藤井 常世(ふじい とこよ、女性、1940年12月3日 - … 藤井 常世(ふじい とこよ、女性、1940年12月3日 - 2013年10月30日)は、日本の歌人。 折口信夫門下の歴史学者・藤井貞文の娘として東京都に生まれる。弟は藤井貞和。「常世」は本名で、折口が名付け親。國學院大學文学部文学科卒業。香川進の歌誌『地中海』を経て、1972年岡野弘彦の歌誌『人』創刊に参加。1993年『笛の会』を結成、代表となる。現代歌人協会会員。2002年「NHK歌壇」選者。2013年10月30日、急性心不全のため死去。72歳没。
安蘇谷 正彦(あそや まさひこ、1940年11月30日 - … 安蘇谷 正彦(あそや まさひこ、1940年11月30日 - 2025年2月7日)は、日本の神道学者。國學院大學元学長。栃木県佐野市出身。 栃木県佐野市田沼町(生誕時は単独町制)にある一瓶塚稲荷神社の宮司の家系に生まれ、國學院大學文学部神道学科に進学。同大学大学院の修士課程修了後にフルブライト・プログラムにより渡米し、米国でも修士号を取得。帰国後には國學院大學に戻って博士課程に進み、満期退学後はそのまま専任講師から教授へと進んだ。この間、1990年(平成2年)には学位論文『神道の生死観 : 神道思想と「死」』により同大学より文学博士号を授与されている。 2002年(平成14年)、同大学が文学部神道学科を改組し全国初の「神道文化学部」を設置した際には、安蘇谷が初代学部長として選任された。
玉井 清弘(たまい きよひろ、1940年7月21日 - )は… 玉井 清弘(たまい きよひろ、1940年7月21日 - )は、日本の歌人。歌誌「音」選者・編集運営委員会。香川県高松市在住。令和6年6月3日現在。 愛媛県西条市生まれ。國學院大学文学部日本文学科卒業。元香川県立高等学校教諭。 1965年、窪田章一郎の「まひる野」に入会。1982年、武川忠一の「音」に参加。四国を拠点とし、自らの住む所を詠み続ける地方歌人の代表的存在である。四国新聞、愛媛新聞、朝日新聞四国版の歌壇選者。
傳馬 義澄(てんま よしずみ、1940年7月16日 - 20… 傳馬 義澄(てんま よしずみ、1940年7月16日 - 2020年4月11日)は、日本近代文学研究者、國學院大學名誉教授。 1940年7月16日大阪生まれ。國學院大學大学院国文科博士課程満期退学。國學院大學文学部助教授、教授。2011年定年、名誉教授。[要出典]
友枝 昭世(ともえだ あきよ、1940年(昭和15年)3月2… 友枝 昭世(ともえだ あきよ、1940年(昭和15年)3月24日- )は、喜多流能楽師。 友枝喜久夫の長男として東京に生まれる。1946年喜多流十五世宗家喜多実に師事。1947年『鞍馬天狗』花見で初舞台。1950年『西王母』で初シテ。 1978年芸術選奨新人賞受賞。1982年重要無形文化財「能楽」保持者に認定(総合認定)。2000年紫綬褒章受章。2003年日本芸術院賞受賞。2008年能シテ方として重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。2011年日本芸術院会員。2020年旭日中綬章受章。 喜多流職分協議会代表。「友枝会」・「友枝昭世の会」主宰。國學院大學文学部卒業。 戦後の能の世界におけるカリスマの一人であった観世寿夫の芸風をもっとも受け継いでいるのが友枝昭世であるとも言われている。
椙山 林継(椙山 林繼、すぎやま しげつぐ、1940年 - … 椙山 林継(椙山 林繼、すぎやま しげつぐ、1940年 - )は、日本の神道学者。國學院大學名誉教授。祭祀考古学、神道学を専攻。八雲神社宮司。祭祀考古学会会長。 1940年(昭和15年)、千葉県に生まれる。父は椙山林麿。 1956年(昭和31年)、父が宮司を務めている八雲神社のほか、15の神社の禰宜に就任した。 1967年(昭和42年)、國學院大學大学院文学研究科博士課程満期退学。 1975年(昭和50年)、八雲神社宮司に昇任した。翌1976年(昭和51年)、國學院大學文学部講師となり、1983年(昭和58年)には國學院大學日本文化研究所助教授となった。のちに教授、所長になった。 2001年(平成13年)、「古墳時代祭祀の研究」で博士(歴史学)となった。
