佐藤 重遠(さとう じゅうえん、1887年12月17日 - 1964年1月5日)は、日本の政治家、教育者、事業家。衆議院議員(4期)。研心学園(現・目白研心中学校・高等学校)設立。政治家として、また教育者として近代日本における私学教育の振興に大きく寄与。 父・米四郎、母・カクの長男として宮崎県東臼杵郡南方村(現・延岡市中三輪町)で生まれ、傳次郎と名付けられる。父は渡し守を生業としており、赤貧の中で苦学をして延岡中学校から一高、東京帝大と進学した。1910年に家督を相続し、重遠と改名。妻は内務大臣などを歴任した床次竹二郎の二女・フユ。
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