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田

田井啓吾

たい けいご
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田井啓吾(たい けいご、1912年 - 1947年3月16日)は、日本の歴史家。 1912年奈良県に生まれる。兵庫県立第一神戸中学校から第三高等学校文科に進む。その後、1930年に京都帝国大学文学部史学科に進み、日本中世史を専攻する。卒業論文「王朝時代に於ける荘園の発展過程」をまとめ、1933年に卒業。治安維持法違反容疑で検挙され、釈放後に「封建社会ノ研究」のため京都帝国大学大学院に進学する。1941年から京都府社寺課に嘱託として勤務し、赤松俊秀のもとで京都府内の寺社の宝物の調査に従事する。戦時中に病気になり、出雲町へ移り、療養のため入院していたが、その間にも、歴史学研究会の京都支部を発足させようと西岡虎之助に相談するなどしたことが、日本史研究会の設立につながり、創立委員の一人となった。

出典:ウィキペディア「田井啓吾」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