青地 秀太郎(あおち ひでたろう、1915年7月21日 - 1979年11月10日)は、日本の洋画家。岡山県岡山市出身。 1915年、岡山県岡山市の農家に産まれる。幼少より絵を描くのを趣味としていた。第二岡山中学校に進学したが、絵に熱中しすぎた為、落第寸前となり私立の関西中学へ転校している。在学中は市内の絵画コンクールなどで常に入賞するなど、画家としての片鱗を覗かせていた。卒業後は画家を目指して上京し、川端画学校、本郷洋画研究所で学んだが、学費を支払う事が出来なくなり岡山県へ戻る。岡山では小林喜一郎主催の赤坂洋画研究所へ通った。同期生に中田政夫がおり、研究所では中田が塾頭、青地が青年隊長として研究所を盛り上げていた。
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