中原 重樹(なかはら しげき、1893年(明治26年)7月30日 - 1999年(平成11年))は、日本の農林官僚であり教育者でもある。農林省に勤めた後、戦後、茨城大学教授を経て明治大学教授となった。初代日本食肉科学会会長。子の中原逸郎は陸軍大尉。岡山県倉敷市出身。 1893年(明治26年)に岡山県に生まれる。その後、1914年(大正3年)、20歳で旧制岡山県立高梁中学校(現:岡山県立高梁高等学校)卒業を経て、同年、名古屋市にある第八高等学校へ入学し、1917年(大正6年)同校を卒業。同年に東京帝国大学農学部へ入学、1920年(大正9年)7月、27歳で同大学を卒業し、東京毛織会社へ技師農学士として就職した。
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