針原 孝之(はりはら たかゆき、1940年 - 2020年3… 針原 孝之(はりはら たかゆき、1940年 - 2020年3月4日)は、日本の国文学者。二松学舎大学名誉教授。2019年瑞宝中綬章受章。 富山県生まれ。國學院大學国文科卒。同大学院修士課程修了。東洋大学講師、二松学舎大学助教授、教授。2011年定年退任、名誉教授。 2019年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 上代文学、特に大伴家持が専門。
岸上 大作(きしがみ だいさく、1939年(昭和14年)10… 岸上 大作(きしがみ だいさく、1939年(昭和14年)10月21日 - 1960年(昭和35年)12月5日)は、日本の歌人。兵庫県神崎郡田原村井ノ口(現・福崎町西田原)出身。
羽田 昶(はた ひさし、1939年10月14日 - )は、日… 羽田 昶(はた ひさし、1939年10月14日 - )は、日本の能楽研究者。武蔵野大学客員教授、同能楽資料センター研究員、能楽学会常任委員。トット基金評議員。 東京市大森区生まれ。1962年に國學院大學文学部(日本文学専攻)を卒業し、海城高等学校教諭、開成高等学校教諭、東京国立文化財研究所芸能部研究員、同音楽舞踊研究室長、武蔵野女子大学教授、武蔵野大学能楽資料センター長を歴任。国立能楽堂三役養成研修講師、楽劇学会会長、藝能学会副会長などを務めた。2007年から文化庁芸術選奨推薦委員。 2012年第34回観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。共著の『能の囃子事』(1990年)で東洋音楽学会田邉尚雄賞を受賞。
柴田 猛(しばた たけし、1939年9月9日 - )は、日本… 柴田 猛(しばた たけし、1939年9月9日 - )は、日本の弓道家。茨城県土浦市出身。範士九段。茨城県弓道連盟名誉会長、國學院大學弓道部 師範。全日本弓道連盟会長、国際弓道連盟会長、茨城県弓道連盟会長を務めた。 ※この間、関東大会へ31回、全国高等学校総合体育大会へ23回、全国高等学校弓道選抜大会へ8回など、指導者として多数の実績を残す。 ほか、アメリカ・オーストラリア等へ講師・主任講師として派遣される。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
田中 宣一(たなか せんいち、1939年(昭和14年)7月2… 田中 宣一(たなか せんいち、1939年(昭和14年)7月26日 - )は、日本の民俗学者。成城大学名誉教授。 福井県足羽郡(現・福井市)生まれ。1962年國學院大學文学部卒。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。神奈川県立茅ヶ崎高等学校教諭、神奈川県立伊勢原高等学校、湘南高校教諭、1976年成城大学文芸学部専任講師、80年助教授、90年教授、1993年「年中行事の研究」で國學院大學民俗学博士に。2007年文学研究科長、2010年定年、名誉教授。
本阿弥光洲(ほんあみ こうしゅう、本名:道弘、1939年(昭… 本阿弥光洲(ほんあみ こうしゅう、本名:道弘、1939年(昭和14年)4月26日 - )は、日本の刀剣研師。国宝指定刀剣の研磨を数多く手がけ、文化財の保存にも尽力している。 1939年(昭和14年)東京都に生まれる。1958年(昭和33年)芝高等学校卒業。1962年(昭和37年)國學院大學文学部史学科卒業後、父・本阿弥日洲(人間国宝)に師事し、光意系本阿弥家18代を継ぐ。1971年(昭和46年)研磨技術等発表会(刀剣研磨・外装技術発表会 )無鑑査(現代に至る)。1984年、文化庁より猿投神社の重要文化財太刀行安の研磨、法隆寺聖霊院の国宝卒末呂王所持太刀の研磨修理の監修を委嘱される。その他、東京国立博物館、宮内庁、財団法人永青文庫、京都国立博物館から研磨修理を委嘱される。
遠藤 秀男(えんどう ひでお、1939年3月1日- )は、地… 遠藤 秀男(えんどう ひでお、1939年3月1日- )は、地誌研究家、富士山研究家。 静岡県富士宮市出身。筆名・富士宗四郎。國學院大學文学部卒。大学時代から富士山の研究を始める。地元で教師をしながら研究、のちにフリーになった。1968年静岡県教育奨励賞受賞。富士宮市史執筆委員。福よし美術店主を務めた。
