早川 清孝(はやかわ きよたか、1946年4月11日 - 2005年3月29日)は、福岡県出身のハンドボール選手、指導者。1972年ミュンヘンオリンピックハンドボール全日本代表。 福岡市立博多工業高等学校から日本体育大学に進み、卒業後湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。その後、大阪イーグルスに移籍した。 全日本では、1970年日体大生としてフランスで行われた世界選手権に出場。1972年には湧永の選手としてミュンヘン五輪代表。 現役引退後、指導者としても活躍、全日本コーチも務めた。1979年、日本オリンピック委員会スポーツ指導者海外研修員として、ドイツ・ケルン体育大学へ留学している。 晩年には京都市立芸術大学教授を務めた。
出典:ウィキペディア「早川清孝」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
