和田 貞夫(わだ さだお、1925年1月5日 - 2016年12月18日)は、日本の政治家。元日本社会党(のち社会民主党)衆議院議員(4期)。 大阪府和泉市出身。1943年(昭和18年)、成器商業学校卒。1947年(昭和22年)、大阪府庁に入る。大阪府職員組合自治労大阪本部を立ち上げて書記長に就任。1951年(昭和26年)、日本社会党に入党。後に大阪府本部政審会長などを歴任する。1959年(昭和34年)、大阪府議会議員選挙に立候補して当選、3期務める。 1971年(昭和46年)、堺市長選挙に立候補するため、府議を辞職。同選挙には元自民党府議の中井信夫(元府議会議長)、元民社党府議の土師半六も立候補し、激戦となったが、土師に2000票余の差で次点に終わった。
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