長谷川 政春(はせがわ まさはる、1939年1月2日 - )… 長谷川 政春(はせがわ まさはる、1939年1月2日 - )は、日本の国文学者。清泉女子大学名誉教授。 岐阜県生まれ。愛知大学法学部を経て1964年國學院大學文学科卒業、69年同大学院博士課程中退。國學院大學文学部助手、東横学園女子短期大学助教授、教授、清泉女子大学教授、副学長、2010年定年退任、名誉教授。古典文学および折口信夫が専門。物語研究会創設メンバーのひとり。『新編折口信夫全集』全40巻刊行の中心的な役割を果たした。
三橋 健(みつはし たけし、1939年 - )は、日本の神道… 三橋 健(みつはし たけし、1939年 - )は、日本の神道学者。元國學院大學教授。現在は國學院大學研究開発推進機構客員教授。専門は神道史、祝詞の研究。 1939年、石川県金沢市に生まれる。國學院大學文学部文学科卒業、同大学院文学研究科博士課程神道学専攻にて西田長男に師事。ポルトガルのコインブラ大学に留学後、中退。1993年「国内神名帳の研究」で博士(神道学)(國學院大學、乙109号)。 同大文学部非常勤講師となり、同助教授に昇任。神道文化学部に転じて教授に。2010年3月に定年退職。翌4月から同大学院客員教授。2021年4月から同研究開発推進機構客員教授。 退任後は「日本の神道文化研究会」を主宰。
染谷 光広(そめや みつひろ、1939年 - 2003年8月… 染谷 光広(そめや みつひろ、1939年 - 2003年8月11日)は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所教授。 千葉県出身。1963年に國學院大學文学部卒業、1965年國學院大學大学院文学研究科修士課程を修了とともに、東京大学史料編纂所に勤務。『大日本史料』第10編の編修に従事し、1981年助教授、1996年教授。2000年に定年退職の後は帝京平成大学経営情報学科教授となるが、体調不良のため2002年に退職、病気療養にあたっていた。2003年、肝硬変のため死去。 日本中世史を専門とし、『信長公記』の著者太田牛一が、永禄12年(1569年)から天正10(1582)年にかけての京都行政担当時から、丹羽長秀の家臣であり右筆をしていた、との説を提唱した(論文「織田信長の右筆についての序説」)。
成田 守(なりた まもる、1938年12月3日 - )は、日… 成田 守(なりた まもる、1938年12月3日 - )は、日本の民俗学・芸能学者、大東文化大学名誉教授。 青森県弘前市出身。1963年に國學院大學文学部を卒業した。 その後、大東文化大学助教授を経て、教授に就任した。1986年、『奥浄瑠璃の研究』『盲僧の伝承 九州地方の琵琶法師』で日本歌謡学会志田延義賞を受賞した。 2009年に定年で退職し、名誉教授となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
當間 一郎(当間一郎、とうま いちろう、1938年8月19日… 當間 一郎(当間一郎、とうま いちろう、1938年8月19日 - 2020年6月18日)は、日本の沖縄芸能研究者。 サイパン島生まれ、沖縄県那覇市出身。1960年に國學院大學文学部文学科を卒業した。大学時代に宮良當壯と出会い、組踊写本などの芸能研究を行うようになり、写本の発掘・整理、組踊の復活上演、真境名由康・島袋光裕らの実演家との交流、沖縄藝能史研究会の立ち上げなど、沖縄芸能の発展と継承に貢献した。沖縄県立博物館・美術館館長も務めた。 2020年6月18日、腎臓癌のため糸満市の病院で死去。
沼部 春友(ぬまべ はるとも、1938年6月11日 - 20… 沼部 春友(ぬまべ はるとも、1938年6月11日 - 2022年5月3日)は、日本の神道学者。國學院大學伝統文化リサーチセンター客員教授、同大学講師。専門は神道祭祀儀礼。栃木県須賀神社宮司。 1938年(昭和13年)、栃木県小山市の須賀神社の社家に生まれる。父は同社宮司の沼部忠雄。 1961年(昭和36年)、國學院大學文学部神道学科を卒業した後、同年中に須賀神社禰宜に任じられた。 1962年(昭和37年)、國學院大學文学部副手に就任。1967年(昭和42年)同大大学院博士課程神道学専攻修了。1970年(昭和45年)、同大文学部講師となる。 1981年(昭和56年)、父・忠雄から宮司職を継承した。
