山下 陸奥(やました むつ、1895年(明治28年)12月24日 - 1967年(昭和42年)8月29日)は、日本の歌人。 広島県尾道市千光寺通りに生まれる。 尾道市立土堂小学校、広島県第一中学校(現広島県立広島国泰寺高校)を経て、東京高等商業学校(現一橋大学)中退。住友合資に入社し、愛媛県新居浜住友工業所に勤務。上司の川田順の勧めで佐佐木信綱の竹柏会に入り、新井洸、木下利玄に私淑。のち上京して信綱、石槫千亦を助けて「心の花」の編集を担当。信綱、久松潜一から国文学を学ぶ。 1930年(昭和5年)、歌誌「一路」を創刊、主宰した。「一路」には岡部桂一郎や山崎方代、塩野崎宏、角宮悦子などが参加したが、戦後に多く離反していった。
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