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太田 安規(おおた やすのり、1944年(昭和19年)3月1… 太田 安規(おおた やすのり、1944年(昭和19年)3月17日 - )は、日本の政治家。元千葉県匝瑳市長(3期)。元八日市場市議会議員(4期)。 食品製造販売業のタイヘイ(本社:匝瑳市)創業者一族に生まれる。父は2代目の旧八日市場市長。千葉県立匝瑳高等学校、明治大学卒業。印刷業を営む。剣道教士七段。 31歳のときに旧八日市場市議会議員に就任。市議を4期務めたのち八日市場市長選挙に出馬するも落選。 2010年(平成22年)2月7日に行われた匝瑳市長選挙に出馬。後継指名はしないと述べていた現職の江波戸辰夫は選挙戦に入って方針転換し、太田を支援した。前市議の佐藤悟と前市議の石田勝一を破り初当選を果たした。
外口 玉子(とぐち たまこ、1937年12月16日 - 20… 外口 玉子(とぐち たまこ、1937年12月16日 - 2022年3月12日)は、日本の政治家、保健師(保健学博士)、看護師。衆議院議員(1期)、社会福祉法人かがやき会理事長を務めた。 1960年、東京大学医学部衛生看護学科卒業後、同大学の助手を経て、1968年、国立武蔵野療養所看護婦長に就任。翌1969年に渡米し、ボストン大学に留学。精神疾患を抱えたベトナム帰還兵の看護などにあたったという。1971年に同大学大学院看護学部修士課程を修了。帰国後の1973年、東京都精神医学総合研究所医療研究室主任研究員。1985年、同研究所副参事研究員。1989年に退職。1986年、精神障害者の社会参加と地域での生活を支援する「地域ケアセンター」を有志で立ち上げ、1989年に社会福祉法人かがやき会を設立。
飯島 重雄(いいじま しげお、1931年12月28日 – 2… 飯島 重雄(いいじま しげお、1931年12月28日 – 2019年9月13日)は、日本の政治家。 千葉県海上郡旭町(現・旭市)に生まれる。 1949年に千葉県立匝瑳中学校(現・匝瑳高等学校)を卒業。日本橋の衣料問屋「丸山商店」で勤めたのち、家業を継ぐ。 1971年4月、千葉県議会議員に当選。連続9期務め、議会運営委員会委員長、自民党県連議員会長などを歴任した。 2019年9月13日、クモ膜下出血により死去。87歳。 東総文化会館や千葉県立東部図書館を誘致したほか、ハウス栽培を奨励するなど、地元である旭市を始めとする東総地域の発展に尽力した。 県政では千葉県知事となった川上紀一や沼田武を支援し、水野清系議員のまとめ役を務めた。
宇野 亨(うの とおる、1924年(大正13年)4月19日 … 宇野 亨(うの とおる、1924年(大正13年)4月19日 - 1995年(平成7年)11月11日)は、昭和期の政治家、実業家。衆議院議員(2期)、千葉県議会議員(3期)などを務めた。旧姓・佐藤。 千葉県匝瑳郡共興村(八日市場町、八日市場市を経て現匝瑳市)で佐藤久衛、つぎ の四男として生まれた。共興小学校、匝瑳中学校(現千葉県立匝瑳高等学校)を経て、1942年(昭和17年)早稲田大学文学部に入学。1944年(昭和19年)前橋陸軍予備士官学校に入校し、見習士官となり陸軍少尉で終戦を迎えた。その後、復学して1947年(昭和22年)早稲田大学文学部を卒業した。大学在学中に、親類筋、八日市場市の酒造業・宇野儀助の長女・満子と結婚して宇野姓となる。
赤桐 操(あかぎり みさお、1920年6月5日 - 2010… 赤桐 操(あかぎり みさお、1920年6月5日 - 2010年6月21日)は、日本の政治家。位階は正三位。勲等は勲一等。参議院議員(日本社会党→社会民主党)。参議院副議長(第21代)。 千葉県銚子市出身。千葉県立匝瑳中学校卒業後、銚子郵便局に就職した。1946年に同局の従業員組合の委員長に選出された。1949年、全逓信従業員組合(日本郵政公社労働組合の前身)の千葉地区本部書記長、1960年には県労働組合連合協議会議長に選出されて1974年までの14年の間務めた。 1974年の第10回参議院議員通常選挙に千葉地方区から日本社会党公認で立候補し初当選。連続当選4回。党参議院議員会長などを経て、1992年8月から1995年8月まで参議院副議長を務めた。