小屋 光雄(こや みつお、慶応2年7月19日(1866年8月28日) – 昭和17年(1942年)5月16日)は、日本の衆議院議員(中正倶楽部→新正倶楽部)。医師。 伊勢国一志郡久居(現在の三重県津市)出身。1888年(明治21年)に大阪医学校を卒業した後、東京帝国大学医科大学と伝染病研究所で学んだ。大阪府警察本部詰医・大阪地方裁判所嘱託医を務めた後、小屋病院を開業し、一志郡医師会長、三重県医師会評議員・議長、大日本医師会評議員などを歴任した。また久居町長、一志郡会議員、同議長、三重県会議員に選出された。 1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。 その他、中勢鉄道株式会社社長、伊勢電気鉄道株式会社取締役などを務めた。
出典:ウィキペディア「小屋光雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
