吉原 矩(よしはら かね、1893年(明治26年)10月27日 - 1984年(昭和59年)8月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 茨城県出身。吉原文平の二男として生まれる。栃木県立真岡中学校(現栃木県立真岡高等学校)、仙台陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1915年(大正4年)5月、陸軍士官学校(27期)を卒業。同年12月、工兵少尉に任官し鉄道連隊付となる。1918年(大正7年)11月、陸軍砲工学校高等科(24期)を卒業。1923年(大正12年)11月、陸軍大学校(35期)を卒業し鉄道第1連隊中隊長に就任。 1925年(大正14年)1月、陸軍省軍務局付勤務となり、軍務局課員、工兵監部員、陸大教官、陸軍省整備局課員、軍務局課員(兵務課)などを務め、1934年(昭和9年)8月、工兵中佐に昇進。
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