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清

清原康平

きよはら やすひら
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清原 康平(きよはら やすひら、1914年(大正3年)1月14日 - 2001年(平成13年)4月7日)は、日本の陸軍軍人。歩兵少尉。歩兵第3連隊附。二・二六事件に参加、反逆罪(群衆指揮等)で無期禁固刑を受ける。その後恩赦により釈放、公職追放になるものの、恩赦の後も活躍した。2.26事件の直前、湯川智恵子と結婚して姓は、湯川康平となったが、軍関係では清原が使われている。 反乱部隊の指揮官の一人であった清原は、貴族院議員が集まり何事かを相談している華族会館を占拠し西園寺公望の秘書である原田熊雄を殺害せよとの命令を栗原安秀中尉から受け取った。逮捕後の清原の手記によると、華族会館の玄関で原田をみつけたが、その態度があまりに惨めだったので軍刀で切り捨てる気にもなれず見逃したと述べている。

出典:ウィキペディア「清原康平」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