渡辺 晃三(わたなべ こうぞう、1938年4月12日- )は… 渡辺 晃三(わたなべ こうぞう、1938年4月12日- )は、日本の俳優、声優。東京都出身。國學院大學卒。本名は渡辺 宣貮(わたなべ のぶじ)。 劇団俳優座養成所第13期生として俳優デビューし、同期には應蘭芳、横内正、鹿島信哉らがいた。新劇場、東京演劇アンサンブル、砂岡事務所に所属し、劇団ひまわりでは専任講師、アクターズゼミナール伊那塾では講師を務めた。
矢野 憲一(やの けんいち、1938年4月10日 - )は、… 矢野 憲一(やの けんいち、1938年4月10日 - )は、日本の神職、民俗学者、鮫研究家。矢野高陽は子息。 「サメ博士」のあだ名がある。 現在の三重県伊勢市に生まれる(矢野の生誕当時は「伊勢市」は存在しない)。國學院大學文学部国史学科を卒業し、1962年から神宮に奉職する。神宮禰宜、神宮司庁広報課長、奉賽部長、文化部長、総務部副部長、神宮徴古館農業館館長を歴任した。2002年に退職して、特定非営利活動法人の五十鈴塾塾長となる。[要出典] 1977年に『ぼくは小さなサメ博士』で毎日児童小説賞を、1979年に日本旅行記賞を受賞[要出典]。1980年に『鮫の世界』『ぼくは小さなサメ博士』『鮫 ものと人間の文化史』で樋口清之博士記念賞を受賞。
森 郁夫(もり いくお、1938年2月25日 - 2013年… 森 郁夫(もり いくお、1938年2月25日 - 2013年5月30日)は、日本の考古学者、帝塚山大学名誉教授。 國學院大學文学部史学科卒業。帝塚山大学教養学部教授、人文学部教授、1998年「日本古代寺院造営の研究」で國學院大歴史学博士、帝塚山大考古学研究所所長・附属博物館館長。2010年定年退任、名誉教授。 2013年5月30日に胃がんのため死去。75歳没。
伊野上 裕伸(いのうえ ひろのぶ、1938年 -)は日本の推… 伊野上 裕伸(いのうえ ひろのぶ、1938年 -)は日本の推理作家。 大阪府出身。國學院大學文学部日本文学科卒業後に高校教師、興信所調査員、バッタ屋経営と職を転々として、1975年に損害保険会社に就職、調査員として働き、ロス疑惑などの交通事故、医療、火災調査にあたった。 1994年に『保険調査員 赤い血の流れの果て』で第33回オール讀物推理小説新人賞を受賞、小説家デビュー。1996年には『火の壁』で第13回サントリーミステリー大賞読者賞、日本リスクマネジメント学会賞を受賞した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
松林 尚(まつばやし ひさし、1938年 - 2024年12… 松林 尚(まつばやし ひさし、1938年 - 2024年12月26日)は、元テレビ朝日アナウンサー、アナウンス部長、國學院大學評議員、日本会議世田谷・目黒支部、副支部長。 國學院大學文学部卒業。日本教育テレビ(現・テレビ朝日)入社。アナウンサー・キャスターを務め、ニュース番組、スポーツ中継等を担当し、テレビ朝日アナウンス部長も歴任。 近年では元アナウンサーである経験を活かし、「正しい日本語」「美しい日本語」に関する講演活動を行っていた。 2024年12月26日に死去。86歳没。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
宮地 武彦(みやち たけひこ、 1938年生)は、佐賀県の民… 宮地 武彦(みやち たけひこ、 1938年生)は、佐賀県の民話著作家。カウンセラー。 1938年(昭和13年)6月4日、佐賀市巨勢町牛島宿に生まれる。 1954年(昭和29年)3月、佐賀市立成章中学校卒業。 1957年(昭和32年)3月、佐賀県立佐賀高等学校卒業。 1957年(昭和32年)12月、株式会社理研農産退社。 1962年(昭和37年)3月、國學院大學文学部文学科卒業。 1962年(昭和37年)4月、佐賀県立佐賀高等学校(定)、神埼農、小城高、佐賀北(通)、佐賀東、神埼高、佐賀工、多久工教諭(1999年(平成11年)3月定年退職) 1982年(昭和57年)3月、佐賀県教育センター断続研修(教育相談)修了。
