日生 – )は、日本の元政治家。元愛媛県南宇和郡愛南町長(2004年-2008年)。
野木 実(のぎ みのる、戸籍名:野木 實、1941年(昭和1… 野木 実(のぎ みのる、戸籍名:野木 實、1941年(昭和16年)9月20日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、埼玉県和光市長(第9代・第10代)、埼玉県議会議員(2期)、和光市議会議員(4期)などを歴任した。 東京都中野区生まれ。早稲田大学法学部卒業。大学卒業後の1965年、鍛冶田産業株式会社に入社し、1972年まで勤務する。退社後、埼玉産業教育協会を設立し、専務理事に就任した。 1975年、和光市議会議員選挙に立候補し、初当選。1991年まで4期16年間和光市議を務める。1991年より東京電子専門学校講師。1995年、埼玉県議会議員選挙に立候補し、当選。埼玉県議会議員時代は、連合埼玉や埼玉民社協会に所属する県議で構成される会派「歩みの会」に所属しており、埼玉民社協会の会長も務めた。
前島 秀行(まえじま ひでゆき、1941年6月27日 - 2… 前島 秀行(まえじま ひでゆき、1941年6月27日 - 2000年2月10日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。社会民主党国会対策委員長などを務めた。 富士宮市出身。静岡県立富士高等学校、早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本社会党書記局に就職。 その後、党総務部長などを務め、1986年に勝間田清一の後継として第38回衆議院議員総選挙に旧静岡2区から立候補し初当選。以後4期連続当選。副書記長などを歴任。社会民主党への改組後も党に残り、党総務部長に就任。1998年には国会対策委員長に就任する。 4期目の当選は、小選挙区比例代表並立制の導入となったため、静岡県第5区からの立候補となったが落選し、重複立候補していた比例東海ブロックでの復活当選となった。
白沢 三郎(しらさわ さぶろう、1941年6月2日 - 20… 白沢 三郎(しらさわ さぶろう、1941年6月2日 - 2011年4月14日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 高校卒業後に1年間銀行員として働いたが、一念発起して早稲田大学政経学部に入学。大学卒業後は1年間の会社勤務の後にスウェーデンに留学し、3年間で世界43ヶ国をほとんど野宿の生活で旅して回った。この旅で、政治の貧困は人間を貧困にすると感じて政治家を志したという。帰国後、衆議院議員秘書を経て1983年から新潟県議会議員を2期務めた後、1990年の第39回衆議院議員総選挙に渡辺紘三の後継者として自民党の公認を受け新潟2区から立候補したが落選。 1993年の第40回総選挙では新生党から立候補し、情報労連や全電通の支援を受けて初当選。
嘉数 知賢(かかず ちけん、1941年〈昭和16年〉6月1日… 嘉数 知賢(かかず ちけん、1941年〈昭和16年〉6月1日 - 2024年〈令和6年〉10月15日)は、日本の政治家。沖縄県本部町出身。自由民主党所属の元衆議院議員(4回)。 1941年6月1日生まれ。1966年に早稲田大学第一政治経済学部を卒業。1980年、沖縄県議会議員に当選し、5期務めた。1994年には県議会議長に就任する。 1996年の第41回衆議院議員総選挙に宮里松正の後継者として自民党から初当選(当選同期に河野太郎・菅義偉・平沢勝栄・渡辺喜美・大村秀章・河本三郎・桜田義孝・下地幹郎・下村博文・新藤義孝・滝実・棚橋泰文・田村憲久・谷畑孝・戸井田徹・松本純など)。防衛庁長官政務官や内閣府大臣政務官を歴任。
神田 厚(かんだ あつし、1941年5月11日 - 2008… 神田 厚(かんだ あつし、1941年5月11日 - 2008年2月22日)は、日本の政治家。勲章は正四位旭日重光章。防衛庁長官(第55代)、民社党国会対策委員長、衆議院議員(8期)を歴任した。父は衆議院議員を務めた神田大作。 1941年(昭和16年)栃木県芳賀郡益子町生まれ。栃木県立真岡高等学校、1966年(昭和41年)早稲田大学文学部を卒業した。早大を卒業した後に、駒込学園高等学校教諭、栃木自動車整備専門学校教員、父・神田大作衆議院議員秘書を経て、1976年(昭和51年)12月の第34回衆議院議員総選挙に旧栃木県第2区から民社党公認で出馬し、初当選を果たした。民社党の同期当選に大内啓伍、中野寛成、米沢隆がいる。
武部 勤(たけべ つとむ、1941年〈昭和16年〉5月1日 … 武部 勤(たけべ つとむ、1941年〈昭和16年〉5月1日 - )は、日本の政治家。社団法人日米平和・文化交流協会理事。公益財団法人東亜総研代表理事。 農林水産大臣(第32代)、衆議院議員(8期)、衆議院議院運営委員長(第63代)、自由民主党幹事長(第39代)、公益財団法人全日本ボウリング協会会長を歴任した。 衆議院議員の武部新は長男。タレントの田丸麻紀は義理の娘(次男の妻)。 北海道斜里郡斜里町生まれ。父親は中華料理店主人。斜里町立斜里小学校、斜里町立斜里中学校、北海道斜里高等学校卒業後、早稲田大学第二法学部(夜学)に進学。その後、3年次に進級する際に第一学部に転部し、1964年に早稲田大学第一法学部を卒業する。
衛藤 征士郎(えとう せいしろう、1941年〈昭和16年〉4… 衛藤 征士郎(えとう せいしろう、1941年〈昭和16年〉4月29日 - )は、日本の政治家。 衆議院副議長(第64代)、防衛庁長官(第57代)、衆議院議員(13期)、参議院議員(1期)、大分県玖珠町長(2期)を歴任した。 当時父・衛藤貫一は、警察官であり日本の統治下であった朝鮮半島南部全羅南道の康津に赴任しており、赴任先で衛藤家の三男として生まれる。1945年9月、終戦により日本へ引き揚げ、郷里である大分県玖珠郡玖珠町で育つ。 1948年、玖珠町立日出生小学校に入学するが、1950年に玖珠町立森小学校に転校。1957年、大分県立森高等学校に進学するが、5人の男子を育てる両親の苦労を目にし家計を助けるべく農業・炭焼きに従事し学費を捻出すべく同年9月から休学。
牧 俊郎(まき としろう、1941年〈昭和16年〉3月16日… 牧 俊郎(まき としろう、1941年〈昭和16年〉3月16日 - )は、日本の政治家。熊本県菊池市議会議員(1期)。 菊池市長を2期務めた。 早稲田大学商学部卒業。卒業後は医療法人理事となる。1993年のの菊池市長選挙に立候補し、元熊本県議会議員の福村三男を破って初当選する。1997年の市長選挙でも再び立候補した福村を破って再選する。2001年の市長選挙で三度目の立候補をした福村に敗れた。2005年菊池市は菊池郡七城町・旭志村・泗水町と合併し、新たな菊池市が発足。合併後の市長選挙に立候補したが、合併前の市長だった福村に敗れた。 2026年5月24日投開票の菊池市議会議員選挙に立候補し当選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。