栃本 武良(とちもと たけよし、1941年 - 2019年5… 栃本 武良(とちもと たけよし、1941年 - 2019年5月28日)は、日本の生物学者。オオサンショウウオのフィールドワークを通じた研究の第一人者であった。 東京水産大学卒業後、芝中学校・高等学校の生物教員として2年務めた。1975年からオオサンショウウオの生態調査を開始する。1994年から2005年まで姫路市立水族館の館長を務め、2007年の退職を機に兵庫県朝来市生野町の旧黒川小中学校の廃校施設を借り受け、日本ハンザキ研究所(環境学習・交流施設及び博物館(あんこうミュージアムセンター))を設立した。主に近くの河川に生息するオオサンショウウオの個体調査を続けた。 2019年5月28日、病気のため姫路市内の病院で死去。
内田 至(うちだ いたる、1932年8月31日 - 2024… 内田 至(うちだ いたる、1932年8月31日 - 2024年9月28日)は、日本の水産生物学者。 東京渋谷生まれ。東京水産大学増殖科卒、1975年「太平洋産アカウミガメの資源生物学的研究」で東京大学農学博士。江ノ島水族館勤務、東京水産大学助手、1966年姫路市立水族館長となり、名古屋港水族館館長を務め、2008年退任。姉は現代舞踊家の内田裕子(1930-2016)。
奥谷 喬司(おくたに たかし、1931年9月15日 - 20… 奥谷 喬司(おくたに たかし、1931年9月15日 - 2025年1月10日)は、日本の動物学者、東京水産大学名誉教授。専門は軟体動物の分類・生態・資源。 福岡県門司市(現:北九州市門司区)出身。1954年東京水産大学増殖学科卒業、1966年「相模湾およびその周辺海域の深海性貝類の分類、分布生態ならびに古生態学的関連についての研究」で東京大学より理学博士の学位を取得。 1954年水産庁東海区水産研究所、1961年から1962年米国スクリプス研究所に学び、1979年国立科学博物館動物研究所研究室長、1984年東京水産大学教授となり、1996年定年退官、名誉教授、日本大学生物資源科学部教授、海洋科学技術センター。
久保 伊津男(くぼ いつお、1909年3月16日 - 196… 久保 伊津男(くぼ いつお、1909年3月16日 - 1968年4月10日)は、日本の動物学者、海洋生物学者。東京水産大学教授。水産動物資源学を研究し、クルマエビの権威だった。 鹿児島県日置郡東市来村(現・日置市)出身。1928年錦城中学校卒業。1934年水産講習所本科養殖科を卒業、翌月講習所助手となる。1945年5月22日、理学博士の学位を修得(北海道帝国大学審査)。論文は「本邦およびその近海産車蝦科蝦類の研究」。 1952年東京水産大学教授に就任。1955年日本水産学会賞を受賞。1968年4月10日、教授会の最中に心筋梗塞のため死去。
庵原 順一(いはら じゅんいち、1897年10月28日 - … 庵原 順一(いはら じゅんいち、1897年10月28日 - 1958年5月24日) は、日本の水産学者。東京水産大学学長。 兵庫県高砂市出身。1919年水産講習所(現東京海洋大学)漁労科卒業。葛原冷蔵入社後、水産講習所練習船一等運転士、水産講習所助教授兼水産講習所技手、大日本帝国陸軍歩兵少尉を経て、1932年水産講習所教授。1958年東京水産大学(現東京海洋大学)学長。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
蜷川 虎三(にながわ とらぞう、1897年2月24日 - 1… 蜷川 虎三(にながわ とらぞう、1897年2月24日 - 1981年2月27日)は、日本の政治家、経済学者、統計学者。初代中小企業庁長官。元京都府知事(1950年 - 1978年)。 東京府東京市深川区深川入船町(現在の東京都江東区木場一丁目)の材木商の家に生まれた。旧制東京府立第三中学(現:東京都立両国高等学校・附属中学校、同学年に正木ひろし(弁護士)がおり、英語教諭だった北昤吉(北一輝の弟)の授業を受ける)、農商務省水産講習所(現:東京海洋大学)卒業後、京都帝国大学経済学部に入学、1923年に卒業。1927年、同助教授となる。当初はマルクス経済学者の河上肇に私淑し、漁業水産経済学を研究していたが、ドイツに留学後、『統計利用に於ける基本問題』で経済学博士号を取得するも教授に昇格するのはずっと遅く1942年(昭和17年)だった。