中西 幸重(なかにし ゆきしげ、1891年 <明治24年> 1月1日 - 1985年 <昭和60年> 1月7日)は、日本の政治家。三重県宇治山田(現・伊勢市)市長、伊勢市長。位階は従六位。 三重県度会郡神社町(現・伊勢市)出身。神社港で旅館業を営む両親のもと生まれる。 1911年(明治44年)3月、三重県師範学校(現・三重大学)卒業後、小学校教諭を経て1914年(大正3年)関西大学専門部法科へ入学。卒業一か月前に、旧軍閥打倒の護国戦争に投じるため中華民国上海へ渡った。1919年(大正8年)に帰国後は東京労働日報主筆に就任する傍ら、尾崎行雄に師事し大野伴睦らと共に普選運動を展開した。 1929年(昭和4年)3月、神社町助役、1933年(昭和8年)同町会議員、1947年(昭和22年)宇治山田市議会議員、1951年(昭和26年)三重県議会議員となる。
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