13代中里太郎右衛門(じゅうさんだい なかざと たろうえもん、1923年(大正12年)5月31日 - 2009年(平成21年)3月12日)は、陶芸家。位階は正五位。 日本芸術院会員。本名・中里忠夫。法号・中里逢庵。佐賀県唐津市出身。日本工匠会会長。国際陶芸アカデミー会員。 12代中里太郎右衛門(中里無庵)の長男であり、弟の中里重利、中里隆も陶芸家、自身の長男忠寛もまた14代中里太郎右衛門で伝統ある陶芸家の家系である。 進学に際しては後の作陶力向上のため絵画能力を重視した父無庵の意見により佐賀県立唐津中学校を経て美術学校である官立東京高等工芸学校工芸図案科に入学した経緯があった。 戦時中の1943年(昭和18年)には宮崎県の航空教育隊に入営、所属部隊が1945年5月に台湾の台北空港に展開、そのまま現地で終戦し1946年(昭和21年)まで台中で捕虜生活を経験した。
出典:ウィキペディア「中里太郎右衛門 (13代)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
