スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
齋藤 仁志(さいとう ひとし、1986年10月9日 - )は… 齋藤 仁志(さいとう ひとし、1986年10月9日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。栃木県栃木市(旧下都賀郡都賀町)出身。栃木県立鹿沼高等学校、筑波大学卒。佐野 SAC JUVY TRACK CLUB所属。東野高校短距離コーチ。 陸上を始めたのは中学に入ってから。地元は野球が盛んだったが、バットを振ってもかすらないくらい球技が苦手だったため、野球やサッカーではなく陸上部に入部。練習が少ないだろうという理由で消去法で短距離を選択。 高校2年時に2003年インターハイ200mに出場し、22秒84(+0.6)の予選3組7着に終わる。 将来は教師になって陸上部の顧問になれればと思い、教育学部のある大学を受験するも失敗し、1年間の浪人生活を送る。
若林 芽育(わかばやし めぐみ、1974年8月14日 - )… 若林 芽育(わかばやし めぐみ、1974年8月14日 - )は、日本のフリーアナウンサー、政治家。宇都宮市議会議員(1期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校、文教大学情報学部卒業後の1997年、鹿児島放送に入社した。6年間アナウンサーを務める。退社後フリーアナウンサーとなりTBSテレビの『はなまるマーケット』の「とくまる」コーナーに不定期に出演した。 2004年からは地元のとちぎテレビに移り生放送番組のキャスターを務めた。栃木放送がとちぎテレビの子会社になってからはラジオパーソナリティなども務めた。 翌年の宇都宮市議会議員選挙出馬の準備のため、2022年12月をもってすべてのレギュラー番組を降板した。
岸野 香(きしの かおり、1966年 - )は、日本の日本画… 岸野 香(きしの かおり、1966年 - )は、日本の日本画家。 1966年栃木県日光市生まれ。1985年栃木県立鹿沼高等学校卒業。1989年女子美術大学芸術学部絵画科日本画専攻卒業。1992年東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術日本画修了。 東京芸術大学美術学部日本画専攻助手、文星芸術大学美術学部美術学科日本画専攻助教授を経て、2008年4月より女子美術大学芸術学部美術学科日本画専攻准教授、2015年より同教授。日本美術院同人。 再興第94回(2009年)、第95回(2010年)日本美術院賞<大観賞>を受賞。
松井 正一(まつい しょういち、1965年(昭和40年)9月… 松井 正一(まつい しょういち、1965年(昭和40年)9月12日 - )は、日本の政治家。栃木県鹿沼市長(1期)。元立憲民主党栃木県議会議員(5期)、元鹿沼市議会議員(2期)。 栃木県鹿沼市出身。1984年栃木県立鹿沼高等学校卒。同年鹿沼市役所に入る。2003年鹿沼市議会議員に当選。2期務める。2008年栃木県知事選挙と同時に行われた栃木県議会議員補欠選挙に民主党公認で立候補し、無投票で初当選。栃木県議を5期務め、立憲民主党の県副代表や幹事長を務めた。 ほか、鹿沼市PTA連絡協議会会長、鹿沼市立中央小学校PTA会長、鹿沼市立西中学校PTA会長などを務めた。 2024年6月9日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で立候補。
ひろた みゆ紀(ひろた みゆき、1964年6月25日 - )… ひろた みゆ紀(ひろた みゆき、1964年6月25日 - )は、ニッポン放送のアナウンサーである。本名及び旧芸名は廣田 みゆき。とちぎ未来大使。 栃木県鹿沼市出身で、栃木県立鹿沼高等学校を経て群馬県立女子大学文学部国文学科卒業後、東京で電気メーカーのショールームの仕事をしていたが、ショールームの閉鎖にともない栃木に戻る、母親がラジオでアシスタントの募集していると聞き、リポーターのオーディションを受け採用される。NHK宇都宮放送局で契約キャスターとして勤める。 1994年4月に開局したエフエム栃木へアナウンサーとして入社し、2001年にフリーのラジオパーソナリティとしてメディア・スタッフに所属する。
永山 彦三郎(ながやま ひこさぶろう、1960年5月31日 … 永山 彦三郎(ながやま ひこさぶろう、1960年5月31日 - )は、作家、教員。東京都出身。 叔父は元松竹会長の永山武臣。曾祖父は男爵永山武四郎。従兄弟はテレビドラマディレクター、映画監督、フジテレビジョン編成制作局ゼネラルプロデューサー永山耕三。 栃木県立鹿沼高等学校をへて宇都宮大学教育学部卒。栃木県教職員をへて小説『夜明けの口笛吹き』にて第2回開高健賞奨励賞受賞(1993年)。第2回なみある?サーファーズアワード受賞(2004年)
山田 詠美(やまだ えいみ、本名:山田 双葉(やまだ ふたば… 山田 詠美(やまだ えいみ、本名:山田 双葉(やまだ ふたば)、1959年〈昭和34年〉2月8日 - )は、日本の小説家・漫画家。 愛称は、ポンちゃん。 2歳頃まで東京都板橋区で過ごし、その後帝国繊維に勤務する父の転勤のため北海道札幌市(約3年)、石川県加賀市(約1年2ヶ月)、静岡県磐田市(約4年)を転々とする。5年生の2学期より栃木県鹿沼市に転居。鹿沼市立東小学校・中学校を経て、栃木県立鹿沼高等学校に進学。高校では美術部や山岳部にも所属したが、3年間通したのは文芸部であった。 住まいは父の勤務する会社の社宅が主であったが、高校時代に実家が宇都宮市に居を構える。高校時代はボリス・ヴィアン、フランソワーズ・サガンなどを愛読。
