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津久居彦七

つくい ひこしち
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津久居 彦七(つくい ひこしち、1854年4月11日(嘉永7年3月14日)- 1929年(昭和4年)6月29日)は、日本の政治家、衆議院議員、貴族院多額納税者議員。栃木県安蘇郡佐野町(現・佐野市)出身。足尾鉱毒事件解決のために奔走した田中正造をバックアップした人物としても知られる。 佐野町会議員、同町区長、同町名誉町長を歴任。1908年(明治41年)の第10回衆議院議員総選挙で栃木県郡部区から衆議院議員に当選(憲政本党)。立憲国民党員時代には上越線敷設運動にも参加した。 安蘇郡(現・佐野市一帯)の教育向上にも力を入れ、1899年(明治32年)には第四中学校創立期成会を設立。この運動の結果、旧制栃木県第四中学校(現・栃木県立佐野高等学校・附属中学校)が創立された。

出典:ウィキペディア「津久居彦七」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