浦上 衛門(うらがみ もりと、1899年(明治32年)6月16日 - 詳細不明)は、日本の土木技師であり、実業家である。大阪市技師となり土木局長となった後、大阪地下街社長となる。土木学会名誉会員。岡山県岡山市出身。 1899年(明治32年)岡山県御津郡一宮村(現:岡山市)に生れる。旧制岡山県立高梁中学(現:岡山県立高梁高校)卒業を経て、1918年(大正7年)に旧制第六高等学校医科(3部)へ進学する。その後、1922年(大正11年)3月同校を卒業し、京都帝国大学工学部へ進学する。1925年(大正14年)3月、工学部土木工学科を卒業する。 京大を卒業後、すぐに大阪市役所に入り、土木技師として働く。第二次世界大戦後、1946年(昭和21年)計画部長となり、翌年、土木部長となる。
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