小林 達雄(こばやし たつお、1937年11月2日 - 20… 小林 達雄(こばやし たつお、1937年11月2日 - 2025年8月22日)は、日本の考古学者。國學院大學文学部名誉教授。新潟県立歴史博物館名誉館長。 1937年、新潟県長岡市生まれ。新潟県立長岡高等学校を卒業。その後、國學院大學文学部で学び、國學院大學大学院博士課程満期退学。 東京都教育庁文化課に入り、文化庁文化財調査官に転任。1978年に調査官を退任し、國學院大學文学部助教授に就いた。1985年に教授昇格。1994年、学位論文『縄文土器の研究』を國學院大學に提出して博士号を取得。2008年に國學院大學を定年退任し、名誉教授となった。2023年、アメリカ芸術科学アカデミーの会員に選出された。
花ヶ前 盛明(はながさき もりあき、1937年〈昭和12年〉… 花ヶ前 盛明(はながさき もりあき、1937年〈昭和12年〉11月2日 - )は、日本の歴史学者、郷土史学者、宮司。元高等学校教諭。 新潟県直江津市(現:上越市)出身。 新潟県立直江津高等学校を経て國學院大學文学部卒業。國學院大學大学院修士課程(日本史学専攻)修了。 越後一の宮居多神社宮司(第44代)。 元新潟県立安塚高等学校、新潟県立柿崎高等学校教諭、新潟県立直江津高等学校教諭。 新潟県文化財保護指導委員、上越市文化財調査審議会委員、上越郷土研究会会長、新潟出版文化賞選考委員などを務める。 大谷吉継や上杉氏に関する著書がある。 2010年(平成22年)、地域文化功労者文部科学大臣賞受賞。
石井 忠(いしい ただし、1937年10月28日 - 201… 石井 忠(いしい ただし、1937年10月28日 - 2016年5月30日)は、漂着物研究者。 福岡県福岡市に生まれる。1960年國學院大学文学部史学科卒業。中学、高等学校教諭、九州産業大学非常勤講師を経て、古賀市立歴史資料館館長。2013年退任。福岡県文化財保護指導員、福岡市文化財保護審議会委員。漂着物学会を設立、会長を勤める。1980年『漂着物の博物誌』で樋口清之賞、1983年日本デザイン会議地域文化デザイン賞、1998年福岡県文化賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
寺澤 晴男(てらさわ はるお、1937年(昭和12年)9月1… 寺澤 晴男(てらさわ はるお、1937年(昭和12年)9月10日 - )は、日本の政治家である。東京都三宅村長を務めた。 三宅島の三宅村に生まれる。國學院大學卒業後に東京都区部内の中学校教師として活動していた。その後は故郷に帰り軽食店の経営を経て、1980年(昭和55年)に三宅村議会議員として活動した。1984年(昭和59年)に開催された村長選挙にて当選し、同年11月28日に就任した。 就任以降は2期務め三宅島にてアメリカ陸軍の艦載機の離発着訓練による飛行場の建設計画がされていたが、1989年(平成元年)に非核平和宣言により反対運動のリーダーにあたった。1990年(平成2年)に辞任後は、2004年(平成16年)に再度村議会議員となった。
中野 忠良(なかの ただよし、1937年3月27日 - )は… 中野 忠良(なかの ただよし、1937年3月27日 - )は、日本のジャーナリスト、文筆家。 大分県東国東郡国東町生まれ。筆名・宮梵児。1959年國學院大學政経学部卒。雑誌記者を経て、1965年からフリー。 おいしい水の会事務局長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
野本 寛一(のもと かんいち、1937年2月14日 - )は… 野本 寛一(のもと かんいち、1937年2月14日 - )は、日本の民俗学者。学位は、文学博士(筑波大学・論文博士・1988年)(学位論文「生態民俗学序説」)。近畿大学名誉教授。徹底したフィールドワークから得た資料に基づく画風で知られ、「環境民俗学」を構築した。瑞宝重光章受章。文化功労者。 静岡県出身。1959年、國學院大學文学部卒業。1988年『生態民俗学序説』で文学博士(筑波大学)。同年4月、近畿大学民俗学研究所助教授。1993年、同大学文芸学部文化学科教授。 1996年、近畿大学付属民俗学研究所所長、2004年、柳田国男記念伊那民俗学研究所所長(〜2011年)、2005年近畿大学特任教授。
