福島 紳(ふくしま しん、1930年(昭和5年)9月24日 - 1960年(昭和35年)10月10日行方不明、17日認定死亡)は日本の地球物理学者。理化学研究所研究員(宇宙線研究室所属)、南極地域観測隊員。第4次南極越冬隊に参加中、ブリザードのため遭難し、日本の南極観測において初めての死者となった。南極大陸のやまと山脈の最高峰「福島岳」は、その名にちなんでつけられたものである。 1930年(昭和5年)9月24日、京都に生まれる。父は、法学者で関西大学法学部教授の福島四郎。 京都府立京都第一中学校、京都府立鴨沂高等学校を経て、1950年(昭和25年)、京都大学理学部に入学。1954年(昭和29年)卒業、同大学院自然科学研究課程修士課程に進学、1956年(昭和31年)修了し同博士課程に進学、1959年(昭和34年)退学。
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