伊月 一郎(いづき いちろう、1848年(嘉永元年)11月7日 – 1891年(明治24年)6月3日)は、徳島藩出身の日本海軍軍人。最終階級は海軍大佐。日本海軍が組織的に外国へ派遣した最初の留学生として知られ、イギリス海軍式の教育を導入し、のちの海軍兵学校創立にも貢献した人物である。 伊月一郎は嘉永元年11月、藩医・伊月柳安の長男として、江戸三田四国町の徳島藩中屋敷に生まれ、その後八丁堀の藩邸に移った。文久2年、江戸在勤の藩士全員が引き上げることになり帰郷した。 慶応元年、徳島巽浜に洋学校が開設されると、伊月は同校で蘭学を学んだ。さらに慶応2年には藩命により芳川顕正らとともに長崎へ国内留学したが、維新の動乱により全員が帰藩した。
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