鶴田 六郎(つるた ろくろう、1916年11月10日 - 1997年3月30日)は、日本の歌手。山口県大島出身。 沈没した戦艦陸奥の記念館や、作詞家星野哲郎の出身地で有名な山口県大島出身。岩国中学卒業後、日本大学芸術科に進み、同時に声楽を勉強するために東洋音楽学校にも籍を置く。東洋音楽学校在籍時に、渡辺はま子の「忘れちゃいやよ」などのヒット曲でも知られる細田義勝に見初められ、1938年(昭和13年)5月ビクターより「晴れの土俵」でデビュー。8月「カタカナ忠義」発売。この「カタカナ忠義」は国内よりアメリカ在住の日系人たちの間で評判を取り、米国でヒットする。 その後、細田がテイチクに移籍したのに行を共にする。
出典:ウィキペディア「鶴田六郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