結城 亮一(ゆうき りょういち、1937年1月8日 - )は… 結城 亮一(ゆうき りょういち、1937年1月8日 - )は、日本の作家。山形県生まれ。國學院大學文学部国文科卒。日本大学山形高等学校の教諭をしながら、執筆活動を続けた。1966年に『マタニティ・ドレス』で山新文学賞を受賞。 日本初の歌謡曲歌手とされる佐藤千夜子の生涯を描いた『あヽ東京行進曲』が1977年、NHKの朝の連続テレビ小説『いちばん星』(宮内婦貴子脚本)の原作となった。
片山 文彦(かたやま ふみひこ、1936年9月18日 - 2… 片山 文彦(かたやま ふみひこ、1936年9月18日 - 2016年7月16日)は、東京都生まれの神職、花園神社名誉宮司、医師、医学博士。神道時事問題研究会を主催。 東京市(現東京都新宿区)に生まれる。昭和医科大学卒業、1971年東京女子医科大学大学院修了(衛生学教室)、「東京女子医科大学病院の診療圏」で医学博士。國學院大學神道研修別科修了。 東京女子医科大学講師、立教大学講師、國學院大學講師を歴任。
丸山 尚(まるやま ひさし、1936年6月9日- 没年不明)… 丸山 尚(まるやま ひさし、1936年6月9日- 没年不明)は、日本の社会運動家、編集者。 長野県下高井郡富倉村(現飯山市)生まれ。1960年國學院大學文学部卒、現代評論社編集部に入り、『現代の眼』編集部をへてフリー。63年日本経営協会『NOMAプレスサービス』編集長。65年現代ジャーナリズム出版会編集長。「明日のジャーナリズムを考える会」を作る。71年日本ミニコミセンターを設立。76年住民図書館を設立、館長。住民図書館は2001年12月に廃館となり、所蔵資料は埼玉大学に引き継がれ、その後、2010年4月から立教大学共生社会研究センターに引き継がれている。 正木ひろしを人生の師、鈴木均をジャーナリズムの師として仰いでいる。
斎藤 末弘(さいとう すえひろ、1936年5月31日 - )… 斎藤 末弘(さいとう すえひろ、1936年5月31日 - )は、日本近代文学研究者、西南学院大学名誉教授。 北海道生まれ。1955年に北海道滝川高等学校を卒業、1959年に國學院大學文学部を卒業。角川書店編集部、日本キリスト教団出版局、東京電機大学非常勤講師を経て、1978年西南学院大学文学部講師に就任。助教授を経て、1986年に教授となる。国際文化部長、文学研究科長を歴任し、2004年に学校法人西南学院理事長に就任。2007年に西南学院大を定年退職し、名誉教授となる。2015年春、旭日中綬章受勲。 1960-73年、椎名麟三、高見沢潤子、佐古純一郎らと共に「たねの会」結成に参加。個人研究誌『椎名麟三研究』主宰。
平方 浩介(ひらかた こうすけ、1936年〈昭和11年〉 -… 平方 浩介(ひらかた こうすけ、1936年〈昭和11年〉 - )は、日本の児童文学作家・元教員。実父は児童文学者の平方久直、叔母にアマチュア写真家増山たづ子(徳山ダムの底に沈む徳山村の記録を撮り続けた)がいる。 岐阜県揖斐郡徳山村(現・揖斐川町)出身。國學院大學卒業。その後、郷里の徳山村で教員をしていた1979年に小説『じいと山のコボたち』を執筆した。これが代表作となり、1983年公開の映画『ふるさと』の原作にもなった。徳山村廃村後は岐阜県関市在住となる。「岐阜九条の会」代表呼びかけ人でもある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山本 哲也(やまもと てつや、1936年 – 2008年)は… 山本 哲也(やまもと てつや、1936年 – 2008年)は、日本の詩人。 福岡市生まれ。元第一経済大学(現 日本経済大学)教授。國學院大學文学部卒業後、福岡県立修猷館高等学校、福岡県立福岡高等学校の教諭を経て、第一経済大学の教員になる。 1963年(昭和38年)第3回現代詩手帖賞受賞[要出典](選者は野間宏、清岡卓行、吉野弘、長谷川龍生)。同年、吉野弘、大滝安吉、菅谷規矩雄らの復刊詩誌「谺」に参加。翌年、千々和久幸らと詩誌「砦」創刊。西日本新聞の詩時評を1987年から9年間にわたって連載した。1990年、文学批評誌「敍説」創刊に編集同人として参加。1995年4月、テレビ西日本の『モーニングミント』水曜コメンテーター(1996年3月まで)。
