尾高 亀蔵(すえたか かめぞう、1884年(明治17年)9月28日 - 1953年(昭和28年)8月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。旧姓・大谷。 佐賀県出身。農業・大谷平治の二男として生まれ、尾高家の養子となる。唐津中学校を経て、1904年(明治37年)10月、陸軍士官学校(16期)を卒業する。同期には岡村寧次・土肥原賢二・板垣征四郎・安藤利吉ら陸軍大将がいる。同年11月、歩兵少尉に任官し歩兵第13連隊付となる。日露戦争に出征後、陸士生徒隊付、歩兵第13連隊中隊長などを経て、1916年(大正5年)11月、陸軍大学校(28期)を卒業した。 陸軍歩兵学校教官、関東兵站参謀、教育総監部付、教育総監部課員などを歴任し、1923年(大正12年)8月、第14師団参謀となる。
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