中川 州男(なかがわ くにお、1898年(明治31年)1月23日 - 1944年(昭和19年)11月24日)は、日本の陸軍軍人。陸士30期。最終階級は陸軍中将。 太平洋戦争(大東亜戦争)のペリリューの戦いにおいて、歩兵第2連隊長としてペリリュー島守備隊(約1万2千名)を指揮し、同島を長くても3日で攻略できると楽観していたアメリカ海兵隊(約4万9千名)を相手に71日間に渡って組織的戦闘を続け、自軍の玉砕と引き換えにアメリカ海兵隊に多大な損害を与えたことで知られる。 熊本県出身。小学校校長・中川文次郎の三男として生まれる。玉名中学校を経て(同期生に広瀬藤蔵・海軍少将(海機27期・海大)、由布喜久雄・海軍法務少将(東大卒)、中川千代吉・陸軍大佐(陸士30期)、松島悌二・海軍大佐(海機27期・海大)が居る。
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