曽根 幹子(そね みきこ、1952年10月24日 - )は、日本の陸上競技選手(走高跳)、スポーツ科学・スポーツ史研究者。走高跳の元日本記録保持者であり、1976年モントリオールオリンピックに参加した。広島市立大学名誉教授。姓は「曾根」とも表記される。 現在の三次市甲奴町出身。甲奴中学校を経て広島県立上下高等学校に進み、高校2年生の時に日本選手権を制する。翌年の日本選手権では鈴木久美江(東洋大学)と死闘のすえ1m69cm(高校記録)を出した。東洋大学に進学後、茨城国体で1m83cm(日本記録)、世界室内陸上競技会で1m80cm(室内新記録)の記録を残す。当時のスポーツ界では異色の才女と呼ばれたといい、東洋大学文学部国文学科に提出した卒業論文は「奥の細道-芭蕉と木曾義仲の接点-」であった。
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