横山 欣司(よこやま きんじ、1935年〈昭和10年〉11月… 横山 欣司(よこやま きんじ、1935年〈昭和10年〉11月1日 - 2023年〈令和5年〉12月28日)は、鹿児島県を拠点に活躍していた日本のフリーアナウンサー。 東京府北多摩郡立川町出身。國學院大學を卒業。 1959年(昭和34年)2月12日、MBC南日本放送にアナウンサーとして入社。入社した年からMBCラジオの洋楽番組『ユアヒットパレード』のディスクジョッキーとして活躍し若者の支持を集める。 1963年(昭和38年)、鹿児島市の丸屋デパートに完成した、九州初となるラジオ公開放送のサテライトスタジオ「MBCサテライトスタジオ」での放送が開始され、公開放送の度にスタジオ前には人だかりができる状態であったが、ユアヒットパレードで人気を博していた横山がアナウンサーの有島裕子と司会を務め、1965年(昭和40年)に丸屋で行われた2周年記念イベントの公開ラジオ番組「ミュージック☆オンパレード」もその例外ではなく、集まった多くの来場者から2人がリクエスト曲の受け付けを行った。
佐久間 進(さくま すすむ、1935年9月26日 - 20… 佐久間 進(さくま すすむ、1935年9月26日 - 2024年9月20日)は、日本の実業家。株式会社サンレーの名誉会長及び、サンレーグループ名誉会長を務めた。 作家の一条真也(本名=佐久間庸和)は長男である。 1935年、千葉県富津市生まれ。國學院大學文学部に入学、樋口清之教授の影響で民俗学に関心を抱く。大学卒業後、大手自動車販売会社勤務を経て、ホテルサービス業の経営を学ぶため国際ホテル学校に入学。同校を卒業後、1962年に小倉市(現:北九州市小倉北区)にある松柏園ホテルに入社。岳父となる栗田光十郎とともにホテル経営を行う。 1966年に北九州市冠婚葬祭互助会の看板を掲げ、冠婚葬祭互助会事業をスタートさせる。
白石 昭臣(しらいし あきおみ、1935年8月30日 - 2… 白石 昭臣(しらいし あきおみ、1935年8月30日 - 2004年10月23日)は、日本の民俗学者。 島根県大田市生まれ。國學院大学文学部卒。島根県立矢上高等学校、島根県立江津高等学校、島根県立大田高等学校、島根県立出雲高等学校などの教諭、鳥取大学、島根大学兼任講師、島根県立国際短期大学教授。喜多八幡宮宮司。山陰民俗学会会長。日本民俗学会評議員。日本口承文芸学会理事。島根県文化財保護審議会委員。島根県地名研究会代表。『畑作の民俗』で1989年度高崎博士記念賞を受ける。
菅野 国春(かんの くにはる、1935年5月14日 - )は… 菅野 国春(かんの くにはる、1935年5月14日 - )は、日本の作家、出版プロデューサー、フリーライター。 岩手県奥州市出身。國學院大學卒業。編集者、ルポライター等を経て作家に。 1990年、菅野ペンオフィスを設立し出版プロデューサーとしても活動している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
石川 純一郎(いしかわ じゅんいちろう、1935年1月5日-… 石川 純一郎(いしかわ じゅんいちろう、1935年1月5日- )は、民俗学者、常葉学園短期大学名誉教授。 大阪府出身。國學院大學大学院日本文学科博士課程満期退学。錦城高等学校などの教諭をしながら民俗学の調査を行い、常葉学園短期大学助教授、教授、副学長。2003年退職、名誉教授。静岡県文化奨励賞受賞。
草川 隆(くさかわ たかし、1935年 - 2022年)は、… 草川 隆(くさかわ たかし、1935年 - 2022年)は、日本の推理作家、SF作家、ノンフィクション作家。日本推理作家協会会員。 東京生れ。國學院大學国文科卒業。1968年にSF同人誌「宇宙塵」に連載した長編「時の呼ぶ声」でデビュー。「アポロは月に行かなかった」「幽霊は夜唄う」などのSFやホラーを発表。1986年には本格推理小説「個室寝台殺人事件」を発表し、以降はトラベル・ミステリー作品を多数発表。 2022年都内の施設で死去。
星野 繁(ほしの しげる、1934年(昭和9年)12月19日… 星野 繁(ほしの しげる、1934年(昭和9年)12月19日 - 2012年(平成24年)7月5日)は、日本の地方政治家。第2代清瀬市長を務めた。 東京府北多摩郡清瀬村(のち清瀬町、現・清瀬市)出身。1957年、國學院大學文学部卒。清瀬町役場(現・清瀬市役所)に入り、財政課長、企画部長を経て、1995年に渋谷邦蔵の後を受ける形で市長選に立候補して当選、第2代市長に就任した。厳しい市財政の改善のため行財政改革に取り組むとともに、「清瀬市まちづくり基本条例」制定などの施策を実行した。 2011年に市長を退任。2012年、旭日小綬章受章。同年7月5日に骨髄腫のため死去(満77歳)。叙正五位。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
