加藤 本四郎(かとう もとしろう、1870年(明治3年)4月 - 1908年(明治41年)11月22日)は、明治時代の外交官。 豊後国玖珠郡森町(現在の大分県玖珠町)に生まれる。当地は明治に至るまで森藩の陣屋町であった。共立学校、第五高等学校を経て1895年7月、東京帝国大学法学部を卒業。高等文官試験に合格し、外務省に入省。領事館補となった。ロンドンの公使館に勤務していた際に南方熊楠と親しく交わった。その後蘇州、香港の各領事、1904年の日露戦争中には仁川領事を歴任した。1906年に天津総領事に就任し、1907年に奉天総領事となり、部下に吉田茂がいた。しかし在職中、病のため明治41年11月22日に39歳にて卒去。
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