伊丹 松雄(いたみ まつお、1875年(明治8年)9月22日 - 1958年(昭和33年)6月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。 岡山県岡山市桶屋町出身。鹿児島県士族の伊丹親恒の長男として生れる。岡山中学校(現岡山県立岡山朝日高等学校)を経て、1896年(明治29年)5月、陸軍士官学校(7期)を卒業、翌年1月歩兵少尉に任官し、歩兵第20連隊付となる。1902年(明治35年)11月、陸軍大学校(16期)を卒業。1903年(明治36年)6月、歩兵大尉に昇進し歩兵第20連隊中隊長に就任。参謀本部出仕、参謀本部員を経て、1904年(明治37年)4月、第10師団参謀に発令され日露戦争に出征した。
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