田中 弘清(たなか ひろきよ、1934年〈昭和9年〉10月1… 田中 弘清(たなか ひろきよ、1934年〈昭和9年〉10月17日 - 2014年〈平成26年〉7月8日)は、日本の神職。石清水八幡宮宮司。 京都府神社庁監事・庁長、京都神社スカウト協議会副理事長、京都國學院院長などを務めた。 昭和9年(1934年)10月17日、田中文清の子として京都府に生まれた。 昭和41年(1966年)、國學院大學文学部神道学科を卒業した。 昭和42年(1967年)、春日大社出仕となり、翌昭和43年(1968年)に同社権禰宜、昭和54年(1979年)に禰宜に就任した。 昭和54年(1979年)、累代社家として奉職していた石清水八幡宮に還り、同宮権宮司に就任。また昭和55年(1980年)から昭和57年(1982年)まで、ボーイスカウト綴喜第1団の団委員長を務めた。
中田武司(なかだ たけし、1934年10月13日- )は、日… 中田武司(なかだ たけし、1934年10月13日- )は、日本の国文学者、専修大学名誉教授。 岐阜県高山市生まれ。1957年國學院大学文学部卒業、1959年同大学院国文学博士課程満期退学、1973年「王朝歌物語の研究」で文学博士の学位を取得。1966年専修大学文学部助教授、教授、理事・評議員。2004年定年退職、名誉教授。「武田祐吉博士記念賞」受賞。中古の和歌・物語が専門。
西本 鶏介(にしもと けいすけ、1934年9月30日 - )… 西本 鶏介(にしもと けいすけ、1934年9月30日 - )は、日本の児童文学作家、児童文学評論家。昭和女子大学名誉教授。 日本児童文学者協会、日本児童文学学会、日本文芸家協会、日本児童文芸家協会に所属。坪田譲治文学賞選考委員。 奈良県高市郡(現大和高田市)に県庁職員の長男として生まれる。年少時に児童文学者の中川正文の子ども会に参加する。 1958年國學院大學文学部日本文学科卒業。大学三年の時に、句集『薔薇と母』を刊行する。俳号を鶏介とする。卒業後、医学系出版社に務めるが、文学への志を捨てきれず、山本和夫らの「トナカイ村」に参加する。 1988年昭和女子大学文学部教授、2003年人間文化学部教授、2004年名誉教授、2005年退職。
岩瀬 博(いわせ ひろし、1934年4月3日 - 2014年… 岩瀬 博(いわせ ひろし、1934年4月3日 - 2014年 )は、日本の国文学者。大谷女子大学(現大阪大谷大学)名誉教授。 広島県呉市出身。1959年國學院大學文学部国文科卒、1966年同大学院博士課程中退、大谷女子大学助教授、教授。2005年定年、名誉教授。
西岡光秋(にしおか こうしゅう、1934年1月3日‐2016… 西岡光秋(にしおか こうしゅう、1934年1月3日‐2016年8月26日)は、日本の詩人。本名・光明。 1934年(昭和9年)大阪府生まれ。広島県に移り、1953年(昭和28年)に広島県立吉田高等学校を卒業。同年、國學院大学文学部に入学し、1957年(昭和32年)に卒業。1966年(昭和41年)詩集『鵜匠』で第四回日本詩人クラブ賞受賞。 國學院大学講師などを務めた。詩集のほか、短歌、俳句もやり、実用書を多く書いた。1993 - 95年日本詩人クラブ会長。
小菅 桂子(こすげ けいこ、1933年8月4日 - 2005… 小菅 桂子(こすげ けいこ、1933年8月4日 - 2005年8月10日)は、日本の食文化研究家。専門は食文化史。 東京都出身。昭和女子大学短期大学部国文学科卒業後、國學院大學文学部史学科編入、同学科卒業。毎日映画社製作部に入社。のちに退社し、杉野女子大学博物館非常勤講師、別府大学短期大学部生活科教授、くらしき作陽大学食文化学部教授、國學院大學日本文化研究所共同研究員、昭和女子大学近代文化研究所研究員をつとめた。 2005年、慢性呼吸不全のため死去。72歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。