高木 光春(たかぎ みつはる、1953年1月27日 - )は… 高木 光春(たかぎ みつはる、1953年1月27日 - )は、日本の弁護士。勲等は旭日中綬章。日本弁護士連合会副会長や、関東弁護士会連合会理事長等を務めた。 1971年栃木県立鹿沼高等学校卒業。1976年中央大学法学部卒業。1986年弁護士登録。2008年栃木県弁護士会会長。2010年日本弁護士連合会副会長。2017年からは関東弁護士会連合会理事長を務め、技能実習制度の撤廃を求める理事長声明を表明するなどした。 2025年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
大貫 惇睦(おおぬき よしちか、1947年9月1日 - )は… 大貫 惇睦(おおぬき よしちか、1947年9月1日 - )は、日本の物理学者。大阪大学名誉教授。21世紀COEプログラム「究極と統合の新しい基礎科学」拠点リーダー。理学博士(東京大学、1976年)。 専門は物性物理学で、特に重い電子系の物性を実験的に研究している。最大の業績として、絶対零度でも磁気秩序を起こさないCeCu6という物質を発見したことがある。 通常、磁性を持つ不純物が含まれる金属物質は、近藤効果により低温で電気抵抗が増していく。これに対しCeCu6は、逆に絶対零度の極低温で電気抵抗が減少するというユニークな特性を持つ。この特性から、CeCu6は重い電子系の典型物質とされ、重い電子系の超伝導や磁性の性質を調べる上で貴重な研究材料となった。
岩井 俊憲(いわい としのり、1947年 - )は、日本のカ… 岩井 俊憲(いわい としのり、1947年 - )は、日本のカウンセラー。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校を経て、1970年に早稲田大学商学部を卒業。外資系企業の管理職などを経て、1985年有限会社ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。 アドラー心理学カウンセリング指導者。上級教育カウンセラー。
佐藤 信(さとう しん、1946年(昭和21年)11月17日… 佐藤 信(さとう しん、1946年(昭和21年)11月17日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元栃木県鹿沼市長(4期)。元栃木県議会議員(5期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校卒業後、高崎経済大学入学。高崎経済大学を卒業し、1969年(昭和44年)4月、藤井産業株式会社に就職。1972年(昭和47年)4月、鹿沼市役所に再就職。 1991年(平成3年)4月、栃木県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後5期連続当選し、18年間県議を務める。県議時代は民主党に所属した。 2008年(平成20年)5月25日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で出馬。3選を目指す現職の阿部和夫を破り初当選した(佐藤:37,378票、阿部:15,440票)。
眞杉 瑞夫(真杉、ますぎ みつお、1946年〈昭和21年〉5… 眞杉 瑞夫(真杉、ますぎ みつお、1946年〈昭和21年〉5月15日 - )は、日本の政治家。元栃木県日光市長(1期)。 栃木県芳賀郡茂木町に生まれる。生後間もなく日光市に移る。栃木県立鹿沼高等学校卒。大学受験に失敗し、浪人生活を余儀なくされ大学への再受験に挑むも、母から「日光に残ってほしい」と言われ、進学を断念し、1966年日光市役所に入る。市役所では財政課長などを経て、2002年(平成14年)4月収入役に就任する。 収入役に就任して間もない2002年6月3日、日光市長の齋藤隆男が死去する。収入役に就任して間もない眞杉はそれに伴う市長選挙に立候補することを表明。7月の市長選挙で初当選する。在職中に市内の世界遺産に指定された文化財や自然遺産を保護するため、文化財周辺での歩きたばこや市内全域で吸い殻などのポイ捨てを禁止する「日光市環境美化都市条例」を制定、奥日光の湿原(戦場ケ原、小田代原、湯ノ湖、湯川)がラムサール条約に登録された。
柳田 邦男(やなぎだ くにお、1936年〈昭和11年〉6月9… 柳田 邦男(やなぎだ くにお、1936年〈昭和11年〉6月9日 - )は、日本のノンフィクション作家、評論家。 航空事故、医療事故、災害、戦争などのドキュメントや評論を数多く執筆している。妻は絵本作家の伊勢英子。娘にカメラマンの石井麻木がいる。 栃木県上都賀郡鹿沼町(現在の鹿沼市)生まれ。栃木県立鹿沼高等学校を経て、1960年東京大学経済学部を卒業する。同年NHKに入局し、広島放送局へ配属される。1963年東京へ戻り、社会部に配属になる。1966年に遊軍記者として全日空羽田沖墜落事故、カナダ太平洋航空機墜落事故、BOAC機空中分解事故を取材する。1971年にこれらの事故を追ったルポルタージュ『マッハの恐怖』を発表し、第3回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
石波 義人 は、日本の男性声優、俳優。栃木県出身。